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文献番号 2016WLJCC006
日本大学大学院法務研究科
教授 前田 雅英
Ⅰ 判決のポイント
平成18年6月、東京都某区のマンションで都立高2年生(当時16歳)がエレベーターに挟まれ死亡した事故に関し、エレベーター機器の製作・設置と当初の保守点検を担当した会社(以下「製造保守会社」という。)の点検責任者Xと、その後の保守管理を担当した会社(以下「保守管理会社」という。)の会長Y1、社長Y2、メンテナンス部長Y3が業務上過失致死罪に問われた事案である。検察側が鑑定をやり直すなど公判前整理手続が長期化し、事故から1審判決までに9年以上かかった。
事故の原因となったライニングの異常摩耗が発生した時期が争点となったが、Xに保守点検の過失を問いうる時期には、それが発生していなかったと認定され、無罪が言い渡された。
Ⅱ 事実の概要
平成18年6月3日午後7時20分頃、5号機のかご及び乗降口の各扉が開いたままかごが上昇し、乗降口扉から降りようとしたC(当時16歳)の体が、かごの床面と乗降口の外枠に挟まれる事故が発生し、Cが死亡したことは、関係証拠により認められ、被告人弁護人も特に争っていない。また、本件事故が発生した直接的な原因が、当該エレベーターの動きを制御するブレーキ部分において、回転するブレーキドラムとライニングが摩擦してライニングが異常に摩耗するという現象が発生して進行したために、ブレーキ保持力が失われたことにあることについても、関係証拠により認められ、この点についても当事者間に争いはない。
同機については、製造保守会社が、平成10年度は設置会社による無償点検として、平成11年度から平成15年度までは随意契約により、公社から保守点検業務を受託してその保守点検を実施していた。平成16年度からは入札によって両機の保守点検業務の委託がなされるようになり、平成16年度は製造保守会社が、平成17年度はB社が、平成18年度からは、保守管理会社が保守点検業務を公社から受託し、平成18年4月1日からその保守点検業務を行っていた。
Ⅲ 判旨
争点は、ライニングの異常摩耗が発生した時期であったが、東京地裁は、「平成16年11月8日時点で、5号機のライニングの異常摩耗が発生していたと認めることはできない。」と認定し、それ以前に関与した被告人Xには、無罪を言い渡した。
その上で、被告人Y1~Y3については、「遅くとも平成18年5月25日の時点で,コイルの短絡によるプランジャー推力の低下が原因となり,[本]機のライニングの異常摩耗が発生し,進行していたと認められる」と認定し、平成18年当時の,エレベーター5大メーカーやメーカー系列の保守点検会社、さらに複数の独立系保守会社の保守点検内容の検討を踏まえ、「エレベーターのブレーキ部分の保守点検に当たっては,五感の作用による保守点検に加え,その構造や特徴,巻上機等が設置された環境等に応じて,相当な保守点検方法を講じることが必要な場合があると認められる」とし、本件エレベーターの保守点検に関しては、「その機種の保守マニュアルを保有していない場合,類似機種の保守マニュアルを保有しているのであればそれを精査し,・・・・・ライニングの異常摩耗が生じていないかなどブレーキが正常な状態にあるか否かを確認すべきであった」として、注意義務を示した。
そして、保守管理会社では、他社のエレベーター事故後もそれを踏まえた十分な対応をすることなく、さらに被告人Y1らは、外部機関から保守管理会社の保守管理体制等に関して問題点を指摘されたにもかかわらず、その保守管理体制を変えずにいたところ、平成17年3月には、保守点検業務を受注していたエレベーター2機においてブレーキ部分の不良等が原因となった人身事故が発生したことから、外部機関の「機種ごとの設計思想を考慮しない保守点検では故障等の不具合が生じ,その場しのぎの対応を採らざるをえない」という指摘が現実化したことを認識した。
そして、被告人Y1は、従前から保守点検に当たっては機械の構造等を把握する必要があるとの指摘を受けていたことを認識しており、また、被告人Y3は、保守管理会社の保守管理体制には問題があるが、保守管理会社の方針等から変えることはできないと考えていた。さらに、被告人Y2においては、エレベーターの機種ごとに留意点が異なりうること、また、保守点検員に対する指導・教育についてはOJTに加えて座学等が必要であると考えており、このような被告人Y2の考えを被告人Y1及び被告人Y3も幹部会における被告人Y2の発言によって把握していた。
したがって、被告人Y1らにおいて、五感の作用のみに頼る保守管理会社の保守管理体制等は、当該エレベーターの保守点検に必要かつ相当な点検項目や点検方法を十分に理解していない保守管理会社の保守点検員が、エレベーターの保守点検を行いうる体制であると認識していたものと認められる。
これらの認定を踏まえ、東京地裁は、本件結果の予見可能性について、被告人Y1らは、保守管理会社が本件エレベーターの「保守点検業務を受託した時点においては,エレベーターのブレーキの構造の特徴,エレベーターの現状や設置環境等から,エレベーターは当該機種ごとに保守点検項目及び保守点検の際の留意事項に違いが生じうるもので,保守点検に当たっては個別の対応が必要となる場合があり,適切な保守点検を実施し,異状や不具合・故障を適時に把握して適切に対処するためには,機械の構造や現状,設置環境等を事前に把握し,その構造や設置環境等に応じた保守点検方法等を調査して保守点検項目等を策定し,それに基づいて保守点検員にその保守点検を行わせることが必要であることを認識できたといえる。」とし、被告人Y1らは、保守管理会社の保守管理体制等では、保守点検方法等を十分に理解していない保守点検員が担当エレベーターのブレーキの異状等を看過し、戸開走行事故等の重大な人身事故が発生するおそれがあることを予見できたとした。
一方で、本件事故当時、ライニングの異常摩耗が原因となったエレベーター事故は発生していなかったが、東京地裁は、「エレベーターは,電気等で駆動し,不特定多数の人に建物等における上下の移動についての利便性を提供するものであるから,常に不具合や事故の危険性をはらんでいるものである」とし、「被告人Y1らにおいては,[他]社事故において受けた指摘を顧みずに従前の保守管理体制等を続けていたところ,平成17年3月に2機のエレベーターにおいて,ブレーキ部分の不良が原因となった人身事故が発生していたことを認識していたのであるから,保守管理会社において従前の保守管理体制等を継続すれば,保守管理会社の保守点検員が担当機種について適切な保守点検方法等を理解せずに保守点検を行うことにより,エレベーターのブレーキ部分等の異状や故障に気づかず,戸開走行事故等の人身事故が発生するという基本的な因果の流れについて十分に認識,予見できたといえる。このように,被告人Y1らにおいて,エレベーターのブレーキ等の保守点検を行うために適切な体制を整えるという結果回避義務を課すために十分に具体的な事情を認識できていたものと認められる。」と判示し、業務上過失致死罪の成立を認めた。
Ⅳ コメント
社会的には、事故の原因となった異常摩耗の発生時期(被告人Xの犯罪の成否)に注目が集まったが、刑事過失論にとっては、被告人Y1らの注意義務(結果回避義務)の内容と、結果の予見可能性の有無の判断に関する判示が重要である。
保守管理会社としては、エレベーターの保守点検として従来からやってきた「五感の作用による確認」を行うことにより注意義務を尽くしていると主張するが、東京地裁は、「エレベーターは,電気等で駆動し,不特定多数の人に建物等における上下の移動についての利便性を提供するものであるから,常に不具合や事故の危険性をはらんでいる」ということを重視し、行為時の業界の基準を加味して各機種ごとに、場合によっては分解作業を伴う、より重い注意義務を設定した。
予見可能性において注目すべきなのは、本件のようなライニングの異常摩耗が原因となったエレベーター事故は発生していなかったという点である。それにもかかわらず他社においてエレベーター事故が発生していたことを「予見可能性」の根拠としている。必ずしも、事故の因果経路の細部まで予見できなくても、結果回避義務を基礎づける予見可能性は認定できるのである。他社で事故が生じたことの認識は、「不特定多数の人に建物等における上下の移動という利便性を提供するエレベーター」の危険性を加味すれば、「ブレーキ部分等の異状・故障」を認識しうるだけの保守点検を要請することになるのである。