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早稲田大学大学院法務研究科教授・弁護士
道垣内 正人
ある夏の1か月間、スコットランドのアバディーンという町で過ごしたことがある。日本ではきちんと読む時間をとることができなかった資料を大量に持ち込んで、毎日それを読んで整理する研究者としては理想的な時を過ごした。彼の地の夏は毎日同じで、TVの天気予報には、毎日、雨粒と雲と太陽がセットになった絵が使われていた。すなわち、朝は霧に包まれ、場合によっては霧雨が降り、それが徐々に晴れ、午後になるとすばらしい陽光をエンジョイすることができるのである。
さて、スコットランドの夏では毎日経験できる霧が晴れる一瞬が、法律の世界に訪れることはあまりない。その稀有な例が「裁判権免除」をめぐって生じている。かつては、各国とも、外国国家は他の国の裁判に被告として服することはないという絶対免除主義が採用されていた。日本でも、大審院昭和3年12月28日決定はこの考え方を明示し、中華民国公使が振り出した手形の支払いを同国に求める訴えを却下したものであった。しかし、徐々に、国家が商業的活動に従事している場合等を例外とする制限免除主義に移行していき、日本も最高裁平成18年7月21日判決により、上記の大審院決定を変更し、パキスタンを被告とする売掛代金を元本とする準金銭消費貸借契約に基づく請求を認めた。そのような判例変更と並行して、日本政府は、「国及びその財産の裁判権の免除に関する国際連合条約」に平成19年1月に署名し、現在、この批准案件とともに国会に提出予定の国内実施法の作成を目指して法制審議会での審議が行われている。
このように、裁判権免除という霧が晴れてくると、裁判を行った場合の問題が見えてくるようになる。たとえば、この条約の12条によれば、外国の作為・不作為により日本で死亡・身体傷害・財産損害等が生じた場合には、その損害賠償を求める訴えについてはその外国は裁判権免除を享受できないとされている。そうすると、その際にどこの国の法を適用するのかが問題となってくる。その外国の国家賠償法なのか、それとも、国際私法の通常のルールにより、加害行為の結果が発生した地である日本法によるのかである。一般に、外国が日本において公権力行使を行うことはないので、非権力的な行為による損害についてであれば、通常の不法行為として準拠法を定めればよいであろう。大使館の外塀が歩道に倒れて通行人が怪我をしたような場合も同様でよいであろう。しかし、では、大使を乗せて日本の外務省に公務で向かう車が起こした交通事故についてはどのように扱われるであろうか。外国の元首を警護する当該外国の公務員が誤って日本人に危害を加えた場合はどうであろうか。
このように、これまであり得ないとされていたために、突っ込んで考えてこなかった法的問題が、霧が晴れて見えてくるようになると、法律家の新たなチャレンジが始まることになる。この分野では、今後、想定されていなかった問題が次々と現れてくることであろう。
(掲載日 2008年12月22日)
年末年始につき、次回のコラムは1月5日(月)に更新いたします。