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第221回 営業秘密の漏洩対策の重要性

森・濱田松本法律事務所※1
パートナー弁護士・青山学院大学法科大学院客員教授
小野寺 良文

近時、重大な営業秘密の漏洩事案が相次いだ。報道等でも大きく扱われたのは、新日鉄対Poscoの事案であるが、サムスン電子及びLG電子の有機EL技術流出事件、台湾友達光電(AUO)の有機EL技術が中国のTCL集団に流失事件と合わせて紹介し、これらの事件の背景や対策について考えたい。

まず、新日鉄対Poscoであるが、2012年4月、新日鉄は、営業秘密の不正取得を理由として韓国Posco、同日本法人、新日鉄元従業員を、日米で提訴した(日本では約1000億円の請求)。報道によれば、新日鉄は、方向性電磁鋼板の製造技術を、元従業員が漏洩し、これをPoscoが利用したと主張している。同技術は、元々昭和40年代に開発され、以来、門外不出のノウハウとして秘密にされ、同鋼板は、新日鉄のドル箱商品となっていたが、2004年以降Poscoが急速に品質的に追い付き、これに伴い価格が下落して、新日鉄のシェアが大きく下がっていた。かねて新日鉄の営業秘密が漏洩したことが疑われていたが、韓国でPosco従業員が中国企業に同技術を漏洩したとして逮捕された際に、元々は新日鉄の技術であってPoscoの技術ではないと主張したことがきっかけとなって、発覚するという数奇な経緯を辿った。現在も日米両国で係争中である。

次に、2012年6月、韓国サムスン電子及びLG電子の次期ディスプレイの基幹技術であるアクティブマトリクス式有機ELパネル製造技術が、イスラエル企業を通じて、中台の企業に転売されたとされる事件が発生した。工場に検査機器の点検を装って出入りしていたイスラエル企業の韓国人社員らが、設計回路図を撮影し、USBメモリーに保存した上で、ベルトに隠して持ち出したという手口だったそうである。報道では、サムスン電子は、4年の期間と1兆1000億ウォン(約759億円)を投じて同技術を開発したとされ、韓国で「中核産業技術」に指定されていたため、莫大な損害が生じるとされ話題となった。

最後に液晶パネル大手である台湾友達光電(AUO)の有機EL(OLED)技術が、中国のTCL集団と傘下の華星光電技術(CSOT)に流出の疑いが発覚した件である。容疑者2名は、元AUOの技術幹部で、2011年7月、100万米ドルの高給でCSOTに移籍していた。在職中、重要データをUSBに保存し、そのダウンロード記録を抹消していた。AUOが、元技術幹部のパソコンを調査して、データの大量流出を発見し、2011年9月に警察当局に通報し刑事事件となった。容疑者2名は、2012年9月に身柄を拘束されたというものである。

いずれの事件でも、非常に金銭的価値の高い中核技術が、比較的単純な手段で、人を介して漏洩したと思われることに特徴がある。背景には、国際的な技術競争の激化に加え、デジカメ、メモリースティック等の小型記録媒体の普及、技術者の人材の国際的な流動化が挙げられると思うが、決定的な対策はなく、従来から推奨されてきたハード面、ソフト面での対策を地道に重ねて行くほかない。定期的に営業秘密管理体制を真摯に見直してみることが有益であり、時にはデータの持ち出し等を実際に行ってみて、現場が探知できるか、抜き打ちの訓練を実施するなど創意工夫をこらした対策が望まれる。

(掲載日 2013年3月4日)


次回のコラムは3月18日(月)に掲載いたします。

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