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東海大学法学部教授
西山 由美
租税は、戦争の副産物といえる。14世紀の百年戦争における人頭税しかり、18世紀末のナポレオン戦争における所得税しかり。消費税もまた、第一次世界大戦の戦費調達のために導入されたものである。たとえばドイツでは敗戦直前の1918年7月、売上税法案が議会であわただしく可決された。戦時中ということで、「消費税」や「付加価値税」といったアングロサクソン的な名称を避け、ゲルマン的な「売上税」(Umsatzsteuer)という名称を採用したらしい。この法律案の起草者で「売上税の父」と呼ばれるヨハネス・ポーピッツは、その後プロイセンの国務大臣まで務めたが、ナチス政権下でその人種政策に反対し、やがてヒトラー暗殺計画に加担したかどで死刑に処せられた。
このように戦争の暗い影を引きずる消費税とはいえ、それでも“Steuer in Not”(「困ったときの頼みの税」の意)である。なぜなら、所得税と比べて景気の変動が相対的に少なく、子どもからお年寄りまで広い年齢層が税を負担してくれるし、諸政策との関連から税率引き上げが難しい所得税や法人税に比べて、消費税率の引き上げは比較的実行しやすいからである。年金財源問題を抱えるわが国においても、消費税は「頼みの綱」といえる。
しかし税率ばかりに目を奪われて、消費税の制度自体の問題が見逃されてはいないだろうか。たとえば消費税の滞納税率がきわめて高いことは、単に納税者のモラルの問題であろうか。最新の国税庁統計資料によれば、平成18年度の消費税・新規滞納税額は3964億円、全新規滞納税額の44パーセントを占め、全税目の中で最も多い。納税義務者である事業者が、消費者から預かった消費税をいざ納税するとき、それが手もとにないという状況については、申告納税方法の再検討が必要である。たとえばEU諸国では毎月申告を原則としているが、そのために簡素な申告手続の構築がはかられている。一部加盟国では、官製ソフトの無償提供などを整備したうえで、消費税の電子申告を義務づけている。このような申告納税の簡素化・電子化は、制度の信頼性・透明性を高めるであろう。
そのほか、現行制度における「帳簿保存」も再検討の余地があると思われる。課税事業者には帳簿の備付けが義務付けられ、仕入税額控除に際しては請求書等とともにこれを保存しなければならない。しかし税務調査における法人税との同時調査とあわせて、納税者心理として、消費税申告と法人税申告が過度に連動してしまう。日本に慣行がないことから導入がむずかしいとされるインボイスではあるが、消費税は消費税として「淡々と申告納税」という観点からは、効用は大きいと思われる。
消費税は事業者にとって扱いやすく、そして消費者にとって信頼できる制度とならなければ、末永く頼もしい基幹税とはなりえない。良い租税のみが長く残る、ということは人頭税の歴史が語るところである。
(掲載日 2008年6月9日)