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文献番号 2019WLJCC007
青山学院大学法務研究科(法科大学院) 教授※2
弁護士法人 早稲田大学リーガル・クリニック 弁護士※3
浜辺 陽一郎
1 はじめに
今回取り上げる事件は、旧取締役に対する損害賠償請求事件と詐害行為取消請求事件が併合されたケースの最高裁判決である。日本振興銀行の経営破綻をめぐって、注目されていた事件でもある。
この事件の原告は、かの有名な整理回収機構であり、被告は経営破綻した日本振興銀行の旧取締役とその元妻らであった。この旧取締役(第1審被告)Bは、その妻であった第1審被告Cとの間で各贈与契約を締結し、第1審被告C名義の預金口座へ8000万円を送金した。原告は、この贈与契約が、通謀虚偽表示で無効であるが、無資力である第1審被告Bが不当利得返還請求権を行使しない等と主張して、第1審被告Cに対し、8000万円の支払を求めた。
第1審の東京地裁判決(東京地裁平成28年9月29日判決、WestlawJapan文献番号2016WLJPCA09296002)が一部認容だったので、双方が控訴した。控訴審の東京高裁は、当該贈与契約は通謀虚偽表示で無効であるから、第1審被告Bは第1審被告Cに対して、不当利得返還請求権を有しているとし、各控訴はいずれも棄却された(東京高裁平成29年9月27日判決、WestlawJapan文献番号2017WLJPCA09279006)。最高裁も各上告を棄却したというのが、本件判決である。
本件判決が取り扱うポイントは、詐害行為取消しによる取消債権者に対する受益者の受領済み金員相当額の支払債務は、履行の請求を受けた時に遅滞に陥るという点である。一見すると、些細な違いにすぎないように見えるかもしれないが、この低金利の時代に、年5%の利息が追加されることは、決して軽視できない話である。
2 最高裁が取り上げた論点
高裁判決は、訴状送達の日の翌日の平成23年9月10日から遅延損害金を支払うように命じていた。これに対して、敗訴した元役員ら(被告ら)は、詐害行為取消しによる受益者の取消債権者に対する受領済みの金員相当額の支払債務(以下「受領金支払債務」という。)は、詐害行為の取消しを命ずる判決(以下「詐害行為取消判決」という。)の確定によって生ずるのだから、その確定前に履行遅滞に陥ることはないはずだと主張して上告した。
しかし、最高裁は、次のように指摘して、上告人ら(被告ら)の各上告を棄却した。
確かに、詐害行為取消しの効果は詐害行為取消判決の確定により生ずる※4 。しかし、その効果が将来に向かってのみ生ずるのか、それとも過去に遡って生ずるのかは、詐害行為取消制度の趣旨や、いずれに解するかにより生ずる影響等を考慮して判断されるべきものだという。
まず、「詐害行為取消権は、詐害行為を取り消した上、逸出した財産を回復して債務者の一般財産を保全することを目的とするものであり、受益者又は転得者が詐害行為によって債務者の財産を逸出させた責任を原因として、その財産の回復義務を生じさせるもの」だ※5という制度趣旨を踏まえると、詐害行為取消しの効果は過去に遡って生ずるものと解するのが上記の趣旨に沿う。また、詐害行為取消しによる受益者の取消債権者に対する受領金支払債務が、詐害行為取消判決の確定より前に遡って生じなければ、受益者は、受領済みの金員に係るそれまでの運用利益の全部を得ることができるが、それは相当ではないだろう。
そうした理由を指摘して、最高裁は、上記の「支払債務は、詐害行為取消判決の確定により受領時に遡って生ずるものと解すべき」で、その債務は期限の定めのない債務なので、これが発生と同時に遅滞に陥ると解すべき理由はなく、また、詐害行為取消判決の確定より前にされたその履行の請求も民法412条3項の「履行の請求」に当たるといえるとして、その支払債務は、履行の請求を受けた時に遅滞に陥るという結論を導いた。
この事件では、被上告人(原告)は、上告人ら(被告ら)に対し、訴状をもって、各詐害行為の取消しとともに、各受領済みの金員相当額の支払を請求したので、その各受領金支払債務についての遅延損害金の起算日は、各訴状送達の日の翌日ということになった。
3 コメント
(1)事件そのもののメインテーマ
この事件自体の大きなテーマは、控訴審までの争点だった取締役の善管注意義務違反が、ノンバンクから商工ローン債権(事業者向け無担保貸付債権)を買い取る行為について認められるのかという点であった。
また、事案として興味深いのは、責任を追及された取締役が、妻と離婚するという形を取りながら、離婚の慰謝料、財産分与および養育費を支払うことなどを内容とする合意をしたという、いかにもありがちな経緯だ。
後者の点について、裁判所は、協議離婚の届出時に婚姻関係が破綻していたことを認めるに足りる明確な証拠もなく、破綻原因が何かについても明確な立証がない上に、その贈与契約が共同財産の清算としての財産分与としては不相当に過大であり、また、慰謝料を支払う旨の合意部分も不相当に過大である等の事実が認定されて、詐害行為取消権行使の対象になると判断していた。いずれの判断も、概ね妥当なものだと評することができよう。
(2)ゴネ得を許さない判断
一方、本件判決が取り上げた論点については、最高裁が述べているとおりの話であって、不正をして逃げようとする者に、ゴネ得は許さないという判断だといえる。
現行法では、民事法定利率としての年5%の遅延損害金が追加されるので、訴訟が長引けば長引くほど、訴状送達時からなのか、判決確定時からなのかでは、その差額は大きくなる。そして、こうした民事訴訟が長引くかどうかは、被告がどれだけしぶとく抵抗するかにも左右される。
このケースは、先に述べたようなものであったことから、あまり被告らには同情するところがないような事案のようである。場合によっては、もう少し早く決着をつけることもできたかもしれない。ところが、被告らは強制執行逃れをしようと画策していた疑いがあるというのだから、本件判決のような結論は、極めて妥当だと考えられよう。もし、被告らの言うとおりになったら、それこそ司法は何を見ているのかということになりかねない。
ただ、この事件はそれでよいにしても、少し気になるのが債権法改正である。
(3)債権法改正でインパクトは弱まる
原則として2020年4月から施行される民法の下では、民事法定利率と商事法定利率が一本化され、当面は法定利率が年3%に減らされる※6 。そうなると、本件のような事例でも、多少ではあるが、訴訟で抵抗するような被告には有利に作用する。つまり、せっかくの本件判決も、債権法改正後において、そのインパクトは弱くなる関係にある。
確かに、一般的な利息の考え方からすると、この低金利の時代に、年5%や年6%は、いかにも高いという感じがするから、改正法によって少し現状の金利に近づくことになる。
しかし、遅延損害金の高金利は、ささやかながらも紛争を早期に解決するインセンティブとなりえた。また、日本で懲罰的賠償などがない分を、多少なりとも埋め合わせ、いわゆる権利者側の「権利の目減り」を緩和する機能を担ってきたのが、遅延損害金であった。その機能が弱まることを考えると、訴訟によって債権回収をしようという場合の「権利の目減り」に対して、一体、日本の司法はどう応えるのかが気になるのである。
(4)残された課題
この事件自体は、それでよかったということで終わりかもしれない。しかし、こういう種類の事件はこれからも繰り返し起きてくるし、一般的な債権回収の事件は日常的にもよくあることである※7 。その都度、本件のように、抵抗したり、強制執行逃れを画策したりする者が現れたときに、司法において、どういう対応ができるのかが心配だ。
債権法改正においては、そのほかにも債権者代位権や詐害行為取消権の機能を弱める危惧がある ※8。今後の司法における債権回収のあり方については、もう少し実態に適合した経済合理性に見合うような改革が期待されるところだ。この判決はこれでよいが、将来の日本の民事司法のあり方が、ますます気になる昨今である。
(掲載日 2019年3月18日)