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文献番号 2018WLJCC012
日本大学大学院法務研究科 教授
前田 雅英
Ⅰ 判決のポイント
本件は、平成18年6月、東京都某区のマンションで都立高2年生C(当時16歳)がエレベーターに挟まれ死亡した事故に関し、エレベーター機器の製作・設置と当初の保守点検を担当した会社(以下「製造保守会社」という。)の点検責任者Xと、その後の保守管理を担当した保守点検の会社(以下「保守管理会社」という。)の会長Y1、社長Y2、メンテナンス部長Y3が業務上過失致死罪に問われた事案である。検察側が鑑定をやり直すなど公判前整理手続が長期化し、事故から第一審判決※3までに9年以上かかった。
事故の原因となったライニングの異常摩耗が発生した時期が争点となったが、第一審は、被告人Xに保守点検の過失を問いうる時期には、それが発生していなかったと認定し、無罪を言い渡した。一方、被告人Y1、Y2については禁錮1年6月に、被告人Y3を禁錮1年2月(それぞれ3年間、それぞれその刑の執行を猶予)の刑を言い渡した。
Xの無罪の結論が維持されるか、控訴審の判断が注目されていたが、①東京高判平成30年1月26日は、Xに対する無罪の判断を維持した。さらに②東京高判平成30年3月14日はY1、Y2、Y3に関する第一審の判断を覆して、3名についても無罪とした。そして①②の判断は同じ東京高裁刑事3部で言い渡されたものであった。
Ⅱ 事実の概要
平成18年6月3日午後7時20分頃、マンションに設置されたエレベーター5号機のかご及び乗降口の各扉が開いたままかごが上昇し、乗降口扉から降りようとしたC(当時16歳)の体が、かごの床面と乗降口の外枠に挟まれる事故が発生し、Cが死亡したことは、関係証拠により認められ、被告人弁護人も特に争っていない。また、本件事故が発生した直接的な原因が、当該エレベーターの動きを制御するブレーキ部分において、回転するブレーキドラムとライニングが摩擦してライニングが異常に摩耗するという現象が発生して進行したために、ブレーキ保持力が失われたことにあることについても、関係証拠により認められ、この点についても当事者間に争いはない。
同機については、製造保守会社が、平成10年度は設置会社による無償点検として、平成11年度から平成15年度までは随意契約により、公社から保守点検業務を受託してその保守点検を実施していた。平成16年度からは入札によって両機の保守点検業務の委託がなされるようになり、平成16年度は製造保守会社が、平成17年度はB社が、平成18年度からは、保守管理会社が保守点検業務を公社から受託し、平成18年4月1日からその保守点検業務を行っていた。
争点は、ライニングの異常摩耗が発生した時期であったが、第一審東京地裁は、「平成16年11月8日時点で、5号機のライニングの異常摩耗が発生していたと認めることはできない。」と認定し、それ以前にのみ関与したXには、無罪を言い渡した。
一方、東京地裁は、本件結果の予見可能性について、Y1らは、保守管理会社が本件エレベーターの「機械の構造や現状、設置環境等を事前に把握し、その構造や設置環境等に応じた保守点検方法等を調査して保守点検項目等を策定し、それに基づいて保守点検員にその保守点検を行わせることが必要であることを認識できたといえる。」とし、Y1らは、保守管理会社の保守管理体制等では、保守点検方法等を十分に理解していない保守点検員が担当エレベーターのブレーキの異状等を看過し、戸開走行事故等の重大な人身事故が発生するおそれがあることを予見できたとした。
一方で、本件事故当時、ライニングの異常摩耗が原因となったエレベーター事故は発生していなかったが、東京地裁は、エレベーターは常に不具合や事故の危険性をはらんでいるものであるとし、Y2、Y3についても「[他]社事故において受けた指摘を顧みずに従前の保守管理体制等を続けていたところ、平成17年3月に2機のエレベーターにおいて、ブレーキ部分の不良が原因となった人身事故が発生していたことを認識していたのであるから、保守管理会社において従前の保守管理体制等を継続すれば、保守管理会社の保守点検員が担当機種について適切な保守点検方法等を理解せずに保守点検を行うことにより、エレベーターのブレーキ部分等の異状や故障に気づかず、戸開走行事故等の人身事故が発生するという基本的な因果の流れについて十分に認識、予見できたといえる」として、業務上過失致死罪の成立を認めた。
Ⅲ 判旨
①東京高判平成30年1月26日は、Xの罪責について、無罪であるとした原判決に事実の誤認はないとした。
一方、②東京高判平成30年3月14日は、原審の有罪判決を覆した。
原判決は、被告人らは5号機の保守点検業務を受託した時点において、エレベーターは当該機種ごとに、その構造や設備環境等に応じた保守点検方法等を調査して保守点検項目等を策定し、それに基づいて保守点検員にその保守点検を行わせることが必要であることを認識でき、保守点検方法等を十分に理解していない保守点検員が担当エレベーターのブレーキの異状等を看過することにより重大な人身事故が発生するおそれがあることを予見できたとした上で、定期点検ごとにプランジャーの動きを計測するなどして、プランジャーが移動限界に近づいているかを確認するなどの保守点検方法等を行っていれば、「遅くとも平成18年5月25日の定期点検において、本件ライニングに異常摩耗が発生していて、戸開走行事故が発生するおそれがあることに気付き、本件事故を回避することができた」ことを根拠に業務上過失傷害罪が成立するとしたのであるが、その時点では、ライニングに異常摩耗が生じていたと認定できないとしたのである。
「原審証拠からは、平成18年5月25日時点で本件ライニングに異常摩耗が発生していたと認めることはできず、その日以降に異常摩耗が発生、進行し、本件事故に至った可能性が十分にある。本件事故の回避可能性については、5号機の性能等も問題となり得る中で、訴因変更後の本件公訴事実は、原判決認定の犯罪事実とおおむね同様で、5号機の保守点検業務を受託していた保守管理会社の役員や従業員という立場の被告人らについて、遅くとも平成18年5月25日の時点で本件ライニングに異常摩耗が発生、進行していたことを前提とした過失により本件事故を引き起こしたというものであるところ、その時点で本件ライニングに異常摩耗が発生していなかったとすると、被告人らが本件公訴事実記載の対応をしていたとしても、D[保守点検員]が本件ライニングの異常摩耗の発生、進行に気付いて必要な措置を講じるということはあり得ず、本件事故を回避できたとはいえないから、被告人ら[Y1~Y3]に本件公訴事実の業務上過失致死罪は成立しない。」と判示した。
Ⅳ コメント
(掲載日 2018年6月6日)