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文献番号 2013WLJCC012
弁護士・高岡法科大学教授
中島史雄
1.はじめに
取締役の内部統制システム構築義務違反に基づく会社に対する責任(旧商法266条1項5号-会社法423条1項)を認容した大和銀行株主代表訴訟判決(大阪地判平成12年9月20日判時1721号3頁※2)以来、株主代表訴訟において判例・学説ともに同責任を肯定的にとらえてきた。
今回紹介する事例も、同様に肯定的にとらえた事例で、株式会社の元取締役に対して、その従業員の違法行為に対する監視義務違反に基づき会社への損害賠償責任を認容したものである。
会社法は、大会社である取締役会設置会社においては、取締役会の決議によってコンプライアンス(法令遵守)を含む内部統制制度の整備について決定することを義務づけている(会社法362条4項6号)。その具体的内容は、①取締役の職務執行に関する情報保存管理体制、②リスク管理体制、③取締役の職務遂行効率化体制、④コンプライアンス体制、⑤グループ会社管理体制、および監査役会設置会社における監査充実体制、の整備である(会社法施行規則100条、118条2号)。
会社法制定後、会社が元取締役の監視義務および内部管理体制構築義務の違反に基づく責任を追及する事例が今後増加することが予想されるが、会社法362条4項6号は、決議義務を定めたものであって、構築義務を定めたものではないので、善管注意義務の一環としていかなる内部統制システムを構築する義務があるのかを判断する上で、本事件は大いに実務の参考に供する事案といえる。
2.事実の概要
事実の概要は、次のとおりである。いわゆる商品先物取引を行うことを目的とする株式会社である原告X社が、X社の元取締役であった被告Y1およびY2に対し、X社の従業員が顧客に対して違法行為(いわゆる適合性違反、断定的判断の提供、一任勘定、無断売買、過当売買等)を行ったことを理由として顧客に対して損害賠償金を支払ったことによる損害につき、Y1およびY2に従業員の違法行為を防止するための指導、監督をすべき義務等の違反があったと主張して、会社法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律78条及び改正前商法266条1項5号並びに会社法423条1項の各規定に基づき、Y1(平成10年6月22日から平成20年12月24日までX社の取締役を務めており、そのうち平成14年2月25日から平成20年6月27日まで、X社の代表取締役を務めていた。)に対しては損害金4860万円、Y2(平成18年8月7日から平成21年1月20日までX社の取締役管理部長として受託業務管理を統括する統括管理責任者を務めていた。)に対してはY1と連帯して907万3900円および遅延損害金の各支払いを求めた。
これに対して、Yらは本件に注意義務違反はなく、任務懈怠行為と本件損害との相当因果関係もないと主張した。
3.裁判所の判断
東京地方裁判所は、X社の詳細な証拠に基づく請求を、いずれも理由があると全て認容する一方、Yらの主張をことごとく斥けている。
裁判所が認定した事実によれば、①Y1は代表取締役として業務執行権限を有するとともに、②X社の社内管理措置の改善を行う義務を負っており、③受託業務における禁止行為を行った者に対する処分を行う懲罰委員会委員長を務めることとされていた。そして、④Y1の在任中、X社の従業員による商品取引所法(現行商品先物取引法)が禁止している、適合性原則違反(顧客の意向と実情に適合しない勧誘をしてはならないという原則)、断定的判断の提供違反(必ず儲かると勧誘して購入)、一任勘定・無断売買違反(業者に取引を一任し、無断で売買すること)等の取引につき、X社は顧客の代理人である弁護士との間で、各々の禁止行為が顧客の損失の原因であることを確認した上で和解や調停を成立させ、X社主張の金員を和解金や解決金として支払った。⑤X社は平成20年5月現在40件もの商品取引事故を起こしながら、従業員の処分をしたことはなかった。X社は、Y1が代表取締役在任中に農林水産大臣及び経済産業大臣から報告徴収や立入検査を受け、商品取引受託業務停止命令を受けるとともに改善命令に従い改善措置に対する報告書を提出している。同報告書においては、上記違反事実を認めた上で、その原因が営業部や役職員への指導、監督が徹底されていなかったこと、管理部の法令遵守に対する認識が不十分であったこと等にあり、それらを踏まえて各処分理由に対する具体的措置を講じた旨が記載されている。
また、Y2は、①X社の取締役管理部長であり、管理部における受託業務管理の統括責任者であった。②同社には受託管理規則があり、(ア)管理部として、顧客とのトラブルが発生した場合の迅速な処理並びに本・支店における社内管理業務及び営業業務の定期的チェック義務が規定されており、また管理部長として、(イ)社内管理措置の遂行状況、遵守状況について取締役会に報告し、改善を要すると認められる事項がある場合には、取締役会の決議を経て具体的改善措置を講ずる義務があり、(ウ)受託業務における禁止行為を行った者について懲戒請求義務が定められている。
裁判所は、これらの事実認定を前提として、以下の2点につき判決を下している。第1に、Yらは従業員に対する研修等を通じた指導監督を行い、内部管理体制等の整備に努めていたから取締役の善管注意義務違反による任務懈怠はないと主張するが、いずれも抽象的で具体的・客観的証拠は一切提出されておらず、注意義務を怠ったという任務懈怠行為が認められる。第2に、Yらの任務懈怠行為と本件損害との相当因果関係の有無についても、本件損害は、従業員による違法行為の結果としてX社に生じたものであることと、前記認定事実を併せ考慮すれば相当因果関係も認められる。その他の争点については省略する。
4.コメント
本判決は、退任した元代表取締役および取締役管理部長の従業員の違法行為に対する監視義務違反に基づく会社への損害賠償責任を認めた判例として注目される※3。
商品取引会社、証券会社及び信託会社は、商品先物取引法、金融商品取引法及び信託業法等で同様の禁止行為が定められており、下級審で多くの判例が累積していて、主として民法の不法行為に基づく損害賠償責任を負うことが判例で確立している(最判平成17年7月14日民集59巻6号1323頁※4)。
本判決は、株式会社における従業員に対する取締役の監視義務は、具体的にどの程度果たせば責任を果たしたといえるのかを考えさせるのに、恰好の素材を提供するものといえる。
従業員が行った故意・過失に基づく違法または不当な行為の結果、会社が損害を被った場合、取締役に監視義務(善管注意義務)が認められるか否かが問題となる。取締役会で内部統制システムを構築決定し、代表取締役及び業務担当取締役はそれに基づいてリスク管理体制を適正に運用する義務を負い、同時に内部統制システムに対する監視義務を負うのである(前掲大阪地判平成12年9月20日判時1721号3頁)から、これらの義務を果たさなければ、取締役は善管注意義務違反による任務懈怠となり、株式会社に損害が生じた場合には損害賠償責任を負うことになる(会社法423条1項)。そして、適切な内部統制システムを構築・運用することが、取締役の従業員に対する監督について善管注意義務を負わないとされる根拠の1つとされている(東京地判平成16年12月16日判時1888号3頁※5)。なお、その他の取締役は、担当取締役の職務行為が違法であることを疑わせる特段の事情のない限り、監視義務を内容とする善管注意義務違反に問われることはない(東京高判平成20年5月21日金商1293号12頁※6)。
Yらは代表取締役及び取締役管理部長の在任中、従業員に対する指導監督や管理体制の整備等適切に行っていたから、本件に注意義務違反はなかったと主張するが、本判決は、確かにX社の受託管理規則上内部統制システムが整備されているように見えるが、具体的にYらはどのような指導監督や内部管理体制の整備等に努めていたかが問題であり、それに関する具体的な証拠が一切提出されなかったのみならず、本人尋問でも具体的に述べることができなかったことに照らして、従業員による違法行為について注意義務を怠ったといえると判示した。
本判決は、Yらには「仏を作って魂を入れず」とでもいうべき内部統制システムの構築・運用と監視義務に、任務懈怠責任を認めたものである。
会社経営者としては、社外取締役の機能の活用等、取締役に対する監督の在り方を見直す法制審議会の「会社法制の見直しに関する要綱」が出ている現在、頂門の一針とすべき判決である。
(掲載日 2013年9月9日)