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判例コラム

 

第49号 FRAND宣言特許の侵害と営業誹謗行為の成立 

~東京地裁平成27年2月18日判決※1

文献番号 2015WLJCC010
虎門中央法律事務所大阪事務所※2
弁護士、ニューヨーク州弁護士
苗村 博子

【はじめに】

原告イメーション、被告ワンブルーエルエルシー間の営業誹謗行為を認定と聞いても、よく知らない会社同士、どうやらそれらの会社の骨肉の争いか?などと思ってしまわれた方も多いと思う。
しかし、現実には、標準必須特許の保有者がFRAND宣言をしていた場合に、そのパテントプールの管理者が、特許使用者に対し、ライセンス契約の紹介及びロイヤルティの支払いを求め、これに対して、ライセンスを公正合理的な実施料にて受けたいと回答した者に対し、これをライセンス契約の拒否とみて、その特許使用者の販売店に、ライセンス契約を結ぶ前に継続している特許使用について、特許侵害製品の取り扱いをやめるよう申し入れを行うことができるかという問題が、FRAND宣言とその特許使用者の関係について、営業誹謗行為の成立の有無、またその差止めの是非、損害賠償請求権の有無という形で現れた事件である。
FRAND宣言とまだライセンス契約を締結していない特許使用者との関係については、平成26年5月16日、知財高裁の大合議決定※3で、双方にとっての対応すべき方向性が示された。この大合議決定は、本判決にも多大な影響を及ぼし、FRAND宣言とそのライセンシーとなろうとする者への特許権者の(実際はその管理者)対応を、営業誹謗行為となるかという観点から見ている。本判決も拠り所とする上記知財高裁決定も参考にしながら、本件を見てみよう。

【事案の概要】

まず、当事者について、原告は、米国の3M社から分離独立した米イメーション社のグループ企業である日本企業で、ブルーレイディスク(BD)商品をTDK Life on Recordというブランドで販売している会社である。被告は、ブルーレイディスク(BD)製品に関する標準必須特許のパテントプールを管理運営する米国法人である。また、このパテントプールは、富士通、日立、パナソニック、ソニー、シャープ、太陽誘電などの名だたる日本企業やフィリップス、サムスン電子、ヒューレットパッカード社、デル社など世界各国の記憶媒体メーカーが集まってできたBDの標準規格の策定団体(BDF、FはFounders)であり後にBDA、(AはAssociation)となったが、これらの会員の提供する標準必須特許の管理をし、一括してBDAからライセンスを受けていたのが被告である。
本件のBDAは、FRAND宣言をしており、仮にBDAの会員でなくても、Fair、Reasonable 、and Non-discriminatory Termsでライセンス使用を申し込んだ場合には、非独占のライセンスを供与することをその付属定款で宣言していた。ただし、被告自体は、いわばBDAのライセンシーであり、自らは、FRAND宣言を行っていない。
被告は、2012年(平成24年)6月時点で会員になっていなかった米イメーション社に対し、具体定な実施料を含む世界的なライセンスプログラムの提供とこれを受けない場合のBD等の即時販売停止を求めた。これに対し、米イメーション社は、同年9月公正で合理的な実施料を支払う意思はあるが、被告の提示する一枚あたり、いくらという実施料は公正妥当でないと考えること、公正妥当と考える根拠を示すよう求めること、売上原価の3.5%を実施料として支払う等を通知した。
これに対し、被告は、直ちにNon-discriminatoryにするために、実施料等の個別交渉はしない旨、通知した。
また、その後、2013年(平成25年)4月、5月に被告の日本子会社と、原告との間で、同様のやりとりがあった。
被告は、2013年(平成25年)5月その特許の一部保有者とともに、米イメーション社を米国で特許侵害だとして訴訟提起している。
その後、2013年(平成25年)6月に被告は、被告のパテントプールの特許保有者から委託を受け、原告製品の販売を行っている家電量販店3社に、被告が管理する特許のライセンスを受けていない製品は特許侵害に当たること、TDKなど一定のブランドは、ライセンスを受けていないこと等を通知した。
これを受け、原告は、このような通知は、不競法2条1項14号の虚偽の告知に該当する独禁法上の不公正な取引方法に該当する、公正・合理的かつ被差別的な条件での実施料として仕入れ価格の3.5%を支払う用意があり、今後も誠実にライセンス交渉を行っていく意思がある旨の通知をした。

【裁判所の判断】
1.競争関係

裁判所は、不競法2条1項14号に関して、競争関係については、原告と被告の競争関係ではなく、原告と被告の管理する特許の保有者との関係を見て、これを競争関係にあると認めた。これまでの様々な判例でも、「競争関係」については広く解される傾向にあるが、本判決は、この特許保有者と原告が競争関係に立ち、被告はいわばこれらの特許保有者の代理人的立場にあるとして競争関係を認めた。個人の代表者の行った行為などとは異なる特許の管理団体を代理人として、原告と、被告にとっては、本人に当たる特許保有者との競争関係を認めたという点では、初めての判断ともいえそうである。

2.FRAND宣言と営業誹謗行為

また営業誹謗行為に該当するかという点については、まず、被告が、家電量販店に送った通知文書の中には、原告の名称自体はないものの、原告が販売している製品が、TDKブランドの製品であることに鑑みれば、TDK製品がライセンスを受けていない、特許侵害品をかような家電量販店に販売したとの記述は、原告の営業上の信用を低下させるものであるとしてこれを認めた。

3.虚偽の告知

(1)FRAND宣言と誠実交渉義務
そして、虚偽の事実の告知に関しては、FRAND宣言をしている標準規格の必須特許に関しては、上述の知財高裁の基準を採用した上で本件事案を具体的に検討している。すなわち、FRAND宣言をしている特許権者による差止請求権については、その相手方によって、①特許権者がFRAND宣言をしていること、②そのFRAND宣言にかかる条件によるライセンスを受ける意思を有する者であることが主張立証されれば、その行使は、権利濫用に当たり許されないとの基準を紹介した上で、本件では、原告には、FRAND宣言に従った条件によるライセンスを受ける意思があったものと認めた。事実の概要で述べたとおり、原告と被告のやりとりには、被告実施料の提示を受け、これを公正合理的でないと考えるが、公正で合理的な実施料を支払うつもりで意思もあるとした点、具体的な数値を示した点、被告はこれに対し、被告提示実施料の合理性の具体的根拠を示さず、米国で侵害訴訟を提起したこと等を示した上で、双方提示の実施料には大きく隔たりがあるが、それをもって、原告にライセンスを受ける意思の存在は妨げられないとしている。

(2)誠実交渉義務下での特許侵害の告知と権利の濫用
本判決は、キルビー特許最高裁判決(平成12年4月11日)※4や、権利濫用とされる中での特許侵害の顧客先への警告は虚偽の事実の告知とされていること(東京地裁平成16年3月)※5を挙げ、かような中で、原告やその顧客である家電量販店への差止請求権の行使は、虚偽の告知に該当するとした。
そして差止めに関しては、今後同種の告知がなされれば、原告は営業上の利益を侵害されるとして、これを認めた。

4.損害賠償義務の有無

本判決は、差止めを認めながら、過失を認めず、損害賠償義務を否定した。というのも家電量販店に告知がされた際、いまだ、上述の大合議決定は出されていなかった。この大合議決定にあたっては、アミカスブリーフ(私には、パブリックコメントに近いものに思えるが)として、広く意見募集がなされ、この意見の中には、差止請求権の制限に関しても、かような制限をすべきでないという考え、一定制限されるべきという考え、一切これを認めるべきでないとする意見などに分かれ、法律構成、判断基準も様々であったことを述べて、被告には、原告の特許侵害に対し、差止請求権がない、すなわちかような顧客である家電量販店に警告書を出すことが権利濫用になるとは予想出来ず、従って、過失もなかったとした。知財高裁がアミカスブリーフを求めた思わぬ余波が及んだことになる。
なお本判決は、一つの家電量販店への警告書の発送よりも3か月も前に、この知財高裁大合議決定の原決定(平成25年2月28日決定)※6や同日の債務不存在確認請求訴訟判決※7が特許権者の権利濫用を認めていたが、大合議決定も、東京地裁の決定、判決も特許権者に誠実交渉義務違反があったことを重視していたとして、これも被告に過失がないことの理由とした。
しかし、この点の判断はどうであろうか?平成25年5月末現在で、少なくとも東京地裁の上記判決は公衆閲覧可能な状態であり、私の事務所の若手弁護士も事務所HPにリーガルエッセイをアップしていた時期である。また原告からの公平性の資料要請に対しても被告はこれに回答しておらず、十分に誠実交渉義務違反があるともいえる状態であったのではないだろうか?
知財高裁がパブリックコメントを求めたこと自体、後述するように、社会的に重要な影響を及ぼす判断をするにあたり、広く社会一般の考えを見ようとする画期的な試みであったが、ここで、様々な意見が出たからといって、その前に東京地裁判決に触れていた被告としては、本件の原告の顧客への警告書が原告の営業に多大な影響を及ぼすことに鑑みれば、結果を予測することが困難だとはいえないように思われる。

【FRAND宣言と競争法】

上述の知財高裁大合議決定が広く意見募集をした上で自らの判断をしたのは、特許権者の権利行使が時として自らの発明に対する投資回収や、発明の対価を超えて、他者の利用を制限してしまい、産業の発展のために国家が付与する目的を逸脱して、日本の独禁法等の競争法が恐れる違法な独占状態を作り出す事についての懸念があったものと思う。そして、それを防ぐ一つの手立てがFRAND宣言であると考え、特許権の権利行使と権利濫用の境界を決めるには、法的判断の基礎としての社会常識を確認したいとの思いが背景にあったものと思う。そのような観点からすれば、本判決が大合議決定の基準を用いて、特許権者(本件ではその管理者)の行為に、営業誹謗行為該当という形で一定の歯止めを掛けたことには意味があると思う。出来れば損害賠償の場面でも、もう少し緻密な分析がなされるとこの点についても違った結果となったのではないかと考える次第である。

(掲載日 2015年6月15日)

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