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文献番号 2014WLJCC018
金沢大学 法学系 教授
大友 信秀
1.はじめに
大阪維新の会に始まる政治の世界における維新旋風が日本中を吹き荒れ、その後中心的人物であった橋下徹大阪市長の従軍慰安婦に関する発言が海外メディアに批判的に取り上げられることで一気に風が止んだことは記憶に新しい。本年になり朝日新聞が戦前の日本という国家による従軍慰安婦というものへの関与を基礎づけていた「吉田清治証言」について裏付けがとれず虚偽とした。政治の世界は結果がすべてと良く言われるが、朝日新聞の記事に根拠がないことを少なくとも朝日新聞自体が認識した時点で認めていれば、橋下市長の発言がなされることはなかったであろうから、維新の風は現在まで吹き続けていたのかもしれない。
そして、そうであれば、今回紹介する判決もそれほど注目されるものにはならなかったかもしれない。判例になる事件というものは、えてしてこのような特殊な事情に伴って生じるものである。実際に動いている社会の中で裁判官がどのように思考するべきか、本判決を例に考えてみたい。
2.事案の概要
同一の原告による「維新」を含む商標出願に対する拒絶査定不服審判の審決取消訴訟への判決が下された。一つは「東京維新の会(商願2011−90947号)」に対する知財高判平成26年9月11日(平成26年(行ケ)第10092号。以下、東京維新の会判決という。)で、もう一つは「日本維新の会(商願2011−90946号)」に対する知財高判平成26年9月17日(平成26年(行ケ)第10090号。以下、日本維新の会判決という。)である。
原告は、平成23年12月16日に本件の対象である「日本維新の会」、「東京維新の会」を商標出願した。その後、両出願に対して平成24年8月16日に拒絶査定を受け、これらの不服審判請求に対しても平成26年2月25日に不成立の審決が下ったため、原告は審決取消訴訟を提起した。
特許庁の審査では、当初、商標法4条1項7号(公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標に該当)を理由に拒絶査定を下したが、審判では商標法4条1項6号(国若しくは地方公共団体若しくはこれらの機関公益に関する団体であって営利を目的としないもの又は公共に関する事業であって営利を目的としないものを表示する標章であって著名なものと同一又は類似の商標に該当)を理由に拒絶査定の結論を維持した。
本件において原告は、商標法4条1項6号該当性の判断基準時を争ったが、このことには大きな理由があった。東京維新の会が東京都選挙管理委員会に地方政党として届け出たのが平成24年9月27日、日本維新の会が政治資金規正法6条1項の規定による政治団体の届出を行ったのが平成24年9月28日であり、ともに原告の商標出願に対する拒絶査定以前には存在していなかった。また、東京維新の会は本件審決時までに解散しており、日本維新の会もまた審決時において近日中に消滅する蓋然性が大きかった。
本件判決はともに、商標法4条3項が4条1項6号に適用されないこと(商標法4条3項の趣旨)、及び審査と審判が続審の関係にあることから商標法4条1項6号の判断時は審決時であるとし、出願時とする原告の主張を採用しなかった。
また、審決時に東京維新の会が解散しており存在していなかったことに対しては、東京都広報にその旨が掲載されたのが審決後であったこと、日本維新の会については消滅の蓋然性が大きいとしても審決時に存在していたことを理由に商標法4条1項6号の適用を認めた。
3.商標法4条1項6号の判断基準時
(1) 商標登録出願時との関係
日本維新の会判決は、「商標法4条1項6号の趣旨は、同号所定の公的機関、非営利公益団体及び非営利公益事業(以下「公的機関等」という。)を表示する標章であって著名なものと同一又は類似の商標が商標登録を受けると、当該商標の使用状況等によっては、公的機関等の権威や信用が損なわれたり、また、当該商標に関する業務が公的機関等に関わるものであるなどの誤解を招き、需要者・取引者に損害を与えるという弊害が生じ得ることから、そのような商標の登録を禁じることによって、上記弊害の発生を阻止し、公的機関等の権威及び信用を保持するとともに、出所混同の防止により需要者・取引者の利益を保護するものと解される。また、商標法4条3項は、「第一項第八号、(中略)に該当する商標であっても、商標登録出願の時に当該各号に該当しないものについては、これらの規定は、適用しない。」と規定しており、この文言自体から、商標不登録事由を列挙する商標法4条1項各号のうち、同条3項に掲げられていないものについては、商標登録出願時に不登録事由に該当しなくても、その後の事情変更等によって該当するに至った場合には、商標登録を受けることができなくなると解される。したがって、商標法4条3項の趣旨は、同条1項各号の該当性の有無に係る判断の基準時を、最終的に当該判断をする時点、すなわち、原則として「商標登録査定時」又は「拒絶査定時」、拒絶査定に対する審判の請求があった場合には、「審決時」とすることを前提として、同条1項各号のうち、出願時には該当性が認められず、その後に出願人が関与し得ない客観的事情の変化が生じたために該当するに至った場合、当該出願人が商標登録を受けられないとするのは相当ではないものにつき、判断の基準時の例外を定めたものと解するのが相当である(東京高裁昭和46年9月9日判決・無体財産権関係民事・行政裁判例集3巻2号306頁※2、最高裁平成16年6月8日第三小法廷判決・集民214号373頁※3参照)。……上記の商標法4条1項6号の趣旨及び同条3項の趣旨に加え、同項が判断の基準時の例外を認めるものとして掲げる事由に商標法4条1項6号は含まれていないことに鑑みれば、同号該当性の有無に係る判断の基準時は、審査官による商標登録出願の審査(同法14条)の際には査定時、拒絶査定に対する審判の請求があった場合(同法44条)には、審決時とすべきである。」とした。
基準時を出願時にまで遡らせることを求める原告の主張は、上記平成16年最高裁判決を含むこれまでの通説判例に合致しないものであり、この点について大きな議論はないものと思われる。
(2) 審決後口頭弁論終結時までとの関係
日本維新の会判決は、「審決取消訴訟は、裁判所において、特許庁における審判官の合議体(商標法56条1項、特許法136条。以下「審判合議体」という。)がした審決の瑕疵の有無を事後的に判断する訴訟手続であり、審理の直接の対象は、商標権等の権利の存否ではなく、当該審決自体の違法性の存否、すなわち、当該審決につき、同審決がなされた時点において瑕疵があったか否かということに尽きる。このことは、裁判所において、審決取消訴訟を提起した原告が主張する取消事由に理由があるものと認めた場合であっても、自ら権利の存否を判断することはせず、判決において当該審決を取り消すにとどまり、同判決が確定したときは、特許庁の審判官においてさらに審理を行うとされていること(商標法63条2項、特許法181条)からも、明らかといえる。
したがって、審決取消訴訟においては、原則として、当該審決時までの事情に基づいて同審決の瑕疵の有無を判断すべきであり、同審決後に生じた事情は考慮すべきではない。」とした。
商標法4条1項6号該当性について出願時にまで遡らせられるかという問題に比べ、審決後の事情を考慮するかという問題については議論の余地がある。日本維新の会判決は、拒絶査定不服審判を「審査の続審(商標法56条1項、特許法158条)」と位置づけ「特許庁における審判合議体がした審決の瑕疵の有無を事後的に判断する訴訟手続である審決取消訴訟とは、手続の主体、構造が異なり、同列に論じることはできない。」として、いわゆる行政訴訟の性質論から審決後の事情を考慮しないことの理由付けを行っている。これに対しては、「…拒絶査定に端を発する審決取消訴訟においても、登録されるべき出願を登録に導き、登録されるべきではない出願の登録を阻却することが審決を取り消すか否かの分岐点になるべきであり、それ以上に行政庁の処分時の判断の可能性を問題にすべきではない(引用省略)。取消訴訟の段階で拒絶理由が解消したのであれば、商標登録を拒む理由はなくなっているのであるから、審決を取り消し、事件を審判手続きに差し戻すべきである。※4」との学説がすでに示されており、日本維新の会判決が言及した商標法4条1項6号の趣旨を貫徹するためには、同学説に従うほうが妥当であるように思える※5。
4.商標法4条1項6号と7号の関係
本件審判では、審査時に拒絶理由としていた商標法4条1項7号該当性ではなく、同項6号該当性を理由とした。審査時に存在しなかった東京維新の会ならびに日本維新の会が審判時には存在しており、7号を理由とするよりも6号を理由とするほうが具体的な事実に適用するのに妥当と判断されたものと思われる。しかし、このことが、かえって、東京維新の会判決では問題を引き起こすこととなった。
東京維新の会は、本件審査段階では存在しなかったが、その後審判時に政治団体として届け出され、審決時には解散していた。東京維新の会判決では、このことを認めながらも東京都広報に掲載されたのが審決後であったこと、及び東京維新の会と日本維新の会の関係から解散後も当面解散前の東京維新の会との出所の混同を防止することが必要であることを理由に商標法4条1項6号該当性が認められた。
このうち前半の理由は事実認定に当該事実の広報への掲載までが必要とされるのかどうかという問題であり、そうであれば、審判合議体が東京維新の会の解散の事実を知り得たかどうかで判断すべきことであった。また後半の理由は商標法4条1項6号該当性の理由ではなく同項7号該当性の問題であると言える。審判時の拒絶理由を維持することにより審決を下していればこのような問題も生じなかったと言える。
日本維新の会については、審決後に解散する蓋然性が高い状態に止まっており、いまだ解散していないため形式的には商標法4条1項6号に該当すると言えるが、事件の解決という点から見れば、知財高裁という事実認定を行う権限を有する裁判所が関わっておりながら全くその権限を行使できないことに問題がないとは言えないだろう。
5.審判と審決取消訴訟の関係
本件では、日本維新の会判決と東京維新の会判決がともに、審査と審判が続審であることに言及しており、日本維新の会判決は、これに加え、審査及び審判と審決取消訴訟とが性質を異にすることも指摘している。
戦前は、審決に不服があるものは大審院に出訴できることとなっていたが、これは法律違反を理由とするものに限られていた※6。戦後になり、日本国憲法に基づく徹底した三権分立の理念に基づき、行政機関による終審としての裁判の禁止が定められ、これに対応して、審判(ただし制度成立時は抗告審判)に対する訴えを東京高等裁判所の専属管轄とした。現行法の制度は、審査からの審級的連続性を肯定する余地があった戦前とは異なり、これを完全に否定して行政手続と裁判手続に明確に区分した点、及び戦前の大審院が法律審であったのに対して、戦後の東京高等裁判所は事実審でもあるという点に特徴がある。
この戦前と戦後の制度の違いを考慮して本件を分析すると面白いことがわかる。戦前のように審決に対する不服申立を受けた裁判所が法律審であれば、事実に問題があることを発見すれば、これを事実審である審判に差し戻すことにより、事件を迅速に1回の手続で解決できることになる。また、事実審でもある点を利点として活かすことが可能であれば、自ら事実を判断し、これもまた迅速に1回の手続で解決することができる。
これに対して、現行法下の審決取消訴訟は行政訴訟であり、審決後の事情変更により審決の結論自体の妥当性がなくなっていても、審決という行政処分の違法性自体が存在しなければその審決の結論を維持しなければならないことになる。
審判と裁判の関係では、特許法104条の3の改正につながるキルビー判決※7が思い出される。キルビー事件の高裁判決までは、特許庁と裁判所の役割分担(高度な技術である特許発明の有効無効の判断は特許庁のみが行い、裁判所はこれを行わない。)という考え方を理由に侵害訴訟中に裁判所が特許の無効理由を発見した場合でも直接それを権利範囲を否定するために利用することができないとされていた。これに対して、無効の蓋然性が高い特許の行使は権利濫用であるとの法理により侵害訴訟においても特許を無効と扱うことができることを認めたのがキルビー事件高裁判決であり、その後最高裁が同様の考え方を認めることでいわゆる「無効の抗弁」が認められ、現在の特許法104条の3につながった。
形式的制度的正義を守ることも法律の重要な役割であるが、他方、現実社会の問題を実効的に解決することもまた法律の役割である。このような価値観のバランスから考えると、本件のような問題を、行政訴訟の審理対象の問題として放置することには問題があると言わざるを得ない。
6.おわりに
東京維新の会判決は商標法4条1項6号の該当性に係る事実がすでに消失していたことを重視せずに結論を導いたように見える。審判の最終段階で東京維新の会が消滅するとは審判合議体も予想していなかったであろうが、商標法4条1項7号の該当性を合わせて検討していれば、結論を維持しつつより説得的な理由づけができたのではなかろうか。
本件の両判決は異なる部に係属しており、事実も少しずつ異なるため、判決文の構成も異なっている。これに加え、日本維新の会の原告代理人は弁護士で東京維新の会の原告代理人は弁理士となっている。それぞれの代理人の特性が働いた点はあったのかなかったのか、いずれにしても詳細に検討すればまだまだ論点が出そうな事件である。
なお、本件原告は、「東京都維新の会(登録商標第5503113号)」及び「平成維新の会(登録商標第5503114号)」については商標を取得済みであり、「元祖 日本維新の会(商願2012-85150)」、「本家 日本維新の会(商願2012-85158)」、「元祖 維新の会(商願2012-85165)」、「本家 維新の会(商願2012-86003)」について商標出願している※8。第三者による「維新の介(指定役務として14類を含む)※9」の登録もあり、商標法4条1項6号ならびに同項7号の解釈との関係で興味深い。
(掲載日 2014年11月10日)