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文献番号 2015WLJCC008
同志社大学
教授 高杉 直
1.はじめに
国際契約の当事者について倒産手続が開始された場合、その契約中の仲裁条項の効力は維持されるのか。当該契約に関連する紛争について、仲裁手続での解決が許されるのか、また、相手方が訴訟を提起した場合に当該仲裁条項に基づく妨訴抗弁(仲裁法14条1項を参照)が認められるのか。このような仲裁合意と倒産手続の関係については、諸国の法内容も異なり、世界的に議論がある点である(例えば、手塚裕之「国際仲裁手続と外国倒産手続」『国際仲裁と企業戦略』(2014)474頁などを参照)。本件では、倒産手続の共益債権に関する紛争に仲裁合意の効力が及ぶかが問題となった。
2.事案の概要
原告X(パナマ共和国法人)は、日本法人Aの完全子会社である船会社である。被告Y(日本法人)は、船舶の運航を営む株式会社(オペレーター)である。
平成20年、Xは、Yとの間で、X所有の船舶(本件船舶)について、Yを傭船者とする定期傭船契約(本件定期傭船契約)を締結し、平成23年、Yに本件船舶を引き渡した。本件定期傭船契約の契約書17条には、英文で、船主と傭船者との間に紛争が生じた場合、案件は、ロンドンにおいて、各当事者が1名ずつ指名する2名の仲裁人及びその仲裁人から指名を受けた1名の審判人に付託する旨の合意(本件仲裁合意)が記載されている。また、本件定期傭船契約の付加条項83条には、同契約は英国法に従って解釈されるべき旨規定されている。
平成24年7月23日、Yは、東京地裁によって更生手続開始の決定がされ、Bが管財人に選任された。B管財人の申立てに基づき、英国高等法院は、平成24年7月30日、日本におけるYの更生手続を外国主手続として承認すること、及び管財人の承認又は裁判所の許可がある場合を除き、Y又はその財産に対し、仲裁を含むいかなる法的行為も開始又は継続してはならないこと等を内容とする命令(本件高等法院命令)を発した。また、B管財人は、平成24年8月13日付け書面(本件解除通知書)をもって、Xに対し、会社更生法(以下、「法」)61条1項に基づき、本件定期傭船契約を解除する旨の意思表示をした。
そこで、Xは、Yに対し、更生手続開始の申立ての日から上記契約解除の日までの傭船料債権が共益債権(法62条2項及び127条2号)に当たると主張して、その支払を求めるとともに、同債権が共益債権であることの確認を求めて訴え(本件訴え)を提起した。これに対して、Yは、本件訴えに係る紛争については仲裁合意があると主張して、本件訴えの却下を求めた。
3.判決の概要
「本件訴えに係る紛争が仲裁合意の対象であるとして本件訴えの却下を求めるYの本案前の抗弁は、理由がない」
(1)本件仲裁合意の準拠法:「仲裁合意の準拠法は,法の適用に関する通則法7条により,第一次的には当事者の意思に従って定められるところ,本件定期傭船契約が英国法に従って解釈されるべき旨規定されていること及び仲裁地が同国のロンドンとされていることからすると,英国法を本件仲裁合意の準拠法とする旨の黙示の合意がされたものと認めるのが相当である。」
(2)本件仲裁合意の成否について:「本件仲裁合意の成否については,本件仲裁合意の準拠法である英国法によって判断すべきところ,……1996年英国仲裁法……からすると,仲裁に付託することについての意思の合致によって仲裁合意が成立するものと解される。」
(3)本件仲裁合意の解除について:「1996年英国仲裁法は,当事者によって別段の合意がない限り,仲裁合意が別の合意を構成する又は構成することを意図されている場合において,当該別の合意が無効,不存在又は失効したときも,仲裁合意自体は無効,不存在又は失効したものとみなされず,独立した別個の合意として扱われる旨定める(第7条)。そうすると,B管財人が法61条1項に基づく本件定期傭船契約を解除したことによって,直ちに本件仲裁合意が解除されたものと解することはできない。」
(4)本件仲裁合意の範囲について:「本件仲裁合意は,仲裁の対象となる紛争について,「紛争が生じた場合(That should any dispute arise)」との概括的な文言を用いており,限定を加えていない。
しかしながら,……本件訴訟の本案における中心的な争点は,本件傭船料債権が共益債権に当たるか否か……という,日本の会社更生法の解釈固有の問題であり,ロンドンの仲裁人が適切に判断することには困難が伴うと考えられること<証拠略>,英国法上,裁判所の許可等のある特別な場合を除き,倒産を申し立てた会社を相手にして仲裁手続を行うことは許されないものとされていること<証拠略>に照らすと,当事者において,本件訴訟の本案に係る紛争についてまで,ロンドンの仲裁に付託するとの合意をしたものと解することはできない。」
4.本判決の意義
本判決は、[1]妨訴抗弁の局面での仲裁合意の準拠法につき、法の適用に関する通則法7条以下によること(判旨1)、[2]仲裁合意の独立性の問題につき、仲裁合意の準拠法によること(判旨3)、を明らかにした。いずれも裁判例・学説の趨勢に従ったものである(近時の趨勢につき、高杉直「国際取引契約における仲裁合意の成立・効力の準拠法」帝塚山法学26号(2014)45頁を参照)。
ただ、倒産手続開始が仲裁合意に与える効果の問題(管財人への仲裁合意の拘束力の有無や倒産法上の事項の仲裁適格などの問題)については正面から扱っていない。本判決は、仲裁合意の物的(客観的)効力範囲の問題として、本件傭船料債権が共益債権に当たるか否かなど本件訴訟の本案に係る紛争については、仲裁合意の対象とされていないと判示した(判旨4)。しかし、端的に、Xの主張に従い、「共益債権か更生債権かという問題は、更生手続に固有の紛争であり、……仲裁に付す処分権を有しない」(=仲裁適格がない)との判示をすべきであったように思われる。
倒産法上の事項を当事者が仲裁合意の対象と「できるか」という問題(仲裁適格)についても世界的な議論が続いているが、実務上の観点からは、熟慮して締結した仲裁合意であったとしても訴訟の排除が認められない場合(倒産法の他にも知財法・競争法上の事項など)があることに留意を要しよう。