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今週の判例コラム

 

第315号 参議院議員通常選挙(令和4年施行)をめぐる「1票の較差」訴訟  

~最高裁大法廷令和5年10月18日判決※1

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文献番号 2024WLJCC009
広島大学法科大学院 教授
新井 誠

Ⅰ 事実の概要
 令和4年7月10日施行の参議院議員通常選挙(以下「本件選挙」という。)につき、東京都選挙区及び神奈川県選挙区の選挙人らが、公職選挙法14条、別表第3の参議院(選挙区選出)議員の議員定数配分規定(以下「本件定数配分規定」という。)等が日本国憲法(以下「憲法」という。)に違反し無効であるとし、あわせて、これに基づき行われた本件選挙の上記各選挙区選挙も無効であると主張して提起したのが、本件選挙無効訴訟である。
 これについて東京高裁※2は、本件定数配分規定が憲法に違反するとはいえないとして、原告である選挙人らの請求を棄却した。これを不服として同選挙人らが上告した。本判決は、その上告審判決(令和5年(行ツ)第54 号)である※3

Ⅱ 判決の要旨※4
 請求棄却(本件選挙における選挙区間における投票価値の不均衡は、違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態にあったとはいえず、本件議員定数配分規定等が憲法に違反するとはいえない)。

【憲法違反とするための判断枠組み】
 判断の前提となる基本的な判断枠組みは、「最高裁昭和54年(行ツ)第65号同58年4月27日大法廷判決・・・・・・以降の参議院議員(地方選出議員ないし選挙区選出議員)選挙に関する累次の大法廷判決の趣旨とするところであり」、「これを変更する必要は認められない」。

【選挙事項法定主義の下での二院制】
 憲法46条等の「趣旨は、立法を始めとする多くの事柄について参議院にも衆議院とほぼ等しい権限を与えつつ、参議院議員の任期をより長期とすること等によって、多角的かつ長期的な視点からの民意を反映させ、衆議院との権限の抑制、均衡を図り、国政の運営の安定性、継続性を確保しようとしたものと解される。そして、いかなる具体的な選挙制度によって、上記の憲法の趣旨を実現し、投票価値の平等の要請と調和させていくかは、二院制の下における参議院の性格や機能及び衆議院との異同をどのように位置付け、これをそれぞれの選挙制度にいかに反映させていくかという点を含め、国会の合理的な裁量に委ねられており、参議院議員につき衆議院議員とは異なる選挙制度を採用し、国民各層の多様な意見を反映させて、参議院に衆議院と異なる独自の機能を発揮させようとすることも、選挙制度の仕組みを定めるに当たって国会に委ねられた裁量権の合理的行使として是認し得る」。
 「具体的な選挙制度の仕組みを決定するに当たり、一定の地域の住民の意思を集約的に反映させるという意義ないし機能を加味する観点から、政治的に一つのまとまりを有する単位である都道府県の意義や実体等を一つの要素として考慮すること自体が否定されるべきものであるとはいえず、投票価値の平等の要請との調和が保たれる限りにおいて、このような要素を踏まえた選挙制度を構築することが直ちに国会の合理的な裁量を超えるものとは解されない」。

【参議院の役割の変遷と投票価値の平等の要請との関係】
 「参議院議員の選挙制度と衆議院議員の選挙制度は、選出方法等に係るこれまでの変遷を経て同質的なものとなってきているところ、衆議院議員選挙については、投票価値の平等の要請に対する制度的な配慮として、選挙区間の人口の較差が2倍未満となるようにする旨の区割りの基準が定められ、少なくとも長期間にわたり2倍以上の較差が放置されることはないような措置が講じられている」。「急速に変化する社会の情勢の下で、議員の長い任期を背景に、国政の運営における参議院の役割は大きなものとなってきている」。「二院制に係る憲法の趣旨や、半数改選などの参議院の議員定数配分に当たり考慮を要する固有の要素を勘案しても、参議院議員選挙について直ちに投票価値の平等の要請が後退してもよいと解すべき理由は見いだし難い。したがって、立法府においては、今後も不断に人口変動が生ずることが見込まれる中で、較差の更なる是正を図るとともに、これを再び拡大させずに持続していくために必要となる方策等について議論し、取組を進めることが引き続き求められているというべきである(令和2年大法廷判決参照)」。

【最大較差の推移】
 「本件選挙までの間、令和3年に設置された参議院改革協議会等において、参議院議員の選挙制度の改革につき、各会派の間で一定の議論がされたものの、較差の更なる是正のための法改正の見通しが立つに至っていないのはもとより、その実現に向けた具体的な検討が進展しているともいい難い」。「しかしながら、4県2合区を導入すること等を内容とする平成27年改正により、数十年間にもわたり5倍前後で推移してきた選挙区間の最大較差は3倍程度まで縮小し、平成24年大法廷判決等で指摘された著しい不平等状態はひとまず解消されたところ、同改正がされてから本件選挙までの約7年間、同改正後の定数配分規定及び本件定数配分規定の下で上記の合区は維持され、選挙区間の最大較差は3倍程度で推移しており、有意な拡大傾向にあるともいえない」。

【合区をめぐる問題】
 「立法府においては、較差の更なる是正を図る観点から、都道府県より広域の選挙区を設けるなどの方策について議論がされてきたところであり、こうした方策によって都道府県を各選挙区の単位とする現行の選挙制度の仕組みを更に見直すことも考えられる。もっとも、合区の導入後に、その対象となった4県において、投票率の低下や無効投票率の上昇が続けてみられること等を勘案すると、有権者において、都道府県ごとに地域の実情に通じた国会議員を選出するとの考え方がなお強く、これが選挙に対する関心や投票行動に影響を与えていることがうかがわれる。このような状況は、上記の仕組みを更に見直すに当たり、代表民主制の下で国民の利害や意見を公正かつ効果的に国政に反映させる観点から慎重に検討すべき課題があることを示唆するものと考えられる。加えて、立法府においては、較差の更なる是正をめぐって、参議院の議員定数の見直しなどの方策についても議論がされてきたが、こうした方策を採ることにも様々な制約が想定される」。

【国会の努力をめぐる具体的評価】
 「立法府が上記是正に向けた取組を進めていくには、更に議論を積み重ねる中で種々の方策の実効性や課題等を慎重に見極めつつ、広く国民の理解も得ていく必要があると考えられ、合理的な成案に達するにはなお一定の時間を要することが見込まれる」。「以上に述べたような状況の下、立法府が、参議院議員の選挙制度の改革に向けた議論を継続する中で、較差の拡大の防止等にも配慮して4県2合区を含む本件定数配分規定を維持したという経緯に鑑みれば、立法府が、較差の更なる是正を図るとともに、これを再び拡大させずに持続していくための具体的な方策を新たに講ずるに至らなかったことを考慮しても、本件選挙当時の選挙区間の最大較差が示す投票価値の不均衡が、憲法の投票価値の平等の要求に反するものであったということはできない」。

【今後への期待】
 「これまで人口の都市部への集中が生じており、今後も不断に人口変動が生ずることが見込まれるところ、国民の利害や意見を公正かつ効果的に国政に反映させる選挙制度が民主政治の基盤であり、投票価値の平等が憲法上の要請であること等を考慮すると、較差の更なる是正を図ること等は喫緊の課題というべきである。立法府において議論がされてきた・・・・・・方策に課題や制約があり、事柄の性質上慎重な考慮を要するにせよ、立法府においては、より適切な民意の反映が可能となるよう、社会の情勢の変化や上記課題等をも踏まえながら、現行の選挙制度の仕組みの抜本的な見直しも含め、較差の更なる是正等の方策について具体的に検討した上で、広く国民の理解も得られるような立法的措置を講じていくことが求められる」。

Ⅲ 検討
1.はじめに

 国政選挙の選挙区選挙をめぐっては、従前に比べれば1票あたりの投票価値の重さをめぐる選挙区間(最大)較差は衆参ともに縮まっているものの、なおも一定の較差がある。そこで衆議院総選挙、あるいは参議院通常選挙が施行された後には、全国規模で1票の較差是正を求める選挙無効訴訟が各地の高裁に提起されている。これを受けて各地の高裁が一定の判断を行うが、各高裁判決はほとんどの場合に上告され、これに対する最高裁判決が示される流れが、長いこと続いている。
 1票の較差をめぐっては、衆参両議院議員ともに「全国民の代表」(憲法43条)であり、その代表としての性格が憲法の文言上異なって示されていないことからも、両院の選挙区選挙ともに投票価値の平等を厳格に確保して選挙を実施することが平等選挙原則(憲法14条1項)に適うものであるという理解も根強い。他方で、憲法における両院制では、特に上院としての参議院については、衆参間の権限関係の非対等性を適切に捉え、衆議院とは別の組織原理を働かせるべきではないか、という問題意識も見られる※5。こうしたことも背景にあるのか、(本判決を含む)最高裁の判断でも、両院制に関する「憲法の趣旨を実現し、投票価値の平等の要請と調和させていくかは、二院制の下における参議院の性格や機能及び衆議院との異同をどのように位置付け、これをそれぞれの選挙制度にいかに反映させていくかという点を含め、国会の合理的な裁量に委ねられて」いるとするなど、「参議院の特殊性」をどのように評価すべきなのかといったことが、とりわけ参議院議員選挙の1票の較差をめぐって議論されることが多く、そこに衆議院議員選挙をめぐる同様の訴訟における判例ロジックとの違いが生じる。

2.都道府県選挙区をめぐる最高裁の態度と「合区選挙区」の導入、そしてその後
 最高裁は、参議院議員選挙区選挙をめぐる1票の較差の合憲性を審査する際の判断枠組みとして昭和58年判決※6のそれを踏襲している。そうではあるものの最高裁は、参議院議員選挙区選挙の1票の較差をめぐっては、人口変動等の影響により、許される1票の較差には限度があることを強く示すようになり、その傾向が2000年代以降に強まる。とりわけ参議院議員選挙区を都道府県選挙区として定数配分をすると最大較差が5倍程度となることから、たとえば最高裁平成21年判決※7は「各選挙区の定数を各選挙区の定数を振り替える措置によるだけでは、最大較差の大幅な縮小を図ることは困難措置によるだけでは、最大較差の大幅な縮小を図ることは困難」との評価をするに至った。その後、都道府県選挙区について「これを参議院議員の選挙区の単位としなければならないという憲法上の要請はな」い(最高裁平成24年判決※8)としたり、「都道府県の意義や実体等をもって」(都道府県単位の選挙区を前提とする)「選挙制度の仕組みの合理性を基礎付けるには足りなくなっている」(最高裁平成26年判決※9)としたりするなど、踏み込んだ考え方を示すようになった。こうしたことを受けて国会側は、都道府県のうち、鳥取県・島根県、徳島県・高知県のそれぞれ2県をひとつの選挙区とする、いわゆる「合区選挙区」を導入することとし(平成27年公職選挙法改正※10)、現在に至る。これにより最大較差が3倍程度と縮減した。
 もっとも、合区対象となった県の住民等を始めとして、一部人口少数県における合区導入への様々な反発が見られるようになった。そこで最高裁も、以上の諸判決の表現に対する「弁明」を余儀なくされる。たとえば、平成27年公職選挙法改正以降に実施された参議院議員通常選挙をめぐる同様の1票の較差訴訟で最高裁は、「各選挙区の区域を定めるに当たり、都道府県という単位を用いること自体を不合理なものとして許されないとしたものではない」(最高裁平成29年判決※11)とするなど、都道府県単位の選挙区設置を消極的に捉えていた平成24・26年の各判決の印象とは異なる※12。平成29年判決以降、最高裁は、1票の較差が広がりすぎることへの警戒を示しつつ、「合区選挙区」問題に対するセンシティブな対応を迫られることになっている(その後に示された最高裁令和2年判決※13も同様)。
 本判決でも、「合区の導入後に、その対象となった4県において、投票率の低下や無効投票率の上昇が続けてみられること等を勘案すると、有権者において、都道府県ごとに地域の実情に通じた国会議員を選出するとの考え方がなお強く、これが選挙に対する関心や投票行動に影響を与えていることがうかがわれる」として、投票行動をめぐる歪みの存在を認定したことに注意したい。続けて最高裁は、「このような状況は、上記の仕組みを更に見直すに当たり、代表民主制の下で国民の利害や意見を公正かつ効果的に国政に反映させる観点から慎重に検討すべき課題があることを示唆する」ともしており、合区が「国民の利害や意見を公正かつ効果的に国政に反映させる観点」からのハザードになる可能性があることを示唆している。

3.本判決の注目点
 こうしたなかで、本判決の一般的な注目点をまとめると、次のようなことになろう。すなわち、①平成27年公職選挙法改正によってそれまでの5倍程度から3倍程度へと較差が縮減され、その状態がある程度維持されていること。②最高裁としては、国会における改革はそれほど進んでおらず、引き続き投票価値の平等の確保に向けた努力を期待するとしても、合区問題等を抱えているなかでは、やや手詰まり状態であるということを認識しており、そうしたなかで、多くの人が納得する成案とするにはまだ時間がかかるであろうこと。③合区が問題であるからといって、この間、それを止めてまた全て都道府県選挙区に戻すことをしていないことも考えると、較差をあえて広げるような施策も採っていないこと。④以上から、現状の較差については違憲状態であるともいえないとの判断をするに至ったこと。
 本判決をめぐっては、参議院議員選挙の場合、合区導入以降、国会における検証も大きな変化を見せていないなかで、今後どの程度まで検証をしなければ違憲になるといった指針も示さないまま、いつまで投票価値の平等の確保をめぐる国会の不作為に「合理性」を与え続けるのか、といったような批判的見方もできなくはない。しかし、この問題には、最高裁がかつて示唆した「都道府県選挙区不合理論」に国会が一部応答して導入した合区制度が、対象となった人々の投票行動にも影響を与える事態を引き起こしてしまったこと自体につき、どのように落とし前をつけるのかという視点からの(ボールを投げた側の)最高裁の自省の念が絡んでいるように思われる。そうであるからこそ、現状において、最高裁が、より慎重に判断を示しているのではないかと私は考える。あわせて、人口少数地域の国民に政治的無関心を誘うような制度が維持されていることについては「公正かつ効果的」な代表形成の視点から、やはり相当な問題があることを本判決が示しているように見えることに、もっと向き合うべきではないか。そうした意味において、本判決は、1票の較差問題に限らない、日本の選挙制度の歪みを考えるうえでのひとつの材料となっている。


(掲載日 2024年4月15日)



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