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判例コラム

 

第44号 セクハラをめぐる懲戒処分の有効性 

~最高裁平成27年2月26日セクハラ事件判決を題材にして※1

文献番号 2015WLJCC005
西村あさひ法律事務所※2
弁護士 細野 敦

1.懲戒処分としてのセクハラ訴訟

セクハラ訴訟の態様には、セクハラを受けた被害者が加害者やその使用者である企業に対して責任追及をする損害賠償型や、企業がセクハラをした従業員を懲戒処分に付したことの是非が争われる懲戒処分型がある※3
本件は、大阪市が出資する第三セクターのY水族館の男性従業員であるX1、X2が、それぞれ複数の女性従業員に対して性的な発言等のセクシュアル・ハラスメント等をしたことを懲戒事由としてY水族館から出勤停止(X1につき30日、X2につき10日)の懲戒処分を受けるとともに、これらを受けたことを理由に下位の等級に降格されたことから、Y水族館に対し、出勤停止処分は懲戒事由の事実を欠き又は懲戒権を濫用したものとして無効であり、降格もまた無効であるなどと主張して、出勤停止処分の無効確認や降格前の等級を有する地位にあることの確認等を求めた事案である。
本件判決については、「『セクハラ処分は有効』=無効判断の二審破棄-水族館職員の上告審・最高裁」などの見出しで、メディアでも大きく取り上げられ、世間の耳目を惹き※4、最高裁がセクハラに対して厳しい態度で臨んだとの評価もなされていることから、今後の同種訴訟に大きな影響を与えることが予想される。
今回は、原審である高裁判決と本件判決の内容に立ち入って、判断の別れ道となったポイントとその背景について、若干の分析をしてみよう。

2.事案の概要

本件事案の概要は、以下のとおりである。
X1は、平成3年にY水族館に入社し、同21年8月から営業部サービスチームのマネージャーの職位(同24年3月当時、Y水族館の資格等級制度規程に基づき課長代理の等級)にあり、X2は、平成4年にY水族館に入社し、同22年11月から営業部課長代理の職位(同24年2月当時、本件資格等級制度規程に基づき課長代理の等級)にあった。
Y水族館の営業部は営業チームとサービスチームで構成されており、営業部の事務室内では、サービスチームの責任者の役割を担うマネージャーであるX1、同チームの複数の課長代理の1人であるX2、売上管理等担当の女性従業員A(昭和56年生)及び拾得物担当の女性従業員B(昭和61年生)を含む20数名の従業員が勤務していた。従業員Aは、D社からY水族館に派遣されている派遣社員であり、従業員Bは、D社の従業員として同社がY水族館から請け負っている業務に従事していた。
平成23年当時、Y水族館の従業員の過半数は女性であり、Y水族館の来館者も約6割が女性であった。また、Y水族館は、職場におけるセクハラの防止を重要課題として位置付け、かねてからセクハラの防止等に関する研修への毎年の参加を全従業員に義務付けるなどし、平成22年11月1日には「セクシュアルハラスメントは許しません!!」と題するセクハラ禁止文書を作成して従業員に配布し、職場にも掲示するなど、セクハラの防止のための種々の取組を行っていた(Y水族館において、セクハラ禁止文書は、就業規則に該当するセクハラ行為の内容を明確にするものと位置付けられていた。)。
Y水族館の就業規則には、社員の禁止行為の一つとして「会社の秩序又は職場規律を乱すこと」が掲げられ、就業規則に違反した社員に対しては、その違反の軽重に従って、戒告、減給、出勤停止又は懲戒解雇の懲戒処分を行う旨が定められていた。また、社員が「会社の就業規則などに定める服務規律にしばしば違反したとき」等に該当する行為をした場合は、Y水族館の判断によって減給又は出勤停止に処するものとされていた。セクハラ禁止文書には、禁止行為として「①性的な冗談、からかい、質問」、「③その他、他人に不快感を与える性的な言動」、「⑤身体への不必要な接触」、「⑥性的な言動により社員等の就業意欲を低下させ、能力発揮を阻害する行為」等が列挙され、これらの行為が就業規則の禁止する「会社の秩序又は職場規律を乱すこと」に含まれることや、セクハラの行為者に対しては、行為の具体的態様(時間、場所(職場か否か)、内容、程度)、当事者同士の関係(職位等)、被害者の対応(告訴等)、心情等を総合的に判断して処分を決定することなどが記載されていた。
X1、X2は、従業員Aらに対し、平成22年11月頃から同23年12月までの間に、複数回のセクハラ発言をした。なお、X2は、以前から女性従業員に対する言動につきD社内で多数の苦情が出されており、また、平成22年11月に営業部に異動した当初、上司から女性従業員に対する言動に気を付けるよう注意されていた。
Y水族館は、平成23年12月、従業員Aらから、Xらから本件セクハラ行為等を受けた旨の申告を受け、Xらから事情聴取等を行った上で、Xらに対し、本件セクハラ行為等がセクハラ禁止文書の禁止行為に該当するとして、X1に対し30日間、X2に対し10日間の出勤停止の懲戒処分をした(その後、Y水族館は、Xらが出勤停止の懲戒処分を受けたことを理由に降格処分を行い、Xらは、それぞれ上記の出勤停止処分及び降格により、給与及び賞与の減額等を受けた。)。
なお、従業員Aは、Xらの本件セクハラ行為が一因となって、平成23年12月末日限りでD社を退職し、Y水族館における勤務を辞めた。従業員Aは、Xらのセクハラ行為等について、Xらによる報復や派遣元であるD社の立場の悪化を懸念し、Xらに直接抗議したりY水族館に訴えたりすることを控えていたが、Y水族館での勤務を辞めるに当たり、職場に残る従業員Bや後任者のことを考えて、従業員BとともにY水族館に対する上記の被害の申告をしたものであった。

3.原審の判断内容


原審※5は、Xらのセクハラ行為は、セクハラ禁止文書の禁止する会社の秩序又は職場規律を乱すものに当たり、会社の服務規律にしばしば違反したものとして、出勤停止等の懲戒事由に該当するが、従業員Aから明確な拒否の姿勢を示されておらず、本件各行為のような言動も同人から許されていると誤信していたことや、Xらが懲戒を受ける前にセクハラに対する懲戒に関するY水族館の具体的な方針を認識する機会がなく、本件各行為についてY水族館から事前に警告や注意等を受けていなかったことなどを考慮すると、懲戒解雇の次に重い出勤停止処分を行うことは酷に過ぎ、Y水族館がXらに対してした本件セクハラ行為を懲戒事由とする各出勤停止処分は、その対象となる行為の性質、態様等に照らして重きに失し、社会通念上相当とは認められず、権利の濫用として無効であり、上記各処分を受けたことを理由としてされた各降格もまた無効であるなどとして、Xらの各出勤停止処分の無効確認請求や各降格前の等級を有する地位にあることの確認請求等を認容すべきものとした。

4.最高裁の判断内容

これに対し、最高裁は、X1とX2のセクハラ発言等を批判的に摘示し、同一部署内において勤務していた従業員Aらに対しXらが職場において1年余にわたり繰り返したセクハラ発言等の内容は、いずれも女性従業員に対して強い不快感や嫌悪感ないし屈辱感等を与えるもので、職場における女性従業員に対する言動として極めて不適切なものであって、その執務環境を著しく害するものであったというべきであり、当該従業員らの就業意欲の低下や能力発揮の阻害を招来するものと断じ、しかも、Y水族館においては、職場におけるセクハラの防止を重要課題と位置付け、セクハラ禁止文書を作成してこれを従業員らに周知させるとともに、セクハラに関する研修への毎年の参加を全従業員に義務付けるなど、セクハラの防止のために種々の取組を行っていたのであり、Xらは、上記の研修を受けていただけでなく、Y水族館の管理職としてY水族館の方針や取組を十分に理解し、セクハラの防止のために部下職員を指導すべき立場にあったにもかかわらず、派遣労働者等の立場にある女性従業員らに対し、職場内において1年余にわたり多数回のセクハラ行為等を繰り返したものであって、その職責や立場に照らしても著しく不適切なもので、従業員Aは、Xらのこのような本件各行為が一因となって、Y水族館での勤務を辞めることを余儀なくされているのであり、管理職であるXらが女性従業員らに対して反復継続的に行った極めて不適切なセクハラ行為等がY水族館の企業秩序や職場規律に及ぼした有害な影響は看過し難い旨説示した。
そして、X1、X2が過去に懲戒処分を受けたことがなく、出勤停止処分がその結果として相応の給与上の不利益を伴うものであったことなどを考慮したとしても、出勤停止処分が本件セクハラ行為を懲戒事由とする懲戒処分として重きに失し、社会通念上相当性を欠くということはできず、出勤停止処分を理由とする降格も人事権を濫用したものとはいえず有効と判断して、X1、X2の出勤停止処分の無効確認や降格前の等級を有する地位にあることの確認等の請求を棄却した原々審の結論が正当であるとして、X1、X2の控訴を棄却する判断を下した※6

5.原審と最高裁の判断を分けたものは何か?

原審においては、Y水族館が主張した懲戒事由が全て事実として認められなかったり、懲戒事由に該当しないと判断されたことが、その最終判断に客観的に影響している可能性は否定できない。しかし、原審も、Xらのセクハラ発言の酷さやY水族館のセクハラ防止に対する姿勢について最大限理解の姿勢を示していることは、「確かに、特にX1懲戒該当行為は、言辞によるセクハラ行為等としては軽微とは言い難い。また、Y水族館は、その職員の過半数を女性が占める上、そのイメージが少なからず売上に影響すると考えられる施設を運営し、施設の顧客も女性が過半数を占めていたこと、そのため、セクハラ禁止文書を作成して従業員に配布し、職場にも掲示してその内容を周知するほか、平成21年以降、毎年セクハラ研修を行って全従業員の参加を求めるなどしてセクハラ防止活動に力を入れていたこと、Xらは、その管理職として、本来は部下を指導するなどしてセクハラの防止に努めるべき立場にあったこと、本件各懲戒該当行為が一因となって従業員AがY水族館での勤務を辞めるに至っていることに鑑みると、本件各懲戒事由に対して厳しい姿勢で臨むべきとするY水族館の主張も理解できなくはない」〔注:筆者において内容をまとめているため正確な引用ではない。〕旨判示していることからもうかがえる。そして、原審が、ある意味、以下のように、きめ細やかな事実認定をしながら、Xらの請求を一部認容する結論を導いている過程は、必ずしも強引なものでもないように見える。すなわち、原審は、①本件各懲戒該当行為については、Xらが、従業員Aの意に反することを認識しながら、又は従業員Aに対する嫌がらせを企図してあえて行ったものとまでは認められずむしろ、Xらの供述等によれば、Xらは、いずれも従業員Aとは仲が良く、本件各懲戒該当行為のような言動も従業員Aから許されていると勘違いをした結果、それらの行為に及んだものと認められ、Xらが、従業員Aから明確な拒否の姿勢を示されたり、その旨Y水族館から注意を受けたりしてもなおこのような行為に及んだとまでは認められない、②Xらのセクハラ発言の一部については、他の管理監督者らも認識していたことが十分に考えられるのに、これについてY水族館が何らかの対応をしたこともうかがわれないことからすると、Y水族館においては、セクハラ防止活動に力を入れていたとはいうものの、一般的な注意以上に、従業員の個々の言動について適切な指導がされていたのか疑問がある、③Y水族館ではこれまでセクハラ行為を理由とするものを含めて懲戒処分が行われたことがないことが認められ、Xらには、Y水族館が具体的にセクハラ行為に対してどの程度の懲戒処分を行う方針であるのかを認識する機会がなかった、などの理由を掲げ、以上からすると、本件各処分は、その対象となる行為の性質・態様等に照らし、重きに失し、社会通念上相当とは認められず、本件各処分につき手続の適正を欠く旨のXらの主張について判断するまでもなく、権利の濫用として無効である旨判示しているのである。
ところが、最高裁は、原審が、Xらが従業員Aから明白な拒否の姿勢を示されておらず、本件各行為のような言動も同人から許されていると誤信していたなどとして、これらをXらに有利な事情としてしんしゃくしている点につき、職場におけるセクハラ行為については、被害者が内心でこれに著しい不快感や嫌悪感等を抱きながらも、職場の人間関係の悪化等を懸念して、加害者に対する抗議や抵抗ないし会社に対する被害の申告を差し控えたりちゅうちょしたりすることが少なくないと考えられることや、本件セクハラ発言の内容等に照らせば、仮に上記のような事情があったとしても、そのことをもってXらに有利にしんしゃくすることは相当ではないとして、被害者の内心や行動以前にセクハラ発言の客観的な内容から加害者側に責任があるというスタンスを明白にしている。また、最高裁は、原審が、Xらが懲戒を受ける前にセクハラに対する懲戒に関するY水族館の具体的な方針を認識する機会がなく、事前にY水族館から警告や注意等を受けていなかったなどとして、これらもXらに有利な事情としてしんしゃくしている点につき、Y水族館の管理職であるXらにおいて、セクハラの防止やこれに対する懲戒等に関するY水族館の方針や取組を当然に認識すべきであったといえることに加え、従業員AらがY水族館に対して被害の申告に及ぶまで1年余にわたりXらが本件各行為を継続していたことや、本件各行為の多くが第三者のいない状況で行われており、従業員Aらから被害の申告を受ける前の時点において、Y水族館がXらのセクハラ行為及びこれによる従業員Aらの被害の事実を具体的に認識して警告や注意等を行い得る機会があったとはうかがわれないことからすれば、Xらが懲戒を受ける前の経緯についてXらに有利にしんしゃくし得る事情があるとはいえない旨判示し、やはり加害者側に責任があるというスタンスを明白にしている。

6.今後の実務への影響は?

最高裁が、被害者の内心や拒否の姿勢等や会社の事前の警告・注意の有無等を問わず、加害者側の役職に鑑みた客観的なセクハラ発言の内容、態様、状況等から懲戒処分の有効性を認めたことは、今後、少なくとも、セクハラ発言を原因とした懲戒処分における有効性を判断する際に、客観的・外形的事情によって判断がなされる方向性を示しているといえよう。企業側としては、セクハラ防止への積極的取組や研修を通じた従業員の啓蒙が求められることはもちろんであるが、かかる会社のセクハラ防止の取組を認識できる立場にある社員が加害者となり、被害者との関係で、客観的に卑劣・陰湿な態様で行ったセクハラ発言については(期間にもよるであろうが)外形的に当然に懲戒処分となり得る余地を認めたと考えられる。これは、セクハラ発言の被害者に、外形的事実だけを証言すれば足り、内心の意図やなぜ拒否の態度を示さなかったのかという加害者側からの非難的・攻撃的な尋問の必要性を失わせる点において、証人尋問の場において必要以上にプレッシャーを受けることがなくなり、二次的被害を防止するという効果もあるであろうし、不用意なセクハラ発言を行う社員の行動を事前に抑止する点からも有効であろう(懲戒という不利益処分を受ける際の弁明の機会の付与の必要性については、あらためていうまでもない。)。
昨今、都議会におけるセクハラやじ発言など※7、女性に対する差別意識・人権意識の希薄さがたびたび問題になる事例が散見されるが、最高裁の渾身の一打が徐々にでも職場の執務環境の改善に良い影響を及ぼすことが期待される。

(掲載日 2015年3月19日)

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