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法律事務所オーセンス *1
弁護士 元榮 太一郎
平成23年3月24日、敷引特約の有効性について、最高裁で初の判断が示された。その内容は、近年の高等裁判所での裁判例の流れとは異なり、敷引特約を有効と判断するものであり、不動産業界などに大きな波紋を呼んだ。
「敷引特約」とは賃貸借契約の際に貸主と借主との間で結ばれる特約の1つであり、建物を明け渡す際に貸主が返還予定の敷金から原状回復費用などの名目で一定金額を差し引くことを予め決めておくという特約である。
通常の敷金を差し入れる特約が付いているのみの場合には、敷金が全額返還されることもあり得るが、敷引特約が付されている場合だと、事前に予定していた敷引額については必ず差し引かれてしまうため、敷金のうち敷引額分については借主に返還されることはない。
この敷引特約という契約は関東ではあまり聞き慣れないものであるが、関西地方や九州地方の一部においては慣習化しているものである。
今回の裁判では、この敷引特約が消費者契約法の第10条に反し無効ではないかが争点となった。消費者契約法第10条は、①民法、商法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し、消費者の権利を制限し、又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、②民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする、と定めている。
平成13年に消費者契約法が施行されて以降、様々な分野で消費者にとって一方的に不利益な契約の有効性が争われる中で、敷引特約をめぐっても各地の裁判所で訴訟が起きており、最高裁の判断が待たれていた。
ところで、今回の最高裁判決の判断の前提となる重要な判例として、平成17年12月16日の最高裁判決が挙げられる。この事案では、通常の損耗(生活することによる変色・汚損・破損と認められるもの)について退去時に借主が原状回復費用を支出すべきとする特約が有効かどうかが争点とされた。
最高裁はこの事案の判断に際して、賃借物件の通常の損耗の発生は当然に生じるものであり、通常これについての原状回復費用は賃料の中に含まれているはずであるとし、注目を集めていた。
この判断内容を前提に考えると、通常の損耗に関する原状回復費用は賃料に含まれていることから、別途敷金から支払いを受けることは賃借人に二重払いを強いることになり、敷引特約は消費者にとって一方的に不利益なものになってしまうと考えられそうである。
この点、実は敷引特約についての有効性について判断した本判決においても、最高裁は通常の損耗についての損害の回収は原則として賃料によるべきであるという従前と同様の立場を維持した。
しかし、
・敷引額が契約書に明記されており、借主の負担について合意ができている
・あらかじめ敷引の額を決めておくことは紛争防止のために不合理とはいえない
といった理由で、敷引特約を直ちに無効とは判断せず、本件事案においては、敷引額が想定される補修費用や賃料などと比べて高すぎないといった事情も勘案した上で、本件事案における敷引特約は有効なものであると判断した。
このように、本判決は結論として、敷引特約を有効と判断してはいるが、その判断過程の中で、
・借主は貸主に比べ情報が少ないため適正価格の判断が困難である
・賃貸人との敷引特約を交渉で排除することも難しい
といった、賃借人が一方的に不利益な特約に合意させられてしまうおそれもあるという現実的な問題点についても触れた上で、敷引金額があまりにも高額な場合には敷引特約が消費者契約法第10条によって無効になると判断している。今回、最高裁が敷引特約を有効と判断したことで話題になったが、この判断はあくまでも敷引額が高額とはいえない今回の事案についての事例判決にすぎないという見方が大勢のようである。
したがって、今後、敷引額が高額である事案について敷引特約が消費者契約法第10条によって無効になる可能性も十分ありえるだろう。
不動産賃貸借契約と消費者契約法をめぐっては、現在、賃貸住宅の契約を継続する際に支払う更新料の有効性を問う訴訟も各地で起こされ、その判断が議論を呼んでいる。
平成21年8月の大阪高裁判決は「更新料の目的や性質が明確でない」として違法と認定した。一方、同年10月には同高裁の別の裁判部が「更新料は、賃借権を延長する対価として入居時の礼金を補充、追加するもので必要性がある」として適法としたが、翌平成22年2月には、再び違法判断が示されている。新聞報道によると、この3件の訴訟について、最高裁は平成23年6月10日に一括して弁論を行うことを決めたという。最高裁が初の統一的な判断を示すとみられ、今後に大きな影響を与えそうだ。
下級審の判断が大きく分かれているため、更新料について最高裁がどのような判断を行うかを明確に予想することは難しい。ただ、敷引特約について判断した今回の判決内容からすると、更新料の有効性についてもすべて一律に有効・無効と判断せず、個別の事案ごとに更新料の額等に着目して上で柔軟に対応できるような判断基準が示される可能性も高いと考えられる。
更新料が設定されているマンションは全国で100万戸以上とされる。更新料の有効性に関する最高裁の判断は今後の不動産業界に非常に大きな影響をもつことは明らかであり、その判決内容は要注目である。
(掲載日 2011年5月16日)