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文献番号 2016WLJCC004
明治学院大学
教授 西山 由美
1.はじめに
米国デラウェア州は、その企業誘致政策にもとづく柔軟な会社法と豊富な判例集積によって、100万社以上が同州で設立されている。とくにリミテッド・パートナーシップ(以下「LPS」)は、年間300米ドルの納付をもって、他の企業形態に求められる年次報告書提出義務が免除される※2。
同州法をはじめとする外国法に基づいて設立されるLPSは、いわゆるパススルーの事業体としてその損益が構成員に帰属することを前提に、日本においても節税投資商品として利用されてきた。
しかしながら、LPSが日本の租税法上法人に該当するかどうかについては、法令の明文規定はない。このような状況下で、LPSが法人に該当することを前提としてなされた課税処分の取消しを巡り、東京、大阪及び名古屋で訴訟が提起された。本件は名古屋の事件であり、第一審と控訴審では法人に該当しないと判示されたが、東京と大阪の事件の控訴審判決※3では、法人に該当すると判示されたため、最高裁の判断に注目が集まっていた※4。
2.本判決の事実・争点・判断
日本の個人投資家X(原告・被控訴人・被上告人)らは、ルクセンブルクのA銀行と信託契約を締結して投資資金を信託した。この契約は、Xらとアドバイザリー契約を締結していた証券会社(日本法人)が企画した投資事業プログラムの一部を構成しているところ、A銀行は、ケイマン諸島で設立されたB社および米国デラウェア州で設立されたC社との間で、デラウェア州改正統一LPS法(以下「州LPS法」)に基づいたパートナーシップ契約を締結し、LPSであるDを設立した。同契約では、C社をジェネラル・パートナー(無限責任)、A銀行、B社及びDをLPS(有限責任)とするもので、A銀行は、Xらの資金を各LPSに拠出した。
各LPSの業務は、米国内で中古建物を購入して、これを第三者に賃貸する不動産賃貸業である。Xらがアドバイザリー契約を締結している証券会社の投資事業プログラムによれば、Xらは米国の建物の減価消費や建物改修費用を日本の不動産所得の計算上(所得税法26条2項)必要経費に算入し、その損失の金額を他の所得と損益通算(所得税法69条1項)できることになっているため、Xらは米国での投資で生じた損失について、日本の所得と損益通算をして申告または更正の請求を行った。これに対してXらの所轄税務署長は、米国内のLPSによる賃貸事業から生じた所得は、Xらの不動産所得に該当しないとして、更正処分または更正の請求に理由がない旨の通知処分を行ったため、Xらは処分取消しを求めて訴訟を提起した。
争点は、各LPSが行う不動産賃貸業により生じた所得が、LPSとXらのいずれに帰属するか、すなわち、各LPSが日本の租税法上「外国法人」(所得税法2条1項7号)に該当するかどうかである。第一審と控訴審は、本件各LPSは日本の法人には該当しないとの判断を示したが、上告審判決は、「法人」の最も本質的な属性が「権利義務の帰属主体」であるとしたうえで、次のように判示した。
「州LPS法は、リミテッド・パートナーシップにつき、営利目的か否かを問わず、一定の例外を除き、いかなる合法的な事業、目的又は活動をも実施することができる旨を定めるとともに、同法若しくはその他の法律又は当該リミテッド・パートナーシップのパートナーシップ契約により付与された全ての権限及び特権並びにこれらに付随するあらゆる権限を保有し、それを行使することができる旨を定めている。このような州LPS法の定めに照らせば、同法は、リミテッド・パートナーシップにその名義で法律行為をする権利又は権限を付与するとともに、リミテッド・パートナーシップ名義でされた法律行為の効果がリミテッド・パートナーシップ自身に帰属することを前提とするものと解され[る]・・・上記のような州LPS法の定め等に鑑みると、本件各LPSは、自ら法律行為の当事者となることができ、かつ、その法律効果が本件各LPSに帰属するものということができるから、権利義務の帰属主体であると認められる。」
3.本判決の検討
本件LPSの法人該当性について第一審判決と控訴審判決は、租税法律主義(憲法84条)のもとでの課税要件明確主義を踏まえ、日本の租税法上の法人がその準拠法によって法人とされているとしたうえで、外国の法令に準拠して組成された事業体の法人該当性は、より実質的な観点から当該外国法の内容を踏まえ、日本の法人と同様に「損益の帰属すべき主体」として設立が認められているかどうかによって判断されるべきであるとした※5。
これに対して最高裁判決は、日本の租税法上の法人としての適格性を基礎づける属性の有無につき、当該事業体が「権利義務の帰属主体」であるかどうかを基準とし、いわゆる「2ステップアプローチ」を採用した※6。すなわち、まず、外国法に基づいて設立された組織体につき、設立根拠法令の規定の文言や法制の仕組みから、日本法上の法人に相当する法的地位の付与の有無が疑義のない程度に明白であるかどうかを判断し(アプローチ1)、第二に、上記の疑義のない程度の明白性が認められない場合には、当該組織体の設立根拠法令の規定の内容や趣旨等から、当該組織体が自ら法律行為の当事者となることができ、かつ、その法律効果が当該組織体に帰属すると認められるか否かという点を検討する(アプローチ2)というものである。
このアプローチについては、LPS設立の準拠法としての外国法が「LPSは法人である(あるいは法人でない)」と明文規定したり、政府がこれを宣言したりすることはあまり考えられないことから、アプローチ2が重要となろう。すなわち、LPSの法人該当性については、その当事者能力と効果帰属の有無を個々の設立根拠法令から判断していくことになる。これは、第一審判決と控訴審判決が「損益の帰属」という経済的基準を採ったのに対して、本判決が権利義務の帰属という法的基準を採ったことで、客観的な判断がよりしやすくなったと評価できる一方で、投資家の観点からは、LPSが設立された国の関係法令の慎重な解釈が自己責任の問題となり、投資リスクが高まる※7。
最高裁は本判決と同日に、バミューダのLPSの法人該当性を否認した原審に対する上告を不受理とした。不受理の理由は明らかにされていないが、今後LPSの法人該当性が判断される際には、本判決が示した基準、とくにアプローチ2の基準が標準型となるであろう。
(掲載日 2016年2月22日)