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判例コラム

 

第34号 医薬品特許の存続期間延長登録出願について延長登録を認めるべきとして特許庁の審決の取消を命じた事例について 

~知財高裁大合議部平成26年5月30日判決※1

文献番号 2014WLJCC016
森・濱田松本法律事務所※2
パートナー弁護士
小野寺 良文

1.事案の概要

本判決(事件番号:平成25年(行ケ)第10195ないし10198号)は、9例目の知財高裁特別部(大合議部)の判決である。
原告(ジェネンテック・インコーポレイテッド)は、①発明の名称を「血管内皮細胞増殖因子アンタゴニスト」とする特許(特許第3398382号。以下「本件特許1」という。)、及び②「抗VEGF抗体」とする特許(特許第3957765号。以下「本件特許2」といい、本件特許1及び本件特許2を「本件特許」と総称する。)の特許権者である。
そして、原告は、本件特許の実施品である、一般名を「ベバシズマブ (遺伝子組換え)」、販売名をそれぞれ (i)「アバスチン点滴静注用100mg/4mL」(以下「本件医薬品1」という。)及び(ii)「アバスチン点滴静注用400mg/16mL」とする医薬品(以下「本件医薬品2」といい、本件医薬品1及び本件医薬品2を「本件医薬品」と総称する。)のそれぞれについて、薬事法上の医薬品製造販売承認を受け、本件医薬品を製造・販売し、もって本件特許を実施している。
原告は、発明の実施に政令で定める処分(薬事法に基づく承認)を受けることが必要であったとして、本件特許それぞれにつき本件医薬品ごとに特許法第67条第2項に基づく存続期間延長登録出願を行ったところ、特許庁長官から拒絶査定を受け、不服審判(不服2011-8105ないし2011-8108号事件)においても不成立審決(延長を認めないとの結論)を受けた。そこで原告が、審決取消訴訟を提起したのが本件訴訟である(原告は、本件特許1及び2それぞれについて、本件医薬品1及び2に関する処分に基づき、合計4件の存続期間延長登録出願を行ったため同一争点の審判及び訴訟が4件係属することになった。いずれの事件も事実は類似しており、及び法的な争点は同一であるので、以下では法的な理解のために必ずしも必要でない詳細は割愛して簡潔に論ずる。)。
原告が、上記存続期間延長登録出願の根拠とした処分は、本件医薬品に新たな用法・用量を追加することを主な変更内容とする、薬事法第14条第9項に基づく平成21年9月18日付の医薬品製造販売承認事項一部変更承認である(以下「本件処分」という。)。
本件処分に先立って、原告は、本件医薬品につき、平成19年4月18日付で薬事法第14条第1項に基づく医薬品製造販売承認(以下「本件先行処分」という。)を得ており、本件医薬品に新たな用法・用量を追加したのが本件処分である。

2.特許存続期間延長登録出願制度及び本件の争点

特許法第67条は、第1項において特許権の存続期間は、特許出願の日から20年をもつて終了する旨定めているが、第2項において、「特許権の存続期間は、その特許発明の実施について安全性の確保等を目的とする法律の規定による許可その他の処分であって当該処分の目的、手続等からみて当該処分を的確に行うには相当の期間を要するものとして政令で定めるものを受けることが必要であるために、その特許発明の実施をすることができない期間があつたときは、5年を限度として、延長登録の出願により延長することができる。」と定めている。本項のいう「法律の規定による許可その他の処分」として、現在政令で定めているものは、延長登録を求めるためには、薬事法の規定に基づく各種承認手続き及び農薬取締法に基づく登録の2つである(特許法施行令第3条)。特許法第67条第2項に基づく延長を行うためには、延長登録出願が必要であり、その具体的な手続きが特許法第67条の2ないし4に定められている。
そして特許法第67条の3第1項1号は、延長登録出願を拒絶すべき場合の一つとして、「その特許発明の実施に第六十七条第二項の政令で定める処分を受けることが必要であったとは認められないとき。」と定めている。
上記1で述べたとおり、本件処分(医薬品製造販売承認事項一部変更承認)に先立ち、既に本件先行処分(医薬品製造販売承認)がなされていたのであるから、原告は、本件医薬品を製造販売すること自体は可能であり、現実に本件医薬品を本件先行処分で許された範囲で製造販売し、本件特許を実施していた。そのため本件では、本件処分が、特許法第67条の3第1項1号にいう「その特許発明の実施に第六十七条第二項の政令で定める処分を受けることが必要であったとは認められないとき。」に当たるのか否かが争点となった。

3.原審決が延長登録を認めるべきでないとした理由

原審決が請求不成立とした理由は、特許法67条の3第1項1号にいう「特許発明の実施」とは、処分の対象となった医薬品その物の製造販売等の行為(すなわち、本件処分で追加された用法・用量の医薬品)ととらえるのではなく、処分の対象となった医薬品の承認書に記載された事項のうち特許発明の発明特定事項に該当する全ての事項(発明特定事項に該当する事項)によって特定される医薬品の製造販売等の行為ととらえるのが適切であると判断した。そして本件特許発明のうち、本件処分の対象となった医薬品の「発明特定事項に該当する事項」によって特定される範囲(すなわち、本件医薬品そのもの)は、本件先行処分によって既に実施できるようになっており、本件特許発明の実施に本件処分を受けることが必要であったとは認められないから、本件出願は同法67条の3第1項1号に該当し、特許権の存続期間の延長登録を受けることができない、よって本件出願は拒絶されるべきであると判断して、審判は成り立たない旨結論付けた。

4.本判決の要旨

以上に対して、本判決は、概要、以下のとおり判断して、本件出願は認められるべきであるとして審決を取り消した。

(1)特許法67条の3第1項1号該当性判断の誤り(取消事由1)について
まず特許権の存続期間の延長登録の出願を拒絶すべきとした審決の判断の当否を検討するに当たっては、拒絶すべきとの査定(審決)の要件を規定した根拠法規である特許法第67条の3第1項1号の要件適合性を判断することにより結論を導くべきである(先行処分を理由として存続期間が延長された特許権の効力がどの範囲まで及ぶかという点は、特許発明の実施に政令で定める処分を受けることが必要であったか否かとの点と、必ずしも常に直接的に関係する事項であるとはいえない。)。

そして、同法第67条の3第1項1号の「その特許発明の実施に政令で定める処分を受けることが必要であった」との事実が存在するといえるためには、①「政令で定める処分」を受けたとによって禁止が解除されたこと、及び、②「政令で定める処分」によって禁止が解除された当該行為が「その特許発明の実施」に該当する行為に含まれることが前提となり、 その両者が成立することが必要である。

言い換えると上記規定は「その特許発明の実施に(中略)政令で定める処分を受けることが必要であつたとは認められないとき。」を審査官(審判官)が延長登録出願を拒絶するための要件として規定されているから、

審査官(審判官)が、当該出願を拒絶するためには、①「政令で定める処分を受けたことによっては、禁止が解除されたとはいえないこと」(第1要件)、又は、②「『政令で定める処分を受けたことによって禁止が解除された行為』が『その特許発明の実施に該当する行為』には含まれないこと」(第2要件)のいずれかを選択的に論証することが必要となる。

ここで薬事法14条1項又は9項に基づく承認の対象となる医薬品は、「名称、成分、分量、用法、用量、効能、効果、副作用その他の品質、有効性及び安全性に関する事項」によって特定された医薬品である。したがって、上記承認によって禁止が解除される行為態様は、当該承認の対象とされた、上記事項によって特定された医薬品の製造販売等の行為であると判断し、特許法第67条の3第1項1号の規定する前記第1要件の有無を判断するに当たっては、 医薬品の審査事項である「名称、成分、分量、用法、用量、効能、効果、副作用その他の品質、有効性及び安全性に関する事項」の各要素を形式的に適用して判断するのではなく、存続期間の延長登録制度を設けた特許法の趣旨に照らして実質的に判断することが必要であると述べた上で、医薬品の成分を対象とする特許(製法特許、プロダクトバイプロセスクレームに係る特許等を除く。)については、薬事法第14条第1項又は第9項に基づく承認を受けることによって禁止が解除される「特許発明の実施」の範囲は、上記審査事項のうち「名称」、「副作用その他の品質」や「有効性及び安全性に関する事項」を除いた事項(成分、分量、用法、用量、効能、効果)によって特定される医薬品の製造販売等の行為であると解するのが相当である。

この点、本件先行処分では、本件処分で新たに許されることとなった用法・用量によって特定される使用方法による本件医薬品の使用行為、及び上記使用方法で使用されることを前提とした本件医薬品の製造販売等の行為の禁止は 解除されておらず、本件処分によってこれが解除されたのであるから、本件処分については、延長登録出願を拒絶するための前記の選択的要件のうち、「政令で定める処分を受けたことによっては、禁止が解除されたとはいえないこと」との要件(前記第1要件)を充足していないことは、明らかである。本件処分については、延長登録出願を拒絶するための前記の選択的要件のうち、「『政令で定める処分を受けたことによって禁止が解除された行為』が『その特許発明の実施に該当する行為』には含まれないこと」との要件(前記 第2要件)を充足していないことも、明らかである。
以上のとおりであり、本件においては、「本件処分を受けたことによって本件特許発明 の実施行為の禁止が解除されたとはいえない」とはいえず、特許法67条の3第1項1号 の定める、拒絶要件があるとはいえない。

(2) 特許法68条の2に基づく延長された特許権の効力の及ぶ範囲について
なお、本判決は、念のためとして、特許法68条の2に基づく延長された特許権の効力の及ぶ範囲についても検討し、特許権の延長登録制度及び特許権侵害訴訟の趣旨に照らすならば、医薬品の成分を対象とする特許発明の場合、同法68条の2によって存続期間が延長された特許権は、「物」に係るものとして、「成分(有効成分に限らない。)」によって特定され、かつ、「用途」に係るものとして、「効能、効果」及び「用法、用量」によって特定された当該特許発明の実施の範囲で、効力が及ぶものと解するのが相当であると判断した。

5.本判決の意義

実務上、本件事例のように、ある医薬品につき先行処分が為された後に、同一又は類似の医薬品につき後行処分がなされることはまれではない。このような場合において先行処分に基づく存続期間延長登録が認められた後に、さらに後発処分に基づく存続期間延長登録が認められるのかについて複数の判例において繰り返し争われてきた。
従前の審決及び裁判例においては、特許法第68条の2が、「特許権の存続期間が延長された場合の当該特許権の効力は、その延長登録の理由となった第67条第2項の政令で定める処分の対象となった物(その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合にあっては、当該用途に使用されるその物)についての当該特許発明の実施以外の行為には、及ばない。」と定めていることを踏まえ、「物」すなわち「有効成分」の同一性、及び「用途」、すなわち「効能効果」の同一性を基準に後発処分を理由とする存続期間延長登録の可否を判断してきた。例えば、本件処分は、上記のとおり用量・用法を追加するものであるが、「有効成分」及び「効能効果」は先行処分と同一であり、上記基準に照らせば、本件処分を理由とする存続期間延長登録は認められないことになる。
以上の立場に対して、近時の最高裁判決である最高裁平成23年4月28日判決※3は、
特許権存続期間の延長登録出願の理由となった薬事法14条1項による製造販売の承認(「後行処分」)に先行して、後行処分の対象となった医薬品(「後行医薬品」)と有効成分並びに効能及び効果を同じくする医薬品(「先行医薬品」)について同項による製造販売の承認(「先行処分」)がされている場合であっても、
先行医薬品が延長登録出願に係る特許権のいずれの請求項に係る特許発明の技術的範囲にも属しないときは、先行処分がされていることを根拠として、当該特許権の特許発明の実施に後行処分を受けることが必要であったとは認められないということはできないというべきである。

なぜならば、特許権の存続期間の延長制度は、特許法67条2項の政令で定める処分を受けるために特許発明を実施することができなかった期間を回復することを目的とするところ、後行医薬品と有効成分並びに効能及び効果を同じくする先行医薬品について先行処分がされていたからといって、先行医薬品が延長登録出願に係る特許権のいずれの請求項に係る特許発明の技術的範囲にも属しない以上、上記延長登録出願に係る特許権のうち後行医薬品がその実施に当たる特許発明はもとより、上記特許権のいずれの請求項に係る特許発明も実施することができたとはいえないからである。そして、先行医薬品が、延長登録出願に係る特許権のいずれの請求項に係る特許発明の技術的範囲にも属しないときは、先行処分により存続期間が延長され得た場合の特許権の効力の及ぶ範囲(特許法68条の2)をどのように解するかによって上記結論が左右されるものではない。

これに対して、本判決は、既に詳述したとおり、先行医薬品が延長登録出願に係る特許権のいずれの請求項に係る特許発明の技術的範囲にも属しているか否かに関わらず、①「政令で定める処分」を受けたとによって禁止が解除されたこと、及び、②「政令で定める処分」によって禁止が解除された当該行為が「その特許発明の実施」に該当する行為に含まれれば、同法第67条の3第1項1号の「その特許発明の実施に政令で定める処分を受けることが必要であった」との事実が存在するとしており、より広範かつ普遍的に存続期間登録の延長が認められる場合について認定した点で非常に注目される。
従来の実務では、特許法68条の2の意義について形式にとらえ、「有効成分」及び「効能効果」のみに注目していたが、本判決は、存続期間の延長登録制度を設けた特許法の趣旨に照らして実質的に判断することが必要であると述べ、成分、分量、用法、用量、効能、効果によって特定される医薬品の製造販売等の行為であると解するのが相当であるとした上で上記の結論を導いた点で高く評価できる。
そして、上記最高裁判決は、先行医薬品が延長登録出願に係る特許権のいずれの請求項に係る特許発明の技術的範囲にも属しない事例であったが、本件では先行医薬品が延長登録出願に係る特許権の請求項に係る特許発明の技術的範囲に属している点で両者の事案は異なっており、本判決は、上記最高裁判決と矛盾するものではなく、先行医薬品と後行医薬品がより類似する場合についても含め、より普遍的な基準を示したものと評価できる。

(掲載日 2014年10月28日)

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