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文献番号 2020WLJCC005
京都女子大学 教授
手嶋 昭子
Ⅰはじめに
日本の現行法において同性婚は正面からは認められていない。憲法24条が同性婚を否定しているのかどうかについては議論があるものの、憲法の一般的な解釈学では、婚姻を異性間に限定したものと理解されている※2。民法上においても、このような憲法の解釈を前提に、「妻」と「夫」という概念が用いられ、両者の間に子の出産を前提とする規定が置かれていること等を理由に、民法上の「婚姻」から同性カップルは排除されているとするのが通説的理解である※3 。他方で、海外では同性婚を認める国が増加しており、国内でも同性婚の実現を目指す活動が活発化し、現在、同性婚を認めていないことは憲法違反であるとして、国会の立法不作為に対する国家賠償請求訴訟が、札幌・東京・名古屋・大阪・福岡で提起されている※4。
そのような状況の中、本件事案は、同性カップルであっても一定の場合には内縁に準じた法的保護に値する利益が認められるとして、一方パートナーの不倫による関係破綻に対し不法行為に基づく損害賠償請求が認められた、画期的な判決である。
Ⅱ事実の概要
本件は、原告X(女性)が、Xと同性婚の関係にあった被告Y1(女性)及び後にY1と婚姻した被告Y2(身体的には男性であるが、その後性同一性障害による戸籍上の性別変更が認められ、女性となっている)に対し、Y1Y2らが不貞行為を行った結果、XとY1の同性の事実婚(内縁関係)が破綻したとして、共同不法行為に基づき、婚姻関係の解消に伴う費用等相当額337万4000円及び慰謝料300万円並びにこれらに対する不法行為(最終不貞行為)の日の翌日である平成29年1月4日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求めるものである。
Ⅲ判決
判決は、XのY1に対する請求を一部認容し、Y1に110万円及びこれに対する平成29年1月4日から支払済みまで年5分の割合による金員をXに支払うことを命じた。Y2に対する請求を棄却した。
判決は以下のようにその理由を述べている。
(1)権利または法律上保護される利益の有無について
同性のカップル間の関係が内縁関係(事実婚)としての保護を受け得るか否かについて、現在の我が国においては法律上男女間での婚姻しか認められていないことから、これまでの判例・学説上、内縁関係は当然に男女間を前提とするものと解されてきたところ、近時の価値観、生活形態の多様化により婚姻を男女間に限る必然性があるとは断じ難い状況となっている。世界的に見ても同性婚を認める国もかなりの数に上っており、国内においても同性カップル間の関係を公的に認証する制度を採用する自治体が現れてきている。①かかる社会情勢を踏まえると同性カップルでもその実態に応じて一定の法的保護を与える必要性は高い。また②憲法24条1項が「婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立し」としているのも憲法制定当時同性婚が想定されていなかったためであり、同性婚を否定する趣旨とまでは解されないから、①のように解することは憲法に違反するとも認められない。したがって、同性カップルでもその実態が内縁関係と同視できる生活関係にあると認められるものについては、それぞれに内縁関係に準じた法的保護に値する利益が認められ、不法行為上の保護を受け得ると解するのが相当である。
本件において、XとY1は約7年間の同棲生活を送っており、米国ニューヨーク州で婚姻登録証明書を取得した上、日本国内で結婚式・披露宴も行い、その関係を周囲にカミングアウトしている。さらに、二人の間で育てる子を妊娠すべく人工生殖も試み、将来子どもと暮らすことも考えてマンションの購入も進めていることなどから、内縁関係と同視できる生活関係にあったと認めることができる。
(2)不貞行為の有無について
認定事実に照らし、Y1Y2が挿入行為を伴う性行為を行ったと認めるには十分ではないが、内縁関係に準じて認められるXの法的保護に値する利益が侵害されているか否かが本件の不法行為の成否を左右すると解する以上、必ずしも挿入を伴う性行為を不貞行為の不可欠な要素とするものではないと解するのが相当であり、Y2も認めるキスやペッティングだけでも不貞行為に当たることは明らかである。
(3)Y2の故意及び特段の事情の有無について
同性カップルの間であっても内縁関係と同視できる生活関係にあったと認められる場合には、その事実関係を認識している場合には故意があるというに妨げない。本件においてY2はXとY1の関係の詳細を十分に認識していたと認められるため、不法行為の故意があると認められる。
最高裁第三小法廷平成31年2月19日判決※5は、夫婦の他方と不貞行為に及んだ第三者に対する慰謝料請求について「当該第三者が、単に不貞行為に及ぶにとどまらず、当該夫婦を離婚させることを意図してその婚姻関係に対する不当な干渉をするなどして当該夫婦を離婚のやむなきに至らしめたものと評価すべき特段の事情のない限り、離婚に伴う慰謝料を請求することはできない」と判示している。この点、本件では、XY1Y2の事情を併せ鑑みるとY2について特段の事情があるとは認められない。
(争点4の損害については省略)
Ⅳコメント
(1)同性カップルの関係性に対する法的評価について
本件において裁判所は、憲法24条1項は同性婚を否定するものではないとの解釈を示しており、従来の裁判例にはみられない判断として注目に値する。さらに、その理解を前提として、一定の関係性を有する同性カップルについては「内縁に準じた」ものとして、法的保護に値する利益を有すると判示した。Xが主張したように、そもそも内縁が保護されるに至ったのは、戸主の同意を要する明治民法下において婚姻届を出したくても出せない関係を救済するという趣旨によるものであり、現代日本において、婚姻の形式をとりたくても同性婚が認められていないがために婚姻届を出せずにいる同性カップルの状況と合致するものと考えられ、この点を裁判所が採用したのは妥当であると思われる。いずれも「法の欠缺」によって事実婚状態を強いられているという点において伝統的な内縁関係とパラレルに理解できるという視点は分かりやすく明快である。ただし、現行法上婚姻が男女間に限られていることから内縁関係は「少なくとも現時点においては」あくまで男女間に限られ、同性カップルの場合は内縁そのものと見ることはできない、とするのが本判決の立場である。同性カップルの関係性に公的な認証を与える方向での、これが現行法下での最大限可能な解釈であると思われる。
なお、前述のように同性婚を法制化しない国会の責任を問う裁判は現在進行中で今後の帰趨が注目されるが、それ以外に同性カップルの利益保護に関わる裁判所の判断としては、DVの保護命令が同性カップルに出された事例がある※6。DV防止法上、保護命令は配偶者に対して発令されるものであるが(同法10条)、「配偶者」の定義に、「婚姻の届出をしていないが事実上婚姻関係と同様の事情にある者」も含まれる(同法1条3項)ため、当該事例における同性カップルが「事実上婚姻関係と同様の事情にある者」と認められたことになる。
(2)性の多様性と「不貞行為」
本件の中心的論点は、同性カップルの生活実態が事実婚的状況であるとき、これをいわゆる「内縁」と同視して法的保護を与えるべきか、ということであったが、それ以外に、注目すべき論点として、いかなる行為をもって「不貞行為」と認定するか、という問題がある。Y1Y2間の性的行為について、それがいわゆる姦通(男性器の女性器への挿入)であったかどうかは定かではないが、一定の性的行為があったことが認定されている。身体的な性別で言えば、Y1が女性であって、Y2が男性であった(当時)ため、通説的な「不貞行為」の考え方を前提としながらも、「内縁」そのものではなく「内縁に準じた」関係であることから、必ずしも姦通という事実がなかったとしても、この場合不貞行為として不法行為を構成すると判断された。しかしながら、Y2によれば、Y1Y2が性関係を持った当時、既にY2は性同一性障害としてホルモン治療を受けており、男性として挿入行為をすることへの関心がなかったこと、また勃起不全で挿入行為ができない状態であったことが主張されている。それが事実とすれば、Y1Y2間の性的行為は男女間の性的行為というよりも同性愛者間の性的行為に近似するものであった可能性もある。民法の離婚原因としての「不貞行為」には同性愛行為が含まれず、配偶者の同性愛行為を理由として離婚を求める場合、770条1項5号の「その他婚姻を継続し難い重大な事由」として訴えを提起しなければならないとされている※7。もし、Y2の身体的性別が女性であった場合、内縁破綻の原因は不貞行為ではなく、770条1項5号の類推適用となるだろうか。それもまた不法行為として、損害賠償が認められるのであれば結論に変わりはないことにはなるが、異性愛者間の性行為と、それ以外のセクシュアリティを持つカップルの間の性行為とを区別する合理的理由が果たしてあるのだろうか。今後多様なセクシュアリティを持つ当事者の関係性に対して法的保護が求められていくとするならば、身体的な性別が女性と男性であるカップルにおいてのみ「不貞行為」が成立するという通説的理解では、もはや対応できないのではないだろうか。
さらに、X側の主張の中に「ポリアモリー」という、これも一つのセクシュアリティの類型をなす概念※8が出てくるが、この点についても注目したい(もっとも判決はこの点について触れていない)。当事者の主張によれば、Y1は「XとY2の両方が好きなので選べない」ため両者との関係を継続できないかと提案したとされている。Y1がポリアモリーであったとした場合、Y1にとってY2との関係は必ずしも「不貞行為」には該当しないかもしれない。ただ、ポリアモリーの場合、相手もポリアモリーでなければ、対等で継続的な関係性を築くことは困難であるため、Xがポリアモリーでないのであれば、XにとってはまさにY1の行為は「不貞行為」であったということになる。「不貞行為」の定義も、多様なセクシュアリティを考慮に入れるならば、再検討が必要であろう。
そもそもポリアモリーという関係性のあり方は、異性愛規範とは別の現行法の前提条件であるモノガミーと抵触する問題である。東京高裁平成12年11月30日判決※9は、男性1人、女性2人の共同生活における生活費の負担をめぐる事例を扱ったものである※10。当事者の関係性がどのようなものとして主張されていたのか詳細は不明であるが、裁判所は「婚姻や内縁といった男女間の共同生活は、本来、相互の愛情と信頼に基づき、相手の人格を尊重することにより形成されるべきものであり、それ故にこそ、その共同生活が人間社会を形づくる基礎的単位として尊重されるのである。法は、このような社会的評価に基づいて、この男女間の共同生活を尊重し擁護している。そして、このような人間相互の愛情と信頼及び人格の尊重は、その本質からして、複数の異性との間に同時に成立しうることはありえないものである」として、1対1ではない複数間の性関係を「社会的にも法的にも到底容認されるものではない」と判示した。しかしながら、ポリアモリーもまた、セクシュアリティの一つであるならば、これを否定することの合理性はどのように説明されるのだろうか。もとより全ての性的な性向が等しく尊重される必要があるのかは慎重な検討を要する課題であるが(たとえば子どもに対する性行為は明白な犯罪であり、その意味でペドフィリアをセクシュアリティの一種としてその実践を許容することはできない)、次に検討する同性婚をめぐる議論ともつながる論点であることを指摘しておきたい。
(3)同性婚の法制化について
同性婚の法制化をめぐっては、当事者の間でも賛否が分かれている。同性カップルも婚姻制度への参入が可能になることで、同性愛者が異性愛者と同等の地位を獲得できるとみるのか、同性愛者に対する異性愛社会への「同化の強要」にすぎないと考えるのか、これは性的マイノリティの解放運動と政治との関係をめぐる問題として指摘されている※11。これは同性婚をめぐる議論が「婚姻制度」それ自体への批判と密接に関連していることによる。たとえば、そもそも、なぜ一対の男女のカップルにのみ特権的な地位が与えられているのか、それ以外の性の組合せではいけないのか、さらには「カップル」でなければならない合理性はあるのか―たとえば、相互に継続的な性愛関係を承認している3人以上のグループではどうなのか、あるいは、2人ではあるが性愛のない関係性ではどうなのか。婚姻制度とは、国家が政策として、特定の関係性だけを取り出して特権を付与するものであり、現代社会においてどのような社会的文化的機能を果たしているのか、その意味を問い直す議論が、世界的にも展開されている※12。
ただ、同性婚の意義をどのように考えるにせよ、異性愛者に認められて、同性愛者に認められていない法的権利や利益がある以上、そこへのアクセスを確保することは法の下の平等の観点から喫緊の課題であることには変わらない。その制度設計の在り方については十分な検討が必要だが、性的マイノリティの自殺率の高さ※13が示す日本社会の不寛容な現状(「日本型ホモフォビア」※14)に鑑みるとき、制度化が実現するまでの間、同性愛者の権利救済に関し司法において適切な判断が下されることの意義は極めて大きいと思われる。
(掲載日 2020年2月6日)