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文献番号 2020WLJCC028
明治大学 教授
野川 忍
1.はじめに
本件は、地下鉄売店の販売員である有期雇用労働者に対し、正社員としての販売員には支給していた退職金が支給されないという措置につき、労働契約法(以下「労契法」ということもある。)旧20条に反して不合理なものと言えるかが争われた事案であるが、最高裁は高裁の判断を覆し、不合理性を否定した。同日に出された大阪医科薬科大学事件(WestlawJapan文献番号2020WLJPCA10139002) ※2でも、退職金と同様重要な賃金項目である賞与につき、高裁の判断が覆され、有期雇用の「アルバイト職員」への不支給は不合理ではないとされた。そのため内容的にも同等であるかのような印象を生んだが、たとえば大阪医科薬科大学事件は裁判官全員一致の判決であるが、本件は反対意見1名のほか2名の裁判官から注目すべき補足意見が出されているなど、実際にはかなりの相違がみられる。
労契法旧20条はすでに削除され、2020年4月からはこれと短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律(パートタイム労働法)8条とが合体・再構成された短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律(パートタイム・有期雇用労働法、以下、「パ有法」ということもある。)8条が施行されているところである。したがって、労契法旧20条をめぐって争われ、最高裁としての判断が示された本件の位置づけは、一方において、そのまま今後の実務の対応に直接そのまま反映すべきものとは言えないことには注意が必要であり、むしろ、本判決等が、法改正後もなお生かされるべき内容を有しているとすればそれはどの点であり、またどのように生かされるべきなのかを検討する必要があろう。
2.本件事実の概要
駅構内における物品販売等を業とする第一審被告Yには、無期雇用で月給制、職務に限定のない正社員と、月給制ではあるが有期雇用で職務が限定されている契約社員A、時給制であること以外は契約社員Aと同様である契約社員Bという人事区分があり、それぞれ異なる就業規則が適用されていた。
本件第一審原告X2は、平成16年4月から、第一審原告X1は、同年8月、それぞれ契約社員BとしてYに採用され、契約期間を1年以内とする有期労働契約の更新を繰り返しながら、地下鉄駅の構内の売店における販売業務に従事し、X2は平成26年3月31日、X1は同27年3月31日に、65歳に達したことによって契約が終了した。
Yにおいては、正社員については年齢給と職務給のほか一律に支給される住宅手当など諸手当からなる月額給与と、年二回支給される賞与、勤続年数と年齢給及び職務給月額から算定される退職金が支給されるが、契約社員Bは、時給1000円の本給(平成22年4月以降は毎年10円ずつ昇給)が支給されるほか、年末年始出勤手当、深夜労働手当、早出残業手当、休日労働手当、通勤手当、早番手当、皆勤手当が支給されるが、資格手当または成果手当、住宅手当、家族手当は支給されず、賞与は年二回12万円の定額が支給され、退職金はなしという相違があった。
平成27年1月当時売店業務に従事する従業員110名のうち、正社員が18名、契約社員Aが14名、契約社員Bが78名であり、売店の管理や接客販売、商品管理などの業務には正社員、契約社員A、契約社員Bの間に相違はなかったが、正社員は休暇や欠勤の従業員の代替業務を行っていたほか、トラブル処理やエリアマネージャー業務に従事することもあり、契約社員Aも代替業務に従事していたが、契約社員Bは代替業務にもエリアマネージャー業務にも従事することはなかった。また、Yには契約社員Bから同Aへの、また契約社員Aから正社員への登用試験制度が設けられており、平成22年から同28年までの間にそれぞれ数十名が合格していた。
3.原審までの判断
第一審(東京地判平29.3.23WestlawJapan文献番号2017WLJPCA03236001)は、比較対象となる労働者を、Xらと同様売店業務に従事する正社員ではなく正社員全体であるとしたうえで、契約社員Bと正社員との間には、業務の内容及びその業務に伴う責任の程度に大きな相違があり、職務の内容及び配置の変更の範囲にも明らかな相違があるとの認定を前提として、第一審で請求対象とされた労働条件のうち、早出残業手当の相違のみ不合理と認め、他のいずれの労働条件の相違に関しても不合理性を否定したが、特に退職金については、それが賃金後払いのみならず功労報償の性格も有することを踏まえると、長期雇用が前提である正社員にのみ退職金を支給する人事施策は一定の合理性を有することに加え、契約社員Bにも正社員登用制度が提供されていることなども考慮すれば、契約社員Bに退職金を支給しないことは不合理ではないとの判断を示した。
これに対し控訴審(東京高判平31.2.20WestlawJapan文献番号2019WLJPCA02206001)※3 は、まず比較対象労働者につき、正社員全体と比較することになれば、売店業務のみに従事している契約社員Bとは職務の内容が大幅に異なることになるからそれだけで不合理性の判断が極めて困難になるとして、比較対象を売店業務に従事する正社員(18名)に限定した。そのうえで、原審で不合理性を否定されたもののうち、住宅手当、退職金、褒賞についても不合理性を認めた。特に退職金については、「一般論として、長期雇用を前提とした無期契約労働者に対する福利厚生を手厚くし、有為な人材の確保・定着を図るなどの目的をもって無期契約労働者に対しては退職金制度を設ける一方、本来的に短期雇用を前提とした有期契約労働者に対しては退職金制度を設けないという制度設計をすること自体が、人事施策上一概に不合理であるということはできない」としつつ、本件では、契約社員BといえどもXらのうち二人は10年前後の長期間にわたって勤続していること、契約社員Bと同様に店舗の販売業務に従事している契約社員Aの中には、職務限定社員に名称変更されて退職金制度も適用されている者がいることなどからすると、「少なくとも長年の勤務に対する功労報償の性格を有する部分に係る退職金(退職金の・・・複合的な性格を考慮しても、正社員と同一の基準に基づいて算定した額の少なくとも4分の1はこれに相当すると認められる。)すら一切支給しないことについては不合理といわざるを得ない。」との判断を示し、約45万円ないし約50万円の退職金相当額を損害額として認定した。
4.判旨の概要
退職金について上告認容、Xらの請求棄却
(1)多数意見
①「労働契約法20条は、有期契約労働者と無期契約労働者の労働条件の格差が問題となっていたこと等を踏まえ、有期契約労働者の公正な処遇を図るため、その労働条件につき、期間の定めがあることにより不合理なものとすることを禁止したものであり、両者の間の労働条件の相違が退職金の支給に係るものであったとしても、それが同条にいう不合理と認められるものに当たる場合はあり得るものと考えられる。もっとも、その判断に当たっては、他の労働条件の相違と同様に、当該使用者における退職金の性質やこれを支給することとされた目的を踏まえて同条所定の諸事情を考慮することにより、当該労働条件の相違が不合理と評価することができるものであるか否かを検討すべきものである。」
②「(Yにおける)退職金は、本給に勤続年数に応じた支給月数を乗じた金額を支給するものとされているところ、・・・Yにおける退職金の支給要件や支給内容等に照らせば、上記退職金は、・・・職務遂行能力や責任の程度等を踏まえた労務の対価の後払いや継続的な勤務等に対する功労報償等の複合的な性質を有するものであり、Yは、正社員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどの目的から、様々な部署等で継続的に就労することが期待される正社員に対し退職金を支給することとしたものといえる。」
「そして、・・・売店業務に従事する正社員と契約社員BであるXらの労働契約法20条所定の「業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度」(以下「職務の内容」という。)をみると、両者の業務の内容はおおむね共通するものの、・・・一定の相違があったことは否定できない。また、(正社員とは異なり)契約社員Bは、業務の場所の変更を命ぜられることはあっても、業務の内容に変更はなく、配置転換等を命ぜられることはなかったものであり、両者の職務の内容及び配置の変更の範囲(以下「変更の範囲」という。)にも一定の相違があったことが否定できない。」
「さらに、・・・売店業務に従事する正社員が他の多数の正社員と職務の内容及び変更の範囲を異にしていたことについては、Yの組織再編等に起因する事情が存在したものといえる。また、Yは、契約社員A及び正社員へ段階的に職種を変更するための開かれた試験による登用制度を設け、相当数の契約社員Bや契約社員Aをそれぞれ契約社員Aや正社員に登用していたものである。これらの事情については、・・・労働契約法20条所定の「その他の事情」(以下、職務の内容及び変更の範囲と併せて「職務の内容等」という。)として考慮するのが相当である。」
③「そうすると、Yの正社員に対する退職金が有する複合的な性質やこれを支給する目的を踏まえて、売店業務に従事する正社員と契約社員Bの職務の内容等を考慮すれば、契約社員Bの有期労働契約が原則として更新するものとされ、定年が65歳と定められるなど、必ずしも短期雇用を前提としていたものとはいえず、Xらがいずれも10年前後の勤続期間を有していることをしんしゃくしても、両者の間に退職金の支給の有無に係る労働条件の相違があることは、不合理であるとまで評価することができるものとはいえない。」
(2)林景一裁判官、林道晴裁判官の補足意見
「・・・退職金制度を持続的に運用していくためには、その原資を長期間にわたって積み立てるなどして用意する必要があるから、退職金制度の在り方は、社会経済情勢や使用者の経営状況の動向等にも左右されるものといえる。そうすると、退職金制度の構築に関し、これら諸般の事情を踏まえて行われる使用者の裁量判断を尊重する余地は、比較的大きいものと解されよう。」
「さらに付言すると、労働契約法20条は、有期契約労働者等については、無期契約労働者と比較して合理的な労働条件の決定が行われにくく、両者の労働条件の格差が問題となっていたこと等を踏まえ、有期契約労働者の公正な処遇を図るため、その労働条件につき、期間の定めがあることにより不合理なものとすることを禁止したものである(ハマキョウレックス事件及び長澤運輸事件最判 ※4引用)。そして、退職金には、継続的な勤務等に対する功労報償の性格を有する部分が存することが一般的であることに照らせば、企業等が、労使交渉を経るなどして、有期契約労働者と無期契約労働者との間における職務の内容等の相違の程度に応じて均衡のとれた処遇を図っていくことは、同条やこれを引き継いだ短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律8条の理念に沿うものといえる。(以下略)」
(3)宇賀克也裁判官反対意見
「契約社員Bは、契約期間を1年以内とする有期契約労働者として採用されるものの、当該労働契約は原則として更新され、定年が65歳と定められており、正社員と同様、特段の事情がない限り65歳までの勤務が保障されていたといえる。・・・むしろ、正社員よりも契約社員Bの方が長期間にわたり勤務することもある。Yの正社員に対する退職金は、継続的な勤務等に対する功労報償という性質を含むものであり、このような性質は、契約社員Bにも当てはまるものである。
また、正社員は、代務業務を行っていたために勤務する売店が固定されておらず、複数の売店を統括するエリアマネージャー業務に従事することがあるが、契約社員Bも代務業務を行うことがあり、また、代務業務が正社員でなければ行えないような専門性を必要とするものとも考え難い。・・・正社員は、配置転換、職種転換又は出向の可能性があるのに対して、契約社員Bは、勤務する売店の変更の可能性があるのみという制度上の相違は存するものの、売店業務に従事する正社員は、互助会において売店業務に従事していた者と、登用制度により正社員になった者とでほぼ全体を占めており、当該売店業務がいわゆる人事ローテーションの一環として現場の勤務を一定期間行わせるという位置付けのものであったとはいえない。そうすると、売店業務に従事する正社員と契約社員Bの職務の内容や変更の範囲に大きな相違はない。・・・両者の間に退職金の支給の有無に係る労働条件の相違があることは、不合理であると評価することができるものといえる。
他方、・・・Yの退職金は、職務遂行能力や責任の程度等を踏まえた労務の対価の後払いの性質も有するものであるし、一般論として、有為な人材の確保やその定着を図るなどの目的から、継続的な就労が期待される者に対して退職金を支給する必要があることは理解することができる。・・・売店業務に従事する正社員と契約社員Bとの間で退職金に係る労働条件に相違があること自体は、不合理なことではない。退職金制度の構築に関する使用者の裁量判断を尊重する余地があることにも鑑みると、契約社員Bに対し、正社員と同一の基準に基づいて算定した額の4分の1に相当する額を超えて退職金を支給しなくとも、不合理であるとまで評価することができるものとはいえないとした原審の判断をあえて破棄するには及ばないものと考える。」
5.判旨の意義
① 序
本件は、同日に出された大阪医科薬科大学事件判決と共通の判断内容が目立ち、最高裁として、有期雇用労働者と無期雇用労働者との間の賞与、退職金等重要な賃金項目に関する相違が不合理と認め得る場合に関し、一定の統一的な考えを示す意図があったことがうかがえる。しかし、実は本件と大阪医科薬科大学事件判決の内容と意義はかなり異なり、むしろ本件では実質的には使用者側が完勝とまでは言えない内容を有している。とりわけ本件では、5人の裁判官のうち宇賀克也裁判官が反対意見を示し、他にも2人の裁判官が労働者側にかなり配慮した補足意見を示している点には十分な注意が必要であるし、多数意見の内容の説得力も、大阪医科薬科大学事件に比して必ずしも万全とは言えない。以下ではこうした点を踏まえながら、本件判旨の意義を簡潔に記すこととする。
② 退職金に関する不合理性認定の可能性
最高裁の判断は、多数意見のほか、反対意見1名、補足意見2名が出ており、大阪医科薬科大学事件が全員一致の結論であったのに比べるとかなり微妙な事案であったと言える。
まず多数意見については、大阪医科薬科大学事件判決と同様の一般論として、退職金であっても不合理性が認められることが十分あり得るという原則をはじめに明記している点が注目される。本件の場合のように当該労働条件の相違の根拠自体には十分な合理的理由が認められなくても、経営政策として常軌を逸しているというほどでないという事態は、「合理的ではないが不合理とは認められない」恰好の具体例と位置づけることも可能であったにも関わらずあえてこのような一般論が示されたという点も両判決で共通しており、仮に当該労働条件の相違自体には全く合理的理由が認められないが長期雇用インセンティブに代表される「経営政策」に社会通念を逸脱しているような点がない限り不合理性を認めない、ということになると、およそ本給や賞与、退職金等について不合理性を認め得る可能性は皆無に等しくなり、非正規労働者と正規労働者との処遇の均衡という政策目標は画餅に帰するという最高裁のメッセージは一貫していると言えよう。
③ 具体的判断の特徴
まず多数意見については、以下の三点が重要である。
第一に、最高裁は、原審まで争いの対象となっていたXらと比較対照されるべき正社員として、正社員全体ではなく、売店業務に従事する正社員を特定しており、この点の最高裁としての判断を明確にしている。すなわち判旨②、③において最高裁は、いずれも、労契法旧20条の不合理性判断の三要素(「職務の内容」、「変更の範囲」、「その他の事情」)の判断のいずれについても、「売店業務に従事する正社員」とXらとの比較をしており、正社員全体を比較対象とすべきとのYの主張を排除している。この点が重要なのは、これまでも不合理性判断にあたって当該有期雇用労働者と比較対象になるのは使用者を同じくする無期雇用労働者全体なのか特定のグループ・範囲なのかが頻繁に争点となっており、労働者側が主張する「比較対象となり得る特定の無期雇用労働者」が否定されることも少なくなかったからである。今回最高裁は、大阪医科薬科大学事件において比較対象労働者を正職員全体とするとした原審の判断を否定して「教室事務に従事する正職員」に限定したが、本件でも、売店業務に従事する正社員との比較を明記したことで、今後のパ有法8条の適用に関し、当該有期・パートタイム労働者との比較対象となる正規労働者の範囲の決定に影響を及ぼすことが考えられる。
第二に、「その他の事情」について最高裁は、原審とはかなり異なる判断を示している。原審が明確に「その他の事情」として挙げていたのは、売店業務に従事する正社員が実際上は売店業務以外の業務への配置転換がされることなく定年まで売店業務のみに従事して退職することになっている事実につき、互助会から移籍してきた者が一定割合を占めていて、契約社員に切り替えたり労働条件を切り下げたりできなかったことや労使交渉もあったためでやむを得ない(したがって、これらの者とXらの労働条件に相違があることがただちに不合理とは言えない)ことであったが、退職金については、Xらにも65歳定年制が設けられて実際にそれまで10年以上も勤務していることや、同じく売店業務に従事している契約社員Aは、平成28年4月に職種限定社員に名称変更された際に無期契約労働者となるとともに、退職金制度が設けられたことなどの事情を挙げ、労使間の交渉や経営判断の尊重を考慮に入れても、Xらのような長期間勤務を継続した契約社員Bにも全く退職金の支給を認めないという点において不合理であるとの判断に結び付けており、これらの点も実質的に、Xらに有利な「その他の事情」と位置づけることが可能であった。しかし最高裁は、高裁が重視したこれらの点ではなく、売店業務に従事する正社員について他の正社員と異なる職務の内容や変更の範囲がみられることをYの組織再編等に起因する事情が存在したためであってやむを得ないものとするほか、契約社員A及び正社員へ段階的に職種を変更するための開かれた試験による登用制度が設けられていることを、Y側に有利な「その他の事情」として挙げている。長澤運輸事件(最判平30.6.1WestlawJapan文献番号2018WLJPCA06019001)によれば、「その他の事情」は、職務の内容、変更の範囲という明示された二つの判断要素とは独立に検討されるべきものであるから、この点で最高裁が原審とは異なるアプローチをとったことに判断枠組みとして問題があるとは言えない。しかし、まさにこの点における原審と最高裁との相違が、結論を分ける最も重要なポイントとなったことは疑えない。
第三に、原審が「不合理」と認めたのは、正社員とXらとの間の退職金の支給の「差」ではなく、Xらに退職金を「全く支給しない」ことであった。そのため原審は、功労報償の性格を有する部分に係る退職金は、退職金の複合的な性格を考慮しても、正社員と同一の基準に基づいて算定した額の少なくとも4分の1はこれに相当すると認められるとして、損害額も正社員に支給されていた全額ではなくその4分の1としていた。しかし最高裁は、判旨に縷々述べられた理由を根拠として、「全く支給しない」ことを結論として不合理ではないとした。もっとも、判旨はこれを「両者の間に退職金の支給の有無に係る労働条件の相違があることは、不合理であるとまで評価することができるものとはいえない。」と表現し、「全く支給していない」ことを「係る労働条件の相違」に解消しており、この点は、最高裁が、非正規労働者には退職金を全く支給しなくてもよいという一般的な考えを有しているわけではなく、本件は、退職金がゼロであったとしてもなお不合理とは言えなかったと判断できる事案であったということを示したものととらえることができるという点で、賞与を全く支給しなかった使用者側の措置を「不合理」としなかった大阪医科薬科大学事件判決と共通するが、本件判旨についてはその妥当性に疑念を表せざるを得ない。すなわち、宇賀反対意見が強調するように、Xら2名はいずれも10年以上も継続勤務し、定年をもって退職しており、正社員より契約社員Bの方が長期間にわたり勤務することもあるという事情の下で、功労報償という退職金の趣旨がXらに全く反映しないということの不合理性を否定するのはかなり困難である。この点は、大阪医科薬科大学事件の検討対象が賞与であったことと著しく異なることに留意が必要であろう。賞与は、今後も就労を継続することを前提とした「勤続奨励」やモチベーションの喚起という趣旨が強く、功労報償という趣旨が中心となることは一般的ではない。したがって、必ずしも長期雇用が見込まれず、実際に数年の短期で退職した有期雇用労働者に対して支給されない措置を「必ずしも不合理とは言えない」とする判断を明らかに不適切とみなすことは容易ではないであろう。しかし、退職金はまさに就労期間が終わり、過去の就労全体を対象として支給される性質の給付であって、長年の功労に対する報償はまさにその中心的な趣旨であることが通常であろう。そうすると、本件のように有期雇用労働者であっても原則として期間更新により就労の継続が予定され、定年まで勤めあげることも一般的であるような場合に、実際に10年以上勤めあげて定年退職した労働者の功労を否定することはきわめて困難であると言える。
他方で、宇賀反対意見と多数意見は、事実関係の評価にかなりの相違がある点にも注意が必要である。Xら契約社員Bと売店業務に従事する正社員との職務の内容等につき、多数意見は一定の相違があったと評価し、宇賀反対意見は「大きな相違はない」としている。この点は、労契法旧20条における不合理性判断の重要な要素に係る判断の相違であり、結論の分岐点とも言えようが、退職金支給の趣旨に功労報償が含まれていることが明らかである場合には、本件のように有期雇用労働者であっても長期間の就労や定年までの勤務が一般的であるという事情を「その他の事情」として重視するならば、宇賀反対意見の方により説得力があることは否めない。その意味では、やはり「その他の事情」の扱いが非常に大きな意味を有する事案であったと言える。
6.展望
本件が今後の同種事案にどのような影響をもたらし得るかについては、まず、補足意見に示された二人の林裁判官の考えが一つの参考となる。補足意見は、結論としては多数意見に賛同したうえで、退職金を有期雇用労働者にも支給できるための条件の整備を促しており、これを特に補足意見として明示したのは、有期雇用労働者であっても退職金が支給されるべきことについては自分たちも積極的な考えを有しているとのメッセージを発するためであろう。つまり、宇賀反対意見とともに、本件において退職金が全く支払われないという措置は、そのままで問題ないわけではないとする見解が、実は本法廷の裁判官の多数(5人中3人)を占めているのであって、本判決をもって「使用者側の勝利」とみなすことは必ずしも妥当ではない。
また、同日に出された今回の最高裁の二判決は、労契法旧20条のもとでの判断であるから、これが削除されて、パートタイム労働者とともに改めて労働条件の相違に関する不合理性を禁止したパ有法8条に解消されたことで、今後にどのような影響をもたらすかは注視する必要があろう。同条に盛り込まれた新しい内容は、第一に、不合理性判断は賃金全体を総合的に判断するのではなく、基本給、賞与、各手当等をそれぞれ個別に検討するとのルールが明記されたことであり、第二に、判断要素として労契法旧20条では「業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情」とのみ記載されていた内容を、「業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情のうち、当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるもの」と明確にしたことである。ここからは、賞与なり退職金なりの、経営政策上長期雇用インセンティブを最も反映させやすい賃金項目であっても、それだけでは賞与や退職金制度自体の不合理性を否定する決定的理由にはなり得ず、それぞれの「適切さ」が問われることとなり、賞与なり退職金なりについても、固有の事情が慎重に検討されるべきことが導かれよう。そうすると、本件のように、「正社員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどの目的から、様々な部署等で継続的に就労することが期待される正社員に対し退職金を支給する」といった退職金の趣旨も、それだけで不合理性を否定されるわけではなく、右趣旨にも関わらず場合によっては正社員より長期にわたって定着し、比較対象となる正社員と職務の内容等に決定的な相違はみられないという場合には、まさにその適切さが問われることとなる。また、今後は特に、非正規労働者に対する処遇についての使用者の説明責任が重視されることとなる(パ有法14条)が、その説明が不十分ないし不適切であった場合にはパ有法8条の意味での適切さの評価に反映することは否めず、今後の類似の事案については、労契法旧20条とは異なり、むしろ使用者側に実質的な立証の負担が課されることも想定される。その意味では、本判決は、大阪医科薬科大学事件判決とともに、労契法旧20条に対するレクイエムとして、またパ有法8条への露払いとして位置づけられるかもしれない。
(掲載日 2020年10月20日)