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判例コラム

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判例コラム

 

第212号 同性パートナーとして故人の葬儀や遺産に対する権利を否定されたことを理由とする遺族に対する慰謝料請求が認められなかった事案  

~大阪地裁令和2年3月27日判決※1

文献番号 2020WLJCC024
京都女子大学 教授
手嶋 昭子

Ⅰ はじめに

 同性カップルのパートナーシップ関係について、異性カップルの内縁関係と同様に、一定の場合において法律上保護されるか、という論点は、従来ほとんど判例に現れることがなかった。しかし、令和元年9月18日に出された宇都宮地裁真岡支部判決※2及びその控訴審である東京高判令和2年3月4日※3において、画期的な議論が展開されるに至っている。すなわち、地裁判決では、同性カップルも「その実態を見て内縁関係と同視できる生活関係にあると認められるものについては,それぞれに内縁関係に準じた法的保護に値する利益が認められ,不法行為法上の保護を受け得ると解するのが相当である(なお,現行法上,婚姻が男女間に限られていることからすると,婚姻関係に準じる内縁関係(事実婚)自体は,少なくとも現時点においては,飽くまで男女間の関係に限られると解するのが相当であり,同性婚を内縁関係(事実婚)そのものと見ることはできないというべきである。)」と述べたのに対し、高裁判決では、そのような理解を「性別による取扱いの差別」であるとし、当該事案の当事者は「婚姻に準ずる関係」にあったと認定するなど、地裁判決からさらに踏み込んだ判断を示すに至っている。
 ここで取り上げる大阪地判令和3年3月27日(以下、本件という。)も、上記判決と同様に、同性カップルのパートナーシップ関係を前提とし、それが不法行為によって侵害されたとして損害賠償が請求された事件であるが、原告の請求はことごとく棄却されている。宇都宮の事案と何が違ったのだろうか。

Ⅱ 事実の概要

 本件は、原告X(以下、Xという。)が所属する事務所の代表であり、長年、生活を共にしてきたAの死亡後、Aの妹である被告Y(以下、Yという。)に対して、(1)XとAが生前合意していた死因贈与契約に基づいて、Yが相続したAの遺産である不動産の一部について、その所有権移転登記手続きを求めるとともに、(2)YがXとAの同性パートナー関係を否定し、①XがAの葬儀で喪主を務めたいという申し出を拒否したこと、②Xの意に反してXとAとの住居の賃貸借契約を解約し、Aの荷物を持ち出したこと、③Aが使用していたX所有のスマートフォンの返還を正当な理由なく拒否したこと、④A名義の事務所賃貸借契約をXに無断で解約しXの事業を廃業に追いこんだこと、等により精神的苦痛を受けたとして、不法行為に基づく損害賠償合計700万円(①について200万円、②について150万円、③について150万円、④について200万円)及びこれに対する各不法行為日後の平成28年5月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
 なお、Xは、④の不法行為に基づく損害賠償【一次請求】と選択的に、Aの事業の資金やAが負担すべきXとの共同生活の費用として合計2276万4706円を立て替えたと主張して、Yに対し、不当利得返還請求権に基づき、上記金額の一部である200万円及びこれに対する訴え提起日である平成30年4月26日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払【二次請求】を求めている。


Ⅲ 判決

 裁判所は、Xの請求をいずれも理由の無いものとして棄却した。その論旨は以下のとおりである。

 (1)XとAの死因贈与契約について
 Xは、ともに高齢となり体調を崩すことを繰り返していたAと、余生の過ごし方について話し合うようになり、平成28年1月頃には、従来通りXとAの財産を共有して生活し、どちらかが先に死亡した場合は、死亡した者の全財産を生存している相手方に譲渡するとの相互の死因贈与を口頭で合意したこと、また、相続に関し紛争が起きないよう、同年3月にはXA間において養子縁組をする予定だったことを主張した(Aは同年3月6日に急死)。これに対し判決は、A自身がXとの同性パートナー関係を生前親族に隠していたこと、A名義の財産はYに渡すとXにも話していたこと、養子縁組の話についてもAは血縁のある者に納得させないと話は進まない旨の発言をしていたことから、Aが死因贈与の明確な意思表示をしたと認めるには疑念があるとした。
 さらに、X自身も、Aの死後、Aの遺産は相続人が取得すればよい旨の発言をしていたこと、Aの動産の搬出を伴う事務所や住居の明け渡しについても異議を述べなかったこと、X代理人を依頼した後も死別による財産分与や事業の清算のみを主張し、死因贈与合意については一切主張されなかったことを挙げ、Xが自ら主張している死因贈与合意の存在と矛盾した行動をとっており、当該合意の存在についてXの供述等以外にこれを証する証拠がないことを考え併せ、X主張の死因贈与合意の成立を認めることはできない、とし、従って、Xの主張の死因贈与契約に基づく各不動産に関する所有権移転登記手続請求には理由がないとした。

 (2)Aの葬儀等におけるYのXに対する対応は不法行為となるか
 Xは、Aの遺体が警察所に安置された際、遺体に対面させてもらえなかったこと、Aの葬儀の喪主を務めたい旨Yに申し出たところYに拒否されたこと、Aの葬儀の際、親族待合所に入ることを断られ、一般参列者として参列したこと、火葬場の場所を教えてもらえず火葬に立ち会えなかったことは、いずれもXのAに対する敬愛思慕の念を侵害する、Yの不法行為であると主張した。
 これに対し判決では、Yの不法行為が成立するためには、当該行為の時点でXとAが同性パートナーシップ関係にあり、夫婦と同視すべき関係であることをYが認識していたことが必要であるとして、Aが生前Xとの関係を周囲に隠し、友人などには弟として紹介し、親族にも従業員で居候である旨の説明をしていた事実から、YはAの説明通りの認識しか持っておらず、葬儀の時点で、XA間に夫婦と同視すべき関係があると認識していたと認めるに足りる証拠はなく、上記Xが主張する不法行為を理由とする損害賠償請求は理由がないとした。なお、Xは、XがAと共にAの親族の冠婚葬祭に出席していた等の事実を挙げ、Yは、Xが単なる従業員ではなくAの同性パートナーであったことを認識していたと主張しているが、その点について裁判所は、Aは様々に理由をつけて、Yら親族にはXとの同性パートナーシップ関係を悟られないように隠していたため、YはAの説明を信じていたと認めている。

 (3)Yによる本件住居賃貸借契約の解約と、Aの荷物の搬出は不法行為となるか
 Xは、YがXの承諾を得ずにXとAの住居の賃貸借契約を解約し、Aの荷物を搬出したことが、YがXとAのパートナーシップ関係を認識しながらこれを否定しようとしたものであり、YのXに対する不法行為を構成すると主張しているが、認定された事実によれば、これらの行為はXの同意にもとづいて実行されたのであり、またその際にYがXA関の同性パートナーシップ関係を認識していたとも認められないことから、裁判所は、不法行為を原因とする損害賠償請求は理由がないとした。

 (4)Yがスマートフォンの返還を拒んだことは不法行為となるか
 Xは、Yが本件スマートフォンの返還を正当な理由なく拒否したこと、本件スマートフォン及びX所有のすべての電子機器からのAの写真を含む記録の削除を求めたことが、本件スマートフォンの所有権及びAの同性パートナーとして尊重される人格的利益を侵害するものであり、不法行為を構成すると主張した。判決はこれについても、A使用のスマートフォン内部には、Aの個人情報やAに帰属する何らかの権利が問題となりえるようなコンテンツが含まれている可能性はあり、遺族が、スマートフォンの返還にあたり、内部のコンテンツを消去することを要望したことには合理性があると判断した。また、YがXに対し、本件スマートフォン以外のX所有の全ての電子機器からAの写真他一切の記録の削除を要望したことや違反した場合の損害賠償の提案については、やや過大ではあるが、要望することそれ自体は不法行為を構成するとまでいえない等として、本件スマートフォン返還に関する不法行為も成立せず、これを理由とする損害賠償請求は理由がないとした。

 (5)Yによる本件事務所賃貸借契約の解約と、Aの荷物の搬出は不法行為となるか
 Xは、本件事務所の経営権がXに単独であるいはAと共同して帰属していたことを前提に、YがXの承諾を得ることなく、本件事務所および本件住居から本件事務所の事業に関する書類等を持ち去り、本件廃業通知を取引先に送付し、本件事務所賃貸借契約を解約してXを退去させたことが、Xの本件事務所の経営権を侵害する不法行為を構成すると主張する。判決は、認定された事実に基づき、事務所の経営権はAに帰属しており、上記いずれの行為についてもXの意に反していたとは認められないことから、上記Yの行為は不法行為を構成することはなく、同不法行為を理由とする損害賠償請求には理由がないとした。

 (6)Xが立て替えたと主張する、Aの負担すべき事務所の事業資金あるいはXとの生活費について
 Xは、①事務所の赤字をAの求めに応じてAに代わって補填し、②Aが全て負担することに合意していたXAの共同生活の費用についてもXが立て替えて支払っていると主張している。判決は、②に関して、AがXとの共同生活の費用を全て負担すると合意していたと認めるに足りる証拠はなく、①に関しても、Xが事務所の資金を立て替えていたと認めるに足りる証拠がなく、XのAに対する不当利得返還請求権が発生したと認めることはできず、同請求権にもとづく請求は理由がない、とした。


Ⅳ 判決へのコメント

 (1)東京高裁の事案との違い
 異性同士のカップルであれば、婚姻届を出していなくても、一定の場合においては、内縁すなわち婚姻に準じる関係性として、法的な権利義務が認められてきたのは周知のとおりであるが、前述のように、同性カップルも場合によっては婚姻に準ずる関係として、法的保護に値する利益が認められ、一方パートナーの不倫による関係破綻に対し不法行為に基づく損害賠償請求を認める判決が令和2年東京高裁で出された。本件でも、XとAが同性パートナーシップ関係にあったことは、判決中で事実として認定されているが、その関係性を前提とした権利侵害は認められなかった。東京高裁の事案と本件とで結論を分けた理由を推測すると、両者の最大の違いは、当事者が同性カップルであることをカミングアウトしていたかどうか、という点にあると思われる。
 東京高裁の事案は、一方当事者の背信行為が問題とされたものである。当事者は女性同士のカップルであったが、約7年間の同棲生活を送っており、米国ニューヨーク州で婚姻登録証明書を取得した上、日本国内で結婚式・披露宴も行い、その関係を周囲にカミングアウトしている。さらに、二人の間で育てる子を妊娠すべく人工生殖も試み、将来子どもと暮らすことも考えてマンションの購入も進めていることなどから、内縁関係と同視できる生活関係にあったと認めることができると判断され、さらに不貞行為の相手方も2人の関係の詳細を認識していたことから不法行為の故意があると認められた。これに対し本件では、Xの同性パートナーであるAは、親族にも周囲の友人らにもXとの関係性を隠してきたため、Xが不法行為と主張するYによる一連の行為も、Yが両者の関係性を認識していなかったことから、不法行為を構成しないと判断されたものである。
 東京高裁の事案では、同居を開始したのは平成22年であり、当時同性カップルの一方は大学生であった。本件でも同性カップルの一方が大学生であったときに同様に同居を開始しているが、それは昭和46年のことであった。40年という時代の差とも考えられるが、両カップルの周囲への対応は大きく異なっている。日本でも少しずつセクシュアリティの多様性について理解が進んできているとはいえ、未だ十分に同性愛者の人権が保障されておらず、自殺者の割合が高いという状況※4を考えると、東京高裁の事案のようなカップルのかたちが一般的だとはいえないだろう。セクシュアルマイノリティ当事者のうち、カミングアウトしていない人の割合は78.8%という調査例もあり、本件のような高齢期を迎えた同性カップルであれば、カミングアウトしていない人がほとんどではないかと思われる※5
 同性パートナーシップ関係に基づいて法的に保護される利益があるとしても、その前提としてその関係性を他者に知られていることが求められるとするならば、現代の社会状況において、その要件は当事者にとって極めて実現困難なものとなるのではないだろうか。以下この点につき考察する。

 (2)カミングアウトが権利保障の前提条件となることについて
 まず、内縁の成立要件を確認しておきたい。通説・判例は、内縁を「婚姻に準ずる」関係として法的に保護するため、①婚姻意思、②夫婦共同生活の実態があることを、内縁の成立要件として解してきた※6。夫婦共同生活の実態とは何か、ということに関しては必ずしも明らかではなく諸説あるものの、「社会的に婚姻と同視できる関係」※7、「社会的実体を有している」等と表現されている※8。この場合の「社会的」という言葉が具体的に何を意味するのかも明確に説明されていないが、そもそも内縁が準婚関係として保護されるに至ったのは、明治期の社会状況からしてやむを得ない事情により、婚姻成立の要件のうち婚姻届の提出だけを欠く例が多く、その救済のためであったことを考えると、周囲も夫婦として認識していることは当然であり改めて要件として意識されることもなかったのではないかと思われる。時代の変遷とともに、内縁成立の要件も修正され、必ずしも同居を要しない等緩和の傾向にあるが、周囲の認識ということに関しては、依然として十分な検討の対象とされてこなかった。しかし同性カップルの事案に関しては、周囲の認識、ひいては、当事者がカミングアウトしていたかどうか、が焦点となる。
 本件では、XとAが同性愛者として交際し同居するに至り、同性パートナーとして共同生活を送ってきたことは事実として認定されている。しかし、それ以上に、内縁すなわち婚姻に準ずる関係といえるものであったかどうかについて、正面からの検討はなされていない。それよりも、Yの不法行為が成立するための要件として、故意があったか、すなわち、YがXとAの関係を「同性パートナーシップ関係にあり、近親者同士、すなわち夫婦と同視すべき関係であることを認識していた」かどうか、が本件の重要な論点であった。
 たとえば、争点(2)では、Xは、Yが自分とAの関係を同性パートナーであると認識していた理由として、①長年XがAの事務所で働き、Aと同居していたこと、②Aの親族の冠婚葬祭に、AがXを伴って出席していたこと、③Aが入院した時もXが頻繁に見舞いに訪れ親族と一緒に説明を受けたこと等の事実をあげている。しかし、YはAから、①については、Xは従業員であり居候である、②については、自分の親族に縁の薄いXが参加したいというのでやむを得ず出席させた、③については、従業員が報告に来る、といった説明を受けており、同性パートナーであるとは認識していなかったと述べ、裁判所もこれを認めている。また、Xは、XとAが長年同居し共同して働いていたこと、XがAと養子縁組をしたい、Aを看取りたいとYに伝えていたことから、YはXとAが長年社会的経済的に一体となった家族として暮らしており、夫婦と同様の関係であると認識していたと主張したが、裁判所はこれも、Xが前提としている事実だけからは、Yがそのような認識を得ていたと認めるに足りる証拠はないとして否定した。
 東京高裁の判決によって、同性カップルのパートナーシップ関係も「婚姻に準ずる関係」として法的に保護される道が今後開かれていくとしても、カミングアウトできないと感じている当事者が圧倒的多数である日本社会において、「婚姻に準ずる関係」として認められる要件をどのように考えるか、たとえば、婚姻と同様の効果をもたらす契約が当事者間で締結されていれば、周囲がその関係性を認識していなかったとしても準婚関係として認める等、慎重な考慮が求められるべきであろう。ただ、第三者の不法行為が問題となる場合においては、故意の判定において、第三者の認識が問われるため、依然としてカミングアウトの必要性は残ることとなる。この点どう考えるべきか、今後検討が必要と思われる。

 (3)認定された事実について
 以下、認定された事実について若干のコメントを述べたい。
 まず、XAの関係性に対するYの認識についてである。本件では、XとAは40年以上にわたり同性パートナーシップ関係を継続してきた。Aが親族や周囲にXとの関係を隠してきたとはいえ、XAが単なる事務所の代表と従業、居候の関係であるとの説明で、周囲はみな納得していたのだろうか。本件関係者らが有していたセクシュアリティの多様性に関する知識・情報の量や質は、年齢、地域性などによっても異なると考えられ、安易な推測はできず、また、判決も認定された事実に基づきYの証言の信用性を慎重に検討したことが伺える。しかし、今後も同様にカミングアウトしていなかった同性カップルの事案が訴訟になった場合において、相手方が「認識していなかった」と主張すればそれが通るということでは、ほとんどの同性カップルが救済される余地はなくなってしまう。上記の証言の信用性についてはとりわけ慎重な判断が求められると思われる。
 次に、Xの言動の変遷についてである。認定された事実によれば、A死亡直後のXの言動は、訴訟における主張とほとんど真逆であり、この変遷が当該事案において、Xの請求がことごとく棄却された主たる理由となっている。判決文からは、XとYの不和についても、Xの言動の変遷についても、その詳細及び理由は必ずしも明らかではないが、パートナーを失った直後のXにとって、長年隠してきた同性パートナーであるという事実に基づいて法的に何らかの主張をするというのは困難であったとも考えられる。葬儀においてパートナーとしても近親者としても扱われず、その後の様々な手続きにおいても、パートナーとして尊重されないと感じる体験が続いたことで、次第に周囲への対応を変えていったとするなら、それも心情的には理解できるところであると思われる。ただ事実と異なる根拠をもとに主張が展開されたため法的な請求としては無理があり、判決は妥当であると思われるが、今後も同様な事案が提起された場合、同性パートナーシップ関係に関するカミングアウトをめぐる当事者の事情や心理に対する理解が、事案の適切な処理の上で不可欠であると思われる。



(掲載日 2020年9月14日)

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