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文献番号 2020WLJCC026
広島大学法科大学院 教授
新井 誠
はじめに
現代の日本では、成人がタトゥー(イレズミ、入れ墨、刺青などをも含む。)を自身の体に施すことの法的規制は存在しておらず※2、タトゥー施術業に関する一定の需要がある。そのなかで、医師免許を持つ医師等とは別の「彫師」がその施術を行ってきたのが実情である。ところが、アートメイク規制を趣旨とする2001年の「各都道府県衛生主管部(局)長宛厚生労働省医政局医事課長通知(平成13年11月8日医政医発第105号)が、「針先に色素を付けながら、皮膚の表面に墨等の色素を入れる行為」が(医師による)「医行為」のひとつに当たるとの解釈を示したことが大きな契機となったのであろう。医師免許を持たない彫師によるタトゥー施術は医師法17条に違反するとの理解が採られるようになり、「事実の概要」に示す事案が生じた。
タトゥー施術に医師免許を必要とする理解は、社会状況を見ればあまりにも唐突である。ここで取り上げる事件(以下、本事件)の彫師は、上記の医師法違反による摘発を不当だと考え、略式起訴による罰金命令による解決を拒み、正式裁判で無罪の主張を行った。同裁判の1審は有罪判決※3を示したものの、2審※4は逆転無罪判決となったが、本件における一連の裁判は、世間的にも学問的にも長らく注目を浴びてきた※5。今回取り上げる最高裁決定(以下、本決定とする。)は、検察側による最高裁への上告について棄却「決定」したものであり、これにより被告人の無罪が確定した。本決定は、単に棄却決定をしただけではなく、職権による判断で理由を示している点も興味深い。そこで憲法や医師法解釈にも関わる重要な議論を展開しており、タトゥー施術に関わる者にとってだけではなく、法実務家や法学研究者等など広い対象にとっての重要裁判例となりうることから紹介をしたい。
Ⅰ 事実の概要
彫師Yは、医師免許を持たないものの、タトゥー施術行為(針を取り付けた施術用具を用いて皮膚に色素を注入する行為)を業として、これを受けることを望む者の依頼に基づき、2014(平成26)年7月から2015(平成27)年3月までの間に、大阪府吹田市内のタトゥーショップにおいて、4回にわたり、3名に対して、タトゥー施術行為を行った。本件は、これが「医師でなければ、医業をなしてはならない」と規定する医師法17条に違反して(医行為を業とするという意味での)「医業」を行ったとして、Yが起訴された事件である。
1審の大阪地裁は、Yが医師免許なく医行為を行ったとして有罪とした。これを不服としたYが控訴した2審の大阪高裁は、地裁の判断を覆し、Yは医行為をしたとはいえないとして無罪を言い渡した。これについて検察側が上告した。
Ⅱ 判決の要旨(以下の「」内は本件最高裁決定より抜粋)
1.結論
「本件上告を棄却する」(Yの無罪確定)。
2.判旨
本件上告については「刑訴法405条の上告理由に当たらない」。「なお所論に鑑み、職権で判断」し、「被告人の行為は医行為に当たらないとした原判断は正当である」とする。
(1)医師法1条、2条、6条、9条等とともに無資格者による医業を禁止している17条を見ると、「同法17条は、医師の職分である医療及び保健指導を、医師ではない無資格者が行うことによって生ずる保健衛生上の危険を防止しようとする規定であると解される」。「したがって、医行為とは、医療及び保健指導に属する行為のうち、医師が行うのでなければ保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為をいうと解するのが相当である」。
(2)「ある行為が医行為に当たるか否かを判断する際には、当該行為の方法や作用を検討する必要があるが、方法や作用が同じ行為でも、その目的、行為者と相手方との関係、当該行為が行われる際の具体的な状況等によって、医療及び保健指導に属する行為か否かや、保健衛生上危害を生ずるおそれがあるか否かが異なり得る。また、医師法17条は、医師に医行為を独占させるという方法によって保健衛生上の危険を防止しようとする規定であるから、医師が独占して行うことの可否や当否等を判断するため、当該行為の実情や社会における受け止め方等をも考慮する必要がある」。「そうすると、ある行為が医行為に当たるか否かについては、当該行為の方法や作用のみならず、その目的、行為者と相手方との関係、当該行為が行われる際の具体的な状況、実情や社会における受け止め方等をも考慮した上で、社会通念に照らして判断するのが相当である」。
(3)「被告人の行為は、彫り師である被告人が相手方の依頼に基づいて行ったタトゥー施術行為であるところ、タトゥー施術行為は、装飾的ないし象徴的な要素や美術的な意義がある社会的な風俗として受け止められてきたものであって、医療及び保健指導に属する行為とは考えられてこなかったものである。また、タトゥー施術行為は、医学とは異質の美術等に関する知識及び技能を要する行為であって、医師免許取得過程等でこれらの知識及び技能を習得することは予定されておらず、歴史的にも、長年にわたり医師免許を有しない彫り師が行ってきた実情があり、医師が独占して行う事態は想定し難い。このような事情の下では、被告人の行為は、社会通念に照らして、医療及び保健指導に属する行為であるとは認め難く、医行為には当たらないというべきである。タトゥー施術行為に伴う保健衛生上の危険については、医師に独占的に行わせること以外の方法により防止するほかない」。
【補足意見(草野耕一裁判官)】
「医療関連性を要件としない解釈をとれば、我が国においてタトゥー施術行為を業として行う者は消失する可能性が高い」。
タトゥーを身体に施すことについて「反道徳的な自傷行為と考える者もおり、同時に、一部の反社会的勢力が自らの存在を誇示するための手段としてタトゥーを利用してきたことも事実である。しかしながら、他方において、タトゥーに美術的価値や一定の信条ないし情念を象徴する意義を認める者もおり、さらに、昨今では、海外のスポーツ選手等の中にタトゥーを好む者がいることなどに触発されて新たにタトゥーの施術を求める者も少なくない。このような状況を踏まえて考えると、公共的空間においてタトゥーを露出することの可否について議論を深めるべき余地はあるとしても、タトゥーの施術に対する需要そのものを否定すべき理由はない。以上の点に鑑みれば、医療関連性を要件としない解釈はタトゥー施術行為に対する需要が満たされることのない社会を強制的に作出しもって国民が享受し得る福利の最大化を妨げるものである」。
「タトゥー施術行為に伴う保健衛生上の危険を防止するため合理的な法規制を加えることが相当であるとするならば、新たな立法によってこれを行うべきである」。
「タトゥー施術行為は、被施術者の身体を傷つける行為であるから、施術の内容や方法等によっては傷害罪が成立し得る。本決定の意義に関して誤解が生じることを慮りこの点を付言する」。
Ⅲ 検 討
本決定で示された判断理由の内容は、基本的に本件の大阪高裁判決と同様のものであるが、今回、最高裁が職権で示した部分に注目して、以下検討を加えたい。
1.「医行為」解釈と「医行為」該当性の判断枠組み
本決定でまず注目されるのが、医師法17条の「医業」に関する「医行為」解釈である。医師法17条は「医師でなければ、医業をなしてはならない。」と規定し、これに違反した場合の罰則を同法31条1項1号で規定する。ここにいう医業とは、厚生労働省の通知によれば「当該行為を行うに当たり、医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、又は危害を及ぼすおそれのある行為(医行為)を、反復継続する意思をもって行うこと※6」と解されている。
医行為をめぐっては、次のような理解の対立があった。本決定に見られる文言を用いて見てみると、1審は、医行為とは、①「医師が行うのでなければ保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為」と解する。これに対して2審は、①の前提に、②「医療及び保健指導に属する行為」という条件を設定する。これによって1審は、本件Yの行為が①にいう医行為に当たるとして有罪、2審は、本件が、②に当たらないことから無罪とする。このような解釈の対立があるなかで、本決定は、医行為を明示的に「医療及び保健指導に属する行為のうち、医師が行うのでなければ保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為」と理解することを正当であるとし、高裁判決のように、①の前提に②を要求する理解を踏襲したと考えられる。
本決定は、このように医行為をめぐる重要な解釈を示したことで注目される。もっとも、保健衛生上の危険の視点を一義的に重視する立場から見た場合、本決定の解釈に対しては一定の反発も予想されよう。これに対して、ふたつの視点から改めて精査が必要となる。
第1に、法律の改正によらずに医行為概念を無尽蔵に拡大できてしまう可能性のある、現在の医師法の仕立てに対する従来からの問題提起を真剣に考えるべきだということである。これまで、在宅療養における痰の吸引行為などを医行為と見るべきかどうか※7、インシュリンの自己注射をどのように評価すべきか※8といった議論など、医行為とそうでない行為との線引きについては、行政通知による解決が採られることが多かった。こうした手法では、医行為概念の確定がいつまでも行政任せとなってしまう。しかし、医師法17条違反には刑罰が適用される以上、本来的には、法律による、より詳細で明確な行為ごとの制度設計が求められるべきである。本件におけるタトゥー施術もまた、行政の胸三寸による解釈により、医師資格が必要か否かといったことに業界自体が振り回されることになった。こうしたことを冷静に考える必要があろう。
第2に、危険性の視点を適切に捉えることは必要でありながらも、本件地裁判決のように、それのみをもってしか職業資格に係る解釈をできなかった硬直的姿勢が従来あったのではないかということをどのように評価すべきか、という点である。上述のように本決定では、医行為理解に関して、②「医療及び保健指導に属する行為」のうち、①「医師が行うのでなければ保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為」と解釈しているが、重要なのは、②に関して最高裁が、特に「方法や作用が同じ行為でも」、「医療及び保健指導に属する行為か否か…が異なりうる」とする点である。そして、当該行為を医行為と見るか否かは、「当該行為が行われる際の具体的な状況、実情や社会における受け止め方等をも考慮した上で、社会通念に照らして判断する」のだとする。ここには、危険性をめぐる議論以外にも考えることがあるのではないか、という姿勢があったことを感じ取れる。実際に本決定では、タトゥー施術が医行為に当たるのか否かを具体的に検討する場面で、「歴史的にも、長年にわたり医師免許を有しない彫り師が行ってきた実情」があると示され、そのことが判断を左右する大きな決め手になっているように、身体への一定の侵襲があるとしても彫師が適切な対応をしてきているはずだという、歴史的に形成されてきた職能への信頼がそこには見られるのである。
2.タトゥー施術の職業伝統と文化的意義
以上のような見立てができるがゆえに、本決定は医行為にかかる一定の解釈を示したこと自体も重要ながら、注目すべきは、タトゥー施術の職業伝統とその文化的意味を積極的に承認した点であろう。この点、本件地裁判決が「長年にわたり、入れ墨の施術が医師免許を有しない者によって行われてきたが…本件行為が、実質的違法性を阻却するほどの社会的な正当性を有しているとは評価できない」としていたように、タトゥー施術の職業伝統に肯定的な評価をしていなかったこととの大きな違いを見ることができる。他方で、本決定における「タトゥー施術行為は…医師免許取得過程等でこれらの知識及び技能を習得することは予定されておらず」とする説示は、医師がタトゥー施術を行うことになれば、かえって、慣れない技能による保健衛生上の危険が生じる可能性を観念できるように、彫師固有の専門性を捉えた点にも注目が及ぶ。
さらに本決定が、「タトゥー施術行為は、装飾的ないし象徴的な要素や美術的な意義がある社会的な風俗」と認識したり、「タトゥー施術行為は、医学とは異質の美術等に関する知識及び技能を要する行為」であると言及したりした点も重要である。これは、本件における被告人であった当事者を含む彫師たちの美術的センスなどの必要性を肯定し、ひいては、タトゥー(イレズミ)自体の芸術性、あるいはタトゥイストたちの芸術家としての一面の承認をすることになる。さらに「象徴的な要素」という指摘はややわかりづらいものの、補足意見における「一定の信条ないし情念を象徴する意義」という指摘をあわせて参照すれば、こうした議論は、芸術表現のみならず、個人の信条に密接に関わる行為という意味での、精神的自由に係る論点にもつながっていく。
3.補足意見の意義
本決定には、草野裁判長による補足意見が付されている。この補足意見は、いくつかの点で多数意見をまさに補う役割を果たしているので、その特徴について簡単にコメントしておきたい。
第1に、当該補足意見が、タトゥー施術に医師資格を要求する法解釈を採ることで、タトゥー施術者が実質的には消失する可能性があることを示唆する点である。このことは、現在の医師国家資格者が一般的に目指す業種を考えた場合、当然に思い当たることだが、本件地裁判決は、そうした事情を示すことはなかった。うがった見方をすれば、タトゥー施術を事実上失くすことを消極的に承認するかのような印象を受けるものでもあった。今回、多数意見、補足意見ともに、タトゥーの需要について、現代的視点から肯定的に示すことで、タトゥー施術に係る従来型の職業としての地位を維持すべきであるという強いメッセージを投げかけたことになる。
第2に、補足意見が「国民が享受し得る福利」に言及したことである。この「福利」という語は、日本国憲法で前文に表れるのみであり、これを何らかの憲法上の主観的な「権利」と置き換えることは直ちには難しいのかもしれない。もっとも、当該補足意見が、憲法前文に見られる「国民」が「享受」する「福利」という語を持ち出してここで語るのは、偶発的なことではないと感じる。すなわち、タトゥーを入れること自体を権利と位置付けないにせよ、「タトゥー施術行為に対する需要が満たされることのない社会を強制的に作出し」、「もって国民が享受し得る福利の最大化を妨げる」ことがあってはならないと危惧する当該補足意見は、国民が一般的な行為をある程度自由に行使できない社会の窮屈さとそのあるべき姿を問い、窮屈でない社会の実現を全体福利として見ているのだと考えられる。
第3に、他方でここでは、タトゥーをめぐる社会におけるマイナスイメージに触れ、公共的空間におけるタトゥーの露出に係る議論の深化が求められていることが示されている。タトゥー自体をめぐっては、それに関するスティグマ(一定の印象に基づく烙印)が作用してか、いまだ嫌悪感や恐怖感を憶える人が多いことから、そうした人々が安心して公共空間を楽しむことができることへの配慮が求められることは仕方ないことかもしれない。もっとも、ここで重要であるのは、そうした人々の嫌悪感等があることと、タトゥーを入れたい人や施術者を社会的に忌避することとをつなげるのは慎重であるべきだといったことが暗示される点である。補足意見は、そうした区分を十分承知したうえでの「公論」の必要性を示しているのだと考えられる。
第4に、タトゥー施術に関する危険性が生じる場合に関する課題に触れていることも重要である。この点、多数意見も「タトゥー施術行為に伴う保健衛生上の危険については、医師に独占的に行わせること以外の方法により防止するほかない」としているが、補足意見は、さらに「新たな立法」の可能性を示唆している。これについては、一定の身体侵襲を伴う作業であることからも、何らかのライセンスの設置等を検討することはひとつの課題であるように思える。そこには今後、タトゥー施術に関して、新たな「法律」での制度化をするのか、それとも、より簡便な民間レベルにおける業界間ルールなどによる制度化をするのかといった難問が生じよう。もっとも、そうした場合でも、本決定の論理からすれば、医行為以上の厳しい制約を持つ制度設計は慎まれること、彫師に関する従来の伝統的な職業秩序を大幅に変更して現在関わっている人々が事実上、業務ができなくなるような状況に追い込まれないこと、といった点が要請される。
第5に、本補足意見が、あえて傷害罪に言及することにも注目したい。本決定によって、現在のところ、彫師は国家資格などを持たないでタトゥー施術をしてよいということが推察されることになるわけである。そこで本決定は、そうであるからこそ、専門知識もなく不衛生な状況で施術が行われることがあってはならず、さらに施術を受ける当事者との間での十分な合意のもとで適切な施術が行われるべきであるといったメッセージにもなるといえる。それができないということになれば、法律が厳しい制度設計を用意し、がんじがらめのライセンス制度が用意されかねない。補足意見を含む本決定は、タトゥー施術者にやみくもに違法とされてしまうことの恐怖からの解放をもたらしたからこそ、多くの人がより納得のできる自律的な衛生基準などを確立できるのかどうかといった、彫師たち自身側の今後の対応が重要になってくる。
まとめにかえて
本決定は、法解釈やタトゥー施術のあり方に関して、様々なインパクトを与えるものとなった。しかし、そこで何よりも重要であるのは、本決定により、タトゥー施術を生業とする人々の職種あるいは職能に関する尊厳が保たれたことである。「職業は、人が自己の生計を維持するためにする継続的活動であるとともに、分業社会においては、これを通じて社会の存続と発展に寄与する社会的機能分担の活動たる性質を有し、各人が自己のもつ個性を全うすべき場として、個人の人格的価値とも不可分の関連を有するもの※9」だと最高裁も述べてきた。このように、あらゆる職業が「各人が自己のもつ個性を全う」しようとする人格的作用であるといえるのであればなおのこと、その制度設計を適切に考えることへのきめ細かい配慮が求められるはずである。本件では、一定のスティグマが押された業種の扱いを医師免許一括方式でとりまとめ、その結果、一見するともっともらしい法解釈を用いて当該職種を事実上失くしていこうとしたようにも考えられる企てが見られた。本決定は、そうした解決の仕方を食い止めた判断として意義があるように感じられる。今後に向けて投げかけられた課題も一部残るなかで※10、本決定を受けた世間の動向や今後の対応を見守りたい※11。
(掲載日 2020年10月9日)