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判例コラム

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判例コラム

 

第189号 医薬用途発明の進歩性につき発明の構成から当業者が予測し得ない顕著な効果の有無の吟味を要求して原判決を破棄した最高裁判決について

~局所的眼科用処方物事件最高裁判決(令和元年8月27日判決言渡)の検討(その1)~

文献番号 2020WLJCC001
東京大学大学院法学政治学研究科 教授
田村 善之

1 はじめに

 本コラムが扱うのは、医薬用途発明の進歩性につき、発明に係る構成から当業者が予測し得ない顕著な効果の有無を吟味することを要求して、原判決を破棄した、最判令和元.8.27平成30(行ヒ)69(WestlawJapan文献番号2019WLJPCA08279001) [局所的眼科用処方物]である。本判決に関しては、進歩性の要件に関する二次的考慮説と独立要件説について最高裁としての判断を示したのではないかとか、本件における経緯に鑑みて、後述する前訴取消判決の拘束力について何らかの態度を示したのではないかということが取り沙汰されている。
 進歩性事案が用途発明に関するものであることに加えて、判文が一般論として受け止められる説示を避けているために、いずれの点に関しても本判決はあくまでも本件の事案を前提とした事例判決と目すべきものであるが、事案との関係でなお一定の射程を有することもまたたしかである。
 以下、まずは進歩性に関して検討してみよう。

2 事実

 本件の特許発明(発明の名称「アレルギー性眼疾患を処置するためのドキセピン誘導体を含有する局所的眼科用処方物」)は、ヒトにおけるアレルギー性眼疾患を処置するための点眼剤として、公知のオキセピン誘導体である「11-(3-ジメチルアミノプロピリデン)-6、11-ジヒドロジベンズ[b、e]オキセピン-2-酢酸」(以下「本件化合物」)を、ヒト結膜肥満細胞安定化(ヒト結膜の肥満細胞からのヒスタミンの遊離抑制)の用途に適用する薬剤に関するものである※1
 本件特許に関し、Xが特許権者であるYらを相手取って無効審判を請求したところ、特許庁が無効審判不成立審決(以下「前審決」)を下した※2。問題の請求項に係る各発明における「ヒト結膜肥満細胞安定化」という発明特定事項は、引用例1及び引用例2に記載のものから動機付けられたものとはいえないから、引用例1を主引用例とする進歩性欠如の無効理由は理由がない、というのである。
 しかし、前審決は、知財高判平成26.7.30平成25(行ケ)10058(WestlawJapan文献番号2014WLJPCA07309002) (以下「前訴判決」)によって取り消された。引用例1及び引用例2に接した当業者は、引用発明1をヒトにおけるアレルギー性眼疾患の点眼剤として適用することを試みる際に、引用発明1に係る化合物についてヒト結膜肥満細胞安定化作用を有することを確認し、ヒト結膜肥満細胞安定化剤の用途に適用することを容易に想到することができたものと認められるから、前審決の上記の判断は誤りである、というのである※3
 ところが、差戻後の審判においては、特許庁は再び無効審判不成立審決(以下「本件審決」)を下した。審判手続きでは、当時の請求項2(本判決時点の請求項5)については訂正により記載が変更されているが※4、請求項1については記載に変更がない。それにも関わらず、本件審決は請求項5ばかりでなく、請求項1についても無効不成立と判断した。その理由は、本件発明1と引用発明1との各相違点は、引用例1及び引用例2に接した当業者が容易に想到することができたもの又は単なる設計事項であるが、本件化合物の効果は、引用例1、引用例2及び優先日当時の技術常識から当業者が予測し得ない格別顕著な効果であるとし、本件各発明は当業者が容易に発明できたものとはいえない、というところにある
 これに対して、知財高判平成29.11.21平成29(行ケ)10003(WestlawJapan文献番号2017WLJPCA11219001) (以下「原判決」)は、本件各発明の効果は当業者において引用発明1及び引用例2記載の発明から容易に想到する本件各発明の構成を前提として予測しがたい顕著なものであるということはできないから、本件各発明の効果に係る本件審決の判断には誤りがあるとして、本件審決を取り消した。第一に、前訴判決によれば、引用例1及び引用例2に接した当業者は引用発明1に係る化合物をヒト結膜肥満細胞安定化剤の用途に適用することを容易に想到することができたものであるから、本件化合物がヒト結膜肥満細胞からのヒスタミン遊離抑制作用を有すること自体は、当業者にとって予測しがたい顕著なものということはできない、第二に、優先日における技術水準として、本件化合物のほかに、所定濃度の点眼液を点眼することにより70%ないし90%程度の高いヒスタミン遊離抑制率を示す他の化合物(以下「本件他の各化合物」)が複数存在すること、その中には2.5倍から10倍程度の濃度範囲にわたって高いヒスタミン遊離抑制効果を維持する化合物も存在することが知られていたことなどの諸事情を考慮すると、本件明細書に記載された、本件各発明に係る本件化合物を含有するヒト結膜肥満細胞安定化剤のヒスタミン遊離抑制効果が、当業者にとって当時の技術水準を参酌した上で予測することができた範囲を超える顕著なものであるということはできない、というのである※5


3 判旨

 破棄差戻し。
 「上記事実関係等によれば、本件他の各化合物は、本件化合物と同種の効果であるヒスタミン遊離抑制効果を有するものの、いずれも本件化合物とは構造の異なる化合物であって、引用発明1に係るものではなく、引用例2との関連もうかがわれない。そして、引用例1及び引用例2には、本件化合物がヒト結膜肥満細胞からのヒスタミン遊離抑制作用を有するか否か及び同作用を有する場合にどの程度の効果を示すのかについての記載はない。このような事情の下では、本件化合物と同等の効果を有する本件他の各化合物が存在することが優先日当時知られていたということから直ちに、当業者が本件各発明の効果の程度を予測することができたということはできず、また、本件各発明の効果が化合物の医薬用途に係るものであることをも考慮すると、本件化合物と同等の効果を有する化合物ではあるが構造を異にする本件他の各化合物が存在することが優先日当時知られていたということのみをもって、本件各発明の効果の程度が、本件各発明の構成から当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであることを否定することもできないというべきである。
 しかるに、原審は、本件他の各化合物が存在することが優先日当時知られていたということ以外に考慮すべきとする諸事情の具体的な内容を明らかにしておらず、その他、本件他の各化合物の効果の程度をもって本件化合物の効果の程度を推認できるとする事情等は何ら認定していない。
 そうすると、原審は、結局のところ、本件各発明の効果、取り分けその程度が、予測できない顕著なものであるかについて、優先日当時本件各発明の構成が奏するものとして当業者が予測することができなかったものか否か、当該構成から当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであるか否かという観点から十分に検討することなく、本件化合物を本件各発明に係る用途に適用することを容易に想到することができたことを前提として、本件化合物と同等の効果を有する本件他の各化合物が存在することが優先日当時知られていたということのみから直ちに、本件各発明の効果が予測できない顕著なものであることを否定して本件審決を取消したものとみるほかなく、このような原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があるといわざるを得ない。」
 「以上によれば、原審の上記判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は、この趣旨をいうものとして理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件各発明についての予測できない顕著な効果の有無等につき更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。」


4 評釈

 1) 問題の所在
 発明に顕著な効果があるということは、進歩性の要件の充足を肯定する方向に参酌しうると一般に理解されている。しかし、特許法29条2項の文言上は、進歩性の要件は発明が進歩的であるとか優れているということを問題とするものではなく、単に発明が困難であるか否かを問うものであるに過ぎない。それにも関わらず、なぜ顕著な効果があることを斟酌しうるのかということに関しては、いわゆる二次的考慮説と独立要件説が対立している※6
 二次的考慮説は、発明に顕著な効果があるにも関わらず、これまで発明されていなかったということは、発明をなすことが困難であることを推認させるから※7、あるいは、効果を予測し得ない場合には発明をしてもそれが成功する合理的な期待がないからであるから※8、これを考慮することが許されるのだと理由づける。これに対して、独立要件説は、当業者が引例から発明の構成を容易に想到しうるとしても、当該構成に顕著な効果がある場合には特許権を与えるべきであると考える見解※9である。
 この点に関して、本判決は、進歩性の要件を判断するに際して「予測できない顕著な効果」があることを参酌しうることを当然の前提としており、しかも、原審を論難する箇所で「本件化合物を本件各発明に係る用途に適用することを容易に想到することができたことを前提として、本件化合物と同等の効果を有する本件他の各化合物が存在することが優先日当時知られていたということのみから直ちに、本件各発明の効果が予測できない顕著なものであることを否定して本件審決を取り消したものとみるほかなく、このような原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があるといわざるを得ない」(下線部強調は筆者による)と説いているから、本件発明の用途への適用が容易に想到しうるものであったとしても、予測できない顕著な効果がある場合には、なお進歩性が肯定されうることも前提としているように読める。本判決は独立要件説を採用すべきであるという一般論を展開したわけではないが、独立要件説と親和的であるとの理解※10が生まれるのも至極当然のことのように思われる※11

 2) 用途発明の特殊性
 もっとも、本件で進歩性の判断を求められている特許発明は、公知のオキセピン誘導体(本件化合物)をして、ヒトにおけるアレルギー性眼疾患を処置するための点眼剤として、ヒト結膜肥満細胞安定化の用途に適用する薬剤に供しうることを見いだした点に特徴がある発明である。この種の発明は物の構成自体に発明性があるわけではないから、むしろ物の使い方の問題として、方法の発明として特許すべきものであるように思われるが、日本では従前から、いわゆる用途発明として、物の発明としての特許取得が認められてきた※12
 分類論はともかく、医薬品の場合には、物の構成が公知であったり、その構成が容易想到であったりしたとしても、当該構成に係る効果が示されない限り、当該構成を当該効果(用途)に用いることを想定しにくく、ゆえに、構成が容易想到であっても、効果が容易想到でなければ特許というインセンティヴを与える必要があるというのが、用途発明を認める実務の背後にある政策判断といえよう※13。このような用途発明の特殊性を勘案して、二次的考慮説の下でも、用途発明に関しては、例外的に、構成が容易想到であったとしても、効果を予測しがたい場合には新規性、進歩性を肯定すべきであることが説かれていた※14
 本判決にも、結論に至る論理を展開する際に、かなり弱含みながら、「本件各発明の効果が化合物の医薬用途に係るものであることをも考慮すると」とことわりをいれるくだりがある。これをさらに事案との関係で理解するのであれば、一般に独立要件説を採用したわけではなく、医薬用途発明に限って、構成が容易想到である場合でも予測しがたい顕著な効果があれば進歩性が充足されることを明らかにしたに過ぎないとの理解※15が生まれる所以である。

 3) いずれの構成から予測される効果を問題にすべきか
 ところで、本判決が原判決を破棄した直接の理由は、「本件各発明の効果、取り分けその程度が、予測できない顕著なものであるかについて、優先日当時本件各発明の構成が奏するものとして当業者が予測することができなかったものか否か、当該構成から当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであるか否かという観点から十分に検討することなく、本件化合物を本件各発明に係る用途に適用することを容易に想到することができたことを前提として、本件化合物と同等の効果を有する本件他の各化合物が存在することが優先日当時知られていたということのみから直ちに、本件各発明の効果が予測できない顕著なものであることを否定して本件審決を取り消したものとみるほかなく、このような原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があるといわざるを得ない」というところにある※16
 この説示は、予測しがたい顕著な効果と判断する際に基準とすべきは本件発明の構成から当業者が予測する効果なのであって、発明が奏している効果がそれを顕著に上回っていることが究極の問題であると本判決が理解していると読むのが素直といえよう。引例の構成から当業者が予測する効果を参酌することは否定されないが、それはあくまでも最終命題である本件発明の構成から当業者が予測する効果を推認する資料として参酌しうるに止まるというのが、本判決の立場だと理解しうる。
 一般論をいえば、このような立場は、二次的考慮説とは親和的とはいえないであろう。二次的考慮説に立脚する限り、発明の効果の参酌のされ方には様々なものがあって然るべきだからである。二次的考慮説の下では、顕著な効果は進歩性の要件ではなく、あくまでも容易想到でないことを推認する事情に過ぎず、容易推考の推認の仕方には事案に応じて多様なものがあり得よう。
 たとえば、二次的考慮説の下で、効果を予測し得ない場合には発明をしてもそれが成功する合理的な期待がないからであるという理由により発明の効果を参酌する場合には、たしかに発明の構成から当業者が予測しうる効果がたいしたものでない場合には、当該効果の有無を確認しようという意欲を減退させるという結論を導きやすいといえよう※17。しかし、周辺の引例から予測し得ない場合でも、引例の周辺を発掘しようとする意欲を減退させるという意味で、serendipityによる偶発的な効果の発見の機会を減らすことになるという理屈を用いることにより、当該効果の容易想到性を否定するという理屈も成り立ち得ないわけではない。このように二次的考慮説を理解するのであれば(そしてそれが筆者の理解でもあるわけだが※18)、最終的に比較すべき対象を発明に係る構成から当業者が予測しうる効果の一つに絞られるかのごとく説く本判決の説示は採用しがたいものであり、その意味で、本判決は、少なくとも二次的考慮説とは親和的ではないといわざるを得ない。
 さらに、本件が用途発明であることを考慮したとしても、本判決の立場が二次的考慮説に馴染まないものであることに変わりはない。用途発明の場合に限っては、二次的考慮説の下でも、独立要件説的に、つまり構成が容易想到であっても効果が顕著である場合には特許を認めることを許容しうることは前述したとおりである。つまり、二次的考慮説の下では、用途発明は効果が一般の発明における構成に相当する。そうだとすると、いずれの構成からみて容易想到と考えられるかは、一般の発明と同様に引例次第である。たしかに、当該発明における構成が既に知られているのであれば、それが引例となっているのであれば、進歩性が肯定されるためには、当該構成から発明に係る効果が容易想到でないことが必要である。しかし、当該構成は知られておらず、引例が近似する構成に過ぎない場合には、当該近似する構成から発明に係る効果が容易想到でなければ進歩性を肯定してよい。
 もっとも、独立要件説に与したところで、対比すべき構成が引例なのか、当該発明に係る構成なのかは一義的には定まらないのかもしれない。独立要件説に立脚するのであれば、本判決と同様、発明に係る構成から予測される効果を対比対象とすべきであるようにも思われるが※19、独立要件説の下では引例の構成から予測される効果と比較することになると推測されることもある※20。逆に、二次的考慮説の下でも、余りに多様な考慮を許すことは予測可能性を害すること等を理由に、対比対象を本判決のように絞ることも考えられるからである※21

 4) 本判決の射程
 以上の考察を前提に、本判決の射程を考えてみよう。
 本判決は、少なくとも医薬用途発明に関しては、特定の薬剤に用いることが当業者にとって容易想到であっても、なおその薬剤の効果に予測しがたい顕著な効果がある場合には進歩性を肯定しうる旨を明らかにしたという点では、医薬用途発明に関する従前の理解を是認したと評しうる。しかし、そのような抽象的な枠組みを超えて、本判決の具体的な当てはめに関する射程をどの程度一般化できるかということが問題となる。
 たしかに、本判決は、予測しがたい顕著な効果の有無を判断する際に、本件発明の奏する効果と対比すべき効果を、本件発明の構成から当業者が予測しうる効果に置いている。もっとも、判旨は、「上記事実関係等によれば、本件他の各化合物は、本件化合物と同種の効果であるヒスタミン遊離抑制効果を有するものの、いずれも本件化合物とは構造の異なる化合物であって、引用発明1に係るものではなく、引用例2との関連もうかがわれない。そして、引用例1及び引用例2には、本件化合物がヒト結膜肥満細胞からのヒスタミン遊離抑制作用を有するか否か及び同作用を有する場合にどの程度の効果を示すのかについての記載はない。このような事情の下では」という書き出しから論理を展開している。冒頭から事例特殊的な判断であることを前置いた立論なのである。
 さらにいえば、本判決は、「原審は、本件他の各化合物が存在することが優先日当時知られていたということ以外に考慮すべきとする諸事情の具体的な内容を明らかにしておらず、その他、本件他の各化合物の効果の程度をもって本件化合物の効果の程度を推認できるとする事情等は何ら認定していない」とも付言している。逆にいえば、これらの事情が示されさえすれば、究極の対比対象とされる本件発明の構成である本件化合物(またはそれに基づく薬剤)から当業者が予測しうる効果を、引例(本件他の化合物)から当業者が予測しうる効果でもって推認することも許されるのである。
 以上、要するに、本判決は、第一に、医薬用途発明については構成が容易想到であっても、予測しがたい顕著な効果がある場合には、進歩性が認められる場合があること、第二に、予測しがたい顕著な効果の有無を判断する際には、発明の奏する効果と対比すべきは、究極的には、発明の構成から当業者が予測しうる効果であること、の2点を明らかにしたものといえるが、とりわけ第二の点に関して、具体的な事例においてどのようにこの究極の対比対象を推認していくのかということについて、本件と同様の事案が出てきた場合を超えて幅広い射程を有するものということはできない、その意味で事例判決である※22。また、医薬用途発明を超えて一般的に、進歩性判断に関して、独立要件説をとるのか、二次的考慮説をとるのかということに関しては態度を明らかにしていない※23。既述したように、理屈をこねるのであれば、二次的考慮説には馴染みにくく、独立要件説に親和的ともいえなくもないが、明言していない以上、(その変更に大法廷を要するという意味での)判例の射程※24がそこに及んでいるとはいえないと解すべきである。

 ※ 本稿の執筆に際しては、京都大学の愛知靖之先生、神戸大学の前田健先生から未公刊の判例評釈等をお見せいただく機会を得た。記して感謝申し上げる。


(掲載日 2020年1月8日)

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