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判例コラム
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第186号 ノウハウのビジネス化と契約関係-自分でするか?ライセンスか?営業譲渡か?-

~知財高裁平成31年2月27日判決(パーソナルトレーニングShapes事件)※1

文献番号 2019WLJCC031
金沢大学 教授
大友 信秀

1.はじめに

 本件は、パーソナルトレーニングに関するノウハウを有する者が他者にそのノウハウをライセンスし、その後営業譲渡したが、同契約を解除したため、譲渡相手のものとなっていた商標や営業権を取り戻せるかが問題となった事例である。商標の帰趨や営業権というものの法的な性質を理解する上で参考になるため紹介する。

2.各契約の関係と事業に関わる商標の帰趨

(1) 本件当事者とパーソナルトレーニング事業の関係
 本件控訴人は、スポーツインストラクターであったAがパーソナルトレーナーとして開発したトレーニング方法を事業化するために自身が代表取締役として設立した株式会社であり、健康トレーニング、健康管理の企画及びコンサルタント業務並びにスポーツトレーニングに対する指導及び業務委託を主たる業務としていた。
 被控訴人は、フィットネスクラブの経営、企画、運営及び管理並びにフランチャイズチェーン加盟店の募集及び経営指導等の経営コンサルティングを主たる業務とする会社である。
 控訴人は、控訴人の商標やノウハウを使用させ、ボディメイクやダイエットを目的として、女性顧客に対するパーソナルトレーニングを実店舗ジムで行うサービスを行う権利を付与するというライセンス契約を被控訴人の親会社と締結し、その後、被控訴人が親会社の地位を承継するライセンス契約を締結した。
 控訴人及び被控訴人間で、上記ライセンス契約においてサブライセンス、フランチャイズ契約を可能とする内容が追加され(以下、本件ライセンス契約という。)、最終的に、控訴人から被控訴人に対して、女性専用のダイエット・ボディメイクを目的としたパーソナルトレーニングに関する事業に関する一切の営業権及び知的財産・無形財産を譲渡する旨の営業権等譲渡契約(以下、本件営業譲渡契約という。)並びにAが被控訴人の顧問となり、被控訴人がAに顧問料を支払う旨の顧問契約(以下、本件顧問契約という。)が締結された。
 その後、被控訴人は、Aに対し本件顧問契約を解除する旨の意思表示をし、これを受け、控訴人が被控訴人に対し、本件営業譲渡契約及び本件顧問契約を解除する旨の意思表示をした。

(2) 先行訴訟
 控訴人らは、被控訴人らを相手に訴えを提起し、A及び被控訴人間のダイエット・ボディメイクを目的とする共同事業遂行の概括的合意の不履行に基づくAへの損害賠償、本件顧問契約に基づく未払顧問料等の支払等の請求、本件営業譲渡契約の解除に基づく原状回復として控訴人から被控訴人に対して移転された商標権の移転登録の抹消登録手続等を求めた。
 東京地方裁判所は、共同事業合意の存在を否定し、被控訴人による本件顧問契約解除は無効とし、本件営業譲渡契約と本件顧問契約の目的は密接に関連しており、いずれかが達成されるだけでは契約の目的が達成できないものであるから、被控訴人による顧問料の支払債務の不履行に基づき、控訴人らは本件顧問契約と併せて本件営業譲渡契約も解除し得ると判示し、控訴人から被控訴人に対して移転された商標権の移転登録の抹消登録請求を認容し、被控訴人の反訴請求を全部棄却した※2
 控訴人、被控訴人はともに控訴し、知的財産高等裁判所は、概ね第一審判決の内容に沿って判示したが、被控訴人の有する商標3※3に基づく控訴人らに対する差止め及び損害賠償は一部認容した※4

(3) 本件における当事者の主張と判旨
①第一審※5
1) 当事者の主張
 先行訴訟に続き、本件では、控訴人が被控訴人に対して、①本件ライセンス契約(6条①)に基づく競業避止義務に基づく請求、②本件ライセンス契約(16条1項①)に基づく被控訴人各標章及び控訴人らのノウハウ等の使用停止義務に基づく請求、③被控訴人出願にかかる被控訴人商標の控訴人に対する移転登録請求をし、被控訴人は控訴人に対して、④控訴人による被控訴人商標と同一又は類似する標章の使用停止、⑤Aを取材したジャーナリストBによるウェブサイト上への本件当事者関係に関する記事掲載及びAのウェブサイトに貼られた同記事へのリンク、B以外の週刊誌等への訴訟資料の提供、Bによる新たな記事のウェブサイトへの掲載が被控訴人の営業上の利益を害するものであるとして不正競争防止法2条1項15号に基づく請求をした。また、控訴人は、⑥被控訴人による控訴人に対する商標権侵害に基づく請求が権利濫用に当たると主張した。

2) 判旨
 上記主張①に対して、「本件営業譲渡契約は本件ライセンス契約に代えて締結されたものであるから、本件営業譲渡契約の締結に伴い本件ライセンス契約は合意解約されたものと解するのが相当であり、本件営業譲渡契約5条においても本件ライセンス契約を解約する旨が明示的に定められている。そして、本件営業譲渡契約が終了する場合の規律は、同契約終了時の当事者間の合意又は原状回復義務の範囲の問題であり、本件営業譲渡契約の終了に伴い、既に合意解約された本件ライセンス契約の効力が復活し、同契約16条の競業避止義務の規定が適用されると解すべき理由はない。…本件ライセンス契約と本件営業譲渡契約とはその法的性質を異にする別個の契約であり、実質的にみても、営業権や知的財産権の権利主体の変更を伴うものであるから、同一であるということはできず、また、本件営業譲渡契約が終了した場合に本件ライセンス契約と同一内容の効力が発生する旨の当事者間の黙示的な合意が存在したことをうかがわせる証拠も存在しない。」として、同請求は理由がないとした。上記主張②については、「本件営業譲渡契約5条は、本件ライセンス契約16条1項を適用しない旨を明示的に規定して(おり)、…本件営業譲渡契約が終了した場合に本件ライセンス契約と同一内容の権利義務が発生する旨の当事者間の黙示的な合意が存在したことをうかがわせる証拠が存在しない」として、同請求は理由がないとした。上記主張③については、「商標権は、設定の登録により発生する権利である(商標法18条1項)ところ、(被控訴人:筆者注)商標権は、本件営業譲渡契約の締結後…に商標登録出願がされ、…設定登録されたものであるから、本件営業譲渡契約の解除に基づく原状回復の対象となり得ないことが明らかである。」とした。上記主張⑤については、「(ジャーナリスト:筆者注)の執筆内容について取材対象者が不正競争防止法2条1項15号に基づく責任を負うのは、当該取材対象者が虚偽の事実を告げて、当該ジャーナリストと意思を通じて虚偽の事実を記事等に掲載したり、取材対象者がその説明内容がそのまま掲載されることを知りながら虚偽の事実を告げた場合などに限られるというべきである。」として、控訴人らの行為はこれに当たらないとした。上記主張④及び⑥については、被控訴人商標と控訴人標章が同一又は類似であることを認めた上で、控訴人商標のうち2つについては、控訴人が本件ライセンス契約以前から控訴人標章を店名及び会社の商号として使用していたこと、被控訴人がAに対して顧問契約の解除通知書を送付するまで被控訴人ら標章の使用について異議を述べていなかったこと、及び控訴人が被控訴人商標に類似する自身の標章を本件営業譲渡契約の締結前に商標登録していれば原状回復の対象になっていたこと、控訴人が控訴人標章を使用する必要性が高いことを主要な理由として、権利の濫用に当たるとした。

②控訴審※6
1) 当事者の主張
 控訴人は、第一審の判断のうち、③の被控訴人商標の移転登録手続について認容されなかったことを不服として、同部分について控訴した。
 控訴人は、被控訴人商標の登録移転が本件営業譲渡契約の解除に伴う原状回復の対象であると主張した。また、被控訴人による被控訴人商標の出願が本件営業譲渡契約の解除後に行われたことから他人のために義務なく行った行為であり事務管理が類推適用されることも主張した。
 これに対して、被控訴人は、原状回復は、契約の相手方が契約締結後解除前に目的物とは別に創設した権利には及ばないと主張した。

2) 判旨
 被控訴人商標は被控訴人が自己の名で出願登録したものであること、控訴人が被控訴人商標が商標法4条1項15号に違反したことを理由に争っていないこと、商標法には特許法が認める冒認による移転手続(特許法74条)がないことを理由に被控訴人商標は本件営業譲渡契約の解除に伴う原状回復の対象とはならないとした。
 被控訴人は自らの名で商標出願を行っており、その出願も本件営業譲渡契約締結後、控訴人からの解除の意思表示前に行われており、事務管理に基づく取得した権利の移転には理由がないとした(民法697条類推、701条、646条2項)。

3. ノウハウを事業化する際に気をつけることは?

(1) 自分で行う場合
①知的財産権の確保
 ノウハウを事業化する場合、自己の独占権が確保できるよう、特許、商標、著作権等の知的財産権を確保し、他者が同種の行為を行えないようにして、自己の事業の優位性を保つことが不可欠となる。可能な限り事業を開始する前の準備段階で、特許や商標のように登録が必要な権利に関しては出願を終えておくことが望ましい。事業を始めてしまえば、競争相手が現れ、合法な範囲でありとあらゆる手段で競争力を削ぐ行為が行われるため、事業開始後に出願をすることは事業遂行において大きなリスクになる。
②ノウハウの秘匿
 上記のようにノウハウを知的財産権化することも重要であるが、他者から秘匿できる性質のノウハウの場合にはその内容が公開されてしまう知的財産権化という方法を選択せず、秘匿し続けることも必要になる。特許出願をすれば、一定期間後その内容は公開され、他者は公開された内容を迂回する同種の技術開発に対するヒントを得ることになり、競争相手を利することにもなりかねないからである。

(2) 他者にライセンスする場合
①知的財産権のライセンス
 自身のノウハウを知的財産権化している場合には、それらをライセンスすることで収益を得ることが可能になる。知的財産権の場合には、ライセンス対象が明確であるため、対象の利用条件を明確にすることで、当事者間の契約後の紛争を予防することが可能になる※7
②ノウハウのライセンス
 ノウハウについては、知的財産権に比べ対象が必ずしも明確でないため、利用条件のみならず対象の特定についても契約に詳細に特定することが求められる。また、秘密状態を維持するために、守秘義務契約を締結することが不可欠となるし、ライセンス終了後のノウハウの独占的価値を維持するために契約終了後の競業避止義務を結ぶことも必要である。

(3) 営業譲渡する場合
①知的財産権について
 知的財産権は対象が特定されているため、譲渡条件が明示的に特定されていれば、当事者間の契約後の紛争を予防することが可能になる。ただし、営業譲渡の内容は、相手方との関係で多様となり、一部の知的財産権に関してはライセンス契約により相手方に利用させ、その他の営業資源を譲渡するということも考えられる。この場合には、上記のライセンスで考慮すべきことも同時に必要になる。
②ノウハウについて
 ノウハウの特定については、上記のライセンス同様に利用条件のみならず対象の特定が必要になる。また、他者に譲渡してしまう場合には、譲渡後に相手方から譲渡したノウハウに基づき自身の行為の停止を求められることもあり得るため、自身の競業避止義務について特定しておくことも必要になる。さらに、契約内容の未履行に伴う解除の場合に備え、その場合の譲渡相手の競業避止義務を定めておくことも紛争の予防に資することになる。

4.本件の問題

(1) 商標について
 本件控訴人の立場から見た場合、控訴人が使用していた標章や商標と異なる商標を被控訴人が出願した場合に、当事者間の契約の解除が行われた場合に備え、控訴人の事業に関係する限り、それらについても控訴人に帰属するような契約条件を定めておく必要があったと言える。
 被控訴人の立場から見た場合、契約解除になった場合に、それまでのブランド構築・維持に要した費用の回収について定めておく必要があったものと考えられる。ただし、本件では、契約解除後の被控訴人の競業避止義務が定められていなかったため、この点で費用回収の可能性が残されていたとも言える。

(2) 競業避止義務について
 本件被控訴人の立場から見た場合、営業譲渡後に控訴人が営業譲渡契約の対象となった商標や標章を使用することを禁止すべきであったと言える(使用を許可する必要がある場合でもごく狭い範囲に明示的に限定する必要もあったと言える)※8
 また、本件控訴人の立場から見た場合、当事者間の契約の解除が行われた場合に、被控訴人が同種の事業で競合しないよう、契約解除後の被控訴人の競業避止義務を定めておく必要があったと言える。

(3) 契約の構造について
 本件では、営業譲渡に伴い、控訴人の代表取締役であったAを被控訴人の顧問とする本件顧問契約も同時に結ばれている。このことは、控訴人にとっては、営業譲渡により得られる利益を一時的にではなく継続させる(場合によっては一括で受けとる額よりも大きくなる場合もあろう)という利点があり、被控訴人にとっては、営業譲渡の対価を分割で支払うことが可能となる利点がある。
 しかしながら、本件が示すように、顧問契約という残存した契約に問題が生じた場合、当事者関係を契約前の状態に戻すことが必要となるため、そのための規定が必要になるし、法的な問題以上に事業の状態を契約前に戻すことは不可能であるため、できるだけそのような状態に近づけるための条件も契約に定めておく必要がある。
このような契約形態になったのには本件当事者間の事情があったのであろうが、一回的な営業譲渡契約に比べ、継続する要素が残る契約については、当事者間に問題がいつ生じても対応できるような備えが必要であり、それにより、当事者双方のコストを減らすことが可能になることが改めて本件からも学ぶことができる。


(掲載日 2019年11月25日)

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