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判例コラム
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第126号 仲裁は一回でも、それを争う裁判がフルコースとは・・・。 

~仲裁取消をめぐって最高裁まで争った末に、差し戻しされた問題を巡って
(平成29年12月12日最高裁決定※1)~

文献番号 2018WLJCC002
青山学院大学法務研究科(法科大学院)教授※2
弁護士法人 早稲田大学リーガル・クリニック※3
浜辺 陽一郎

1 はじめに

 2002年頃に締結した契約に関して問題が発生し、その契約の仲裁条項に基づいて2011年8月に仲裁判断を申し立て、日本商事仲裁協会(JCAA)における仲裁手続を、3年もかけた末、2014年8月に仲裁判断が出された。ところが、その仲裁人に「ある疑惑」が生じたので、仲裁で不利な判断を受けた会社が仲裁判断の取消しを求めた。大阪地裁はその申立てを棄却した※4が、抗告審である大阪高裁は仲裁判断を取り消した※5ところ、今般、最高裁で破棄され、高裁に差し戻すとの決定が出た。今回は、その最高裁決定を取り上げる。
 この事例は、過日、本コラムで評釈したケースの許可抗告審にほかならない。即ち、「利益相反に敏感に、厳しくやるか、目くじら立てずに済ませるか?~グローバルな法律事務所の内実など、主張・立証できるわけがない~」第87号(2016年9月26日)と題して、一応の解説をした。事案の内容は少し複雑で、しっかりと説明するとスペースをかなり取る。繰り返しを避けるため、事案の詳しい内容については、そちらをご覧いただきたい※6
 さて、前のコラムで、筆者は、高裁の結論を基本的に支持しながらも、「これが仮に最高裁まで争われた場合に、高裁決定が最高裁で維持されるかどうかは定かではなく、・・・予想は難しい」とコメントした。結局、最高裁の結論は、「原決定を破棄して、本件を大阪高等裁判所に差し戻す」というものだった。事件はさらに審議されることになったので、本件仲裁を無駄にしないようにしようという考え方ではなかったことは明らかである。だからといって、本件仲裁を取り消して、仲裁のやり直しをさせることにまでは踏み切らず、関係者にとっては大変なことであろうが、それなりに筋を通した決定であると思われる。
 今後、どうなるかは差戻審での主張立証の中身によって左右されるので、本コラムでは、そのあたりを念頭に置いて考えてみることにしたい。

2 最高裁の判示事項は2つ

 論点は、前のコラムで解説したとおり、本件仲裁の仲裁廷の長たる仲裁人に選任されたI法律事務所のシンガポール事務所に所属する弁護士Cが、「遅くとも2013年2月20日以降、弁護士DがI法律事務所のサンフランシスコ事務所に所属し、別件訴訟で本件仲裁の当事者の関連会社の訴訟代理人を務めているとの事実」を開示しないまま、2014年にYらに有利な仲裁判断を下したことが、仲裁法18条4項に定める開示義務違反を構成し、同法44条1項6号の取消事由に該当しないかという点である。
 今回の最高裁決定は、原決定の2つの問題点を取り上げ、1点目(判示事項1)は是認したが、もう1点目(判示事項2)は否定した。前者について、「仲裁人が当事者に対して法18条4項の事実が生ずる可能性があることを抽象的に述べたことは、同項にいう「既に開示した」ことには当たらない」との原決定の判断を、最高裁は是認した。この判示事項については、筆者も異論はなく、前のコラムで解説したところからしても、納得できる内容だ。
 問題は、最高裁が原決定と異なる判断をした第2点目である。最高裁は次のように述べて、原決定の判断を覆した。ここで最高裁決定の文章の中に、記号①~⑧を加えて分析を試みる。
 「①仲裁人は、当事者に対し、法18条4項の事実の全部を開示すべき義務を負うところ、仲裁人が法18条4項の事実を認識している場合にこれを開示すべき義務を負うことは明らかである。(中略)②同項は開示すべき事実を仲裁人が認識しているものに限定していないことに照らせば、仲裁人は、当事者に対し、法18条4項の事実の有無に関する合理的な範囲の調査により通常判明し得るものをも開示すべき義務を負うというべきである。③また、同項は、仲裁人が法18条4項の事実を開示すべき義務を負う時期につき「仲裁手続の進行中」とするのみで他に限定をしていない上、「既に開示したもの」のみを開示すべき事実から除外しているにとどまることからすれば、仲裁人は、仲裁手続が終了するまでの間、当事者からの要求の有無にかかわらず、同義務を負うというべきである。④したがって、仲裁人が、当事者に対して法18条4項の事実を開示しなかったことについて、同項所定の開示すべき義務に違反したというためには、仲裁手続が終了するまでの間に、仲裁人が当該事実を認識していたか、仲裁人が合理的な範囲の調査を行うことによって当該事実が通常判明し得たことが必要であると解するのが相当である。⑤しかるに、原審までに提出された資料に照らしても、本件仲裁判断がされるまでにCが本件事実を認識していたか否かは明らかではない。⑥また、I法律事務所において本件事実が認識されていたか否かや、I法律事務所において、所属する弁護士の間の利益相反関係の有無を確認する態勢がいかなるものであったかについても判然としないことからすれば、⑦本件仲裁判断がされるまでにCが合理的な範囲の調査を行うことによって本件事実が通常判明し得たか否かも明らかではない。⑧上記の各点について確定することなく、Cが本件事実を開示すべき義務に違反したものとした原審の上記3(2)の判断には、裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。」
 ということで、破棄差し戻すというのだ。

3 最高裁の論旨

 最高裁決定の上記文章①~⑧を読むと、①~③は、仲裁人の義務を述べているので、判示事項1と同様に、仲裁人が開示義務を尽くしたかどうかは、仲裁人Cの側、すなわち本件仲裁で有利な判断を得た当事者Yらが立証すべきものであるかのように見える。
 しかし、この事件における申立人Xらは、仲裁法44条1項4号、6号及び8号 に定める取消事由※7を主張して本件仲裁判断の取消しを求めているところ、同条6項は、「裁判所は、第一項の申立てがあった場合において、同項各号に掲げる事由のいずれかがあると認めるとき(同項第一号から第六号までに掲げる事由にあっては、申立人が当該事由の存在を証明した場合に限る。)は、仲裁判断を取り消すことができる。」と定めているので、同条1項4号と6号については申立人Xらが立証責任を負うことにならざるをえない。(ちなみに、8号であれば申立人Xらは立証責任を負うわけではなく、相手方Yらが立証責任を負うということになる可能性がある。)
 そこで、地裁や高裁は、同法44条1項6号の取消事由に該当するかどうかを議論し、高裁は同条6項に基づき本件仲裁判断を取り消した。つまり、原決定は、申立人Xらが同条1項6号の事由を立証できたと判断した。
 これに対して、最高裁決定は、「仲裁人が、当事者に対して法18条4項の事実を開示しなかったことについて、同項所定の開示すべき義務に違反したというためには、仲裁手続が終了するまでの間に、仲裁人が当該事実を認識していたか、仲裁人が合理的な範囲の調査を行うことによって当該事実が通常判明し得たこと」まで申立人Xらが立証しなければ、仲裁法44条1項6号の事由を立証できたとはいえないと判断して、その点を再度、審理しなおすように求めたものだと考えられる。
 このため、「したがって」という接続詞で結ばれた④以降は、申立人Xらが、その立証責任を負うことになるはずなので、④でいう開示義務違反を認めるには、「仲裁手続が終了するまでの間に、仲裁人が当該事実を認識していたか、仲裁人が合理的な範囲の調査を行うことによって当該事実が通常判明し得たこと」が必要であるという結論が導かれざるを得ない。
 そうなると、Xらは、仲裁人Cが当該事実を認識していたか、仲裁人Cが合理的な範囲の調査を行うことによって当該事実が通常判明し得たことを主張立証すべきだったが、それが尽くされていないので、本件仲裁の取消しを確定させるわけにはいかないというのである。
 ただ、その後に最高裁が指摘するポイントは少しわかりにくい。⑤では本件仲裁判断がされるまでにCが本件事実を認識していたか否かは不明で、⑥I法律事務所の内部状況も不明で、⑦「本件仲裁判断がされるまでにCが合理的な範囲の調査を行うことによって本件事実が通常判明し得たか否か」も明らかではないということを指摘しているだけだが、もっと広い視点から考えないと、根本的な問題は解決できないように思われる。

4 なぜ最高裁はそんな判断をしたのか

 最高裁は、地裁も高裁も間違いであり、やり直すべきだという結論を導いた。なぜ、こうなったのか。実は、この事件の原決定の判例評釈に、似たような考え方を示しているものがあった。中村達也教授の国際商事法務44巻11号1621頁「国際仲裁判断を取り消した平成28年6月28日大阪高裁決定について」である。同論文は、結論として「原審、抗告審、いずれの判断も妥当ではなく、裁判所は、本件利益相反事由の具体的内容を明らかにした上で、仲裁判断の結果への影響、忌避事由該当性とともに、開示義務違反・調査義務違反に係る仲裁人の事情を考慮して仲裁判断を取り消すべきか否かを判断すべきであると考える」(同1629頁)と述べ、最高裁は、ほぼこの考え方を採用したもののように見える。特に、同論文は「開示義務を果たすためには、当該事情があるかどうかを把握する必要があり、仲裁人には合理的な範囲でこれを調査する義務がある」という解釈を導いており、最高裁はこの考え方を採用したものといえよう。
 また、原決定までの判例評釈では、仲裁人の開示義務違反が認められない等の理由から本件仲裁の取消しに反対する見方が多いようだ。そのため、今回の最高裁決定が、踏み込んだ判断をしなかったのは、本件で仲裁人の開示義務違反の可能性は低いという心証を抱いたからではないかといった評価もあるかもしれない。
  しかし、最高裁が破棄自判しなかったところからすると、最高裁も確信的な心証を抱くには至らなかったのだと思う。このため、高裁で再審理して、仲裁人に開示義務違反があったと認められる余地は残っているわけで、差し戻していることの意味は大きい。

5 いくつかの疑問

 ただ、最高裁決定にも、その述べることだけを読む限りでは、いろいろと疑問が浮かんでくる。

 (1)「合理的な調査」とは、どういう調査か?
 第一に、仲裁人Cは、当事者XらやYらに対し、仲裁法18条4項の事実の有無に関する「合理的な範囲の調査により通常判明し得るものをも開示すべき義務を負う」というのは、どういう意味なのだろうか。「合理的」というのは、一般に、それほど高いハードルではないから、その調査には、それほど厳格なものを求めていないようにも読めるが、そうではないかもしれない。
 「合理的な範囲の調査」とはどういうものだろうか?I法律事務所が当時、世界中にいくつ事務所を持っていたかは明らかではないが、I法律事務所とは、かの有名なKing and Spalding法律事務所で、一応現時点でのホームページを見ると20もの事務所に1000人以上の弁護士が働いているようだ※8。そのコンフリクト・チェックは、一つの法域の事務所内だけで行えば合理的なのか、海外の事務所にも知らせないと合理的とはいえないのだろうか。仮に海外への事務所にはコンフリクト・チェックをかけていない体制であったら、それは不合理ということで、調査義務違反ということになるのだろうか?世界的に案件を取り扱うことを売りにして、多国籍企業を相手にしているというのであれば、海外の事務所とも連携してコンフリクト・チェックをすべきであるということになるのだろうか?(ただし、調査などしなくても、最初から弁護士C、DらがI法律事務所内でこれらの件について知っていたら、調査云々とは無関係に、開示義務違反が免れないという話は別にあるかもしれない。)
 他方、もしも、海外の事務所にまでそれだけの数の事務所に、新しい案件の受任に際して、いちいちコンフリクト・チェックのメールを出さなければならないとしたら、相当な数に及ぶだろう。そして、ほとんどは関係がない事案で、そのまま何もしないで済むものである。稀に関係する案件があるときに連絡を取ることになるが、人間のやることであるから、このプロセスには当然に見落としがあり得る。
 人工知能などで自動的にチェックできる体制があればいいが、当時、そこまで整備されていたかどうかはわからない。将来的には、合理的といえるためには、人口知能などで、ある程度自動的にチェックできなければダメだという時代になろうが、方法はこれだけではないわけで、いろいろなバリエーションがあるだろう。そうなると、この合理性の基準が機能するかは、かなり怪しくなってくる。

 (2)次に、「通常判明し得る」といえるかは、どう判断するのか?
 第二に、何をもって「合理的な範囲の調査により通常判明し得る」と判断するのかは極めて難しい問題であり、そう言われても困るな、ということになるのではないだろうか。
 合理的な調査によって「通常判明し得た」というのと、「通常、判明し得ない」というのは、どう区別するのだろうか。
 例えば、大手事務所では、先に説明したように所内弁護士に同報メールを出し、「この件について関係する方はお知らせください」といった形で問うといったことが考えられる。そうしたメールが、担当者によって故意または過失により見落とされたとしても、仲裁人本人にはわからない。
 「通常は見落とされないから、判明し得た」と判断してくれるのであればよいが、そうした形で問い合わせても、担当者がどういう関係があるかを容易に即断できないために申し出ないこともあり得るとしたら、「通常判明し得る」とまではいえないだろう。
 本件のような複雑な事実関係を読み解くのは面倒なので、忙しい弁護士はいちいち深く考えず、無視するといったことがあり得る。しかし、それが大きな事件であれば、「忙しい」と言って無視することは許されないはずだ。ただ、そんなメールから大きな事件かどうかは必ずしも分からない。忙しさに紛れて、通常判明し得るかどうかは断定できないようにも思われる。
 最高裁は、原決定までに提出された資料に照らしても、「本件仲裁判断がされるまでにCが本件事実を認識していたか否かは明らかではない」というが、それはCがよほど愚かでない限り、それを自白することはあり得ない。その主観的な態様を外部の者が証明するのは難しく、ほとんど無理ではないか。

 (3)仲裁人の「過失」まで問うのか?
 最高裁決定が仲裁人が仲裁法18条4項の事実を開示すべき義務を負う時期につき「仲裁手続の進行中」とするのみで他に限定をしていない上、「既に開示したもの」のみを開示すべき事実から除外しているにとどまることからすれば、仲裁人は、仲裁手続が終了するまでの間は、当事者からの要求の有無にかかわらず、同義務を負うという点は首肯できる。
 その上で、「仲裁人が、当事者に対して法18条4項の事実を開示しなかったことについて、同項所定の開示すべき義務に違反したというためには、仲裁手続が終了するまでの間に、仲裁人が当該事実(筆者注:仲裁法18条4項の事実)を認識していたか、仲裁人が合理的な範囲の調査を行うことによって当該事実が通常判明し得たことが必要であると解するのが相当である。」として立証責任をXらに負わせたのは、仲裁法44条6項の定めからしても、やむを得ない。
 また、仲裁人の「開示義務違反」というのは、仲裁人の過失を構成することになり、もしも仲裁人に過失があったということになれば、仲裁人は無駄になった仲裁費用について損害賠償責任を負う危険性が考えられる。もちろん、そういう責任を負わないように事前に免責特約を結んでいるだろうが、悪意や重過失の場合にはそういう免責が有効とは限らないから、過失が安易に認められるべきではないということは理解できる。いずれにせよ、仲裁人Cだけに、その責任を押し付けることも問題があり、法律事務所は権限が分散しており、担当弁護士以外は、何か問題などがない限り、他の弁護士の案件の法律問題をそれほど深く考えたりはしない。
 ただ、過失と重過失は違うから、重過失は認められにくいが、過失はもう少し認めてもいいのではないかという議論もあり得よう。

6 今後の見通し

 Xらとしては、不明とされた上記⑤~⑦について、きちんと立証できれば本件仲裁は取り消され、仲裁のやり直しに持ち込むことができる。ただ、そういうことは極めて困難で、その立証ができなければ、仲裁は取り消されず、一件落着となるだろう。ここから導かれる予測としては、差戻審では有利な仲裁判断を受けているYらが勝つはずであるということになる。恐らく、最高裁決定の結論が原決定を破棄している流れからすれば、そうなる。
 しかし、⑤~⑦の法律的な立証責任はXらが負うとしても、事実上の立証責任は、また別かもしれない。というのは、判示事項1と判示事項2の①~③に述べていることからすれば、開示義務違反等の立証については、I法律事務所外の者が行うことは不可能であることも踏まえれば、そういう問題がなかったということは、I法律事務所の側(すなわちYら)が積極的に反証すべきだとも考えられるからである。
 最高裁は、判示事項1と判示事項2の①~③において、仲裁人の開示義務についても、後日の疑念を招くことがないように、相当な義務を課しているようにも見える。ここで決着をつけずに差し戻しているからには、どれだけ面倒でも、仲裁をやり直すことになってでも、きちんと筋を通して問題がないことを明らかにせよとのメッセージかもしれない。
 そもそも「態勢がいかなるものであるか判然としない」ということは、法律事務所ではありがちなことである。内部の人間でさえ判断できないような微妙な問題について、外部の相手方に立証させることは無理であるし、I法律事務所が進んで自分たちの態勢を示すことも考えにくい。こうしたことから、仲裁人の側に開示義務があるという原則論を重視するのであれば、そこで事実上の推定を働かせて、差戻審では、I法律事務所に立証をさせるということも考えられてよい。
 Yら(仲裁人側ないしI法律事務所)が高度な態勢を整備して実行していたということを立証する責任を負わないとしたら、「申し訳ないが、うちは、そういうことまでチェックできる態勢ではありませんでした」と突き放すだけで、自分たちが怠けていれば怠けているほど有利になり、逆にちゃんとやっていたら、不利になるから、ちゃんとやっていたという立証をしないという形を認めることになる。
 そう考えると、I法律事務所の側で積極的に問題がなかったことを立証しなければ、事実上の推定を働かせて、Xらに有利な判断を下すこともあり得よう。つまり、差戻審でXらが勝つ可能性もあり、その場合には、本件仲裁が取り消され、仲裁のやり直しで、気の遠くなるような事態に立ち至る。
 ただ、実務的には、今更ながらではあるが、Yらにはその事実上の立証責任を果たし得ないリスクもあるから、「和解しませんか」という話になり、何らかの和解が成立して差戻審は判例にならないという展開もあり得よう。

7 解決のポイントはどこか

 さて、本題に戻ろう。本来的に仲裁をわざわざ取り消すべき場合とは、仲裁人Cが関連する依頼者を知っていて、自分たちに有利な画策をしている場合である。仲裁人Cがそれをまったく知らなければ、本件仲裁は取り消すべきではないということは、筆者も異論はない。
 問題なのは、何が真相なのか、外部からは極めてわかりにくく、その事実を立証することは、どちらの当事者も極めて難しい点にある。
 隠れているかもしれない真相とは、仲裁人Cが倫理を逸脱して、Yら代理人弁護士が、I法律事務所を媒介として結託していたのではないかとの疑惑である。万一、YらとI法律事務所と仲裁人Cが結託して有利な仲裁判断を不当な方法で勝ち取ったとしたら、そういうことは決して許されるべきではないから仲裁は取り消すべきことになる。つまり、取り消すべきシナリオとは、仲裁人Cが弁護士Dともどこかで話をしていてI法律事務所が媒介となってYらに有利に事を運ぼうと画策していたような場合である。通常、仲裁人CやYら代理人弁護士が厳正な倫理観に従って行動する人物なのであれば、そんな結託など、あるはずがない。
 しかし、そのあたりは外部からはよくわからない。まさに当事者のみぞ知ることであって、その事実認定は、仲裁人CやYら代理人弁護士らの倫理観を信頼するのか、懐疑心をもって見るかによって左右されるのではないだろうか。その意味で、差戻審では、関係する弁護士たちの倫理観が問われるということなのかもしれない。仲裁人Cが正しい倫理観に従って、適正な仲裁判断をしているのであれば、たまたま、今回判明したような関係があったことが分かったとしても、本件仲裁判断を取り消すべきではない。
 また、こうした事案で、本件仲裁を安易に取り消せば、ちょっとした関係を後から発見して不利な判断を、「後だしジャンケン」で、やり直しをさせることになってしまうので、それも正義に反することになるだろう。
 本件仲裁を取り消さなくても良いシナリオとは、そうした画策などは一切なく、シンガポール事務所とサンフランシスコ事務所とはまったく経済的にも結びついていないとか、何らの影響も及ぼしておらず、まったく無関係であるようなケースが考えられる。前のコラムでも、筆者は本件仲裁を取り消さなくても良いと考えられるケースとして、「Dが、例えば前の事務所ではアソシエイトで少し関与していたにすぎず、Eグループ企業は重要な依頼者ではなくてI法律事務所にも何らの経済的な利益をもたらさないということであれば、そういう経済的利益による誘惑は存在しないから、影響は無視できるほど軽微」とか、「I法律事務所が、シンガポール事務所とサンフランシスコ事務所とは完全に独立採算で何らの経済的な関係もない」といった場合を挙げた。そして、コンフリクト・チェックも海外事務所にはかけておらず、そんな関係があったなどということは指摘されるまで全く気が付かなかったということであれば、本件仲裁は取り消す必要がない。もちろん、これらは例示なので、ほかにもあるかもしれない。
 仲裁人の開示義務違反に関して、原決定は、「本件においてこのような調査がI法律事務所内で実施されたかどうかは一件記録上明らかでないが、当該調査が実施されたのに開示されなかった場合にはもちろんのこと、当該調査が実施されなかったために開示されなかった場合であっても、本件利益相反事由の不開示につき、開示義務違反の責任を免れない。」と認定していた。また、認定には至っていないが、Xらの側は、「本件クラスアクションは、その帰趨によっては、Kが極めて高額の損害賠償義務を負うおそれがあり、ひいては、相手方Y1を含むEグループ全体に影響を及ぼし得る重大な訴訟であった」との主張もしていたから、この点に関する何らかの資料も裁判所には提出されていたのだろう。つまり、Xらは、Yらと弁護士C、DらのI法律事務所にかかわる関係を示すことによって、仲裁人らの疑惑を一応明らかにしたものといえよう。
 今回の事件では、地裁の申立人Xらは米国会社で、仲裁で不利な判断を受けたのに対して、相手方Yらの一部はシンガポールの会社であって、国際的な取引紛争だが、JCAAでの仲裁に付されたのは、いわば第三国として仲裁地が選択されたからである。そこで、東京での仲裁に、わざわざシンガポール事務所に所属する弁護士Cが仲裁人になっていたことも、少し気になるところである。
 しかし、他方において、何らの結託もなく、影響も一切なく、しっかりとした仲裁がされていたのであれば、仲裁は取り消されるべきではない。その点で、I法律事務所の世界中の20ものオフィスがどういう連携をしているのかといったことも問題であり、本件仲裁に問題がないのだとすれば、どのような理由から、結託の誘惑から遮断されていたのかということを、Yらには、できる限り示してもらいたいところである。
 その意味でも、差戻審で、不明とされた上記⑤~⑦だけの問題に絞ってしまっては、判断が難しい。例えば、本件仲裁が3人の全員一致で、Cの意見がどちらでも結論に差がなければ、本件仲裁を取り消す必要があるほどの影響を行使した形跡もないから、結託がなかったと推認できるのに対して、もしも微妙な審理状況だったのにCが妙にY側に有利に導いてまとめてしまったといった事情があれば、結託を推認する事情になるかもしれない。あまり本件仲裁判断の中身に踏み込むと、実質的に仲裁の蒸し返しとなるおそれもあるが、そのあたりまで見ないと、影響があったかどうかを判断することは困難ではないだろうか。もっと広い視点から考えないと、根本的な問題解決には至らないのではないかと考えた次第である。そういう問題意識から差し戻したのであれば、今回の最高裁決定は、経済合理性だけに引きずられることなく、それなりに筋を通した決定として評価できる。


(掲載日 2018年1月29日)

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