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文献番号 2014WLJCC009
同志社大学
教授 高杉 直
1.はじめに
本判決は、米国カリフォルニア州(加州)法上の営業秘密について、日本国内および米国内での不正な開示・使用行為の差止めを認めた米国判決の日本における承認執行が問題となった事案である。本判決によれば、外国で権利侵害結果の発生のおそれがある場合、日本国内における侵害行為の差止めを命ずる外国判決が日本で執行される余地が出てくることになろう。
2.事実の概要
上告人Xは、加州法人であり、眉のトリートメント技術及び情報(本件技術等)を保有していた。本件技術等は、加州民法典3426.1条ほか(本件規定)の「営業秘密」に当たる。被上告人Y1及びY2は、日本法人Aの従業員であった者であり、被上告人Y3会社 は、Y1及びY2 が日本で設立した株式会社である。被上告人Y4 ~Y6 は、いずれもAの従業員であったが、Aを退職後、Y3会社に雇用された者である。
平成15年、Xは、日本国内における本件技術等の独占的使用権等を日本法人Aに付与する旨の契約を締結し、平成16年、加州内のXの施設において、Aの従業員であったY1及びY2に対し本件技術等を開示した。その後、Aは、日本国内において眉のトリートメントサロンを順次開設した。平成18年2月、Y1及びY2は、Aとは別に、Y3 会社を設立し、Y1 及びY2 は、Aを退職した。Y3 会社は、日本国内において眉のトリートメントサロンを開設したほか、眉のトリートメント技術を指導する教室を開講し、Y1 及びY2 は、Y3 会社の取締役として眉のトリートメント技術を使用した。Y4~Y6 は、平成18年末までにAを退職し、Y3会社に雇用されて、日本国内において眉のトリートメント技術を使用した。
Xは、平成19年5月、Yらによる本件技術等の不正な開示及び使用を理由に、カリフォルニア州中部地区連邦地方裁判所に対して、Yらを被告として、本件規定に基づく損害賠償及び差止めを求める訴えを提起した。同裁判所は、平成20年10月、Yらに対し、損害賠償のほか、日本国内及び米国内における本件技術等の不正な開示及び使用の差止めを命ずる旨の判決(本件米国判決)をした。
Xは、民事執行法24条に基づいて、本件米国判決の執行判決を求める訴えを東京地裁に提起した。第1審(東京地判平成22年4月15日)及び原審(東京高判平成23年5月11日)は、Yらの行為地は日本国内にあるため、これによるXの損害が米国内で発生したことを証明できなければならないところ、その証明がないから、本件米国判決のうち損害賠償を命じた部分及び差止めを命じた部分のいずれについても間接管轄を認める余地はないとして、Xの請求を棄却した。Xが上告。
3.判旨
破棄差戻し。
(1)「人事に関する訴え以外の訴えにおける間接管轄の有無については、基本的に我が国の民訴法の定める国際裁判管轄に関する規定に準拠しつつ、個々の事案における具体的事情に即して、外国裁判所の判決を我が国が承認するのが適当か否かという観点から、条理に照らして判断すべきものと解するのが相当である。」
(2)「民訴法3条の3第8号の『不法行為に関する訴え』は、民訴法5条9号の『不法行為に関する訴え』と同じく、民法所定の不法行為に基づく訴えに限られるものではなく、違法行為により権利利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある者が提起する差止請求に関する訴えを含むものと解される(最高裁平成・・・16年4月8日第一小法廷決定・民集58巻4号825頁参照※2)。そして、このような差止請求に関する訴えについては、違法行為により権利利益を侵害されるおそれがあるにすぎない者も提起することができる以上は、民訴法3条の3第8号の『不法行為があった地』は、違法行為が行われるおそれのある地や、権利利益を侵害されるおそれのある地をも含むものと解するのが相当である。」
(3)「ところで、民訴法3条の3第8号の規定に依拠して我が国の国際裁判管轄を肯定するためには、不法行為に基づく損害賠償請求訴訟の場合、原則として、被告が日本国内でした行為により原告の権利利益について損害が生じたか、被告がした行為により原告の権利利益について日本国内で損害が生じたとの客観的事実関係が証明されれば足りる(最高裁平成・・・13年6月8日第二小法廷判決・民集55巻4号727頁参照※3)。そして、判決国の間接管轄を肯定するためであっても、基本的に民訴法3条の3第8号の規定に準拠する以上は、証明すべき事項につきこれと別異に解するのは相当ではないというべきである。
そうすると、違法行為により権利利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある者が提起する差止請求に関する訴えの場合は、現実の損害が生じたことは必ずしも請求権発生の要件とされていないのであるから、このような訴えの場合において、民訴法3条の3第8号の『不法行為があった地』が判決国内にあるというためには、仮に被告が原告の権利利益を侵害する行為を判決国内では行っておらず、また原告の権利利益が判決国内では現実に侵害されていないとしても、被告が原告の権利利益を侵害する行為を判決国内で行うおそれがあるか、原告の権利利益が判決国内で侵害されるおそれがあるとの客観的事実関係が証明されれば足りるというべきである。」
(4)「これを本件についてみると、本件規定は、違法行為により権利利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある者が提起する差止請求についても定めたものと解される。そして、本件米国判決が日本国内だけでなく米国内においてもYらの不正行為の差止めを命じていることも併せ考えると、本件の場合、YらがXの権利利益を侵害する行為を米国内で行うおそれがあるか、Xの権利利益が米国内で侵害されるおそれがあるとの客観的事実関係が証明された場合には、本件米国判決のうち差止めを命じた部分については、民訴法3条の3第8号に準拠しつつ、条理に照らして間接管轄を認める余地もある。また、そうであれば、本件米国判決のうち損害賠償を命じた部分についても、民訴法3条の6に準拠しつつ、条理に照らして間接管轄を認める余地も出てくることになる。」
(5)「以上と異なり、YらがXの権利利益を侵害する行為を米国内で行うおそれの有無等について何等判断しないまま間接管轄を否定した原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は上記の趣旨をいうものとして理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、上記の点についてはまだ客観的事実関係の立証活動がされていないのであるから、更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。」
4.本判決の意義
本判決は、[1]平成23年民訴法改正による国際裁判管轄規定の整備後、最高裁として初めて、民訴法118条1号の間接管轄の判断基準につき、基本的に当該管轄規定に準拠することを判示(判旨(1))した上で、[2]民訴法3条の3第8号の「不法行為に関する訴え」には、差止請求に関する訴えをも含み、「不法行為があった地」には、違法行為が行われるおそれのある地や権利利益を侵害されるおそれのある地をも含むこと(判旨(2))、並びに、[3]間接管轄における管轄原因事実である「不法行為があった地」の証明について、被告が原告の権利利益を侵害する行為を判決国内で行うおそれがあるか、原告の権利利益が判決国内で侵害されるおそれがあるとの客観的事実関係が証明されれば足りること(判旨(3))、を明らかにした。
[1]は、従来の判例の立場(最判H10・4・28民集52巻3号853頁※4)を再確認したものである。[2]は、国内管轄原因としての不法行為地に関する議論(最決平成16年4月8日民集58巻4号825頁)が国際管轄原因としての不法行為地の解釈にも妥当することを明らかにしたものである。[3]は、管轄原因事実としての不法行為の証明に関する従来の判例の立場(最判平成13年6月8日民集55巻4号727頁)を再確認したものである。
実務的には、権利侵害行為や権利侵害結果が判決国で生ずる「おそれ」があるとの客観的事実関係が証明された場合には、日本国内での行為の差止めや損害賠償請求を命じた外国判決も日本で承認される可能性を示唆する点に留意する必要があろう。
(掲載日 2014年6月9日)