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文献番号 2016WLJCC009
日本大学大学院法務研究科
教授 前田 雅英
Ⅰ 判例のポイント
同時傷害の特例を定めた刑法207条は、二人以上が暴行を加えた事案においては、生じた傷害の原因となった暴行を特定することが困難な場合が多いことなどに鑑み、共犯関係が立証されない場合であっても、例外的に共犯の例によることとしているところ、本件は、各暴行が当該傷害を生じさせ得る危険性を有するものであること及び各暴行が外形的には共同実行に等しいと評価できるような状況において行われたこと、すなわち、同一の機会に行われたものであることの証明がされた場合、各行為者は、自己の関与した暴行がその傷害を生じさせていないことを立証しない限り、傷害についての責任を免れないという点を明確にした重要な判例である。
Ⅱ 事実の概要
事案は、ビルの4階にあるバーの従業員である被告人甲及び乙が、飲食代金の支払についてのクレジットカードでの決済が思うようにできず、残額の支払について話がつかないまま店の外に出た客Ⅴに対し、4階エレベーターホールにおいて、午前6時50分頃から午前7時10分頃までの間に、「第1暴行」を加えた。
その後、甲は、Ⅴから運転免許証を取り上げ、バー店内にⅤを連れ戻し、Ⅴに飲食代金を支払う旨の示談書に氏名を自書させ、Ⅴの運転免許証のコピーを取り、甲、乙は、それぞれバーで仕事を続け、被告人丙も同店内でそのまま飲食を続けた。
しばらく店内の出入口付近の床に座り込んでいたⅤは、午前7時49分頃、突然、走って店外に出たため、Hがこれを追いかけて3階に至る階段の途中で追い付き、取り押さえた。丙は、午前7時50分頃、HがⅤを取り押さえている現場に行った。丙は、その後の午前7時54分頃までにかけて、Ⅴの頭部顔面を多数回にわたって蹴り付けるなどの暴行を加えた(第2暴行)。
午前7時54分頃、通報を受けた警察官が臨場したところ、Ⅴは大きないびきをかき、まぶたや瞳孔に動きがなく、呼びかけても応答がない状態で倒れており、午前8時44分頃、病院に救急搬送され、開頭手術を施行されたが、翌日午前3時54分頃、急性硬膜下血腫に基づく急性脳腫脹のため死亡したというものである。
検察官は、罪名及び罰条は「傷害致死刑法第205条、第207条 被告人甲及び同乙につき、更に第60条」と記載し、「被告人甲及び同乙は、共謀の上、本件当日午前6時50分頃から同日午前7時10分頃までの間、本件ビルにおいて、Ⅴに対し、同人の背後からその背部付近を蹴って階段の上から落下させて転倒させ、多数回にわたってその頭部顔面や胸腹部等を殴り、蹴り付けるなどの暴行を加え、被告人丙は、同日午前7時5分頃から午前7時15分頃までの間、同所において、Ⅴに対し、床に倒れている同人の腹部を踏み付けるなどの暴行を加えた上、同日午前7時50分頃、同所において、同人に対し、その頭部顔面を多数回にわたって蹴り付けるなどの暴行を加え、よって、前記一連の暴行により、同人に急性硬膜下血腫等の傷害を負わせ、翌日午前3時54分頃、同人を前記急性硬膜下血腫による急性脳腫脹により死亡させたが、被告人3名のいずれの暴行に基づく傷害によりⅤを死亡させたか知ることができないものである。」という公訴事実で起訴した。
第一審判決は、仮に第1暴行で既に被害者の急性硬膜下血腫の傷害が発生していたとしても、第2暴行は、同傷害を更に悪化させたと推認できるから、いずれにしても、被害者の死亡との間に因果関係が認められることとなり、「死亡させた結果について、責任を負うべき者がいなくなる不都合を回避するための特例である同時傷害致死罪の規定(刑法207条)を適用する前提が欠けることになる」として、本件に同条を適用することはできないとした。
これに対し、名古屋高裁は、死因となった「急性硬膜下血腫の傷害」についての甲、乙の行為(第1暴行)と丙の行為(第2暴行)は、そのいずれもがⅤの急性硬膜下血腫の傷害を発生させることが可能なものであり、かつ、実際に発生した急性硬膜下血腫の傷害が上記両暴行のいずれによるか不明で、両暴行に機会の同一性が認められるので、「被告人3名全員が、両暴行のいずれか(あるいはその双方)と因果関係がある急性硬膜下血腫の発生について、共犯として処断されることになることに疑いはない。」と判示した。そして、被告人3名が急性硬膜下血腫の傷害の発生について共犯としての刑責を負う以上、急性硬膜下血腫を原因として生じたⅤの死亡についても、被告人3名は共犯としての刑責を負うことになると解すべきであって、結局、被告人3名は、上記死亡を内容とする傷害致死罪の共犯として処断されることになるとしたのである(原審について、前田雅英「同時傷害の特例の認定」捜査研究778号59頁以下参照)。
Ⅲ 判旨
最高裁は以下のように判示して、原審の判断を維持した。
「同時傷害の特例を定めた刑法207条は、二人以上が暴行を加えた事案においては、生じた傷害の原因となった暴行を特定することが困難な場合が多いことなどに鑑み、共犯関係が立証されない場合であっても、例外的に共犯の例によることとしている。同条の適用の前提として、検察官は、各暴行が当該傷害を生じさせ得る危険性を有するものであること及び各暴行が外形的には共同実行に等しいと評価できるような状況において行われたこと、すなわち、同一の機会に行われたものであることの証明を要するというべきであり、その証明がされた場合、各行為者は、自己の関与した暴行がその傷害を生じさせていないことを立証しない限り、傷害についての責任を免れないというべきである。
そして、共犯関係にない二人以上による暴行によって傷害が生じ更に同傷害から死亡の結果が発生したという傷害致死の事案において、刑法207条適用の前提となる前記の事実関係が証明された場合には、各行為者は、同条により、自己の関与した暴行が死因となった傷害を生じさせていないことを立証しない限り、当該傷害について責任を負い、更に同傷害を原因として発生した死亡の結果についても責任を負うというべきである(最高裁昭和26年(れ)第797号同年9月20日第一小法廷判決・刑集5巻10号1937頁参照※2)。このような事実関係が証明された場合においては、本件のようにいずれかの暴行と死亡との間の因果関係が肯定されるときであっても、別異に解すべき理由はなく、同条の適用は妨げられないというべきである。」
Ⅳ コメント
本件の第一審判決は、「第1暴行と第2暴行は、それぞれ単独で、又は両暴行が相まって、本件の死因である急性硬膜下血腫を発生させた可能性がある」と認定しつつ、防犯カメラの映像やHの証言から、「第2暴行は、第1暴行よりも質的に激しいものと認められるから、第2暴行が、Ⅴの死亡に全く影響を与えなかったとは考え難い。」とし、「そうすると、第1暴行が終了した段階では、急性硬膜下血腫の傷害が発生しておらず、もっぱら第2暴行によって同傷害を発生させた可能性はもとより存するが、仮に、第1暴行で既に同傷害が発生していたとしても、第2暴行は、同傷害を更に悪化させたと推認できるから、第2暴行は、いずれにしても、Ⅴの死亡との間に因果関係が認められることとなり、死亡させた結果について、責任を負うべき者がいなくなる不都合を回避するための特例である同時傷害致死罪の規定(刑法207条)を適用する前提が欠けることになる」として、甲及び乙は、第1暴行により傷害を負わせた傷害罪の共犯とし、丙には、第1暴行を受けているⅤに中間の暴行を加えた上、第2暴行を加え、Ⅴに「急性硬膜下血腫等の傷害を負わせ、又は、第1暴行により生じていた急性硬膜下血腫等の傷害を更に悪化させ」、「上記急性硬膜下血腫による急性脳腫脹により死亡させた」傷害致死罪が成立するとした。
ここには、刑法207条の成立をできるだけ制限し、特に傷害「致死」への適用を限定しようとする姿勢が見られるように思われる。しかし問題は、「死亡させた結果について、責任を負うべき者が存在すれば同時傷害致死罪の規定(刑法207条)を適用する前提が欠ける」という解釈の合理性である。
この点、名古屋高裁は、第1暴行と第2暴行は、そのいずれもがⅤの急性硬膜下血腫の傷害を発生させることが可能なものであり、かつ、実際に発生した急性硬膜下血腫の傷害が上記両暴行のいずれによるか不明で、両暴行に機会の同一性が認められるので、「被告人3名全員が、両暴行のいずれか(あるいはその双方)と因果関係がある急性硬膜下血腫の発生について、共犯として処断されることになることに疑いはない」とし、「被告人3名が急性硬膜下血腫の傷害の発生について共犯としての刑責を負うという前提で考える以上、この場合、被告人3名が共犯としての刑責を負うべき急性硬膜下血腫を原因として生じたⅤの死亡についてもまた、被告人3名は共犯としての刑責を負うことになると解すべきであって、結局、被告人3名は、上記死亡を内容とする傷害致死罪の共犯として処断されることになる」としたのである(前田雅英・前掲論文61頁以下参照)。名古屋高裁は、第一審の判断を、「そもそも、実際に発生した傷害との因果関係について検討しないで、直ちに死亡との因果関係を問題にしている点で、暴行と傷害との因果関係が不明であることを要件とする刑法207条の規定内容に反する」と指摘している。
また、名古屋高裁は、第一審のように「死亡させた結果について、丙が責任を負うのであるから甲、乙につき同時傷害致死罪の規定(刑法207条)を適用する前提が欠ける」と考えてしまうと、「本件で、急性硬膜下血腫の傷害の発生について、結局は誰も責任を問われない」ことになり不合理であるとする。
本件最高裁決定もこの考え方を採用したものといえよう。第1暴行と第2暴行のいずれかによって死因となる傷害が発生したことは認められるが、そのいずれによって同傷害が発生したかは不明であり、他方で、同傷害と死亡との間に因果関係があることは明らかである事案では、両暴行と「死」との関係を吟味する前に、死因となった傷害との間の因果関係を検討しなければならない。そして傷害について、同時傷害の特例を適用する要件を満たすと解されるときは、全員が傷害罪の共犯となり、その結果、その傷害を原因として生じた死亡の結果についても、被告人全員がその刑責を負うことになる。本決定により、このような刑法207条の妥当な解釈が確認されたといえよう。
(掲載日 2016年4月12日)