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成城大学法学部教授
指宿 信
本年3月、ハーグ国際私法会議は「外国法情報へのアクセスと、グローバルな手段の開発の必要性――今後の方向性をめぐって」(Accessing the content of foreign law and the need for the development of a global instrument in this area – a possible way ahead)と題するプログレス・ペーパーを刊行した(http://www.hcch.net/upload/wop/genaff_pd11a2009e.pdf )。この文書は、2008年10月にハーグで開催された各国の法情報に関する専門家を招聘して実施された専門家会議の討議を経てまとめられたものである。作成されたペーパーに先立って二つの前提文書が同時に刊行されており、①参加者/参加団体の活動やポリシーなどの紹介、②専門家会議の討議内容報告(現時点におけるオンラインでの法情報アクセス状況、外国法情報入手にあたってのアクセス障害、将来の協力体制)がある。以下ではこの討議内容と上記の「方向性」を概略したい。
専門家会議において承認された重要なアクセス障害は次の四点である。
第一に、一次法情報(いわゆる「生の情報(raw materials)」)の不足は否めず、ユーザー・フレンドリーなかたちでそうしたリソースにアクセスすることができず、法律家を含めた利用者に困難が生じていることである。特に、馴染みのない外国法制の情報取得には専門家であっても困難を伴い、オリエンテーション情報(入門的な案内)が不可欠であることが指摘された。そのため、現在進められているWorldLIIやGLINという世界的法情報ポータルの二大プロジェクトにつき更なる進化・充実というミッションの重要性も認識されている。
第二の障害は言語的障壁である。とりわけ原語からの翻訳版に対する需要が強いが、政府・非政府のいずれの提供によるにせよ、コストの問題もあって十分な量の法情報が提供されていないし、公式ではない翻訳版が多いのもネックとなっている。現在、EU法の包括的な翻訳法情報サイトEUR-Lex、GLIN、フランスのDroit Francophone、CommonLIIなどが原語版・翻訳版の提供をおこなっているものの、シソーラスの未整備な法域が多く、その数を増加させることが必要だと認識されている。
第三の障害は、法情報データの交換を容易にする枠組みと標準仕様が存在しないことである。いわゆるLII(legal information institute)のムーブメントやEUの取り組みなどで法情報へのオープン・アクセスは広がり、著作権問題はほぼ国内法のデータについてはクリアされるようになったものの、越境的な法情報利用については再利用や交換の規制が不透明なままとなっている。また、判例引用についてはユニフォーム・サイテーションといった統一的引用方式の開発が不可欠で、国際標準を規定する必要が認識されている。
第四の障害は、提供される法情報の信頼性である。電子データとして「オフィシャル」な情報が提供されていない場合も多く、紙媒体のみを「オフィシャル」としているためにたとえオンラインでアクセスできたとしても信頼性を得られないのでは安定的な利用保証につながらないことが認識されている。フランスやオーストリアのようにオフィシャル版をオンラインで提供しているのは例外的であり、現時点では、オンライン情報の場合、外国法情報についての信頼性には注意深くならざるをえない。各国分散型での法情報アクセスを維持する限りこの問題は継続するとして、世界的に統一された外国法ポータルを整備する必要も主張された。専門家会議の一致した意見としては、法情報を提供するのは国家の責任であり、オープン・フォーマットでの提供、メタ・データ技術の採用は不可避であり、効率的なアクセスを促し信頼性を得るための前提条件であるとされた。
こうした障害を乗り越えるためには、会議では三つの解決策が提示された。第一は、外国法情報アクセスのための専用サイトの構築である。特定の主要立法と判例、そして国際条約について、再利用を許容した国際的サイトを共有しようという発想だ。GLINはたしかにひとつの理想型ではあるが、バイ・ラテラル方式を採っていて法律に限定されたプロジェクトである。より包括的で拡張的な枠組みが必要ということである。第二は、条約などによって国際協力を各国の司法立法機関に義務づけ、情報を交換させるというアイディアである。第三は、法情報アクセスについてより複雑な課題を達成するための専門機関とネットワークの確立である。専門家会議は、最終的にこんにち世界中に広がっているLIIのような非政府型の団体ではなく、公的機関の創立を目指すことを推奨することになった。
そして、採るべき方向性を設定するために以下の9点のポリシーを策定した。第一は外国法情報へのアクセスの無料化、第二に再利用や転用の自由化、第三は信頼性あるオフィシャル版の提供、第四はデータの永続的な保存とアクセス機会の保障、第五はオープンなデータ仕様の保障、第六は個人情報の保護、第七は判例引用方式の共通化、第八は翻訳版の提供、第九は支援と協調の確立、である。
このように、外国法情報アクセス問題は国際機関でも喫緊の課題として受け止められており、その解決のための枠組み作りが公式に方向付けられた意義は大きい。我が国でも司法制度改革審議会の提言や経済界の要望などを受け、法令英訳プロジェクトが既に動き出している(http://www.japaneselawtranslation.go.jp/)。今後は、そうした翻訳版のオンライン提供スキーマと国際協調スキーマとの整合が問われるようになっていくはずである。その際には、本ペーパーで示されたポリシーを我が国が達成、保障できることが必要になる。また、海外法情報アクセス問題についてどのようなコミットメントが可能か、早急に検討されるべきであろう。アジア諸国に対する法整備支援などの実績のある我が国には、法情報発信の環境整備の遅れているアジア地域の途上国の支援が期待されていよう。
(掲載日 2009年12月7日)