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判例コラム

 

第92号 定年後再雇用における労働契約法20条違反の有無 

~東京高裁平成28年11月2日判決 地位確認等請求控訴事件※1

文献番号 2016WLJCC030
弁護士法人 森・濱田松本法律事務所※2
弁護士 村井 智顕

1.本件の概要及び原審判決※3

 本件は、一般貨物自動車運送事業等を行うY社(控訴人(一審被告))を定年退職した後に、Y社との間で期間の定めのある労働契約(以下「有期労働契約」)を締結して嘱託社員として就労しているXら(被控訴人(一審原告))が、Y社と期間の定めのない労働契約を締結している従業員(以下「無期契約労働者」)との間に不合理な労働条件の相違が存在すると主張して、Ⅰ主位的に、当該不合理な労働条件の相違は労働契約法20条により無効であり、Xらには無期契約労働者の就業規則が適用されるとして、当該就業規則等の規定が適用される労働契約上の地位にあることの確認を求め、当該就業規則等の規定により支給されるべき賃金と実際に支給された賃金の差額及びこれに対する遅延損害金、Ⅱ予備的に民法709条に基づく損害賠償金及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた事案である。

  本件の争点は、①労働契約法20条違反の有無、②労働契約法20条違反が認められる場合におけるXらの労働契約上の地位(主位的請求関係)、③不法行為の成否及び損害の金額(予備的請求関係)であるが、後記2のとおり、本判決における主な争点は上記①である。

  原審判決は、争点①について、労働契約法20条の「期間の定めがあることにより」という文言は、有期契約労働者と無期契約労働者との間の労働条件の相違が期間の定めの有無に関連して生じたものであることを要する趣旨と解した上で、本件では、有期契約労働者である嘱託社員と無期契約労働者である正社員との間の賃金に関する労働条件の相違が期間の定めに関連して生じたことは明らかとして、労働契約法20条の適用を認めた。また、㋐有期契約労働者の職務内容並びに㋑当該職務の内容及び配置の変更の範囲が無期契約労働者と同一であるにもかかわらず、労働者にとって重要な労働条件である賃金の額について、有期契約労働者と無期契約労働者との間に相違を設けることは、その相違の程度にかかわらず、これを正当と解すべき特段の事情がない限り、不合理であるという判断基準を立てた上で、嘱託社員であるXらと正社員との間には、㋐及び㋑に差異はなく、上記特段の事情があるとも認められないとして、労働契約法20条に違反していると判断した。なお、争点②については、Y社の正社員就業規則が原則として全従業員に適用されるものとされていることから、嘱託社員の労働条件のうち無効である賃金の定めに関する部分については、正社員就業規則その他の規定が適用されるとして、Xらの賃金の定めが正社員の賃金の定めと同じになることを認めた。

2.判旨

 本判決は、原審判決を取り消し、Xらの主位的請求及び予備的請求をいずれも棄却した。

  本判決は、争点①について、原審判決と同様の理由で本件における労働契約法20条の適用を認め、労働契約法20条は、有期契約労働者と無期契約労働者の間の労働条件の相違が不合理と認められるか否かの考慮要素として、㋐職務の内容、㋑当該職務の内容及び配置の変更の範囲、㋒その他の事情を掲げており、上記㋐及び㋑に関連する諸事情を幅広く総合的に考慮して判断すべきであるという判断基準を示した。

  その上で、嘱託社員であるXらと正社員の間では、上記㋐及び㋑はおおむね同じであると認められるとする一方、従業員が定年退職後も引き続いて雇用されるに当たり、賃金が引き下げられることが通例であることは公知の事実であり、このことは、高年齢者雇用安定法の改正に伴って定年後の高年齢者の雇用確保措置が段階的に義務付けられてきたこと、企業においては賃金コストの増大を回避して労働者全体の安定的雇用を実現する必要があること等を考慮すると、定年後継続雇用者の賃金を定年時より引き下げることそれ自体が不合理であるということはできないし、また、上記㋐及び㋑が変わらないまま相当程度賃金を引き下げることは、広く行われていると認められるとした。

  さらに、Y社では、定年後再雇用者の賃金について、定年前の79%程度になるように設計しており、Y社の属する規模の企業の平均の減額率(定年到達時の水準の70.4%)をかなり下回っている上、本業である運輸業において大幅な赤字であることを考慮すると、2割前後賃金が減額になっていることが不合理とは認められない、また、Y社として正社員と嘱託社員との賃金の差額を縮めるよう努力したことに照らせば、個別の諸手当の支給の趣旨を考慮しても、なお不支給や支給額が低いことが不合理であるとは認められないとした。なお、Y社は、定年退職者を再雇用し正社員と同じ業務に従事させる方が新規に正社員を雇用するよりも賃金コストを抑えることができるという意図を有していたと認められるが、上記㋐及び㋑が同一であるとしても賃金が下がることは広く行われており、当然に不合理性を基礎づけるものではなく、Y社と労働組合との定年後再雇用者の賃金水準等の労働条件に関する協議については、一定程度の協議が行われ、Y社が労働組合の意見や主張を聞いて一定の労働条件の改善を実施したものとして考慮すべき事情としている。

  本判決は、以上を踏まえ、本件における正社員と嘱託社員の間の労働条件の相違は労働契約法20条に違反するとは認められないと判示した。

  なお、争点③であるXらの予備的請求については、Y社が、Xらと有期労働契約を締結し、定年前と同一の職務に従事させながら、賃金額を20ないし24%程度切り下げたことが社会的に相当性を欠くとはいえず、労働契約法又は公序(民法90条)に反し違法であるとは認められないと判示した。

3.検討

 (1)労働契約法20条の判断基準について

  企業は、高年齢者雇用安定法の改正によって、定年労働者の雇用確保措置を段階的に義務付けられてきた。多くの企業は、かかる措置に対応しつつ、限られた賃金原資を有効に活用するため、定年前からの賃金の引下げ等を実施してきた。本判決では、定年後も定年前と㋐職務の内容、㋑当該職務の内容及び配置の変更の範囲が同じというケースが問題となっているが、同様のケースを抱えている企業は少なくないように思われる。

  原審判決は、労働契約法20条の判断基準について、㋐職務の内容、㋑当該職務の内容及び配置の変更の範囲に同一性が認められる場合、賃金格差を正当と解すべき特段の事情がない限り不合理であるとしたが、かかる判決は、上記のような企業にとって大きな驚きと困惑をもって受け止められたと思われる。

  これに対し、本判決では、㋐職務の内容、㋑当該職務の内容及び配置の変更の範囲のみならず、㋒その他の事情も重視して、労働条件の相違が不合理であるか否かは、上記㋐及び㋑に関連する事情を幅広く総合的に考慮して判断すべきとしている。本判決が、定年後の賃金引下げが社会一般で広く行われているという社会情勢や、賃金の減額幅、企業の財務状況、企業における正社員と嘱託社員との間の賃金の差額を埋める努力、労働組合との協議の経緯等を十分に考慮した上で合理性の有無を判断している点は妥当と考えられる。

 (2)本件における合理性・不合理性の判断について

  定年後の再雇用については、嘱託社員が定年後も定年前の業務と同じ業務に就き、㋐職務の内容の同一性が認められるケースは多いと思われる。また、㋑当該職務の内容及び配置の変更の範囲も、正社員と嘱託社員との間で同一というケースも少なくないと思われるが、この点において差異がある企業においては、少なくとも、定年後再雇用の有期契約労働者に対しては、配置転換は行わない旨等を契約書や就業規則に明記する等の対応をとることが重要であると思われる。

  さらに、本判決からすれば、各企業では、㋒その他の事情に関して、賃金の減額幅を検討すること(多くの企業では、定年後再雇用時の給与を定年前の8割よりも低い金額に設定していると思われる。)や、嘱託社員の賃金を減額する必要性に関して根拠やエビデンスを確保しておくことも重要であると考えられる。


(掲載日 2016年12月21日)

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