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判例コラム
(旧)コラム

 

第212回 米国における包括的判例検索サイト
フリー・ロー・レポーター(FLR)の登場

成城大学法学部教授
指宿 信

これまでコモンウェルス諸国における”free access to law”ムーブメントについては何かにつけて紹介してきた。判例情報に限らず、法令や刊行物をも含む膨大な法情報関連資料をオンライン上において誰もが無料でアクセスできる機会を提供しようとするLegal Information Institute(LII)は世界的に普及し続け、いまや34の国と地域にまで広がっている※1

他方で、インターネットの母国、しかもLIIの源となったコーネル大学※2を抱くアメリカでは、こうした包括的な非営利の法情報メガ・サイトの登場はなかなか進まなかった。コーネルでは基本的に合衆国連邦最高裁判例や合衆国法典を提供することが目的とされていたし、州毎の判例の収集となると対象が膨大すぎた。50州に及ぶすべての判例情報の提供を網羅しようとするプロジェクトはこれまで複数見られたものの成功例がなかった。すなわち、データの規模が自由なアクセス環境の成立を妨げていたといえよう。

2011年、ようやくそうした状況が大きく変化する兆しが現れた。その契機となったのが、本コラム第76回「裁判情報へのオープン・アクセス」(2009年9月)で紹介された、Public.Resource.Orgによって始められたRECOPというプロジェクトである。RECOPは、合衆国の州レベルから連邦レベルまでの判例がネットに公開される度にすべてこれを収集することを目的に構築されたアーカイブである。全ての州の最上級審と連邦控訴審から毎週新たな判例(スリップ・オピニオン※3)を集め、それらがXMLファイルに変換される。このリソースを用いてオンラインで60に及ぶ管轄の判例を即座に検索させようというのがFree Law Reporter(FLR)である。

FLRでは、RECOPに集められた判例情報にメタデータを付加した上でインデックス化され、検索可能なように成形され、基本的に毎週新たなデータとして提供される(http://www.freelawreporter.org/ )。

このFLRプロジェクトの特徴は、CALI(http://www.cali.org/ )という歴史あるコンソーシアムが実施するプロジェクトであることだ。CALIとはThe Center for Computer-Assisted Legal Instructionの略であり※4、1982年にコンピュータを使った法学教育を展開するために全米のロースクールが共同で立ち上げたコンソーシアムで、研修教育の機会を提供すると共に、さまざまな教育プログラムや教育ツール、学習用キットなどを開発考案、提供してきている。今回、CALIはロースクールの教育現場で教員や学生が自由に無料で判例にアクセスする機会を広く提供し、これを社会的にも有用な資源として公開することを決めた。

これまでいくつものプロジェクトが同種の判例提供を試みてきたが失敗に終わっている。それくらいwexis(ウエストローとレクシス)の牙城が強固だったわけだが、このFLRは成功するだろうか? たしかに従来と異なって、40年近く米国のロースクールにコンピュータ支援教育を通じて貢献してきたNPOであるCALIによる運営は、継続的なプロジェクトとして成立しうるだけのバックボーンを持っている。

WestlawやLexisがOSのウィンドウズだとすれば、FLRはまるでLinuxのような関係にあると言っていい。Linuxの核心は、ユーザーとボランティアの貢献であろう。今後FLRが発展することができるかどうかは、このプロジェクトにどれくらい多くの資源(判例)が継続的包括的に、そして「自発的に」届けられるかにかかっている。LIIはこの鍵となる課題を「ステークホルダー方式」によって解決した。つまり、データベースを利用する機関や団体、組織がお金とデータの双方を出し合い、継続的に支えようという発想であった※5。一種の仮想の情報コミュニティが生まれたといえる。

これに対して、FLRは新たな技術によってここを突破しようとしている。それが、クラウド技術を活用した、”CourtCloud”※6である。判決を作成した人が誰でもドラッグ一回でこれを「公共財」とすることが可能となる。いまや世の中はクラウド・ブームであるが、判例情報の包括的無料提供というブレイク・スルーにクラウドがどのように貢献できるであろうか。技術的に巨大なアーカイブを容易に構築できるようになったから生まれたアイディアといえる。FLRの今後の展開から目が離せない。

(掲載日 2012年12月10日)


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