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文献番号 2014WLJCC001
北海道大学大学院法学研究科
教授 田村善之
製本された書籍の裁断機やスキャナーを持ち合わせていないユーザーや、裁断やスキャンにかかる時間や労力を節約したい利用者などのために、(私的)複製(=「自炊」)の代行等を行う業者が台頭しており、著作権者との軋轢を生んでいる。具体的には、ユーザーが私的使用目的(著作権法30条1項によると「個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用すること」とされている)で自炊をする場合に、それを何らかの形で支援する自炊関連業者が、私的使用目的の複製について著作権の制限を定める著作権法30条1項を援用することにより侵害の責任を免れることができるのかということが問われている。
ところで、自炊に関連する業者にはいくつかのタイプがあり、① 自炊のための道具や場を提供するに止まる業者、② 裁断済み書籍を提供する業者、③ 自炊代行業者などがいる。最近、東京地判平成25.9.30平成24(ワ)33525[サンドリーム]※1、東京地判平成25.10.30平成24(ワ)33533[ユープランニング]※2は、③タイプの業者に対して、著作権侵害の責任を認める判断を下した。以下、タイプ毎に著作権侵害の成否について考えてみよう。
① 自炊のための道具や場の提供をする業者
最初に、店舗内に自炊のための裁断機とスキャナーを用意しており、利用者は自ら持ち込んだ書籍を自ら裁断、スキャンしたうえで、その結果、できあがった書籍の電子データを持ち帰る、というサービスを提供するタイプの業者を取り上げてみよう。
この場合、店舗に設置されたスキャナーは、私的複製による著作権の制限規定の例外とされる「公衆の使用に供することを目的として設置されている自動複製機器」(著作権法30条1項1号)に該当しうるが、附則5条の2によってさらに制限規定の例外の例外とされる「専ら文書又は図画の複製に供するもの」に該当すると解しうるため、利用者の行為には、30条1項が適用される。
また、30条1項が著作権を制限する趣旨が、私的に複製が行われる場合には、大量に複製が誘発されることはなく、著作権者に与える不利益が大きなものとならないと思料されることに鑑み、私的自由を優先するというところにあるのだとすると、このタイプのサービスにおいては、複製する著作物の選別を完全に利用者が行っている以上、利用者の行為は、同項にいう「その使用する者が複製することができる」という要件に該当すると解される。
そして、業者の関与は、物理的な複製行為をなしているわけでもなく、複製の対象となる著作物を選別しているわけでもない。ユーザーの求めに応じてテレビ放送を録画し転送サービスを提供する業者が、いかなる要件の下で複製行為の主体と認められるのかということが争点とされた事件において、自らアンテナを立てて放送番組を受信し録画につなげていること等の諸事情を総合考慮のうえ、複製に関して「枢要な行為」をなしている場合には業者が複製の主体とみなされる旨を判示した、最判平成23.1.20民集65巻1号399頁[ロクラク]※3を支持する立場の下でも、業者は複製の実現に当たる「枢要な行為」をなしているわけではないと評価されるように思われる。
② 裁断済み書籍を提供する業者
次に、②タイプの裁断済み書籍の提供を行う業者は、典型的には、店舗に裁断済み書籍を予め備え置き、それを受け取った利用客が、店舗内に設置されたスキャナーを用いて、自ら電子ファイルを作成するという態様のサービスを提供する業者であるが、これはどうか。
この種のサービスに対しては、前掲ロクラク最判を支持する立場の下では、(事案を異にするので、同最判の射程が直接及ぶものではないが)裁断済みの書籍の提供という形で、業者主導でコンテンツを用意していることが、ちょうど同最判におけるアンテナを設置して放送を受信し複製装置に入力するという行為に比肩するものとされ、「枢要な行為」をなしているがゆえに業者が複製行為の主体であると判断される可能性がある※4。同最判を事例判決としてその射程を極力制限する立場の下でも、このタイプの業者は、業者と利用客との間で複製すべきものの手渡しという形で、直接、人的に接触したうえで、複製されるべき著作物の特定をめぐって影響力を行使しており、古典的なカラオケ法理(最判昭和63.3.15民集42巻3号199頁[クラブ・キャッツアイ]※5)の主戦場として、業者を複製の主体と認めうるように思われる。
そして、前述した30条1項の趣旨に鑑みると、選択可能なコンテンツの範囲を業者が選別しており、それにより特定の著作物について大量の複製が誘発される可能性が生じている以上、少なくとも業者の行為は、もはや同項の「その使用する者が複製することができる」という要件の枠内に収まるものとはいえないように思われる※6※7。
③ 自炊代行業者
問題は、ユーザーが所有する書籍の裁断、スキャン等をユーザーに代わって代行するサービスを提供する業者の行為の取扱いである。
このタイプの業者をさらに細分化すると、店舗に持ち込まれた書籍の自炊を代行するタイプ、利用客が業者に書籍を送付し、業者が電子データを作成して利用客に納入するタイプ、利用客がインターネット書店等に発注した書籍を発注元から直接業者に送り、業者が電子データを作成して利用客に納入するタイプなどがある。これらの業者に共通していることは、利用客が複製すべきものを主体的に決定している反面、物理的な複製自体は業者がなしているということである。そのために、複製の主体はどちらなのか、30条1項の適用があるのか、ということが争われることになる。
前掲東京地判[サンドリーム] は、利用客が書籍を業者に自ら送付ないし書店から直送するというサービスを行っている自炊業者が被告とされたという事件で、ロクラク最判を引用したうえで「本件における複製は,書籍を電子ファイル化するという点に特色があり,電子ファイル化の作業が複製における枢要な行為というべきであるところ,その枢要な行為をしているのは,法人被告らであって,利用者ではない」 と判示し、行為主体を代行業者であると判断した。この判決は、30条1項の私的複製の適用の可否を論じる必要がないという立場を示していることにも特徴がある。
ほぼ同様の事案で、前掲東京地判[ユープランニング] もロクラク最判を引用したうえで、「書籍を受領した後に始まる書籍のスキャナーでの読込み及び電子ファイルの作成という複製に関連する行為は,被告会社の支配下において全ての作業が行われ,その過程に利用者らが物理的に関与することは全くない」ことを理由に、「上記によれば,本件事業において,書籍をスキャナーで読み取って電子化されたファイルを作成するという複製の実現に当たり枢要な行為を行っているのは被告会社らであるということができる」と認定し、「本件事業における複製行為の主体は被告会社らであり,利用者ではないというべきである」と帰結している。この判決は30条1項の適否を別途論じる体裁をとってはいるが、当てはめにおいては結局、利用行為主体論のそれを援用して、「その使用する者が複製する」という要件を満たさないと判示している。
しかし、利用行為の主体論とは別個の法理である私的複製による著作権の制限を規定する30条1項の適否が問題となる以上、利用行為の主体論だけで最終判断をしたり、利用行為主体論の判断をそのまま援用するのではなく、30条1項の趣旨に則した判断をなす必要があるというべきである。そして、同項が「その使用する者が複製する」ことを要求している趣旨が、私人である本人以外の者が複製する著作物を決定する場合には、特定の著作物について組織的に複製されることになりかねず、著作権者に与える影響を無視しえないからであるとすれば、肝要なことは使用者本人が何を複製するのかということを決定しているのかということなのであって、物理的に複製をなす者が誰かということは重要ではない※8。この種の自炊代行は30条1項の枠内にあるというべきではなかろうか※9。
このような解釈論を採用することに対しては、権利侵害を肯定すべきという立場から、自炊代行業を容認すると、DRMが施されていない電子ファイルが拡散し、著作権侵害が横行することにつながるとか、裁断本がオークション等で販売されていることに鑑みると、著作権者の経済的な不利益は無視し得ないという反論が予想される。しかし、私的複製にかかる電子データがインターネットにアップロードされた時点で複製権侵害や公衆送信権侵害に該当するのであり、そこで捕捉することが可能なのであるから、 かえって、侵害に結びつかないものも含めて一網打尽に禁圧しなければならない理由はない。また、 私的複製を可能とする以上、自ら私的複製した場合に裁断本が市場に供されることは防ぎ得ないのだから、裁断済み書籍の流通によってそれと質的に異なる不利益が権利者に発生しているとはいいがたいようにも思われる。
むしろ、権利侵害肯定派からの最も意味がある反論は、電子書籍市場という著作権者にとっての新たな市場が自炊代行業者によって侵食されるというものであろう※10。これに対しては、今後刊行される書籍については、自炊代行による私的複製の可能性を念頭に置いた対価を発行時に取得すれば足りるのではないか、という再反論がなされるかもしれないが、大半の書籍が自炊されるわけではないとすれば、自炊を想定していない読者層にとって書籍の価格が高すぎることになり、市場による書籍の普及を多少なりとも妨げることになる。
しかし、他方で、日本の著作権法が適用される国内で私人が所有している蔵書のうち、著作権の存続期間が消滅していないものの数は天文学的な数字にのぼるところ、電子書籍市場に関心を示し、これを活用している著作権者はごくわずかに止まる。そして、このように大きな母集団の下では、自炊代行業による複製を禁止してまで自己の利益を守る必要はないと感じている著作権者や、そもそもそのような問題意識すら持ったことのない著作権者(その典型例は、著作権者の所在が不明のいわゆる孤児著作物の著作権者である)は莫大な数に上るはずであり、そこに大半の著作権者が権利行使をしない結果、事実として自炊代行が許容されており、それにより公衆が自炊代行による利益を享受することが可能となっていると見ることができる(このように権利者が権利行使をしないために蔓延している著作物の利用のことをtolerated use=寛容的利用※11という) 。
ここに落とし所の難しさがある。たしかに一部の権利者は保護に値する利益を有しているとしても、この状況下で、それを理由に、自炊代行業者という自炊の技術的、環境的プラットフォームを(寛容的利用を含めて)なべて著作権侵害に従事しているとして禁圧してしまうと、電子ファイル化による省スペースというデジタル技術の恩恵を私人が存分に享受することに失敗してしまうことになりかねない※12。
立法論としては様々な解決がありえようが、解釈論の選択肢は限られている。そのなかで、寛容的利用を育みつつ、保護を必要とする権利者を守るための方策としては、前述のように、30条1項の「その使用する者が複製する者」という要件を活用して、裁断済みの書籍の保管や転用はせず、注文の都度、顧客からの宅送ないし直送を要するなど、相応に非効率なビジネス・モデルを採用する自炊代行業者に限り、同項の私的複製の範囲内と認めて著作権侵害の責任を免らしめる、という措置をとることがありえよう。このような解釈の下では、許容される自炊代行業者経由の電子ファイル化が相応に高コストなものとなり(利用客のコストには自炊代行業者に支払う対価だけでなく、書籍の購入代等の調達費用や送料が含まれる)、電子書籍市場を活用したい著作権者は、それよりも安価に電子書籍を供することにより、自炊代行業者との競争に勝てるようになる。他方、この解釈は自炊代行業というプラットフォーム自体をつぶすものではないので、権利保護に無関心の著作権者の著作物は、電子書籍市場との競争に晒されることなく、自炊代行に供されることになる。このように市場を活用して、保護を欲していない権利者の書籍は自炊代行業者により、保護を欲している権利者の著作物は電子書籍市場により、それぞれ電子ファイルが提供されるように仕向けられることが期待される※13。
※本稿の作成に際しては、文献の収集、整理等に関して、筑波大学の村井麻衣子講師にご教示を受けたところが大きい。記して感謝申し上げる。
(掲載日 2014年1月6日)