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第205回 レシートを捨てないで

東海大学教授 西山由美

「イタリア租税警察、株価操作の疑いでスタンダード・アンド・プアーズのミラノ事務所を捜索。」(今年1月のロイター記事)。イタリアにおける「租税警察」の存在は、丸腰では税務調査が困難なマフィア社会と関係があるのだろう。ロシアでも旧ソ連時代に「租税警察庁」があった。反体制活動家の資金面での取り締まりは、思想取締りと同様に重要だったのであろう。ただしこの組織は、プーチン大統領(当時)によって、2003年に突如閉じられたらしい。

学生時代からの友人とはお互い子育てもひと段落し、ここ数年来、毎夏「ディスカバー・アジア」の旅をしている。今夏の目的地は台湾。私たちのグループを担当してくれたガイドの女性は、流暢な日本語で名所案内だけでなく、台湾社会に今も残る本省人と外省人の就職や年金受給における差別についても話してくれた。彼女は深刻な話をしながら、「お店からもらったレシートは捨てないでください。」とたびたび注意を促す。「レシートは宝くじになっていますから。」

この宝くじについての彼女の説明は、次のようなものだ。「これは、お店による脱税を防ぐためです。宝くじならお客さんは必ずレシートを求めますから、お店はレシートを出さなければなりません。売上げのごまかしができないのです。」。手元のレシートを見ると、その上部に大きく「ES-79680093」と記されている。この8桁の数字すべてが、2か月に1回発表される当選番号と符合すれば、日本円換算で約50万円が当たるというのだ。

レシートと脱税といえば、映画『マルサ女』が思い出される。ヒロインの調査官が客を装ってカフェに来店し、レシートの通し番号の欠落から売上げ除外を確信するシーンだ。レシートが店の売上げをよく映し出すツールだとすれば、庶民の宝くじに寄せる夢を利用して事業者の正しい納税を遠隔操作するとは、軽妙で柔軟な発想だ。もっとも、日本でこれを提案しても、スポーツ振興くじ(いわゆるtoto)導入のときのように「国がギャンブルを勧めるのか」とか「税金で賞金を出すのか」などと猛反対されるであろうが。

国民の義務の履行確保を、警察力のようなハードな方法でいくか、レシート宝くじのようなソフトで間接的な手法でいくか、考えさせられる。義務の内容や重要性、また市民社会の成熟度にもよることではあるけれども、国民を楽しく巻き込み、結果、行政目的が達成されるユニークな方法もありうると思う。たとえば、お年玉付き納税申告書などというように。

(掲載日 2012年10月15日)


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