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文献番号 2014WLJCC003
明治学院大学
教授 西山由美
1.はじめに
公益法人である宗教法人は、所定の要件を充足することにより、その活動から生じる所得については法人税が非課税、その所有又は使用する建物及び土地については固定資産税が非課税という税制上の優遇を受ける。すなわち、その活動が「収益事業」に該当しなければ法人税は課されず(法人税法4条1項)、その「宗教法人法3条に規定する境内建物及び境内地」を「専ら本来の用に供する」場合には固定資産税が課されない(地方税法348条2項3号)。しかしながら昨今の宗教法人の活動は、その範囲や内容において多様化し、ペット葬祭、動物専用墓地、大規模な公園墓地経営、有料駐車場経営など、宗教法人の本来の宗教活動との関連は保ちつつ、その対価性や類似の活動を行う民間事業者の存在ゆえに、税制上の優遇を与えるべきか否かが問われるケースが散見されるようになってきた。
本件では、宗教団体が「沐浴道場」と位置づける温浴施設が、固定資産税の非課税要件に該当するか否かが争われた。名古屋地裁は、この温浴施設の非課税該当性を否定し、被告行政庁が行った固定資産税賦課決定処分を適法であるとした。
2.事実の概要と争点
宗教法人X(原告)は、その所有する土地に「観音霊泉」という名称の温浴施設を開設し、同施設は平成20年10月より利用に供されるに至った。Xは、同施設及びその土地には固定資産税が課されないと認識していたところ、Y市(被告)は平成22年12月、これに平成21年度及び22年度の固定資産税を課す賦課決定処分を行った。Xはこれを不服とし、適法な不服申立てを経て、本訴に及んだ。
争点は、上記温浴施設が固定資産の課されない「宗教法人が専らその本来の用に供する境内建物及び境内地」(地方税法348条2項3号)に該当するか否かである。
この温浴施設の詳細は、裁判所の事実認定によれば、以下のとおりである。同施設は、Xの肩書住所地から徒歩約15分のところにあり、利用者は信者に限らず、開設当初の利用日と利用時間(Xは「参拝日」及び「参拝時間」と呼んでいる)は、月曜を除く曜日の10時から19時までであり、利用金額(Xは「参拝料」と呼んでいる)は、1回1000円であった。同施設の受付カウンター事務は、パートタイマーとして雇われているXの護寺会役員が行っているが、利用者に対して沐浴の作法などについて説明することは特になかった。施設には複数の大浴場及び露天風呂があり、玄関正面には観音像が置かれている。Xは一般向けのパンフレットを作成し、そこには「心とからだを癒す観音の湯」というような文言がみられ、民間のガイドブックにおいて「お寺が経営する温泉施設」として紹介されている。同施設の収支は、平成21年度においては総収入114万余円、総支出814万余円である。
3.判旨
裁判所は、「宗教法人が専らその本来の用に供する境内建物及び境内地」に該当するか否かは、「当該建物及び土地の客観的な使用実態を踏まえて、社会通念に照らして判断されるべきである」とし、本件施設の利用者の範囲、宗教的儀式の有無、料金体系、宣伝内容などを個別に精査したうえで、次のような判断を示した。
「本件温浴施設は、信者に限られない不特定多数の者によって、いわゆるスーパー銭湯等の入浴施設と同様に、単に入浴を楽しみ、心身の疲れを癒すなどの世俗的目的で少なからず利用されているものとみられるから、本件温浴施設が専ら宗教上の修行儀式としての沐浴を行う目的や沐浴体験を通じた仏教の布教・伝道・教化を行う目的で使用されているということはできない。」
4.本判決の検討
(ⅰ)地方税法348条2項3号の制度趣旨について
Xは、同規定の趣旨を「宗教法人の布教活動の自由及びその信者の信教の自由の実質的保障」と主張したのに対して、Y市は、信教の自由に基づく優遇ではなく、非課税の根拠として「境内建物については、その性質上これが経済的活動の基礎となって収益が生じることを通常期待できず、[所有という事実に担税力を認める財産税としての]固定資産税の負担を期待することが可能な程度の担税力を実質的に認めることができない」ことを挙げた。
しかしながら判決は、信教の自由の議論に踏み込むことは回避し、同規定の要件該当性の検討のみを行った※2。
(ⅱ)地方税法348条2項3号の非課税要件
上述のように本判決は、地方税法348条2項3号の該当性の検討に専念したが、この非課税要件は、3つの重要要素によって構成される。
第一に、非課税の対象となる「境内建物及び境内地」とは、宗教の教義をひろめ、儀式行事を行い、及び信者を教化育成するという目的のために必要な当該宗教法人に固有の建物・工作物及び固有の土地をいう(宗教法人法2条・3条)。
第二に、上記「境内建物及び境内地」は、「専ら本来の用」に供されなくてはならない。
第三に、上記「境内建物及び境内地」は、宗教法人によって「使用」されていることが必要であり、宗教法人による「所有」に限定されない※3。
これら非課税要件の3要素により、境内建物等の非課税判断に重要なのは、宗教法人による所有や使途の形式性(登記簿の地目の記載など)ではなく、宗教法人の使用の実態である。本判決の先例と位置づけられる「回向院事件」(東京高裁平成20年1月23日判決※4)において、「『境内土地及び境内土地』に当たるかどうかについては、当該境内建物及び境内地の使用の実態を、社会通念に照らして客観的に判断すべきである」との判断基準が示されたが、本判決もこの基準に拠っている。ただし、「回向院事件」と本件が同じ判断基準に立脚しながら、非課税該当性についての結論を異にしたのは、両者の活動(「回向院事件」では動物遺骨の収蔵保管、本件では温浴施設の運営)の歴史的経緯と宗教的作法の有無、広告宣伝の有無などの個別事情の相違によるものであった。本件の温浴施設は、ガイドブックで取り上げられるような最近の温泉ブームに乗った感があること、利用者に宗教上の作法が強制されないこと、Xによって作成されたパンフレットには宗教的教義でなく「癒し」が言及されていることなどが、「専ら本来の用に供する」という要件に該当しないとの判断に結びついたのである。
(ⅲ)固定資産税における「イコール・フッティング」
法人税における「収益事業」該当性の判断は、最近の判例の傾向によれば、類似の活動を行う民間事業者の存在、いわゆる「イコール・フッティング」基準がとられる(「ペット葬祭事件(最高裁平成20年9月12日判決)」※5、永代使用料中の墓石部分等が物品販売にあたるかどうかが争われた東京地裁平成24年1月24日判決※6など)。この「イコール・フッティング」は、固定資産税の非課税判断においても決定的な基準となりうるであろうか。
上述「回向院事件」において、被告行政庁はイコール・フッティング論を展開したが、裁判所は、寺院の活動が歴史的背景を有し、宗教的作法に拠っていること、広告を行っていないことなどをもって、民間事業者との相違を示した。寺院側が対価(年間2万円から5万円)を受領していることについても、「[寺院側の]動物の安置保管が、民間業者の行う霊園と同様なものとまではいうことができない」とした。
他方、本判決は、「宗教法人が専らその本来の用に供するものであるか否かは、民間の公衆浴場業者が運営する入浴施設との類似性のみによって決まるものではない」としつつ、「類似性が、当該固定資産の利用状況や使用目的を検討する際の判断材料となることは明らかである。」とし、イコール・フッティング基準をより明確にした判断となっている。本判決は、Xが料金体系に基づく対価を受領していることにも注目している。定額の対価を受領しているということは、Xの立場からみて採算性を考慮しているというより、利用者の立場からみて、類似の民間事業者の施設の利用と変わらないことを表しているものと考えられる ※7。
本判決は、宗教法人の使用する建物及び土地に対する固定資産税の課税においても、イコール・フッティング基準および対価性を重視した判決と位置づけられる。
(掲載日 2014年2月17日)