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判例コラム

 

第136号 エレベーターの死亡事故に関し、機器の製作・設置・当初の保守点検業者と、その後の保守点検業者の業務上過失致死罪の成立を否定した裁判例 

~①東京高判平成30年1月26日 業務上過失致死被告事件※1
~②東京高判平成30年3月14日 各業務上過失致死被告事件※2

文献番号 2018WLJCC012
日本大学大学院法務研究科 教授
前田 雅英

Ⅰ 判決のポイント

 本件は、平成18年6月、東京都某区のマンションで都立高2年生C(当時16歳)がエレベーターに挟まれ死亡した事故に関し、エレベーター機器の製作・設置と当初の保守点検を担当した会社(以下「製造保守会社」という。)の点検責任者Xと、その後の保守管理を担当した保守点検の会社(以下「保守管理会社」という。)の会長Y1、社長Y2、メンテナンス部長Y3が業務上過失致死罪に問われた事案である。検察側が鑑定をやり直すなど公判前整理手続が長期化し、事故から第一審判決※3までに9年以上かかった。
 事故の原因となったライニングの異常摩耗が発生した時期が争点となったが、第一審は、被告人Xに保守点検の過失を問いうる時期には、それが発生していなかったと認定し、無罪を言い渡した。一方、被告人Y1、Y2については禁錮1年6月に、被告人Y3を禁錮1年2月(それぞれ3年間、それぞれその刑の執行を猶予)の刑を言い渡した。
 Xの無罪の結論が維持されるか、控訴審の判断が注目されていたが、①東京高判平成30年1月26日は、Xに対する無罪の判断を維持した。さらに②東京高判平成30年3月14日はY1、Y2、Y3に関する第一審の判断を覆して、3名についても無罪とした。そして①②の判断は同じ東京高裁刑事3部で言い渡されたものであった。

Ⅱ 事実の概要

 平成18年6月3日午後7時20分頃、マンションに設置されたエレベーター5号機のかご及び乗降口の各扉が開いたままかごが上昇し、乗降口扉から降りようとしたC(当時16歳)の体が、かごの床面と乗降口の外枠に挟まれる事故が発生し、Cが死亡したことは、関係証拠により認められ、被告人弁護人も特に争っていない。また、本件事故が発生した直接的な原因が、当該エレベーターの動きを制御するブレーキ部分において、回転するブレーキドラムとライニングが摩擦してライニングが異常に摩耗するという現象が発生して進行したために、ブレーキ保持力が失われたことにあることについても、関係証拠により認められ、この点についても当事者間に争いはない。
 同機については、製造保守会社が、平成10年度は設置会社による無償点検として、平成11年度から平成15年度までは随意契約により、公社から保守点検業務を受託してその保守点検を実施していた。平成16年度からは入札によって両機の保守点検業務の委託がなされるようになり、平成16年度は製造保守会社が、平成17年度はB社が、平成18年度からは、保守管理会社が保守点検業務を公社から受託し、平成18年4月1日からその保守点検業務を行っていた。
 争点は、ライニングの異常摩耗が発生した時期であったが、第一審東京地裁は、「平成16年11月8日時点で、5号機のライニングの異常摩耗が発生していたと認めることはできない。」と認定し、それ以前にのみ関与したXには、無罪を言い渡した。
 一方、東京地裁は、本件結果の予見可能性について、Y1らは、保守管理会社が本件エレベーターの「機械の構造や現状、設置環境等を事前に把握し、その構造や設置環境等に応じた保守点検方法等を調査して保守点検項目等を策定し、それに基づいて保守点検員にその保守点検を行わせることが必要であることを認識できたといえる。」とし、Y1らは、保守管理会社の保守管理体制等では、保守点検方法等を十分に理解していない保守点検員が担当エレベーターのブレーキの異状等を看過し、戸開走行事故等の重大な人身事故が発生するおそれがあることを予見できたとした。
 一方で、本件事故当時、ライニングの異常摩耗が原因となったエレベーター事故は発生していなかったが、東京地裁は、エレベーターは常に不具合や事故の危険性をはらんでいるものであるとし、Y2、Y3についても「[他]社事故において受けた指摘を顧みずに従前の保守管理体制等を続けていたところ、平成17年3月に2機のエレベーターにおいて、ブレーキ部分の不良が原因となった人身事故が発生していたことを認識していたのであるから、保守管理会社において従前の保守管理体制等を継続すれば、保守管理会社の保守点検員が担当機種について適切な保守点検方法等を理解せずに保守点検を行うことにより、エレベーターのブレーキ部分等の異状や故障に気づかず、戸開走行事故等の人身事故が発生するという基本的な因果の流れについて十分に認識、予見できたといえる」として、業務上過失致死罪の成立を認めた。

Ⅲ 判旨

 ①東京高判平成30年1月26日は、Xの罪責について、無罪であるとした原判決に事実の誤認はないとした。
一方、②東京高判平成30年3月14日は、原審の有罪判決を覆した。
 原判決は、被告人らは5号機の保守点検業務を受託した時点において、エレベーターは当該機種ごとに、その構造や設備環境等に応じた保守点検方法等を調査して保守点検項目等を策定し、それに基づいて保守点検員にその保守点検を行わせることが必要であることを認識でき、保守点検方法等を十分に理解していない保守点検員が担当エレベーターのブレーキの異状等を看過することにより重大な人身事故が発生するおそれがあることを予見できたとした上で、定期点検ごとにプランジャーの動きを計測するなどして、プランジャーが移動限界に近づいているかを確認するなどの保守点検方法等を行っていれば、「遅くとも平成18年5月25日の定期点検において、本件ライニングに異常摩耗が発生していて、戸開走行事故が発生するおそれがあることに気付き、本件事故を回避することができた」ことを根拠に業務上過失傷害罪が成立するとしたのであるが、その時点では、ライニングに異常摩耗が生じていたと認定できないとしたのである。
 「原審証拠からは、平成18年5月25日時点で本件ライニングに異常摩耗が発生していたと認めることはできず、その日以降に異常摩耗が発生、進行し、本件事故に至った可能性が十分にある。本件事故の回避可能性については、5号機の性能等も問題となり得る中で、訴因変更後の本件公訴事実は、原判決認定の犯罪事実とおおむね同様で、5号機の保守点検業務を受託していた保守管理会社の役員や従業員という立場の被告人らについて、遅くとも平成18年5月25日の時点で本件ライニングに異常摩耗が発生、進行していたことを前提とした過失により本件事故を引き起こしたというものであるところ、その時点で本件ライニングに異常摩耗が発生していなかったとすると、被告人らが本件公訴事実記載の対応をしていたとしても、D[保守点検員]が本件ライニングの異常摩耗の発生、進行に気付いて必要な措置を講じるということはあり得ず、本件事故を回避できたとはいえないから、被告人ら[Y1~Y3]に本件公訴事実の業務上過失致死罪は成立しない。」と判示した。

Ⅳ コメント

  1. (1)本件に関しては、当初から、事故の原因となった「異常摩耗の発生時期」に注目が集まっていた。ただ、それは、エレベーター製造会社でもあり、企業規模の大きな製造保守会社(X)にも刑事責任が及ぶのかに大きな関心が集まっていたからであったように思われる。しかし、控訴審の判断では、Xの無罪が維持されたのみならず、第一審で刑事責任が認められたY1~3についても無罪とされた。その理由は、異常摩耗の発生が、少なくとも第一審の指摘した時期には認定できないというものであった。
  2. (2)刑事過失論にとっては、注意義務(結果回避義務)の内容と、結果の予見可能性の有無の判断に関する判示が重要である。
      保守管理会社(Y1~Y3)は、エレベーターの保守点検として従来からやってきた「五感の作用による確認」を行うことにより注意義務を尽くしたと主張したが、第一審の東京地裁は、エレベーターは、その構造上、常に不具合や事故の危険性をはらんでいるということを重視し、行為時の業界の基準を加味して各機種ごとに、かなり重い注意義務を課した。それ自体は、合理性のあるものであったように思われる。
  3. (3)本件における予見可能性の認定において、特に注目すべきなのは、本件のようなライニングの異常摩耗が原因となったエレベーター事故は、過去に発生していなかったという点である。初めての事故でも、不安感説・危惧感説によれば過失責任を問いうる(高松高判昭和41年3月31日高刑集19巻2号136頁・Westlaw Japan文献番号1966WLJPCA03310021等)。そうしなければ、常に一度目の事故は不可罰となり、不合理だとするのである(藤木『公害犯罪』93-95頁)。ただ、判例の主流は、類似したり関連したりする事例の存在などから、危険性がある程度推測できなければ、刑事過失を基礎づける責任非難を向けることはできないと考えているように思われる(前田雅英『刑法総論講義第6版』219頁)。
  4. (4)そして、本件第一審は、「他社においてエレベーター事故が発生していたこと」を、予見可能性の存在の重要な根拠としている。必ずしも、事故の因果経路の細部まで予見できなくても、他社で事故が生じたことの認識に、「不特定多数の人に建物等における上下の移動という利便性を提供するエレベーター」の危険性を加味すれば、「ブレーキ部分等の異状・故障」を認識しうるだけの保守点検を要請することが可能だとしたのである。
  5. (5)ただ、第一審は、遅くとも平成18年5月25日時点で本件ライニングに異常摩耗が発生、進行しており、その日の定期点検において、Dがそのことに気付くなどして本件事故を回避することができたことをも考慮して過失を認定していた。控訴審の東京高裁は、その点を捉えて、上記時点までに本件ライニングの異常摩耗が発生していたことを認めるに足りる証拠がないので、過失責任は問いえないとしたのである。
  6. (6)異常摩耗不発生の根拠として、(ア)異常摩耗がごくわずかなものでない限り、エレベーターの保守点検員であれば、通常、摩耗に気付くことができるとし、平成17年度に保守点検業務を公社から受託したB社が異常摩耗を示す現象を認めていないことは、平成18年5月25日の時点で異常摩耗が発生していなかった可能性があることをうかがわせること、(イ)本件事故の再現実験の結果、比較的短期間で異常摩耗が進行し、ブレーキの保持力を失った可能性を否定することはできなかったこと等が挙げられている。
  7. (7)たしかに東京高裁の認定は尊重すべきであるが、「異常摩耗が発生していなかった可能性があることをうかがわせること」、「短期間で異常摩耗が進行した可能性を否定することはできなかったこと」ということから、「異常摩耗がなかった以上、結果回避可能性を認定できないので過失責任を否定する」とすることには、若干の躊躇を覚える。
     「他社においてエレベーター事故が発生していたこと」は認識しており、たとえ異常な摩耗を現認しなくとも、生命身体への危険性を帯有するエレベーターの保守点検業務に関しては、たとえば、「ブレーキ部分等の故障」の手掛かりを探索するような注意義務も考えられないことはない。ただ、最近の裁判所の「過失認定の厳格化傾向」からすれば、いかに悲惨な本件被害結果であったにせよ、そこまでの注意義務の要求は、現時点では「苛酷なもの」ということになるのかもしれない。

(掲載日 2018年6月6日)

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