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文献番号 2013WLJCC001
西村あさひ法律事務所※1
弁護士 細野 敦
最高裁第一小法廷は、本年3月7日、金利スワップ契約を締結するに当たって、銀行の担当従業員に説明義務違反があったとして、銀行に対する不法行為に基づく損害賠償責任を認めた原判決※2 を破棄し、パチンコ店等を経営する株式会社(以下「原告」という。)の請求を棄却する判決を言い渡した ※3。原々審 ※4がもともと原告の請求を棄却していたところ、原審である福岡高裁がこれとは正反対に銀行の説明義務違反と(原告側に4割の過失相殺を認めたものの)不法行為に基づく損害賠償責任を認めたのに対し、さらに一転して最高裁が原審の判断を覆し、銀行の説明義務違反を否定し、原告の請求を棄却した審理の経緯は、大変、興味深い出来事と言わざるを得ないが、このように各審級で判断が分かれた原因はどこにあったのであろうか。
本件の前提事実は、概ね、以下のようなものである。被告銀行の従業員は、被告銀行とは別の原告の主たる取引銀行からの借入れにつき変動金利のものが多いことを知り、原告に対し、金利が上昇した際のリスクヘッジのための商品として金利スワップ取引を提案することとした。本件金利スワップ取引は、当事者間の合意に基づき、同一通貨間で、一定の想定元本、取引期間等を設定し、固定金利と変動金利を交換してその差額を決済するという単純なもので、契約締結と同時に取引が始まるスポットスタート型と、契約締結から一定期間経過後に取引が始まる先スタート型がある。被告従業員は、提案書を交付して原告代表者に説明を行うとともに、後日、同人の要請を受けて、原告の顧問税理士の事務所に所属していた税理士に対しても、スポットスタート型と先スタート型の2種類の金利スワップ取引の内容が記載された提案書を交付して説明を行った。原告代表者は、税理士や専務の意見を再確認して近日中に回答すると述べ、当面変動金利の上昇はないと考えていたので、先スタート型が良いとして、1年先スタート型の金利スワップ取引を選択することとし、被告従業員は、1年先スタートの金利スワップ取引の提案書を原告代表者に交付して、「本取引のご契約後の中途解約は原則できません。やむを得ない事情により弊行の承諾を得て中途解約をされる場合は、解約時の市場実勢を基準として弊行所定の方法により算出した金額を弊行にお支払い頂く可能性があります」、「本取引(金利スワップ取引)の申込に際し貴行より説明を受け、その取引内容及びリスク等を理解していることを確認します」等と記載された提案書に記名押印を受けた。
原々審の福岡地大牟田支判平20年6月24日は、提案書に記載された内容は、固定金利と変動金利についての基本的な理解があれば、さほど難解なものとは言えず、原告の金融機関からの借入金の金利を提案書の「お借入金利」欄に代入すれば、実質的な調達コストについても十分に判断できるだけの情報は与えられていたし、原告として中途解約できない契約であることの説明もなされていること、原告代表者は変動金利や固定金利についての基本的理解も有しており、契約当時、短期プライムレートが非常に低い状況にあり、当面金利が上昇することはないという見通しを有していたことから、先スタート型の金利スワップ取引契約を選択したこと等からすると、原告代表者が本件取引の仕組みを理解しないまま本件契約を締結したとは到底認められず、想定元本の額や期間についても、最終的には、原告の自由な判断において決定したものというべきであり、被告従業員に説明義務違反はないと結論づけた。
これに対し、原審の福岡高判平23年4月27日は、「本件銀行説明においては、・・・契約締結の是非の判断を左右する可能性のある、中途解約時における必要とされるかもしれない清算金につき、また、先スタート型とスポットスタート型の利害等につき、さらには契約締結の目的である狭義の変動金利リスクヘッジ機能の効果の判断に必須な、変動金利の基準金利がTIBORとされる場合の固定金利水準について、これがスワップ対象の金利同士の価値的均衡の観点からの妥当な範囲にあること等の説明がされなかったことからすると、同説明は、全体としては極めて不十分であったと言わざるを得ない」、「本件金利スワップ契約は、被控訴人銀行に一方的に有利で控訴人会社に事実上一方的に不利益をもたらすものであって、到底、その契約内容が社会経済上の観点において客観的に正当ないし合理性を有するものとは言えない」などとして、被告銀行の説明義務違反が不法行為を構成する旨判示した。
一方、最高裁は、「本件取引は、将来の金利変動の予測が当たるか否かのみによって結果の有利不利が左右されるものであって、その基本的な構造ないし原理自体は単純で、少なくとも企業経営者であれば〔下線は筆者による〕、その理解は一般に困難なものではなく、当該企業に対して契約締結のリスクを負わせることに何ら問題のないものである。上告人は、被上告人に対し、・・・基本的に説明義務を尽くしたものということができる」などとして、被告銀行に説明義務違反はなかったと断じた。
三審制を採る我が国の裁判制度の下で、全く同じ事実を前提としながら、判決の結論が二転、三転することは決して珍しいことではないが、本件において、最高裁がかくも簡単に問題がないとされる金利スワップ取引を、なぜ、原判決は問題視してしまったのであろうか。結局、本件は単なる事実評価の問題であり、本件金利スワップ契約がごく単純なもので、原告のような企業経営者であれば、損失はあくまで自己責任の範疇にあるとの価値判断が根底にあることが原々審の説示からも看取される。原判決を読むと、「専門的性質の契約等においては、その知識を有する当事者には、しからざる他方当事者に対する契約に付随する義務として、個々の相手方当事者の事例に見合った当該契約の性質に副った相当な程度の法的な説明義務があるとされるものである」、「本件金利スワップ契約は、講学上の附合契約ないしその側面を持つもので、その観点から控訴人会社〔筆者注:原告〕の上記〔筆者注:自己決定ないし選択による〕責任が全面的に問われるべきものではない」などの、過剰ともいうべき抽象論が披瀝されているのが目に付く。むろん、裁判体が一定の価値判断を下した以上、その判断が覆されることのないよう理論構成や理由付けに腐心するのは当然というべきなのであるが、本件で、原判決は、明らかに結論のスワリ※5を見誤ってしまったように思える※6。
北川弘治元最高裁判事が、「裁判の生命」と題する講演※7で、「裁判の生命というのは、いうまでもなく妥当な結論であります。勝つべき者が勝ち、負けるべき者が負ける。・・・どんな名論卓説が判決理由中に展開されておりましょうとも、結論が誤っていたら、これはもう三文の価値もない」と語られていたことがあらためて想い出される事案である。
(掲載日 2013年4月1日)