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文献番号2015WLJCC018
TMI総合法律事務所
弁護士・税理士 岩品 信明
第1 はじめに
一般の競馬愛好家は、レースごとに予想を立てて馬券を購入するが、当たり馬券の払戻金は所得税法上の一時所得になると考えられている。競馬には賭博性があり、馬券が当たるか外れるかは偶然に左右され射幸性を有するものである。そのため、一時所得、すなわち、「営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないもの」(所得税法34条1項)の定義に合致するものである。
本件における被告人は、競馬予想ソフトと情報配信サービスを活用して、一定の条件設定と計算式により大量に馬券を購入しており、問題とされた3年間にわたって、一日当たり数百万円から数千万円、一年あたり10億円前後の馬券を購入していた。また、被告人は、個々のレースを予想せず、独自に考案した条件設定と計算式に従って機械的に購入し、当たり馬券の払戻金合計と馬券の購入代金の差額を利益とするように、馬券購入を全体的にとらえて利益を得る手法をとっていた。
このように、特殊な購入を継続した場合に、通常の馬券の払戻金と同様に一時所得として取り扱うべきか、それともどの所得区分にも該当しない場合として雑所得として取り扱うべきかが問題となり、一時所得の概念を再考する契機になったといえる。さらに、外れ馬券を必要経費とすべきかも問題となり、それにより所得金額及び所得税額が大きく左右されることになる。
本件は、課税処分がなされただけでなく、所得税法違反事件として起訴され、広く報道されて世間の注目を浴びた事件である。
第2 事案の概要
1 事実関係
被告人は、馬券を自動的に購入できるソフトを使用し、インターネットを介して長期間にわたり、多数回かつ頻繁に網羅的な購入を繰り返していた。
具体的には、被告人は、インターネット上の競馬情報配信サービス等から得られたデータを自らが分析した結果に基づき、回収率を高めるようにソフトに条件を設定して馬券を抽出させ、さらに、自らが作成した計算式によって馬券の購入額を自動的に算出していた。被告人は、中央競馬の全ての競馬場のほとんどのレースについて、数年以上にわたって大量かつ網羅的に、一日当たり数百万円から数千万円、一年当たり10億円前後の馬券を購入し続けていた。被告人は、このような購入の態様をとることにより、偶発的要素を可能な限り減殺しようとするとともに、個々の馬券を的中させるのではなく、長期的に見て、当たり馬券の払戻金の合計額と外れ馬券を含む全ての馬券の購入代金の合計額との差額を利益とすることを意図していた。そして、実際に、平成19年に約1億円、平成20年に約2600万円、平成21年に約1300万円の利益を上げていた。
検察官は、馬券購入による払戻金は一時所得(所得税法34条1項)に該当し、当たり馬券の購入費用のみが所得の計算上控除され、外れ馬券の購入費用は必要経費にあたらないと解釈した。起訴状記載の公訴事実では、平成19年から平成21年の総所得金額は合計14億5951万2116円、所得税額は合計5億7174万1100円とされ、被告人は、その所得につき確定申告書を提出しなかったとして所得税法違反に問われた。
2 第一審及び控訴審
第一審である大阪地方裁判所平成25年5月23日判決※2では、一般的には馬券購入による払戻金は一時所得に該当すると認めた上で、被告人の本件馬券購入行為から生じた所得は雑所得に該当し、はずれ馬券を含めた全馬券の購入費用と競馬予想ソフトや競馬データ等利用料も所得の計算上控除される必要経費に該当すると解釈した。そして、平成19年から平成21年の総所得金額は1億6016万3456円、所得税額は5200万1900円と認定して、起訴状記載の公訴事実から総所得金額及び所得税額を大幅に減額し、被告人を懲役2月(執行猶予2年)とした。
控訴審である大阪高等裁判所平成26年5月9日※3も第一審と同様に判断し、控訴を棄却した。
第3 争点
本件の争点は、①被告人の本件馬券購入行為から生じた所得は一時所得か雑所得か、また、②雑所得とした場合には外れ馬券の購入費用等も所得の計算上必要経費として控除されるべきかどうかという点である。
第4 裁判所の判断
1 争点①:被告人の本件馬券購入行為から生じた所得は一時所得か雑所得かについて
(1)一時所得と雑所得の区別の基準について
最高裁判所は、所得税法の一時所得と雑所得の規定を指摘した。すなわち、「一時所得とは、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得及び譲渡所得以外の所得のうち、営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないものをいう。」と規定されている(所得税法34条1項)。一方、「雑所得とは、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得及び一時所得のいずれにも該当しない所得をいう。」と規定されている(同法35条1項)。
その上で、一時所得と雑所得の区別の基準について、最高裁判所は、両規定の文言に注目して、「所得税法上、営利を目的とする継続的行為から生じた所得は、一時所得ではなく雑所得に区分される」と判示し、具体的な判断基準については、「営利を目的とする継続的行為から生じた所得であるか否かは、文理に照らし、行為の期間、回数、頻度その他の態様、利益発生の規模、期間その他の状況等の事情を総合考慮して判断するのが相当である。」と判示した。
(2)本件へのあてはめ
最高裁判所は、「被告人が馬券を自動的に購入するソフトを使用して独自の条件設定と計算式に基づいてインターネットを介して長期間にわたり多数回かつ頻繁に個々の馬券の的中に着目しない網羅的な購入をして当たり馬券の払戻金を得ることにより多額の利益を恒常的に上げ、一連の馬券の購入が一体の経済活動の実態を有するといえる」という本件での事実関係を指摘した上で、「払戻金は営利を目的とする継続的行為から生じた所得として所得税法上の一時所得ではなく雑所得に当たる」と判断した。
2 争点②:雑所得とした場合には外れ馬券の購入費用等も所得の計算上必要経費として控除されるべきかどうか
最高裁判所は、「本件においては、外れ馬券を含む一連の馬券の購入が一体の経済活動の実態を有するのであるから、当たり馬券の購入代金の費用だけでなく、外れ馬券を含む全ての馬券の購入代金の費用が当たり馬券の払戻金という収入に対応するということができ、本件外れ馬券の購入代金は同法37条1項の必要経費に当たると解するのが相当である。」と判示した。
第5 通達改正
最高裁判決以降、国税庁は、最高裁判決に沿って所得税基本通達を以下のように改正し、一定の場合の馬券購入により払戻金を得る場合は雑所得に該当し、それ以外の場合は一時所得に該当するとした(下線部分が改正箇所)。
(一時所得の例示)
34-1 次に掲げるようなものに係る所得は、一時所得に該当する。
(2) 競馬の馬券の払戻金、競輪の車券の払戻金等(営利を目的とする継続的行為から生じたものを除く。)
(注)
第6 本判決の検討
1 一時所得の概念
一時所得とは、「利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得及び譲渡所得以外の所得のうち、営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないもの」である(所得税法34条1項)。特色は、一時的・偶発的利得であり、懸賞金や生命保険契約に基づく一時金、保険契約者が取得した死亡保険金※4、借家の立退料、時効による資産の取得※5などが一時所得の例として挙げられる※6。
一時所得については、その収入を得るために支出した金額及び特別控除(50万円)を所得の計算上控除することができる(所得税法34条2項、3項)。
2 雑所得の概念
雑所得とは、「利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得及び一時所得のいずれにも該当しない所得」である(同法35条1項)※7。所得税法における所得区分には10種類あるが、利子所得以下の9種類の所得に該当しない所得が網羅的に雑所得に分類される。
雑所得については、必要経費、すなわち、所得を得るために必要な支出を所得の計算上控除することができる(所得税法37条1項)。
3 一時所得と雑所得の区別の基準
本件においては、当たり馬券の払戻金が所得税法上の一時所得及び雑所得以外の所得に該当しないことは明らかであるため、一時所得に該当するか否かが問題となり、一時所得に該当しない場合には雑所得に分類されることになる。
一時所得と雑所得の区別の基準について、最高裁判所は、一時所得が「営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないもの」と規定されていることに着目した。すなわち、「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」であれば雑所得に分類され、そうでない場合には一時所得に分類されるとした。このような解釈は、法令の文言に従った文言解釈であり、特段異論はないと思われる。
さらに、「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」であるかどうかを具体的に判定するためには、「行為の期間、回数、頻度その他の態様、利益発生の規模、期間その他の状況等の事情を総合考慮して判断するのが相当である。」とした。「営利を目的とする継続的行為」という文言は抽象的であり、この文言のみからは具体的にどのような行為が該当するか明らかではない。そのため、その判断要素として、「行為の期間、回数、頻度その他の態様、利益発生の規模、期間その他の状況等」を挙げ、これらの事情を総合考慮して判断するとした。挙げられている判断要素は、営利性及び継続性を判断する要素として適切であると思われる。また、このようにいくつかの判断要素を挙げ、それらを総合的に考慮するという判断手法は、通常の判決でも用いられている。
4 本件へのあてはめ
最高裁判所は、本件の馬券購入行為を、「被告人が馬券を自動的に購入するソフトを使用して独自の条件設定と計算式に基づいてインターネットを介して長期間にわたり多数回かつ頻繁に個々の馬券の的中に着目しない網羅的な購入をして当たり馬券の払戻金を得ることにより多額の利益を恒常的に上げ、一連の馬券の購入が一体の経済活動の実態を有するといえる」と認定した。
また、「行為の期間、回数、頻度、利益発生の規模、期間その他の状況等」という具体的な判断要素については、長期間にわたり多数回かつ頻繁に、多額の利益を恒常的に上げたという事情を指摘して「営利を目的とする継続的行為」からの所得であることを認定した。
さらに、「一連の馬券の購入が一体の経済活動の実態を有する」と判示した。一連の馬券の購入が一体の経済活動の実態を有するため、(当たり馬券の払戻金合計額)-(外れ馬券も含めた馬券購入費用合計額)が所得として認識されることになり、当たり馬券の購入費用だけでなく、外れ馬券の購入費用で必要経費に算入できることになる。仮に、一体的に考えるのではなく、個々の馬券の購入ごとに考えることになれば、必要経費に算入できるのは当たり馬券の購入費用のみとなり、外れ馬券の購入費用は必要経費に算入できないことになろう。
本件のように独自の条件設定と計算式に基づいて網羅的に購入するような事実関係に基づく場合には、個々の馬券購入にそれぞれ着目するのではなく、長期間の馬券購入を全体的にとらえることが合理的と思われ、また、外れ馬券の購入費用も必要経費に算入すべきであると思われる。もっとも、馬券購入を全体的にとらえて雑所得と認定して外れ馬券の購入費用も必要経費に算入できるのは、このように相当程度にシステマティックに、かつ、あたかも事業活動のように行う場合に限定されることになる。熱心な競馬愛好者が馬券の購入明細を記録して収支を計算していたとしても、それは一時所得の積み重ねに過ぎないと判断されると考えられる。
5 類似事案(東京地裁平成27年5月14日〔刊行物未登載〕)について
本最高裁判決後、馬券を多額かつ長期間にわたって購入していたという類似案件として、東京地裁平成27年5月14日判決(以下「東京地裁判決」という。)がある。
(1)一時所得と雑所得の区別の基準
東京地裁判決は、一時所得と雑所得の区別の基準について、本件最高裁判決を引用しており、同一の基準により区別することとしている。
(2)あてはめ
東京地裁判決は、「原告が、数年間にわたって各節に継続して、相当多額の中央競馬の馬券を購入していたことは確かであるが、原告は具体的な馬券の購入を裏付ける資料を保存していないため〔前提事実(3)エ〕、実際にどの馬券を購入したのか、どのような数、種類の馬券を購入していたのか、競馬場やレースについて機械的、網羅的に馬券を購入していたのか不明であ」るとした。
また、「レース毎に、①馬の能力、②騎手(技術)、③コース適性、④枠順(ゲート番号)、⑤馬場状態への適性、⑥レース展開、⑦補正、⑧その日の馬のコンディションという考慮要素に基づいて各競走馬を評価した後(甲4の4頁以下)、上記のコース別レースシミュレーションによって補正をし(甲4の5頁以下)、レースの結果を予想して、予想の確度に応じた馬券の購入パターンにより、馬券の種類に応じて購入条件となる倍率を決めた購入基準に基づき、どのように馬券を購入するのかを個別に判断していたというのであり(甲4の6頁以下)、規模の点を別にすれば、このような馬券購入態様は、一般的な競馬愛好家による馬券購入の態様と質的に大きな差があるものとは認められない。」とした。
さらに、「結局のところ、レース毎に個別の予想を行って馬券を購入していたというものであって、自動的、機械的に馬券を購入していたとまではいえないし、馬券の購入履歴や収支に関する資料が何ら保存されていないため、原告が網羅的に馬券を購入していたのかどうかを含めて原告の馬券購入の態様は客観的には明らかでないことからすると(前記エ)、原告による一連の馬券の購入が一体の経済活動の実態を有するというべきほどのものとまでは認められない。」、「そうすると、本件競馬所得は、結局のところ、個別の馬券が的中したことによる偶発的な利益が集積したにすぎないものであって、営利を目的とする継続的行為から生じた所得に該当するということはできない。」と判示した。
(3)検討
一時所得と雑所得の区別の基準については、最高裁判決と東京地裁判決は同一である。
しかしながら、事実関係に着目してみると、一見同じように馬券を長期間にわたって多額に購入していたとしても、結論が異なることがある。東京地裁判決で判示された点から考えると、区別のポイントとしては、自動的・機械的な馬券購入であるかレースごとの個別の予想であるか、また、網羅的に馬券を購入したと言えるかそうでないか、という点であると思われる。
東京地裁判決は第一審判決であり確定したものではないため、上級審において事実認定が変わることもあり得るが、東京地裁判決の事実認定においては、最高裁判決の基準に照らすと一時所得に認定される事例であると思われる。
第7 おわりに
従来、馬券購入行為から生じた所得は一時所得であると考えられていたが、本最高裁判決は、一時所得と雑所得の区別の基準を提示して雑所得に分類される場合があることを明らかにした。その結果、外れ馬券の購入費用等が所得の計算上必要経費として控除される場合があることになった。しかしながら、一時所得と雑所得のいずれに分類されるか否かについては、事実認定の問題であり、具体的な事案に即して判断が異なるものであるし、しかも、雑所得に分類される場合は事実上稀であると思われる。そのため、本最高裁判決の判断基準を理解した上で、慎重に事実認定をして判断しなければならない。
(掲載日 2015年10月19日)