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判例コラム
(旧)コラム

 

第76回 裁判情報へのオープン・アクセス

成城大学法学部教授
指宿 信

2001年、司法制度改革審議会最終意見書では判例情報の全面的な公開がうたわれたが*1、法曹人口増員(司法試験合格者問題)や法科大学院の定員問題などの陰でその不履行は十分注目を集めているとは言い難い。筆者の調べでは最高裁判決ですら公的私的判例集やデータベースを通じた2007年の公刊率は5%弱であり、全審級では1%にも満たない。未公刊判例へのアクセス問題は我が国ではまだ解決を見ていない。

このようなわが国の状況に比して、米国(連邦管轄)の場合、判決を含めたすべての裁判記録についてPACER(http://www.pacer.gov/)という公的データベースからアクセス可能である。PACERは1990年代にダイアルアップでそのサービスを始め、現在はインターネットを用いて利用できる。料金は1頁あたり8セントで、1文書の料金上限が2ドル40セントとなっているので30頁以上の文書でもそれ以上の料金はかからない。

これに対して、従前から無料での裁判情報を求める声は研究者、ジャーナリスト、NPOなどに強く、2007年11月から17の図書館とのコラボレーションにより無料でのアクセスを提供する試験的プロジェクトが始まった。利用者は参加図書館の特定端末からのみこの無料サービスが受けられることになった。ところが、このプロジェクトは2008年9月に突然停止されることになる。その理由は、アーロン・シュワルツという人物が大量のPACERコンテンツを一挙にダウンロードしたためだということが後に判明する。彼は実にPACERの全データの20分の1に当たる2000万頁もの裁判記録を入手した。

シュワルツは営利目的でこのダウンロードをおこなったのではない。彼は、公的情報である裁判記録への無料の自由なアクセスを保障する活動をおこなっているカール・マルムードの運動に共鳴し協力したのだった。マルムードは、Public.Resource.Org においてあらゆる公的情報、政府情報を自由に市民がダウンロードできる環境を提供しようとしていた。彼の活動はニューヨーク・タイムズ紙などが報じ、それまでの連邦政府によるPACERによる情報頒布の適否が論じられている最中であった。

この夏、PACER問題が膠着状態にある中で新たな動きが出てきた。それがRECAPというプロジェクトだ(http://www.recapthelaw.org/)。プリンストン大学情報技術センターから提供されたこの技術はブラウザFireFoxのプラグイン・プログラムで、ある人がPACERにアクセスしてダウンロードしたデータを共有化させるP2P型のアプリだ。つまり、PACERが有料サービスを維持していることに対する無料開放派によるITを駆使した「反撃」と言えよう。RECAPの主張は、PACERはその保有する記録をpublic recordだと称しているので著作権の保護は及ばないこと、また、PACERは料金を支払わないダウンロード行為を禁じて刑事罰の対象になると警告するがRECAPユーザーはPACERユーザーではないので抵触しないこと、にある。

このように、裁判情報へのアクセスをめぐっては「情報の自由」を何より重んじる米国でも激しい攻防が起きている。冒頭述べたように、我が国では司法改革の「お約束」のひとつであった判例情報への全面的なアクセスが実現していない。しかも、多くの団体やグループ(産業界、司法界、官庁、労働団体、市民団体など)*2もそれを実現するよう要求しているにもかかわらず、である。今後も我が国では、紙の判例集や判例雑誌による判例情報の提供に引き続き依存する時代が続くのであろうか。

なお、PACERへのアクセスには個人情報や前科前歴などの情報をどう保護すべきか、というセンシティブな問題が含まれているが、その点は別の機会に論じることにしたい。

(掲載日 2009年9月28日)

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