各国法情報オンラインサービス
Westlaw Japan(日本)
WestlawNext(Westlaw Classic)
Westlaw Asia(アジア)
Westlaw Middle East(アラブ諸国)
Westlaw Japan Academic Suite
Le Doctrinal(フランス)
法的調査ソリューション
Practical Law
Practical Law
Dynamic Tool Set
カスタマーケーススタディ
英文契約書のドラフティングに革新
〈Practical Law〉はスペシャリティを高める教材としても活用できる
契約書レビューソリューション
LeCHECK
便利なオンライン契約
人気オプションを集めたオンライン・ショップ専用商品満載 ECサイトはこちら
文献番号 2018WLJCC005
中央大学法科大学院 教授
佐藤 信行
1.はじめに
日本では、第二次世界大戦中の政府によるメディア統制への反省を基底として、放送に対する公権力の介入を抑止するための制度構築が目指され、民放と公共放送たる日本放送協会(NHK)の2元制度が採用されている。
このうちNHKについては、政府資金や広告料によってその財政を支えるのではなく、NHKの放送を受信することのできる「受信設備を設置した者」に対して、NHKとの間での受信契約締結義務を課し、当該契約に基づく受信料によって、これを支えるという方法が採用されている(放送法64条1項)。
ところが、NHK放送を受信できる受信設備(要するにテレビ)を設置した者であっても、現実には様々な理由から、NHKとの受信契約を締結しない者も多い。そこで近年NHKは、戸別訪問による受信契約率の向上を目指す一方で、受信契約に応じない者に対して、民事訴訟を提起するようになってきている。本件の被告も、NHKの放送内容に不満をもち、その設置したテレビによって民放は見るがNHKの番組は見ないとして、契約を拒否していた。そこで、NHKが受信契約の成立と受信料の支払等を求めて提起したのが本件である。論点は、放送法64条1項が受信契約を義務づけているといえるか、また、義務づけているとした場合、それが憲法上許容されるかということであった。
最高裁判所は、NHKが主張した放送法64条1項の解釈のうち、もっともNHKに有利なもの、すなわち受信設備を設置した者に対して、NHKが契約締結の申入れを行うと、相手方の同意なくして一定期間後に契約が成立するという立論を否定し、承諾の意思表示に代わるべき裁判をもって放送受信契約を成立させることを認めたものである。また、受信契約強制締結の合憲性についても、これを認めている。
本件は、下級審において分裂状態にあった放送法64条1項の解釈について、はじめて最高裁判所が判断を示したものであり、また、公共放送の意味について正面から議論が展開されたこともあって、多くの注目を集めた。そこで、以下に判決を紹介すると共に、若干の検討を加えることとしたい。
2.NHKの主張
NHKは、NHKの放送を受信できる設備を設置しつつ、受信契約に応じない被告に対して、受信料又はその相当額を支払わせるために、法律構成を異にする主位的請求と3つの予備的請求を行っている。それぞれの概要は、以下のとおりである。
(1) 主位的請求
受信機設置者は、放送法64条1項に基づき放送受信契約を締結する義務を負い、原告NHKによる放送受信契約締結の申込みを拒絶することは許容されていないから、原告NHKによる放送受信契約締結の申込みが受信機設置者に到達した時点で、放送受信契約が成立する。したがって、契約締結申込みの到達時点からの受信料支払を求める。
(2) 予備的請求1
受信機設置者は、放送法64条1項に基づき、放送受信契約を締結する義務を負う。原告NHKが定めた受信契約規約3条において、受信機設置者は「遅滞なく」放送受信契約書を原告NHKに提出すべきことを定めていること及び放送法64条1項の文言からすれば、受信機設置後、放送受信契約書の提出に必要な合理的期間が経過した時点で、放送受信契約締結義務の履行期限が到来する。その後は、被告の債務不履行(履行遅滞)となり、受信料の公平負担の見地から、かかる放送法64条1項に違反する状態に対する制裁として、当該違反期間に係る受信料相当額が損害として認められるべきであるから、その支払を求める。
(3) 予備的請求2
受信機設置者は、放送法64条1項に基づき、放送受信契約を締結する義務を負うから、被告は、本件通知が到達した日以降、放送受信契約締結の申込みを承諾する義務を負っている。規約上、放送受信契約者は、受信機を設置した日の属する月から受信料の支払義務を負うから、被告に対して上記放送受信契約の締結の承諾を命じる判決が確定し、これによって放送受信契約が成立した場合、被告は、受信機を設置した日の属する月に遡って受信料の支払義務を負う。よって、原告NHKは、被告に対し、放送法64条1項に基づき、上記放送受信契約の締結の申込みを承諾することを求めるとともに、本件通知による申込み及び上記承諾によって成立する放送受信契約に基づき、受信料の支払を求める。
(4) 予備的請求3
被告は、本件受信機を設置したにもかかわらず、放送受信契約を締結せずに放置したことにより、受信料の支払を免れたという利益を得、他方、原告NHKは同額の受信料の支払を受けることができないという損失を被ったが、被告は放送法64条1項に違反して放送受信契約を締結せず、不当に受信料の支払義務を免れたのであって、被告の利益には法律上の原因がないので、不当利得に基づく利得金の返還を求める。
3.被告の主張
これに対して、被告は、原告の主位的請求及び3つの予備的請求を全て否定する。その主旨は、契約はその締結の申込みと承諾によって成立するものであり、被告が承諾していない以上、放送受信契約は成立していないこと(主位的請求関係)、契約が成立していないことによって受信料が得られないことは損害とはいえないこと(予備的請求1関係)、放送法は行政法規でありこれに違反したとしても私法上の契約締結を強制できるものではなく、また、本件契約締結を強制すべき特別の理由もないこと(予備的請求2関係)、被告は原告NHKの放送を全く見ていないのであるから利得がないこと(予備的請求3関係)である。
放送法64条が契約締結を強制しているという前提に立って、複数の法律構成の可能性を示した原告NHKに対して、これらの被告の主張は、そもそも放送法64条は契約締結を強制していない訓示規定であって、仮に契約締結が強制されていると解するならば、それは憲法違反であるという主張によって支えられている。
そこで被告の憲法上の主張について、第1審判決の要約を引用すると次のとおりである。
ア 契約の自由
契約の自由は、憲法13条、19条、21条、29条などの規定の根本にある大原則であるところ、放送法64条1項は、契約の自由を特別の理由なしに制限するものであるから、憲法の上記各条に違反する。また、受益者負担という趣旨を達成するためであれば、ペイ・パー・ビュー方式が技術的に可能であり、これを採用せずに放送受信契約の締結を強制することは憲法に違反する。
イ 知る権利
受信機の設置は国民の知る権利の行使に当たり、公共の福祉のためではなく、一企業である原告NHKを維持するために受信機設置者に放送受信契約の締結を強制することは、憲法13条、31条に違反する。
ウ 平等原則、国会の権能等
放送事業者一般ではなく、国家機関等でもない一企業である原告NHKに対してのみ契約締結の強制という負担を課すことは、憲法14条に違反するほか、一般性に欠け、実質的には行政権の行使であり、立法機関である国会の権能に属しないから、憲法41条に違反する。また、放送受信契約は、契約ではなく立法というべきであるし、受信契約規約は、規約を定める原告及び規約を認可する総務大臣による実質的な立法であるから、いずれも国会を唯一の立法機関とする憲法前文、41条に違反し、憲法73条6号の範囲を超えるものである。
エ 正当な補償等
受信料は、税金又は公共の福祉に対する負担ではなく、一企業である原告NHKのための負担であって、正当な補償もされていないから、放送法64条1項は憲法29条3項、84条に違反する。
4.第一審判決 東京地判平成25年10月10日2013WLJPCA10108002
東京地方裁判所は、上記のNHKの主張のうち、主位的請求と予備的請求1を否定し、予備的請求2を認め、予備的請求3については判断していない。
まず主位的請求については、「……民法上、契約は、申込みと承諾の意思表示の合致によって成立するのであって……、放送法において、放送受信契約についてこれに反する仕組みが採用されたものと解する根拠は見いだせない。」とする。その根拠として、放送法の立法過程において、一旦は受信設備の設置によって「契約を締結したものとみなす」とする原案が提出されたものの、審議の結果、現行法の形となったことを挙げている。
また予備的請求1については、「受信機設置者に対して、実際に原告の放送を受信し視聴しているか否かにかかわらず、原告と放送受信契約を締結すべき私法上の義務を課したものと解するのが相当」としつつ、「承諾の意思表示がない以上、放送受信契約が締結されたものと認めることはでき」ず、「放送受信契約の締結前には受信料の支払に係る潜在的かつ抽象的な債権債務関係しか成立していないことからすれば、受信機設置者が、放送法64条1項の定める原告との間で放送受信契約を締結すべき私法上の義務に違反していることから、直ちに、原告が、受信料相当額の損害を被ったものとは認められ」ない、として、損害自体の存在を否定した。
次に、予備的請求2については、まず、契約自由の原則を認めつつ、「法規に基づいて契約を締結すべき私法上の義務が課せられる場合があり、そのような場合に契約を拒否する者に対して、契約を締結すべき私法上の義務違反に基づく責任を負わせるにとどまるのか、意思表示に代わるべき裁判をもって契約を成立させ得るのかについては、個々の契約を締結すべき義務を定める規定の趣旨を踏まえて検討すべきであり、当該規定の義務付けの強弱や当該規定の目的が契約を締結することによる効果を期待するものなのか、契約を締結しないことを禁止するにとどまるのかといった点を総合考慮して解釈すべき」との一般論を示す。その上で、公共放送を維持するために、「時の政府や政権におもねることなく不偏不党を貫き、真実を放送し、視聴率を追求することや一方的な視点からの放送を排し、視聴率にとらわれない多角的視点を踏まえた真に『豊かで、かつ、良い放送番組』(放送法4条1項、81条1項)を放送していくために、放送視聴との対価性を緩やかなものとし、国民から、その内心の意図や思想信条にかかわらず、広く公平に受信料を徴収して財源を確保することは、一つの合理的な方法と考えられる」と認めるのである。結果として、東京地裁は、漁業協同組合員資格を有する者について同組合は正当な理由がなく加入を拒めないとした昭和55年の最高裁小法廷判決を引用しつつ、裁判所は「放送受信契約を締結すべき私法上の義務につき、民法414条2項ただし書に基づき、放送受信契約の締結の承諾の意思表示を命じることができ、承諾の意思表示に代わるべき裁判をもって放送受信契約を成立させることができる」として、本請求を認めている。
予備的請求3については、同2を認容したことから判断を示していない。
また、憲法違反の主張に対しては、次のように全ての主張を否定する。
契約の自由侵害については、規制目的の正当性、規制手段の必要性及び合理性をもって合違憲を判断するとした上で、まず規制目的については、「放送法制定後現在までのメディアの多様化、現在の社会情勢や放送に関する技術的進歩といった社会変動を踏まえても、公共の福祉のために、あまねく日本全国において受信できるように豊かで、かつ、良い放送番組による国内基幹放送を行うとともに、放送及びその受信の進歩発達に必要な業務を行い、あわせて国際放送及び協会国際衛星放送を行うという放送法15条が規定する原告の設立目的は、現在もなお極めて重要な意義を有している」として、その正当性を認める。次に、受信機を設置した者に受信契約締結を強制することの必要性・合理性について、NHKと民放の「二系列の事業システムの併立体制が全国における放送事業の健全な発達を保持しているものであって、その意味で、民間放送事業者による放送は、原告による放送から一定の影響を受けていることが認められるが、それは、民間放送事業者による放送だけが単に一方的に間接的な恩恵を受けるにとどまらず、上記の二系列の事業システムの併立体制により全国的に良い放送を実現していこうとする点において互恵的な関係にあるともいえ、総体的には積極的な効果が存することも否定できないのであるから、受信機設置者が原告の放送を視聴するか否かにかかわらず放送受信契約の締結義務を負うものとすることについては必要性が認められ、合理性を有するというべきである。また、前記認定のとおり、原告は、国から独立した企業としつつも、公共性を確保して適正に運営されるための仕組みのほか、放送受信契約者からの受信料の適正な設定やその使途についても国会を通じて適正に監督がされるような仕組みが備わっているといえ、国会の承認を得て定められる受信料の負担も是認することができるというべきであ」り、「原告の放送を有料放送方式による放送とし、主たる財源をその視聴料金により賄うものとした場合、放送視聴との対価性が強くなり、放送番組の内容が視聴者の関心を引く分野に偏り、視聴率にとらわれずに必要な番組を継続することが困難になり、ひいては、前記の二系列の事業システムの併立体制の意義自体が危うくなる可能性があると考えられる」として、その憲法適合性を認める。
また、知る権利については、同条は民放の視聴自体を制限するものではなく、憲法13条・31条に反しないとする。NHKと他の民放事業者との間で、前者にのみ受信契約締結強制を認めることが、憲法14条違反するとの主張については、どのように民放・公共放送二元性を構築するかについての立法裁量を認め、違憲性を否定している。NHK放送に関する放送法の規定が一般性に欠け立法とはいえず、逆に、受信規約が立法に当たるという主張については、これに当たらないことは明らかであるとし、受信料の負担は正当な補償を要する特別の犠牲とはいえず、租税類似のものとして憲法84条の規律が及びうるが、強制徴収ができず、国会によるNHK予算承認があることから、同条を侵害しないとする。
これに対して、原告及び被告双方が控訴した。
5.控訴審判決 東京高判平成26年4月23日2014WLJPCA04236021
東京高裁は、基本的には第一審判決を支持し、控訴審での双方が追加した主張に対する判断を加える等の修正を行いつつ、予備的請求2の立論に基づき、裁判所が行う承諾の意思表示に代わるべき裁判をもって放送受信契約が成立することを認めた。
双方が上告受理申立て。
6.上告審判決 最大判平成29年12月6日2017WLJPCA12069001
最高裁は、上告を棄却した。なお、1名の反対意見、4名の裁判官による3つの補足意見が付されている。
多数意見は、「放送法64条1項は、受信設備設置者に対し受信契約の締結を強制する旨を定めた規定であり、原告からの受信契約の申込みに対して受信設備設置者が承諾をしない場合には、原告がその者に対して承諾の意思表示を命ずる判決を求め、その判決の確定によって受信契約が成立すると解するのが相当である。」として、予備的請求2の立論を認める一方で、主位的請求の立論については「放送法による二本立て体制(筆者注:民放とNHKの相互補完体制のこと。)の下での公共放送を担う原告の財政的基盤を安定的に確保するためには、基本的には、原告が、受信設備設置者に対し、同法に定められた原告の目的、業務内容等を説明するなどして、受信契約の締結に理解が得られるように努め、これに応じて受信契約を締結する受信設備設置者に支えられて運営されていくことが望ましい。そして、……同法施行後長期間にわたり、原告は、受信設備設置者から受信契約締結の承諾を得て受信料を収受してきたところ、それらの受信契約が双方の意思表示の合致により成立したものであることは明らかである。同法は、任意に受信契約を締結しない者について契約を成立させる方法につき特別な規定を設けていないのであるから、任意に受信契約を締結しない者との間においても、受信契約の成立には双方の意思表示の合致が必要というべきである。」としてこれを否定し、さらに予備的請求1についても、「原告が策定し受信契約の内容としている放送受信規約によって受信契約の成立により受信設備の設置の月からの受信料債権が発生すると認められるのであるから、受信設備設置者が受信契約の締結を遅滞することにより原告に受信料相当額の損害が発生するとはいえない。また、放送法が受信契約の締結によって受信料の支払義務を発生させることとした以上、原告が受信設備設置者との間で受信契約を締結することを要しないで受信料を徴収することができるのに等しい結果となることを認めることは相当でない。」としてこれを否定する。
ここで、問題となるのが、受信設備設置者に対し受信契約の締結を強制する旨を定める放送法64条1項が、憲法上許容されるかという点である。この点最高裁判所は、被告の意見の主張に係る憲法上の問題を次の2点に整理して、検討する。すなわち、
①放送法が、原告を存立させてその財政的基盤を受信設備設置者に負担させる受信料により確保するものとしていることが憲法上許容されるかという問題
②上記①が許容されるとした場合に、受信料を負担させるに当たって受信契約の締結強制という方法を採ることが憲法上許容されるかという問題
の2点である。
まず第1点については、かつて「放送事業及び放送の受信は、行政権の広範な自由裁量によって監理統制されるものであったため、日本国憲法下において、このような状態を改めるべきこととなったが、具体的にいかなる制度を構築するのが適切であるかについては、憲法上一義的に定まるものではなく、憲法21条の趣旨を具体化する前記の放送法の目的を実現するのにふさわしい制度を、国会において検討して定めることとなり、そこには、その意味での立法裁量が認められてしかるべき」とした上で、「公共放送事業者と民間放送事業者との二本立て体制の下において、前者を担うものとして原告を存立させ、これを民主的かつ多元的な基盤に基づきつつ自律的に運営される事業体たらしめるためその財政的基盤を受信設備設置者に受信料を負担させることにより確保するものとした仕組みは、……、憲法21条の保障する表現の自由の下で国民の知る権利を実質的に充足すべく採用され、その目的にかなう合理的なものであると解されるのであり、かつ、放送をめぐる環境の変化が生じつつあるとしても、なおその合理性が今日までに失われたとする事情も見いだせないのであるから、これが憲法上許容される立法裁量の範囲内にあることは、明らかというべき」としてその合憲性を認める。
第2点については、「受信料の支払義務を受信契約により発生させることとするのは、前記のとおり、原告が、基本的には、受信設備設置者の理解を得て、その負担により支えられて存立することが期待される事業体であることに沿うものであり、現に、放送法施行後長期間にわたり、原告が、任意に締結された受信契約に基づいて受信料を収受することによって存立し、同法の目的の達成のための業務を遂行してきたことからも、相当な方法であるといえる。
任意に受信契約を締結しない者に対してその締結を強制するに当たり、放送法には、締結を強制する契約の内容が定められておらず、一方当事者たる原告が策定する放送受信規約によってその内容が定められることとなっている点については、前記のとおり、同法が予定している受信契約の内容は、同法に定められた原告の目的にかなうものとして、受信契約の締結強制の趣旨に照らして適正なもので受信設備設置者間の公平が図られていることを要するものであり、放送法64条1項は、受信設備設置者に対し、上記のような内容の受信契約の締結を強制するにとどまると解されるから、前記の同法の目的を達成するのに必要かつ合理的な範囲内のものとして、憲法上許容されるというべきである。」として、やはりその合憲性を認めたものである。
なお、支払うべき受信料は、受信契約の承諾の意思表示を命ずる判決が確定したことによる契約成立時以降の分なのか(被告の主張)、受信設備の設置の月以降の分なのか(NHKの定めた放送受信規約に基づくNHKの主張)、主張が対立するが、最高裁多数意見は、「受信料は、受信設備設置者から広く公平に徴収されるべきものであるところ、同じ時期に受信設備を設置しながら、放送法64条1項に従い設置後速やかに受信契約を締結した者と、その締結を遅延した者との間で、支払うべき受信料の範囲に差異が生ずるのは公平とはいえない」として、NHK放送受信規約に基づくNHKの主張を認める。
また、受信料債権に係る消滅時効については、被告は、受信機の設置に伴う本来の履行期から消滅時効が進行すると主張するが、この点最高裁判所は、契約成立前には受信料を請求できないことを理由に、受信契約に基づき発生する受信設備の設置の月以降の分の受信料債権であって受信契約成立後に履行期が到来するもの以外のものについては、その消滅時効は、受信契約成立時から進行すると解し、被告の主張を退けている。
以上に対して、岡部裁判官の補足意見は、最高裁がその判決において「情報摂取の自由」を認めている※1ことを前提に、そこには「情報を摂取することを強制されない自由」が含まれているとして、放送法64条1項がこれを侵害する可能性について検討し、それを否定している。すなわち、「受信料制度は、国民の知る権利を実質的に充足し健全な民主主義の発達に寄与することを究極的な目的として形作られ、その目的のために、特定の個人、団体又は国家機関等から財政面での支配や影響が及ばないように必要かつ合理的な制度として認められたものであり、国民の知る権利の保障にとって重要な制度である。一方、受信設備を設置していれば、緊急時などの必要な時には原告の放送を視聴することのできる地位にはあるのであって、受信料の公平負担の趣旨からも、受信設備を設置した者に受信契約の締結を求めることは合理的といい得る。原告の独立した財政基盤を確保する重要性からすれば、上記のような経済的負担は合理的なものであって、放送法64条1項は、情報摂取の自由との関係で見ても、憲法に違反するとはいえない」とする。
鬼丸裁判官の補足意見は、本件は契約締結の自由に対する例外であることに鑑みると、受信契約の内容については、これをNHKの定める放送受信規約で規定するのではなく、法律上定めることが望ましいとするものである。
木内裁判官の反対意見は、放送法64条1項及び放送受信規約を詳細に検討した上で、それが、裁判所の判決による契約締結の強制を予定していると解することはできないとして、原告の予備的請求2の立場を支持する多数意見に反対する。ただし、同裁判官は、予備的請求3の考え方に基づく不当利得返還請求は可能であるとする。
最後に、小池裁判官と菅野裁判官の補足意見は、この木内裁判官の反対意見に対して反論するものである。
7.研究
本件は、放送法64条1項が定めるNHK放送受信契約締結強制の意味について、最高裁判所がはじめて判断を示したものである。
NHK放送受信契約をめぐっては、このところ多くの訴訟が提起されているが、本件における主位的請求の立論が認められるか否かについては、下級審でも判断が分かれてきた。たとえば、(1)東京地判平成27年10月29日(2015WLJPCA10296001)(NHKが原告として受信料支払を求めた訴訟において、本件における主位的請求と同様の請求が否定され、予備的請求2と同様の請求が認容されたもの)、(2)東京地判平成28年3月9日(2016WLJPCA03098004)(NHKが原告として受信料支払を求めた訴訟において、本件における主位的請求と同様の請求が認容されたもの)、(3)東京地判平成29年3月29日(2017WLJPCA03296002)(NHKがホテル業者に対し、客室に設置するテレビ全台分の受信契約と受信料支払を求めた事件で、本件における主位的請求と同様の請求が否定され、予備的請求2と同様の請求が認容されたもの)、(4)東京高判平成28年9月21日(2016WLJPCA09216011)((2)の控訴審判決。本件における主位的請求と同様の請求を認めた原判決を変更し、予備的請求2と同様の請求を認容したもの)、(5)高知地判平成29年11月28日(2017WLJPCA11286001)(NHKが原告として受信料支払を求めた訴訟において、本件における主位的請求と同様の請求が認容されたもの)がある。また、ワンセグによるNHK視聴という本件とはやや異なる問題を巡っても、(6)水戸地判平成29年5月25日(2017WLJPCA05259001)(ワンセグ機能つき携帯電話について放送受信契約を締結し受信料を支払った者が、「協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者」にあたらないので、受信契約は錯誤無効であるとして、既払受信料の返還を求めたところ、それが否定されたもの)や(7)さいたま地判平成28年8月26日(2016WLJPCA08266001)(ワンセグ機能つき携帯電話について、それを携帯するに過ぎないものは、受信設備を「設置」したとはいえないとして、受信契約義務不存在確認を認容したもの)といった判断の分裂が存在しているが、本件においては、この点については、判断は示されていない。
本件には、多くの論点が含まれるが、ここでは放送法64条1項をめぐる憲法上の論点を中心として、以下若干の検討を加えておきたい。
現代社会は、高度に分業化された人々の活動が複雑に交錯する社会であり、一人の人間が必要とする情報の全てについて、自らが直接入手することは、構造的に不可能である。とりわけ代表制民主主義の政治形態を採用している日本では、政府による政策決定や、その背景にある政党・議員の行動を知ることは選挙制度の基盤であるが、これらを人々が「直接に」知ることはほぼ不可能である。ここにおいて、報道を通じた情報の伝達とその憲法的保障が、極めて重要なものとなるのである。この点、憲法21条は、「……言論、出版その他一切の表現の自由」を保障しているが、さらに最高裁判所はいわゆる博多駅決定において、「報道機関の報道は、民主主義社会において、国民が国政に関与するにつき、重要な判断の資料を提供し、国民の『知る権利』に奉仕するものである。したがつて、思想の表明の自由とならんで、事実の報道の自由は、表現の自由を規定した憲法21条の保障のもとにあることはいうまでもない。」として、報道の自由が同条の保障下にあることを認めている ※2。ここでは、専ら公権力が国民に対する情報提供機能を独占的に担うならば、情報提供という名の情報統制が生じることは必然であるから、これを排し、民間企業体であるマスメディアが、市場原理を背景として、市民が必要とする情報を提供するという基本構造が選択されているのである。しかし、そこで問題となるのが、市場原理の徹底から生じる情報の歪みや地域的情報格差の問題である。
報道を担うマスメディアが民間企業体であることは、一方では公権力からの自由確保に資するが、他方では資金提供者からの影響を受けざるを得ないことを意味する。この問題を検討するに際しては、(1)資金提供者が誰であるのか(ある情報を発信したい者か、情報を受領したい者か)、(2)メディアの違い(印刷メディアか、放送メディアか)の要素を複合的に考える必要がある。
日本における新聞は、基本的には「読者が主」「広告主が従」の資金提供者となる※3 )印刷メディアであるが、そこでは、思想の自由市場論を持ち出すまでもなく、多くの人が必要とする情報や考え方を提供するメディアが支持されて読者や広告主が集まり、結果としてこれに失敗したメディアが役割を終えてゆくこと、それ自体は、やむを得ないことであるといえる。
しかし、同じメディアの中でも放送メディアについては、この考え方を徹底することは許されない。なぜならば、そもそも国際的な周波数管理を必要とする電波資源は、それ自体有限のものであって、電波資源の割当てを受けられた特定の者だけが、その主義主張を自由に放送できるとするならば、世論誘導や思想統制といったリスクが生じるからである。そこで、同じく情報伝達を任務とするメディアであっても、放送には、新聞出版とは異なり、メディア自身の主義主張を制限するという選択がなされている。
具体的には、放送法第1条は、同法の目的を「次に掲げる原則に従って、放送を公共の福祉に適合するように規律し、その健全な発達を図ること」※4として3つの原則を掲げるが、その中に、「放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによって、放送による表現の自由を確保すること」「放送に携わる者の職責を明らかにすることによって、放送が健全な民主主義の発達に資するようにすること」を定め、かつ、3条で「放送番組は、法律に定める権限に基づく場合でなければ、何人からも干渉され、又は規律されることがない。」としつつも、4条で「放送事業者は、国内放送及び内外放送……の放送番組の編集に当たっては、次の各号の定めるところによらなければならない。」として、とりわけ「政治的に公平であること」(2号)と「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」(4号)を求めているのは、放送メディアに固有の規制のあり方を示したものであるといえる。
すると、放送メディアにおいては、メディア自身の政治的立場が資金調達力の根拠となるという構造は予定されていないことになるから、その資金調達のモデルをどのように構築するかが問題となるのである。この点、民放については、広告を主たる資金源とすることも、情報の受け手たる視聴者の視聴料を資金源とすることも、放送法上は禁止されていないが ※5、いわゆる地上波放送においては、実際には広告主から資金を得るというモデルが採用されている。ここにおいて、番組には何人からの干渉や規律を許さないと法定されている(上記放送法3条参照)とはいえ、広告主が出稿を避ける番組は製作できないという意味での配慮が働くことは否定できず、また、広告効果が小さいと考えられる地域や人々には、放送による情報提供が行き届かなくなるという問題が生じるのである。
そこで、放送法は、1条に定める3原則の第1を「放送が国民に最大限に普及されて、その効用をもたらすことを保障すること」とし、その具体的方策の一つとして、同15条において日本放送協会(NHK)制度を定めているのである。すなわち、同条によれば、日本放送「協会は、公共の福祉のために、あまねく日本全国において受信できるように豊かで、かつ、良い放送番組による国内基幹放送……を行うとともに、放送及びその受信の進歩発達に必要な業務を行い、あわせて国際放送及び協会国際衛星放送を行うことを目的とする」とされているのである。
このようにしてNHKは、民放制度に内在する問題を補完することを趣旨としているが(判決では、これを併立体制や二本立て体制と呼んでいる)、かといってこれを国営放送とすることは別のリスクを伴うから、現行放送法は、これをいわゆる公共放送とするという途を選び、放送内容に対する政府支配を排除する一方で、広告放送を行うことを禁止し(83条)、視聴者からの受信料をもって放送を行うこととしている。具体的には、64条1項で「協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない。ただし、放送の受信を目的としない受信設備又はラジオ放送……若しくは多重放送に限り受信することのできる受信設備のみを設置した者については、この限りでない。」と規定し、「受信設備を設置した者」がNHKとの間で受信契約を締結し、当該契約に基づく受信料をもって財源とすることを認めているのである。もとより他の収入もあるが、2018年度予算においては総収入の97.6%(6995億円)が受信料収入であり、実質的に、専ら視聴者を資金提供者とするモデルを確立している。
問題は、こうした仕組みが、憲法上許容されるかという点であり、まさしく本件では、それが争われたのであった。
被告は、第一審の段階では、極めて多くの憲法上の争点を提示しているが、上告審段階では、最高裁判所によって、上述のように論点が整理されている。すなわち、①放送法が、原告を存立させてその財政的基盤を受信設備設置者に負担させる受信料により確保するものとしていることが憲法上許容されるかという問題と、②上記①が許容されるとした場合に、受信料を負担させるに当たって受信契約の締結強制という方法を採ることが憲法上許容されるかという問題である。そして、上述のように最高裁判所は、①について要するに立法政策の問題として違憲の主張を退け、②についても手段として相当であることを認めている。
ただし、ここで重要であると思われるのは、こうした憲法判断が放送法64条1項の契約締結方法というもう一つの論点と、実質的には一体化しているという、判決の構造である。上で見たように、本件では、第一審から上告審まで一貫して、NHKは主位的請求として、NHKからの受信契約締結の申し出がなされれば、一定期間後に契約が成立することとなるという主張を行っているのに対して、裁判所はこれを否定し、承諾の意思表示に代わる裁判によって判決が確定するという法律構成のみを認める。前者の立論を認めたとしても、放送法は当該契約に基づく受信料徴収のための強制執行手続について、何らの特別規定を有しないから、結局受信料を得るためには、裁判所の助力を得る必要はある。しかし、これが認められれば、受信契約締結を拒否する相手に対して、少なくとも実体法上は既に契約が成立しているという主張を行い、これを前提とした相対交渉を行いやすくなるというメリットがあるほか、この解釈が確立・安定して運用されるに至れば、支払督促という簡便な方法による強制執行が考えられることになる。実際にNHKは、受信契約の成立を認めているいわゆる滞納者については、支払督促の利用を拡大しており、2016年度においては1009件(累計9042件)の申立てを行っている※6。
これに対して、本件判決の構成をとる場合、まさにNHKは契約締結を求めて説明や説得が必要となり、これに応じない者については、個別に承諾の意思表示に代わる裁判を待たなければ、契約成立状態にあること自体を主張できないから、相対交渉が難しくなるほか、当然に支払督促も利用できない。
このようにしてみると、本件最高裁判決は、放送法64条1項の合憲性を認めつつも、実際の受信契約締結には相手方の任意の承諾か、個別の承諾の意思表示に代わる判決を求める訴訟が必要であるとすることにより、契約の自由に対する例外としての受信料契約強制の正統性を担保しようとしているものともいえよう。最高裁判決においては、契約成立の時期・方法に関する理由は、憲法問題とは分離されて述べられているものの、実質的には一体を成しているみることができる。
しかし、そうであるとすると、そこには問題がないとはいえないように思われる。すなわち、最高裁判所は、受信契約強制について、「特定の個人、団体又は国家機関等から財政面での支配や影響が原告に及ぶことのないようにし、現実に原告の放送を受信するか否かを問わず、受信設備を設置することにより原告の放送を受信することのできる環境にある者に広く公平に負担を求めることによって、原告が上記の者ら全体により支えられる事業体であるべきことを示すものにほかならない」と理解しているが、これを認めつつ、本件における主位的請求の立論を認めないならば、実際には訴訟コストとの関係で、NHKを見ないから契約しないという者が常に一定数存在することを認めることになる点で、矛盾が含まれることになるからである。
もっともこの点は、司法府の責任というよりも現行法がまさにそのような制度を選択しているのであって、それは、いわば公共放送の必要性と、公共放送の存在自体やNHKの放送姿勢や内容を承服できない人の存在という相対立する要素について、それが先鋭的に顕在化しないようにバランスをとったものということもできよう。そのように考えると、問題は、実際にはNHKの受信契約を締結しない者がいるという前提で、公共放送を維持することの正統性ということになる。この点、一つの指標となるのが契約・支払率であるが、2016年度末の推計世帯支払率は全国で78.2%とされており※7、地方税の徴収率99.1% ※8には及ぶべくもないが、国民年金の2016年度における現年度分納付率64.1% ※9を相当上回っている。これを踏まえると、現状においては、受信料を主たる財源とするモデルが破綻しているとまではいえないであろうが、今後この率が低下するようなことがあれば、一部の積極的な視聴者のみが受信料を支払っているという、事実上のペイ・パー・ビュー方式へのモデル転換が生じてしまうことになる。最高裁判決は言及していないが、東京地裁判決は、この方式について「原告の放送を有料放送方式による放送とし、主たる財源をその視聴料金により賄うものとした場合、放送視聴との対価性が強くなり、放送番組の内容が視聴者の関心を引く分野に偏り、視聴率にとらわれずに必要な番組を継続することが困難になり、ひいては、前記の二系列の事業システムの併立体制の意義自体が危うくなる可能性があると考えられる」との指摘をしているのは、上述したとおりである。
この意味で、本件最高裁判決は、現時点でのNHKのあり方を前提としたバランス感覚に支えられているものとであるともいうことができよう。世界の公共放送をみると、財政基盤のあり方は、実は単一のものではない。今後、仮に、著しい契約率の低下といった事態が生じた場合、比較の目をもって、別の公共放送財政システムを検討する必要もあろう。
(掲載日 2018年3月19日)