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判例コラム
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第3回 知的財産法と不法行為

北海道大学法学研究科教授 田村 善之

特許法、商標法、著作権法、不正競争防止法等の個別の知的財産法により明文で規律されていない利用行為に対して、民法709条によって不法行為が成立することがあるのかという論点がある。

従前の裁判例のなかには、一見すると広く保護を認めているかのように思われる判決もあるが、それは不正競争防止法2条1項1号の商品等主体混同行為に擬すれば足りるものや、これに準ずる多様な混同行為が問題となっているもの、あるいは、不当廉売、契約締結上の信義則違反などの法理により処理されているものである。純粋に模倣行為であることを理由として不法行為の成立を認めた裁判例は、保護に欠缺があることが指摘されていた書体(いずれも傍論ながら、大阪地判平成元.3.8無体集21巻1号93頁[写植機用文字書体]、大阪地判平成9.6.24判タ956号267頁[ゴナU]、大阪高判平成10.7.17民集54巻7号2562頁参照[同2審])、網羅型データ・ベースの利用行為(東京地判平成13.5.25判時1774号132頁[スーパーフロントマン中間判決])、あるいは、インセンティヴに不足があることが明らかな商品形態のデッド・コピーの事例(東京高判平成3.12.17知裁集23巻3号808頁[木目化粧紙2審]、大阪地判平成8.12.24判不競224 ノ320頁[断熱壁パネル])に止まっていた。

ところが、最近になって知財高裁第4部が相次いでより積極的に不法行為を肯定する判決を下し、注目を集めている(いずれも現在は第1部に所属する塚原朋一裁判長担当の事件)。
一つは、新聞社が提供するネット上のニュース速報の見出し記事を模倣した見出しをネットに掲載する行為に対して、ありふれた表現であり著作物性がないことを理由に著作権侵害を否定しつつ、不法行為該当性を認めた知財高判平成17.10.6平成17(ネ)10049[ライントピックス]、もう一つが、企画や構成が類似している書籍について、創作的表現とはいえないところが似ているに過ぎないことを理由に著作権侵害を否定しつつ、やはり不法行為該当性を肯定した知財高判平成18.3.15平成17(ネ)10095等[通勤大学法律コース]である。

たしかに、民法709条の「権利又は法律上保護される利益」として保護されるためには、個別の知的財産法の条文で権利として定められている必要はないという通説的な解釈を前提とすると、個別の知的財産法で認められていない知的財産権を司法により創設することは不可能ではない。しかし、企業の利益などのように組織化されやすい者の利益の保護が問題となっているのであれば、早晩、政策形成過程に反映され、立法による解決が図られることになる。

知的財産権を創設することにより社会の厚生が改善するかという判断を裁判体がどの程度なしうるのかということや、そもそもそのような判断が一般に困難であるとすればことは政治的な責任のとり方の問題に帰着することに鑑みると、知的財産権を創設する方向の作業は立法の決定に任せるか、あるいは自由放任という形で市場に委ねておくことを原則とし、司法による保護の創設には、慎重であって然るべきである。司法による介入が許されるのは、例外的に、問題のフリー・ライドを放置しておくと、創作のインセンティヴが過度に不足し、必要となる成果の供給が過度に不足するということが裁判所にとって明らかな場合に限られると考えるべきであろう(詳しくは、田村善之「知的財産権と不法行為」同編『新世代知的財産法政策学の創成』(2008年・有斐閣)を参照)。

(掲載日 2008年3月31日)

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