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文献番号 2016WLJCC022
同志社大学
教授 高杉 直
1.はじめに
本件は、アルゼンチン共和国が発行した円建て債券について、アルゼンチン共和国と管理委託契約を締結した日本の銀行が原告となり、アルゼンチン共和国に対して債券等の償還を求めた事案である。
第1に、本件のように主権国家が日本の民事訴訟で被告とされる場合、いわゆる主権免除(裁判権免除)が問題となる。第2に、本件の原告は、債券の債権者のための債券管理権限の一環として訴訟追行権及び償還金等の受領権限を有することなどを主張し、任意的訴訟担当として、債券等の償還を求めているが、そもそも本件の原告が任意的訴訟担当として当事者適格を有するかが問題となる。
2.事実の概要
X(原告・控訴人・上告人)は、いずれも日本の銀行であり、Y(被告・被控訴人・被上告人)は、アルゼンチン共和国である。
(1)Yは、平成8年12月から平成12年9月にかけて、4回にわたり、円建て債券を発行した(これらはYにとって第4回目から第7回目までの発行に係るものであり、以下、各発行に係る債券を順次「本件第4回債券」などといい、総称して「本件債券」という。)。
(2)上記(1)の各発行の際、Yは、債券の内容等をそれぞれ「債券の要項」(以下、各発行に係るものを総称して「本件要項」という。)で定めた上、本件第4回債券から本件第7回債券までにつきXとの間で、Xを債券の管理会社として、それぞれ管理委託契約(以下、各発行に係るものを総称して「本件管理委託契約」という。)を締結した。本件管理委託契約には、契約から生ずる権利義務に係る準拠法を日本法とする旨の定めのほか、次のような定めがあった。
ア Yは、本件債券の債権者(以下「本件債権者」という。)のために、本件債券に基づく弁済の受領、債権の保全その他本件債券の管理を行うことを債券の管理会社に委託し、債券の管理会社はその委託を受ける。
イ 債券の管理会社は、本件債権者のために本件債券に基づく弁済を受け、又は債権の実現を保全するために必要な一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限及び義務を有するものとする(以下、この条項を「本件授権条項」という。)。
ウ 債券の管理会社は、本件債権者のために公平かつ誠実に本件要項及び本件管理委託契約に定める債券の管理会社の権限を行使する。
エ 債券の管理会社は、本件債権者のために善良な管理者の注意をもって本件要項及び本件管理委託契約に定める債券の管理会社の権限を行使する。
なお、本件授権条項は、平成17年法律第87号による改正前の商法(以下「旧商法」という。)309条1項の規定に倣ったものであった。
(3)本件要項は、本件債券の内容のほか、債券の管理会社の権限等についても定めており、本件授権条項の内容をも含むものであった。本件要項は、本件管理委託契約の内容となっていたほか、発行された本件債券の券面裏面にその全文が印刷され、本件債権者に交付される目論見書にも本件授権条項を含めその実質的内容が記載されていた。なお、昭和40年代後半に証券取引審議会の専門委員会によって策定された円建て外債に係る「債券の要項」のモデル試案には、本件授権条項とほぼ同旨の条項が含まれており、本件債券と類似する円建てのソブリン債に係る「債券の要項」の多くもこれに倣ったものであった。
(4)本件債券は、証券会社によって引受けがされ、当該証券会社を通じて販売された。
(5)Yは、平成14年3月以降、本件債券につき順次到来した各利息支払日に利息を支払わず、本件第4回債券及び本件第5回債券の各償還日に元金の支払をしなかった。また、Xは、平成15年12月、本件第6回債券及び本件第7回債券について、Yが少なくとも本件第5回債券に係る元金の支払を遅滞していることを理由に、債券の管理会社として、期限の利益を喪失させた。
(6)Xは、平成21年6月、Yに対し、本件債権者のうち、一定の債券又は利札の保有者(以下「本件債券等保有者」という。)のために本件訴訟を提起した。
第1審(東京地判平成25年1月28日: 2013WLJPCA01288002※2)は、「本件授権条項は、その内容に照らせば、Yを要約者、Xを諾約者、本件各回債の債権者を第三者とする第三者のためにする契約であると認めるのが相当である」とした上で、[1]債権者が一切特定されていない中で、Xに対し受益の意思表示があったとか、Xとの間で訴訟追行権授与の合意があったなどと認めることはできないことや、[2]Xの任意的訴訟担当を認めることには合理的必要性があるともいえないことを理由に、Xの当事者適格を認めることはできないとして訴えを却下した。
控訴審(東京高判平成26年1月30日: 2014WLJPCA01306005※3)も、XとYとの間の本件管理委託契約は、第三者である本件債券等保有者のためにする契約と解されるところ、[1]本件債券等保有者が、Xにおいて償還等請求訴訟を提起することがあり得ると具体的に理解した上で本件債券を購入したと推認することは困難であり、本件債券等保有者による受益の意思表示があったとはいえず、訴訟追行権の授与があったとは認められないこと、[2]本件債券等保有者が個別に訴えを提起することを妨げる事情はないことや、Xらと本件債券等保有者との間に利益相反関係が生ずるおそれもあることなどからすると、本件において任意的訴訟担当を認める合理的必要性があるとはいえないことを理由に、Xが、本件訴訟について、本件債券等保有者からその意思に基づき訴訟追行権を授与された任意的訴訟担当の要件を満たさず、原告適格を有するとはいえないから、本件訴えは不適法であるとして、却下した。そこでXが上告。
3.最高裁判決
破棄差戻し。
「任意的訴訟担当については、本来の権利主体からの訴訟追行権の授与があることを前提として、弁護士代理の原則(民訴法54条1項本文)を回避し、又は訴訟信託の禁止(信託法10条)を潜脱するおそれがなく、かつ、これを認める合理的必要性がある場合には許容することができると解される(最高裁昭和42年(オ)第1032号同45年11月11日大法廷判決・民集24巻12号1854頁参照※4)。
前記事実関係によれば、YとXとの間では、Xが債券の管理会社として、本件債券等保有者のために本件債券に基づく弁済を受け、又は債権の実現を保全するために必要な一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限を有する旨の本件授権条項を含む本件管理委託契約が締結されており、これは第三者である本件債券等保有者のためにする契約であると解される。そして、本件授権条項は、Y、X及び本件債券等保有者の間の契約関係を規律する本件要項の内容を構成し、本件債券等保有者に交付される目論見書等にも記載されていた。さらに、後記のとおり社債に類似した本件債券の性質に鑑みれば、本件授権条項の内容は、本件債券等保有者の合理的意思にもかなうものである。そうすると、本件債券等保有者は、本件債券の購入に伴い、本件債券に係る償還等請求訴訟を提起することも含む本件債券の管理をXに委託することについて受益の意思表示をしたものであって、Xに対し本件訴訟について訴訟追行権を授与したものと認めるのが相当である。
そして、本件債券は、多数の一般公衆に対して発行されるものであるから、発行体が元利金の支払を怠った場合に本件債券等保有者が自ら適切に権利を行使することは合理的に期待できない。本件債券は、外国国家が発行したソブリン債であり、社債に関する法令の規定が適用されないが、上記の点において、本件債券は社債に類似するところ、その発行当時、社債については、一般公衆である社債権者を保護する目的で、社債権者のために社債を管理する社債管理会社の設置が原則として強制されていた(旧商法297条)。そして、社債管理会社は、社債権者のために弁済を受け、又は債権の実現を保全するために必要な一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限を有することとされていた(旧商法309条1項)。そこで、X及びYの合意により、本件債券について社債管理会社に類した債券の管理会社を設置し、本件債券と類似する多くの円建てのソブリン債の場合と同様に、本件要項に旧商法309条1項の規定に倣った本件授権条項を設けるなどして、Xに対して本件債券についての実体上の管理権のみならず訴訟追行権をも認める仕組みが構築されたものである。
以上に加え、Xはいずれも銀行であって、銀行法に基づく規制や監督に服すること、Xは、本件管理委託契約上、本件債券等保有者に対して公平誠実義務や善管注意義務を負うものとされていることからすると、Xと本件債券等保有者との間に抽象的には利益相反関係が生ずる可能性があることを考慮してもなお、Xにおいて本件債券等保有者のために訴訟追行権を適切に行使することを期待することができる。
したがって、Xに本件訴訟についての訴訟追行権を認めることは、弁護士代理の原則を回避し、又は訴訟信託の禁止を潜脱するおそれがなく、かつ、これを認める合理的必要性があるというべきである。
以上によれば、Xは、本件訴訟について本件債券等保有者のための任意的訴訟担当の要件を満たし、原告適格を有するものというべきである。」
4.本判決の意義と今後の展開
本判決は、任意的訴訟担当について、従来の判例(最大判昭和45年11月11日・民集24巻12号1854頁)に従い、[1]本来の権利主体からその意思に基づいて訴訟追行権の授与があったこと、[2]弁護士代理の原則を回避し、又は訴訟信託の禁止を潜脱するおそれがなく、かつ、これを認める合理的必要性があること、という基準に基づき、本件ではいずれの条件も満たしているとして、Xが任意的訴訟担当として当事者適格を有すると判断した。
本件のような国際的な事件(渉外事件)においては、任意的訴訟担当の準拠法も問題となり得るが、基本的には法廷地法(すなわち昭和45年最大判の基準)によるべきであると解される。ただ、訴訟追行権の授与の有無(昭和45年最大判の[1]の基準)の判断の際に、本来の権利主体と任意的訴訟担当者の関係の準拠法の考慮が必要となることがある。もっとも本件では、当該関係の準拠法は日本法と解されるため、この点に関して特別な問題は生じない。
本判決(ならびに第1審および控訴審)では判示されなかったが、差戻審では、裁判権免除の問題も重要な論点として扱われることになると思われる。裁判権免除に関して、我が国は、2004年「国及びその財産の裁判権からの免除に関する国際連合条約」(国連裁判権免除条約。未発効)を2010年に批准し、国内法として「外国等に対する我が国の民事裁判権に関する法律」(平成21年法律24号)を制定している。しかし、本件は、同法律の施行前に訴えが提起されているため、同法律の規定が適用されない(附則2項1号は、「この法律の施行前に申立てがあり、又は裁判所が職権で開始した第5条第1項に規定する裁判手続に係る事件」に同法律の規定を適用しないと定める)。そのため、同法律の施行前の「法」を示す判例(最二判平成18年7月21日・民集60巻6号2542頁※5)に準拠して判断されることになろう。
(掲載日 2016年8月18日)