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東海大法学部教授
西山 由美
今月からいよいよ裁判員制度がスタートする。将来的に裁判への市民参加が刑事裁判以外にも広がるのかどうかは未知数であるが、税務裁判に市民裁判官(正式には「名誉裁判官」と呼ばれる)が参加するドイツの例を紹介したいと思う。
財政裁判所の市民裁判官は、当該裁判所管轄域内に居住または勤務する25歳以上のドイツ人であることを前提として、日本の裁判員の欠格事由や就職禁止事由と同様の制限があるほか、訴訟当事者との利害関係を考慮して、税理士や公認会計士も除外される。しかし現実には、税務裁判の専門性や技術性ゆえに、一般市民からの無作為の選抜ではなく、会社経営者、商工会議所の税務担当者など、職業を通して税務や税法との接点をもつ人たちが選ばれるようだ。市民裁判官を選ぶ選定委員会は財政裁判所に設置され、同裁判所所長、州の税務担当官僚および7名の委員によって構成され、裁判所所長が5年ごとに作成する候補者リストにもとづいて人選が行われる。
私は数年前にドイツ・ハンブルク財政裁判所において、守秘義務を誓う文書を提出したうえで、裁判官協議に参加できる幸運を得た。同裁判所では一市民裁判官が年間最大で三回ほどの審理に加わることを目安に、その選抜・補充をしているとのことであった。法廷での弁論の後、裁判官(職業裁判官三名と市民裁判官二名)は別室に移動し、裁判官協議を開始する。そのときの市民裁判官は、企業経営者(女性)と機械関連会社のエンジニア(男性)であったが、担当部の裁判長のイニシアティブのもとに、市民裁判官は率直に意見を述べ、法律や先例について不明な点は職業裁判官に質問を重ねていた。これらの質問に対して、本件担当の職業裁判官が丁寧に説明をし、かつ自らの意見も述べる。この職業裁判官は、予め判決文案を作成しているのであるが、協議内容にしたがって適宜、それに加筆・修正していく。
協議後、ひとりの職業裁判官に「職業裁判官同士なら必要のないさまざまな説明をしなければならず、煩わしくないのか」と問うたところ、「むしろ結論へのプロセスについて、自分なりの整理ができる」ということであった。同裁判所所長によれば、「市民裁判官の参加によって、判決に対する透明性と受容性が高まる」ため、「財政裁判所での判断を受け入れて、連邦財政裁判所への上訴をしないケースが多い」らしい。
職業裁判官と市民裁判官が対等に意見交換できるのは、「議論の文化」を擁するドイツ社会ならでは、と思うところもあった。市民裁判官が緊張なく協議に加われるように、裁判長が気を遣っているようにも感じられた。料理上手の裁判長は、手作りのケーキを持参し、自らお茶を入れながら協議を仕切っていたのである!
(掲載日 2009年5月11日)