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北海道大学法学研究科教授
田村 善之
時節柄というわけでもないが、北朝鮮を本国とする著作物の著作権侵害が問題となった知財高判平成20.12.24平成20(ネ)10012[朝鮮映画輸出入社対日本テレビ2審]、知財高判平成20.12.24平成20(ネ)10011[朝鮮映画輸出入社対フジテレビ2審]は、極めて興味深い法律問題を投げかけている。
事案は、北朝鮮の文化省傘下の行政機関X1と、当該機関から日本国内における独占的な上映、複製、頒布を許諾された日本法人の有限会社で映画や映像関連の業務を行っているX2が原告となって、X1が(少なくとも北朝鮮では)著作権を有する映画「司令部を遠く離れて」(対フジテレFビ事件)ないし「密告027」(対日本テレビ事件)が、それぞれフジテレビのニュース番組「スーパーニュース」ないし日本テレビのニュース番組「ニュースプラス1」に原告らに無断で約2分余り放映されたことを理由に、著作権侵害訴訟を提起したというものである。北朝鮮は2003年にベルヌ条約に加盟しているが、日本は北朝鮮を国として承認していないので、未承認国同士が一つの条約に加盟した場合に、条約上の義務を負うのかということが問題となった。
原審の東京地判平成19.12.14平成18(ワ)6062[対フジテレビ1審]、東京地判裁平成19.12.14平成18(ワ)5640[対日本テレビ2審]は、いずれも、「北朝鮮が国家間の権利義務を定める多数国間条約に加入したとしても,我が国と北朝鮮との間に当該条約に基づく権利義務関係は基本的に生じない」ことを理由に、日本は北朝鮮に対してベルヌ条約上の保護義務を負うことはなく、ゆえに本件の各映画は日本の著作権法6条3項にいう「条約によりわが国が保護の義務を負う著作物」旨を明らかにした。控訴審も、この点に関しては、原審の判断を是認している(別途、不法行為の成立を認めた点については後述する)。
国家の承認の法的性質論については国際法学上議論があるが、この問題はむしろ両国が加盟した条約の規定の趣旨に従って決めるべきものであろう。たとえば、関連会議の定足数や多数決の算定方式や,必要とされる各国の分担金の算定など,国家承認に係らしめると取扱いが確定しない事項については、未承認国間にも当該関連条項の効力が及ぶと解することが、条約の規定の趣旨に適う。この他にも、普遍的な人権に関わる事項,安全保障に関わる事項などは、やはり条約の趣旨解釈として、国家承認の有無とは無関係に適用されるべきものであろう。
ベルヌ条約は,同盟国の国民(同盟国に常居所を有する者を含む)を著作者とする著作物(3条(1)(a)・(2)),非同盟国の国民著作者とする著作物であって同盟国で最初に発行された著作物について発行者に権利を与えている(3条(1)(b))。ここで肝要なことは,国家とは無関係に著作者の著作物を保護する普遍主義は採用されていないということである。非同盟国の国民は普遍的に保護されているわけではなく,最初の発行地が同盟国であることが要求されているわけであるが、これは,同盟国において著作物が発行されれば,そこには同盟国になにがしかの経済的な利害が生じているはずであるので,これを保護しようとしたのである。 さらに,こうした条件を設定する際には,非同盟国の条約への加盟を推進するにはどの程度の保護にとどめておくべきかという考慮が働いており,ベルヌ条約の著作者に与える保護が普遍的な自然権としての著作権の保護を目的とするものではなく,政策的なものであることの一つの顕れであるといえよう。
したがって,ベルヌ条約は前国家的な権利として普遍的な著作権を肯認することを要求する条約ではない。そうだとすれば、ベルヌ条約をして、国家の枠組みを超えて、未承認国の国民の著作物を保護することを要求する条約であるとまで解することはできない。東京地裁も、この理を説きつつ、次のように結んでいる。「著作権の保護は、・・・ベルヌ条約の解釈上,国際社会全体において,国家の枠組みを超えた普遍的に尊重される価値を有するものとして位置付けることは困難である」。
2点、付言する。
第1点は、北朝鮮と同じく未承認国である台湾との関係について。この点に関しては、日本も加盟し、台湾も加盟しているWTOのTRIPS協定(北朝鮮は未加盟)は、「独立の関税地域」に住居を有しているか、現実かつ申請の工業上、商業上の営業所を有する自然人、法人は同協定にいう「国民」という旨を定めており(1条3注1)、この条項の解釈として,未承認国である台湾の国民の著作物も日本は条約上の保護義務を負う、というのが一般的な理解である。
第2点は、原審と同じく著作権侵害を否定した控訴審が返す刀で民法709条の一般不法行為該当性を認めたことについて。控訴審は、いずれの事件についても、次のような一般論の下、12万円(弁護士費用2万円の賠償を含む)の損害賠償請求を認容した。「著作物は人の精神的な創作物であり,多種多様なものが含まれるが,中にはその製作に相当の費用,労力,時間を要し,それ自体客観的な価値を有し,経済的な利用により収益を挙げ得るものもあることからすれば,著作権法の保護の対象とならない著作物については,一切の法的保護を受けないと解することは相当ではなく・・・,利用された著作物の客観的な価値や経済的な利用価値,その利用目的及び態様並びに利用行為の及ぼす影響等の諸事情を総合的に考慮して,当該利用行為が社会的相当性を欠くものと評価されるときは,不法行為法上違法とされる場合があると解するのが相当である」。
著作権法の保護を否定しつつ、一般不法行為の成立を認めることに(相対的にではあるが)積極的な知財高裁第4部(当時は塚原朋一裁判長)の取扱いには疑問があることについては、以前に本コラムで論じたことがあるので、詳しくはそちらを参照されたい(https://www.westlawjapan.com/column/2008/080331/)。奇しくも同じ4部(田中信義裁判長)が下した本判決に関しても、国家の承認を前提としていると解すべき現行著作権法の規律を無にすることになりかねず、疑問を抱かざるを得ないところである。
参考文献:横溝大[原判決判批]知的財産法政策学研究21号(2008年)
http://www.juris.hokudai.ac.jp/gcoe/journal/IP_vol21/21_8.pdf
(掲載日 2009年4月13日)