各国法情報オンラインサービス
Westlaw Japan(日本)
WestlawNext(Westlaw Classic)
Westlaw Asia(アジア)
Westlaw Middle East(アラブ諸国)
Westlaw Japan Academic Suite
Le Doctrinal(フランス)
法的調査ソリューション
Practical Law
Practical Law
Dynamic Tool Set
カスタマーケーススタディ
英文契約書のドラフティングに革新
〈Practical Law〉はスペシャリティを高める教材としても活用できる
契約書レビューソリューション
LeCHECK
便利なオンライン契約
人気オプションを集めたオンライン・ショップ専用商品満載 ECサイトはこちら
文献番号 2020WLJCC012
広島大学法科大学院 教授
新井 誠
はじめに
本件は、2019年の天皇の即位の礼や大嘗祭に関するいくつかの儀式(以下、本件諸儀式)を実施する国費の支出について問題視する国民が、その差止めを求めた事案である。
これら儀式に関する国費支出をめぐっては、その支出自体の妥当性が一般的には注目を浴びる。もっとも、本件における法律上の主たる争点ないし関心事はそこではない。それは、①本件訴訟で主張される権利・利益をめぐる東京地裁判決(以下、本件地裁判決とする。)※2と東京高裁判決(以下、本件高裁判決とする。)の理解の相違、②納税者基本権の憲法上(ないしは法律上)の性質をめぐる理解(主に本件地裁判決)、③人格権と「法律上の利益」との関係(主に本件高裁判決)、といった3点に凝縮されよう。
Ⅰ 事実の概要
東京地裁に提示された原告らの訴状※3によれば、本件は、「納税者基本権に基づいて、政教分離原則違反、主権者としての地位(国民主権)、その他憲法上の人権その他諸規定違反である本件諸儀式への国費の支出の差止め」(傍点は新井)を求めたものである※4。
これについて本件地裁判決は、「事実の概要」において「納税者たる原告らは、納税者基本権に基づき、憲法に違反した国費の支出がなされようとしている場合にはその支出の差止めを求めることができるところ、上記支出は憲法に違反するなどと主張して、被告に対し、本件諸儀式等に係る国費の支出の差止めを求める事案である」と示した。
そして本件地裁判決は、「憲法及び法律は、国費の支出について個々の国民が納税者たる資格に基づいてその是非を争い得る制度について何ら規定を置いておらず、また、憲法の各規定からして、納税者である個々の国民に対し、国費の支出について原告らが主張するような権利を保障していると解すべき根拠はなく、原告らが主張する納税者基本権という権利ないし法的利益を認めた法律の規定も存在しない」とする。以上から、「原告らが主張する納税者基本権について、裁判上の救済を受けることができる具体的権利ないし利益として保障されていると解することはできない」とする。
加えて本件地裁判決は、「本件訴えは、原告らの固有の法律上の利益に基づき提起されたものであるということはできず、その実質は、国民一般の地位に基づき、本件諸儀式等に係る国費の支出が違憲であるとしてその差止めを求めるものであって、『国……の機関の法規に適合しない行為の是正を求める訴訟で……自己の法律上の利益にかかわらない資格で提起するもの』であるといわざるを得ず、本件訴えは、民衆訴訟(行政事件訴訟法5条)に該当するものである」とし、「民衆訴訟は、『法律に定める場合において、法律に定める者に限り、提起することができる』(同法42条)ところ、国民が国民たる資格に基づき、国費の支出につき、その違憲・違法を理由として支出の差止めを求める訴訟を提起することを認める法律の規定は存在しない」ことから、「本件訴えは、いずれも不適法である」と結論している。
これを不服として原告らが控訴した。
Ⅱ 判決の要旨
1.主文
「1 原判決を取り消す。」こととし、「2 本件を東京地方裁判所に差し戻す」。
2.事実の概要
「本件は、控訴人らが、被控訴人に対し、納税者基本権及び人格権に基づき、天皇の即位に伴い行われる原判決別表記載の即位の礼及び大嘗祭関係諸儀式等(本件諸儀式等)に係る国費の支出の差止めを求める事案」(傍点は新井)である。「原審は、本件訴えはいずれも不適法であり、その不備を補正することができないとして、口頭弁論を経ることなく訴えを却下した」ので、「控訴人らがこれを不服として控訴した」。
3.裁判所の判断
「本件訴状には、『本件諸儀式が、原告らの信仰の自由を侵害するおそれがあることは明らかである。』、『原告らは、その思想と良心に対する強い圧迫感と侵害を感じるものである。』などと記載され、結論として、『原告らは、被告に対し、納税者基本権および人格権に基づいて、政教分離原則違反、主権者としての地位(国民主権)、その他憲法上の人権その他諸規定違反である本件諸儀式への国費の支出の差止めを求める』と記載されているのであるから、控訴人らの差止請求が、納税者基本権のほか人格権に基づくものでもあることは明らかである。このように人格権に基づくことが明記された請求が控訴人らの固有の法律上の利益に基づく請求ではあり得ないとするには無理があり、そうすると、原審は、控訴人らの人格権に基づく請求については何ら判断することなく、補正の余地がないとして控訴人らの訴えを却下したものといわざるを得ない」。
「したがって、原審が、控訴人らの訴えを行政事件訴訟法7条、民事訴訟法140条により口頭弁論を経ないで訴えを却下したことは不適法であり、原判決は、判決の手続が法律に違反したものとして、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法306条により取消しを免れない」ことから、「原判決は相当ではないからこれを取り消し、本件を東京地方裁判所に差し戻す」。
Ⅲ 検 討
1.本件訴訟で主張される権利・利益をめぐる本件地裁判決と本件高裁判決の理解の相違
「本件地裁判決の「事実の概要」のまとめからわかるように、地裁は、本件訴訟で主張される権利、利益については、「納税者基本権」(のみ)に基づくと記述している。これに対して高裁は、本件訴訟を「納税者基本権及び人格権」に基づくと記述している。
この点に関する地裁と高裁との記述の差は極めて大きい。本件高裁判決も、納税者基本権を憲法上あるいは法律上の権利(ないしは法的利益)性を積極的に認めているとは思えず、むしろ否定的に見える。一方で本件高裁判決は、「信仰の自由を侵害するおそれ」や「その思想と良心に対する強い圧迫感と侵害を感じる」という原告らの当初の主張部分に注目し、それらが「人格権」という「法律上の利益」に関わるとする。本件高裁判決では、この「法律上の利益」の存在こそが、差止訴訟が提起できるか否かの一つのメルクマールとされる。
以上のことから、地裁と高裁との間にはまず、本件訴訟で争われる権利の理解をめぐる相違があると考えられる。
2.納税者基本権の憲法上の性質をめぐる理解(主に本件地裁判決)
もっとも本件地裁判決が、「納税者基本権」の憲法上の地位について、①「憲法及び法律は、国費の支出について個々の国民が納税者たる資格に基づいてその是非を争い得る制度について何ら規定を置いておらず」(傍点は新井)、②「憲法の各規定からして、納税者である個々の国民に対し、国費の支出について原告らが主張するような権利を保障していると解すべき根拠はな(い)」(傍点は新井)と示している点も注意したい。つまり、本件地裁判決は、「個々の」国民の納税者基本権をめぐる主観的権利性につき、(憲法的な)制度手当の欠如とともに否定しているにすぎない※5 。その証左として本件地裁判決は、「原告らが主張する納税者基本権について、裁判上の救済を受けることができる具体的権利ないし利益として保障されていると解することはできない」(傍点、新井)と示している。
以上を踏まえると本件地裁判決は、納税者基本権の「客観的権利ないし利益」自体は否定せず、「具体的権利ないし利益」性のみを否定するにすぎないように読める。また、そうであるからこそ、本件地裁判決は、「本件訴えは、原告らの固有の法律上の利益に基づき提起されたもの」でなく、「実質は、国民一般の地位に基づき、本件諸儀式等に係る国費の支出が違憲であるとしてその差止めを求めるもの」とし、本件訴えが民衆訴訟に該当するとしたと考えられる。以上のことを踏まえた場合、「納税者基本権」の(憲法上の)抽象的権利性あるいは客観的法としての性質の承認を、本件地裁判決のロジックのなかに読み取ることも可能ではなかろうか。
3.人格権と「法律上の利益」との関係(主に本件高裁判決)
他方、本件高裁判決は、納税者基本権の法的性質に関する積極的な理解を示していない。それは、本件高裁判決が、「控訴人らの差止請求が、納税者基本権のほか人格権に基づくものでもあることは明らかである。このように人格権に基づくことが明記された請求が控訴人らの固有の法律上の利益に基づく請求ではあり得ないとするには無理があり」というふうに、後半の文章では納税者基本権については留保なく、人格権のみを論じる文章が続くことに見て取れる。つまり本件高裁判決は、本件につき、納税者基本権ではなく、(信仰の自由等を含むものとして構成される)「人格権」に基づく請求であるとし、「人格権に基づく請求については何ら判断することなく、補正の余地がないとして控訴人らの訴えを却下した」原判決は妥当でないとするのである。
ここにいう「人格権」とは、「憲法上の権利」というよりも、(控訴人の固有の)「法律上の利益」としてのそれである。本件高裁判決は、それが憲法上の権利か否かどうかについて積極的には述べないまでも、行政事件訴訟である差止訴訟等が可能となる要件としての「法律上の利益」に関する審査の可能性をそこに読み取ることで、「人格権」を見落とした本件地裁判決による「却下」を断罪したのである。
本件高裁判決につき、即位大嘗祭違憲訴訟のHPでは、「おそらく被控訴人(被告)・国は、高裁判決を不服として最高裁に上告することになると思われます。その結果、最高裁での弁論が開かれた上で被上告人(原告)の逆転敗訴か、あらためて一審の裁判の開始かが、決まることになりそう※6」だと示されているが、「人格権」に基づく訴訟であることが確定し実体的審査に入る場合、当該権利(または利益)を不当に制約するか否かの判断へと向かうことから、その点が改めて注目されることとなる。
(掲載日 2020年4月16日)