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判例コラム

 

第166号 刑法178条2項の「心理的抗拒不能」の意義 

~名古屋地裁岡崎支部平成31年3月26日判決 準強制性交等被告事件※1

文献番号 2019WLJCC011
日本大学大学院法務研究科 教授
前田 雅英

Ⅰ 判例のポイント

 近時の性犯罪に関する実務の流れは、「被害女性の視線」を重視する方向にあったように思われる。最高裁大法廷は、強制わいせつ罪に関し、50年ぶりに判例変更を行い、行為のわいせつ性を認識していれば、必ずしも「性欲を刺激興奮させるとか満足させるという性的意図」がなくても犯罪は成立するとした(最大判平成29年11月29日刑集71-9-467・WestlawJapan文献番号2017WLJPCA11299001)。これは、現に性的羞恥心が害され、法益侵害性が明らかな事案においては、「性的意図の存否」は重要ではないという解釈論が強まってきていたことに沿うものといってよい。
 そして、性犯罪に関する裁判例には、複数の強姦や強姦未遂行為が認定された事案に関し、大阪地判平成16年10月1日(判時1882-159・WestlawJapan文献番号2004WLJPCA10010004)が、懲役12年の求刑に対し懲役14年の刑を言い渡し、東京高判平成24年6月5日(高刑速平成24年130頁・WestlawJapan文献番号2012WLJPCA06056002)は、強姦致傷等の事案について、懲役10年の求刑に対して、懲役12年に処した原審の判断を維持した。刑事手続において、求刑を上回る刑の言い渡しは、例外的であるといってよい(さらに、さいたま地判平成22年5月19日(判例集未登載・WestlawJapan文献番号2010WLJPCA05199005)参照)。
 そこには、裁判員裁判の定着、セクハラに関する社会的規範の変化に加え、男女共同参画の流れを踏まえた強姦罪の重罰化の法改正、女性判事の割合の増加の影響が考えられる。
 そのような中で、父親が19歳の娘の意思に反して性交した事案が、刑法178条の準強制性交罪で起訴され、懲役10年が求刑されたにもかかわらず、無罪とされた本判決が出され、ネット上などで激しい議論が巻き起こった。結論的には、「法解釈論の枠を超えている」とまでは言い切れないが、本判決への厳しい批判には、法解釈、さらには立法を修正していく社会規範の変化の兆しが見られるようにも思われる。

Ⅱ 事実の概要

 裁判所が認定したところによれば、被告人(実父)は、被害者A(娘)が中学2年生であった頃から、Aが寝ているときに、Aの陰部や胸を触ったり、口腔性交を行ったりするようになり、その年の冬頃から性交を行うようになった。被告人による性交は、その頃からAが高校を卒業するまでの間、週に1、2回程度の頻度で行われていた。Aは抵抗していたが、被告人の行為を制止するには至らなかった。性交の頻度は専門学校入学前から増加して週に3、4回程度となっていた。
 Aが弟らに相談し、弟らがAと同じ部屋で寝るようになったところ、被告人からの性交はしばらくの間は止んだものの、平成29年に入ってAの弟らが同じ部屋で寝るのを止めるようになると、被告人は再びAの寝室に入り込んで性交を含む性的行為を行うようになり、その頻度は従前よりも増加した。
 そのような中で、被告人は、平成29年8月12日の朝、Aとともに、自身の運転する車で自宅を出発し、買物をした後、被告人の勤務先建物を訪れ、その会議室においてAと性交に及んだ(「第1事実」)。さらに、平成29年9月11日の朝、被告人は、車に乗せたAに対してホテルに行く旨告げた上、被告人の運転する自動車で、途中c施設に立ち寄った後、●●ホテルに行き、同所においてAと性交に及んだ(「第2事実」)。この両事実について、準強制性交罪等で起訴された。

Ⅲ 判旨

 名古屋地裁岡崎支部は、「本件各性交に関していずれもAの同意は存在せず、また、本件各性交がAにとって極めて受け入れ難い性的虐待に当たるとしても、これに際し、Aが抗拒不能の状態にあったと認定するには疑いが残ると判断した」として以下のように判示した。
 「刑法178条2項は、意に反する性交の全てを準強制性交等罪として処罰しているものではなく、相手方が心神喪失又は抗拒不能の状態にあることに乗じて性交をした場合など、暴行又は脅迫を手段とする場合と同程度に相手方の性的自由を侵害した場合に限って同罪の成立を認めているところである。そして、同項の定める抗拒不能には身体的抗拒不能と心理的抗拒不能とがあるところ、このうち心理的抗拒不能とは、行為者と相手方との関係性や性交の際の状況等を総合的に考慮し、相手方において、性交を拒否するなど、性交を承諾・認容する以外の行為を期待することが著しく困難な心理状態にあると認められる場合を指すものと解される」とし、心理的抗拒不能状態にまで至っていることに合理的な疑いが残る場合は、同罪の成立を認めることはできないとした。
 そして、「本件各性交当時におけるAの心理状態は、例えば、性交に応じなければ生命・身体等に重大な危害を加えられるおそれがあるという恐怖心から抵抗することができなかったような場合や、相手方の言葉を全面的に信じこれに盲従する状況にあったことから性交に応じるほかには選択肢が一切ないと思い込まされていたような場合などの心理的抗拒不能の場合とは異なり、抗拒不能の状態にまで至っていたと断定するには、なお合理的な疑いが残る」ので、Aが本件各性交当時に抗拒不能の状態にあったと認定できないとし無罪を言い渡した。

Ⅳ コメント

  1. 1  名古屋地裁岡崎支部は、性交についてAは同意しなかったと認定し、被告人から長年、暴力や性的虐待を受けるなどし、「被告人が長年にわたる性的虐待などで、A(娘)を精神的な支配下に置いていたといえる」としつつも、性交の際に娘が「抵抗できない状態」だったかどうかについては、「人格を完全に支配し、強い支配従属関係にあったとまでは認め難い」としたのである。
     なお、平成29年改正により新設された監護者性交罪(刑法179条2項)は、親であること等を利用して、性交等をする行為を、強制性交と同様に処罰する。ただ、その客体は18歳未満の者に限られるのである。
     そして、刑法178条の準強制性交等罪は、「人の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ、又は心神を喪失させ、若しくは抗拒不能にさせて」、性交等するなど、刑法177条の暴行や脅迫と同程度に相手の性的自由を侵害した場合に限って成立する。
  2. 2  名古屋地裁岡崎支部は、抵抗が困難な状態にあったことは認定している。①被告人は、Aが中学2年生の頃より、意思に反する性的行為を繰り返し、性交を拒んだ際に暴力を振るったこともあり、②Aは、被告人に対して抵抗する意思・意欲を奪われた状態にあったといえ、精神的支配下に置かれていたものと認められるとした。Aが、専門学校入学後、学費・生活費は被告人から借り入れるものとしてその返済を求められ、経済的な負い目を感じていたことから、被告人のAに対する支配状態は従前よりも強まっていたものともする。
     そして、精神科医の鑑定意見も、被告人による性的虐待等が積み重なった結果、心理的に抵抗できない状況が作出され抗拒不能の状態にあたるとした。
  3. 3  ただ、名古屋地裁岡崎支部は、このような心理状態は、「被告人との性交を承諾・認容する以外の行為を期待することが著しく困難な程度」とは認められないとしたのである。
     その理由として、①性交を拒んだ際に暴行を受けたことはさほど多くなく、その際も、Aが暴行を恐れて性交を拒むことができなかったとは認められず、②公訴事実においても、Aのふくらはぎ付近に大きなあざを生じる程度の暴行ではあったが、性交を受忍し続けざるを得ないほど強度であったとはいい難く、③Aは、両親の反対を押し切って専門学校への入学を決めたり、④性的虐待から逃れるため、家を出て一人暮らしをすることも検討していたことなどを考え合わせると、監護権者である被告人の意向に逆らうことが全くできない状態であったとまでは認め難いとした。
     裁判所は、準強制性交罪が成立するには、「人格を完全に支配し、服従・盲従せざるを得ないような強い支配従属関係」が必要だとするのである。
  4. 4  平成29年改正により新設された監護者性交罪は、まさに本件のような事案を処罰するために作成されたといってよいが、客体は18歳未満に限られる。形式的解釈論としては、18歳以上の女性に対しては、親であろうと、通常の強制性交罪と同程度の抗拒不能状態を作出した場合でなければ強制性交ではないということになろう。しかし、平成29年に監護者性交罪が新設されたのは、被害女性の痛みをそれまで以上に重視すべきという国民の声を、法に反映したものとも考えられる。「抗拒不能状態」も、より実質的に解釈される必要があるといえよう。
  5. 5  鹿児島地判平成26年3月27日(裁判所ウェブサイト・WestlawJapan文献番号2014WLJPCA03279013)は、被害者が中学3年生から、被告人の経営するゴルフ練習場で、被告人から指導を受けるようになり、18歳になったばかりの時点で、ゴルフ練習場に行くと車に乗せられて被害者宅を出発した後、被告人がドライブに行こうかなどと告げ、さらに、その車中で、被告人は、Dのポルノを見たことがあるかなどと話し、ラブホテルに行き被害者を連れて同ホテルに入り、「度胸がないから、こういう所に来てみた」などと申し述べて、30分程度ゴルフの話題について会話をした後、姦淫したという事案について、準強姦罪の成立を否定した(この判決の評価については、前田雅英・捜査研究779号30頁参照)。信頼していた被告人から突然性交を持ちかけられたことによる精神的混乱により抗拒不能に陥っていた可能性がある一方で、そのような精神的混乱はあったものの、その程度は抗拒不能に陥るほどではなく、自分から主体的な行動を起こさなかった可能性も排斥できないという結論は、上級審でも維持された(最一小決平成28年1月14日、福岡高裁宮崎支判平成26年12月11日)。最一小決平成28年1月14日の存在は、本件の結論にも、被告人が実父であるとはいっても、当然影響したといえよう。
  6. 6  本件で、医師が「抗拒不能」とした点に関しては、「抗拒不能の状態にあったかどうかは、法律判断であり、裁判所がその専権において判断すべき事項であることから、同証言及びE医師における精神鑑定の結果は、専門家である精神科医師としての立場から当時のAの精神状態等を明らかにする限度で尊重されるに止まり、法律判断としてのAの抗拒不能に関する裁判所の判断を何ら拘束するものではない」としている。それは、その通りなのであるが、「E医師の鑑定意見を踏まえても、Aが本件各性交時において抗拒不能状態の裏付けとなるほどの強い離人状態(解離状態)にまで陥っていたものとは判断できない」としている点については、異論の余地がある。
     離人状態(解離状態)にあったのではないかと指摘したいのではなく、刑法178条の成立には、被害者にそこまでの精神状況が認定できなければ「抗拒不能」といえないのかという点に疑問の余地があるのである。法的判断であることを強調しつつ、責任能力判断で用いる精神医学上の基準を重視しすぎているように思われる。
  7. 7  刑法178条の抗拒不能には、物理的・身体的抗拒不能と心理的抗拒不能があり、後者はさらに、催眠術や薬品を用いた場合のように被害者が姦淫自体を認識し得ない場合(東京高判昭和51年8月16日東高刑時報27-8-108・WestlawJapan文献番号1976WLJPCA08160005)と、姦淫自体を認識しつつ拒否できない心理状態に大別される。
     後者につき、京都地判平成18年2月21日(判タ1229-344・WestlawJapan文献番号2006WLJPCA02217001)は、教会の信者であった少女に対し、被告人の指示に従わなければ地獄に堕ちて永遠に苦しみ続ける旨説教され姦淫された事案に準強姦罪の成立を認めた。被害者が姦淫行為と認識しながらも、それを医療行為であると誤信し、性交しなければ病気を治療できない等と騙して姦淫した場合には準強姦罪が認められる(名古屋地判昭和55年7月28日判時1007-140・WestlawJapan文献番号1980WLJPCA07280006、東京地判昭和62年4月15日判時1304-147・WestlawJapan文献番号1987WLJPCA04151052)。
     さらに、就職斡旋のための身体検査を装って14歳の少女を姦淫した事案(東京高判昭和31年9月17日高刑集9-9-949・WestlawJapan文献番号1956WLJPCA09170007)、プロダクション経営者が、女子学生らにモデルになるためには必要であるとして全裸にさせて写真撮影するなどした事案(東京高判昭和56年1月27日刑月13-1~2-50・WestlawJapan文献番号1981WLJPCA01270012、さらに東京地判平成20年2月8日WestlawJapan文献番号2008WLJPCA02088003参照)、被害者が姦淫行為を拒めばその身近な者に危難が生じるものと誤信させて姦淫した事案(東京高判平成11年9月27日東高刑時報50-1~12-93・WestlawJapan文献番号1999WLJPCA09270006)、女子高生に対し英語の個人レッスンのリラックス法であるとして下着を脱いで着替えさせ、わいせつ行為に及んだ事案(東京高判平成15年9月29日東高刑時報54-1~12-67・WestlawJapan文献番号2003WLJPCA09290018)に、刑法178条が適用されている。
  8. 8  抗拒不能は、本判決も指摘するように、法的・規範的判断である。性交を拒んだ際に暴力を振るわれたこともあり、被告人に対して抵抗する意思・意欲を奪われ、専門学校入学後経済的な負い目も感じているという状況は、中学2年生の頃より意に反する性的行為を繰り返された「未成年に近い年齢」の被害者にとって、「抗拒不能」と解する余地もあり得る。強盗と強姦では、その要件である「被害者の反抗の抑圧」は微妙に異なり得る。そして、性被害の視点を重視した最大判平成29年11月29日が登場してきているのである。
  9. 9  本件裁判官も、本件被告人の「鬼畜の所業」を断罪していることはよく分かる。しかし、このような行為を無罪にしてしまうことの意味と、刑罰謙抑主義の比較衡量を行う必要がある。いかに反倫理的でも、「18歳未満でない以上、完全に抵抗できない状態で性交に及んだのではない以上、処罰すべきではない」という、旧来の性犯罪の構成要件解釈の中には、「女性も、本当のところ真に嫌がっているわけではないのではないか」という「男目線」が全く存在しなかったのかも検証されていかなければならない。

(掲載日 2019年5月9日)

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