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文献番号 2020WLJCC016
明治学院大学 教授
西山 由美
1.はじめに
マンションなどの居住用建物を転売目的で購入した事業者が、その売却まで一時的に賃貸住宅に使用して賃貸料を得る場合、その事業者の課税期間には建物販売という課税売上げと住宅用建物賃貸という非課税売上げが混在することになる。消費税法(以下「法」という)が、このような売上げに対する仕入税額控除について、課税期間における課税売上げが5億円以下であり、かつ、当該課税期間の課税売上割合が95%以上であるときには、課税仕入税額全額の控除を認めるものの(法30条2項)、これにあてはまらない場合には、個別対応方式または一括比例配分方式によるときには(同項1号・2号)、仕入税額の一部が控除できないことになる。事業者が個別対応方式を選択した場合には、その用途区分のうち「課税資産の譲渡とその他の資産の譲渡※2に共通する課税仕入れ」(以下「共通課税仕入れ」という)については、その課税売上割合により控除対象仕入税額が計算されるが(同項1号ロ)、事業者がこの課税売上割合でない、「課税売上割合に準ずる割合」を用いたいときには、形式的には所轄税務署長の承認を得ること、実質的には合理的に算定される必要がある(法30条3項)。
このような法の建付けのもとでは、転売目的で購入した建物を住宅用に賃貸して賃借料を得る限り、購入建物にかかる課税仕入税額の一部の控除ができないのはやむを得ないといえるかもしれないし、後述する類似の判例でも、このような課税仕入れの用途区分は「共通課税仕入れ」とする判断が示されている。
しかしながら、転売目的で購入した建物をいつ売却できるかは不動産市場の状況次第であり、その間に物件の値崩れを防ぐため、あるいは借入資金返済の都合上、売却まで一時的に賃貸用住宅とする事業戦略は通常ありうる。事業者が課税売上割合では実情に即さないとして、それに準ずる割合を用いようとしても、まずは税務署長への承認申請という壁がある。非課税売上げにかかる仕入税額控除遮断の問題は、消費課税制度の主要な課題であり、消費税率が高まるにつれてさらに深刻になる。今後の立法のありかたも視野にいれつつ、本判決をみていく。
2.事実の概要と争点
X社(原告)は、中古不動産の買取再販売を主たる業とする株式会社である。同社は、平成25年12月課税期間において、全部または一部が賃貸住宅であった建物79物件を24億7,343万1,009円(消費税込金額25億9,710万2,535円)で購入した(以下「本件課税仕入れ」という)。これらはすべて賃借権の負担付売買であり、X社は、これらの建物を棚卸資産として会計処理をし、その所有権者かつ賃貸人として、建物引渡日から売却日まで賃貸料を収受していた※3。裁判資料によれば、同課税期間の課税売上割合は、約41.5%である。
X社は、上記取引に係る仕入税額控除金額の計算につき個別対応方式を選択し、本件課税仕入れを「課税売上げにのみ要する課税仕入れ」として会計処理し、上記課税期間の消費税確定申告において、控除対象仕入税額を3億8,381万3,439円とした。しかしながら所轄税務署は、本件課税仕入れを「共通課税仕入れ」にあたるとして、控除対象仕入税額を3億2,594万3,065円とする更正処分および過少申告加算税を1,082万4,500円とする賦課決定処分を行った。
X社の平成26年および同27年課税期間の確定申告においても控除対象仕入税額について同様の処分が行われたことから、平成28年11月に共通課税仕入れにかかる控除対象仕入税額について、X社の計算による「課税売上割合に準ずる割合」(以下「本件割合」という)の承認申請を所轄税務署長に行ったが、これに対して却下処分がなされた。なお、X社による本件割合は、当該課税期間に譲渡した住宅用賃貸部分を含む建物の譲渡対価の額(課税売上げ①)、当該譲渡した住宅用賃貸部分を含む建物の仕入日から譲渡日までの事業用貸付にかかる対価の額(課税売上げ②)、当該譲渡した住宅用賃貸部分を含む建物の仕入日から譲渡日までの住宅用貸付にかかる対価の額(非課税取引③)の合計額を分母とするものであった。
X社はこれらの処分を不服として、再調査請求を経て本訴を提起した。
本件の争点は、住宅用賃貸部分を含む建物の購入が控除対象仕入税額の計算において「共通課税仕入れ」に区分するとした更正処分は適法か(争点1)、およびX社の申請にかかる「本件割合」は合理的に算定されているものといえるか(争点2)である※4。
争点1につき、X社は、個別対応方式における用途区分の判定は課税仕入れの最終的目的(主たる目的)によって行うべきであると主張するのに対して、被告(国)は、課税仕入れを行った日の状況に基づき客観的に判断するべきであると反論した。
争点2について、被告がその合理性を否認する根拠としては、課税売上割合に代替する「課税売上割合に準ずる割合」とは、課税仕入れを行った日の属する課税期間の状況を示す数値によって算定されるべきであるというものであるが、本件割合は、住宅用賃貸部分の建物にかかる売上金額の上記課税期間における状況を示す数値によって算定されたものではないことを挙げた。
3.争点に対する判断
争点1について:
法30条2項1号における課税仕入れの用途区分の判定時期について、「当該課税仕入れが行われた日の状況に基づいてその取引が事業者において行う将来の多様な取引のうちのどのような取引に要するものであるのかを客観的に判断すべきものと解するのが相当である」とし、その判定における課税仕入れの目的について、「[法]30条2項1号の文言や個別対応方式における用途区分に共通課税仕入れが設けられていることに照らすと、ここで考慮される課税仕入れの目的が、原告が主張するような最終的ないし主たる目的に限定されると解すべき理由はない」としたうえで、次のような判断を示した。
「仕入税額控除において、課税の累積の排除をいかに実現するかについては立法政策に委ねられていると解されるところ、個別対応方式において共通課税仕入れと判定される課税仕入れについて、当該課税仕入れに係る資産の譲渡等による売上げ全体に占める非課税売上げの割合が非常に小さい場合が生じるとしても、そのことが課税の累積の排除の観点から直ちに許容されないとまではいえず、・・・個別対応方式における用途区分が当該課税仕入れの行われた日の状況に基づいて判断すべきものであることや、控除対象仕入税額(共通仕入控除税額)は課税売上割合に代えて課税売上割合に準ずる割合によって計算する余地もあることからすると、原告の主張する解釈によらなければ直ちに不合理な結果が生じるとまではいえないのであって、原告の主張には理由がない。」
そして本件の用途区分判定における客観性については、次のような判断を示した。
「本件各建物は、その購入当時に一定の期間は住宅用貸付けに供され、原告が賃貸料を収受することが見込まれていたといえるのであって、購入当時に、具体的に住宅用貸付けが短期間で終了することが予定されていたような事情も見当たらないことも踏まえると、やはり、本件各課税仕入れは共通課税仕入れに該当するというべきであって、原告の主張は採用することができない。」
争点2について:
X社による本件割合の合理性について、以下のような理由によりこれを否定した。
「本件割合は、当該課税期間に譲渡した住宅用賃貸部分を含む建物に着目した上で、当該建物に係る販売収入及びその仕入日から譲渡日までに生じた賃貸料収入によって計算するものであるが、このような計算によると、当該建物が譲渡されない限り、その賃貸料収入は課税売上割合に準ずる割合に反映されないこととなるところ、このような計算方法によることの合理性は明らかにされているとはいい難い。」
4.本判決の検討
4-1 問題の端緒
本件のような住宅用建物の再販売を行う事業では、購入から売却までの間の値崩れなどのリスク回避のために、一時的あるいは付随的に住居用賃貸を行うことが珍しくない。このような事業で仕入税額控除の計算に個別対応方式が選択される場合、建物譲渡という課税売上げと居住用住宅賃貸という非課税売上げが混在することから、仕入れた建物の用途区分が課税庁により「共通課税仕入れ」と判断されるのが通例である。
課税庁としては、仕入税額控除を行う課税期間において建物が住宅用賃貸物件として使用されて賃貸料が発生している客観的事実を重視する一方で、事業者としては、建物購入から短期間で売却できないときには一時的あるいは付随的に購入当初の目的に変更があるとしても、当該仕入れの最終目的は建物の譲渡であると考える。「共通課税仕入れ」の判定について、仕入れの目的をどのように考慮するか、その判定時期をいつとするかに関する法令の明文規定はなく、用途区分の判定時期に関する消費税法基本通達11-2-20(「課税仕入れを行った日又は課税貨物を引き取った日の状況により行うこととなるのであるが、課税仕入れを行った日又は課税貨物を引き取った日において、当該区分が明らかにされていない場合で、その日の属する課税期間の末日までに、当該区分が明らかにされたときは、その明らかにされた区分によって法第30条第2項第1号《個別対応方式による仕入税額控除》の規定を適用することとして差し支えない。」)や、本判決でも引用されている「販売目的で取得した土地を資材置場として利用している場合の造成費の用途区分」などの国税庁関係者による質疑応答集に拠るほかはなく、判定基準の不明確さについて、とくに実務家から多くの問題提起がなされている※5。
4-2 先例との関係
本判決は、課税仕入れの用途区分の判定において、その仕入れ目的を重視することを前提とし、当該仕入れと将来の売上げとの関係が客観的に判断されることが必要であるとしたうえで、その判定において考慮される目的は、(場合によっては仕入税額控除を行う課税期間を超えた期間に)達成される最終主目的に限定されるものではないと判断した。本判決は、これまでの類似の事件の判決に沿ったものである。
たとえば、さいたま地裁平成25年6月26日判決※6は、事業者(原告)が居住用ワンルームマンションを信託財産として、A社との間で信託受益権売買契約を締結したところ、A社の破産に伴い、同建物を7か月にわたり賃貸をして賃貸料を得たのち、B社に売却したケースである。原告は、同建物にかかる仕入れを全額控除できる課税仕入れとして申告をしたところ、所轄税務署長より共通課税仕入れであるとして更正処分を受けたため、処分取消しを求めたものである。さいたま地裁は、「用途区分は、課税仕入れを行った日の状況等に基づき、当該課税仕入れをした事業者が有する目的、意図等諸般の事情を勘案し、事業者において行う将来の多様な取引のうちどのような取引に要するものであるのかを客観的に判断すべきものと解するのが相当である」とした※7。このような判断に至る客観的事情として同判決は、仕入日に住宅用賃貸にかかる管理委託契約を締結し、実際に賃料を収受していること、法人税の確定申告書において同建物を固定資産としていることを挙げている※8。
また、名古屋地裁平成26年10月23日判決※9は、個別対応方式における課税仕入れの用途区分は、課税期間が終了した時点を基準として判断されるべきであるとする原告の主張に対して、「[法30条2項1号の]文言上、現実に課税資産の譲渡等に要するものであったかどうかは問題としていないことに照らすと、課税仕入れの区分については、当該課税仕入れが行われた日の状況に基づき、客観的に判断すべきものと解するのが相当である」としたうえで、設計段階で「事務所及び住宅」とされていること、完成後には一部を事業用、一部を住宅用として賃貸していることを踏まえ、「本件建物は、『課税資産の譲渡等』(課税売上げ)である住宅以外の貸付けのみを目的として取得したものであるということも、また、『その他の資産の譲渡等』(非課税売上げ)に当たる住宅の貸付けのみを目的として取得したものであるということもできないから、本件建物に係る課税仕入れ(本件課税仕入れ)は、消費税法30条2項1号所定の『課税資産の譲渡等とその他の資産の譲渡等に共通して要するもの』に該当するというべきである」と判断した。
4-3 問題解決の方向性
本判決では、上記名古屋地裁判決を踏まえ、課税売上げの用途区分の判断時について「当該課税仕入れが行われた日」としているものの、上記通達11-2-20で課税仕入れを行った日の属する課税期間の末日までに用途区分を明らかにすることを認めているため、当該仕入日以降で同一課税期間内の事情変更であれば、ある程度対応できよう。また本件では、名古屋地裁判決の場合とは異なり、購入建物を棚卸資産に計上しているものの、課税売上割合が40%を超えていることから、「共通課税仕入れ」に区分されたことは結論としては妥当であろう。
しかしながら、本判決から抽出される問題は、課税仕入れが共通課税仕入れに区分されることによって生じる事業者の仕入税額控除の一部遮断について「直ちに許容されないとまではいえない」という評価しかしていないこと、および課税売上割合に準ずる計算方法の存在をもって「[事業者に]直ちに不合理な結果が生じるとまではいえない」とするものの、そのための承認申請のハードルが高いことである※10。
本件のような仕入税額控除の一部遮断については、明文規定の欠如も要因となっていることから、将来的には立法上の手当ても必要であろう。この点、ドイツの制度が参考になるかもしれない。ドイツの売上税法は、EU域内の「完全かつ即時の仕入税額控除の原則」※11を踏まえ、課税仕入れの用途区分についていくつかの配慮がなされているからである。
ドイツでは、課税仕入税額の用途区分について、仕入税額控除ができない売上げ(非課税)に「経済的に帰属する」仕入税額の控除は認めないとする一方、事業者はその合理的な計算による概算によって控除対象仕入税額を算定することができる(売上税法15条4項)。この事業者による「合理的な計算による概算」は、日本のような課税庁の事前承認の必要はなく、自己の責任により行うものであり、それは客観的合理性があることと、事後検証が可能であることが求められる(同項2文)。
また、課税仕入税額の用途区分の判定時期について、一般には仕入税額控除を行う課税期間の全期間の状況によるとされ※12、課税期間内の用途変更が認められるほか、事後の課税期間に用途変更をした場合には、控除額変更手続が可能である(売上税法15a条)。
日本では法令上、仕入税額控除の性質を請求権と位置付けていないため、ドイツのように仕入税額控除を事業者の権利として「完全な控除」を認める一方で、事業者には客観的かつ事後検証可能な合理的方法での控除対象仕入税額算定の責任を求める仕組みとなっていない。しかしながら、本件のような事業での仕入税額控除の一部遮断が常態的になっているのであれば、法令を整備し、事業者自身の合理的かつ責任ある判断により仕入税額控除が行われる仕組みが必要であろう。
(掲載日 2020年6月1日)