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文献番号 2014WLJCC015
弁護士法人法律事務所オーセンス※2
弁護士 元榮太一郎
<はじめに>
奈良市の法テラス奈良(日本司法支援センター奈良地方事務所)の非常勤職員の女性が、日本司法支援センターに対して、常勤職員との賃金の差額(約285万円)等の支払いを求めて提起した訴訟において原告の請求を棄却する判決が出された。本件は、短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律(以下「パートタイム労働法」という。)施行後に正規労働者と非正規労働者の賃金格差の違法性が争われた一例として興味深い事例であるのでここに紹介する。
<事案の概要>
本判決の事案は以下のとおりである。
原告は、法テラス奈良において、平成20年12月1日から平成21年3月31日まで非常勤職員として、平成21年4月1日から平成22年3月31日まで任期付常勤職員として、平成22年4月1日から平成23年4月まで再び非常勤職員として雇用されていた。
法テラス奈良の職員には、常勤職員、非常勤職員、任期付常勤職員の3種類があり、常勤職員の採用は被告の法テラス本部で決定し、非常勤職員の採用は法テラス奈良で決定していた。任期付常勤職員は、給与、賞与は常勤職員に準じ、昇給もあるが、昇任はない。任期付常勤職員は非常勤職員と同様法テラス奈良で採用されていた。
常勤職員と非常勤職員の間で取扱可能な業務の範囲に区別はなく、就業規則上も、職務内容に差異を設ける規定は置かれていなかった。また、原告の所定労働時間は、常勤職員と同一であり、非常勤職員であっても、担当弁護士の業務上の理由から残業を求められることもあった。非常勤職員の賃金は任期付常勤職員の賃金の7割にも満たなかった。
そこで、原告は常勤職員と非常勤職員の差額賃金等の支払い等を求めて訴訟を提起した。
また、原告は、被告が原告に対し平成24年3月31日以降、労働契約を更新しない旨通知し、同年4月1日以降の就労を拒絶したことについて、労働者としての地位確認等も求めた。
本判決の判断は多岐に及んでいるが、このうち常勤職員と非常勤職員の差額賃金等の支払請求についての判断のみをとりあげる。
<パートタイム労働法8条(通常の労働者と同視すべき短時間労働者に対する差別的取扱いの禁止)違反(差額賃金等の支払①)について>
原告の給与の定めがパートタイム労働法8条に違反するとの主張について、本判決は、パートタイム労働法2条は、「この法律において『短時間労働者』とは、一週間の所定労働時間が同一の事業所に雇用される通常の労働者の一週間の所定労働時間に比し短い労働者をいう。」と定めており、所定労働時間が常勤職員と同一である原告は、同条の短時間労働者には該当しないから、同法8条1項の適用の前提を欠くことになるとしている。
その上で、パートタイム労働法では、「通常の労働者と同視すべき」パートタイム労働者について差別的扱いを禁止している(同法8条)とし、「通常の労働者と同視すべき」であるかどうかを判断するに当たっては、日本の雇用システムが、ある程度長期の雇用を想定して、人材育成を行うとともに待遇が決定されていることから、長期的な視点を無視できないため、①職務の内容(業務の内容及び責任の程度)が同一であることに加え、②人材活用の仕組み及び運用等が同一であること、③事業主と無期労働契約(反復更新することにより,無期労働契約と同視できる有期労働契約を含む。)を締結していることを要件としているとした。
そして、原告が被告との間で締結した労働契約は、いずれも期間の定めのある有期労働契約であり、当該契約の更新の際には、期間毎に更新手続が厳格に行われているため、期間の定めのない労働契約と同視することができる状況にないとした。
したがって、本件では、パートタイム労働法8条の適用は認められないとした。
<民法90条(同一価値労働同一賃金原則)違反(差額賃金等の支払②)について>
原告の賃金の定めに関する合意について公序良俗(民法90条)に反するとの主張について、本判決は、賃金は労働の対価であるから、労働が同一であれば、その賃金の額も同一であることが合理的であると考えられるとした上で、「しかしながら、実際の賃金の額は」「様々な要素によって使用者と労働者の合意によって定められている。そして、労働基準法などの規制に反しない限り、上記合意が無効とされることはない。」とする。
そして、本件では、常勤職員と非常勤職員とはその採用方法に相違があるほか、常勤職員は転勤が予定されているが、非常勤職員は転勤が予定されていないなどの相違もある。そして、このような事情を勘案すれば,原告の非常勤職員の時の労働と任期付常勤職員の時の労働及び常勤職員である他の職員の労働とが同一であるとしても、非常勤職員である時の賃金が任期付常勤職員である時の賃金の7割にも満たないという格差が合理的な理由のない著しい賃金格差であるということはできず、原告が被告との間で締結した労働契約のうち非常勤職員の賃金の定めに関する合意について公序良俗に反して無効であると解することはできないとした。
<賃金の引下げ合意の効力(平成22年4月1日以降の賃金の引下げは,違法な労働条件の不利益変更に当たり,無効であるか―差額賃金等の支払③)について>
原告の平成22年4月1日以降の賃金の引き下げは、違法な労働条件の不利益変更に当たり無効であるとの主張について、本判決は、「原告が被告との間で締結した労働契約は、平成22年3月31日に期間が満了する有期労働契約であり、その契約期間の満了によって当然に契約は終了するものである。」「したがって、原告が平成22年4月1日以降に被告との間で締結した労働契約は、それより前に締結された労働契約とは別の契約であるから、同年3月31日以前に締結された労働契約よりも同年4月1日以降に締結された労働契約の内容が原告に不利益なものになっていたとしても、これは労働契約の内容である労働条件の変更ではないので、原告の主張は失当であるとした。
<本判決についての検討>
本件は、正社員と非正規労働者との職務内容が同じである場合の賃金格差の違法性が争われた事案である。本判決で特に重要であるのはパートタイム労働法8条違反(差額賃金等の支払①)及び公序良俗違反(差額賃金等の支払②)の主張についての判断であると思われるので、これらについて重点的に検討する。
まず、パートタイム労働法8条違反(差額賃金等の支払①)についての判断では、本件ではそもそも「短時間労働者」にあたらないため、パートタイム労働法8条1項の適用の前提を欠く事案であったが、本判決は、パートタイム労働法8条の「通常の労働者と同視すべき」であるかどうかの判断についても判断をしている。すなわち、本件においては、原告が非常勤職員として締結した労働契約はいずれも有期労働契約であり、期間満了毎に更新手続が厳格にとられているため、事業主と無期労働契約(反復更新することにより、無期労働契約と同視できる有期労働契約を含む。)を締結しているという要件を満たさないと判断し、本件原告はパートタイム労働法8条1項の適用がないという結論となった。
本件と同様にパートタイム労働法8条1項に違反するか否かが争われた例として、大分地裁平成25年12月10日判決※3がある。
この裁判例の事案は、6か月間ないし1年間の期間の定めのある労働契約を約10年間にわたり反復継続して更新し、1年目は期間社員として、2年目以降は準社員として勤務してきた貨物自動車の運転手である原告が使用者に対し、パートタイム労働法8条1項に反する差別的取扱いをしていると主張して、同項に違反する差別的な取扱による不法行為に基づく損害賠償等を請求したというものである。この裁判例では、パートタイム労働法8条1項違反が認められた。
この裁判例では、各争点の判断に先立ち、会社と原告の雇用関係の実態を詳細に検討している。(a)就業規則に契約更新の際に面談すべきことが記載されていたとしても、必ず面接が行われていたとは認められないこと、(b)準社員の労働契約書に契約更新の有無について考慮すべき事由が記載され、仮に何等かの形で面接が行われたとしても、契約期間の制限があることについて従業員の理解を得られるような説明をしていたとは認められないこと、(c)準社員の更新拒絶件数は、全国でも少なかったこと、(d)正社員と準社員との間で転勤・出向の点において大きな差があったとは認められないこと(e)正社員ドライバーの中には事務職に職系転換して主任、所長または課長に任命された者もいるが、これは例外的な扱いであり、正社員ドライバーの配置の範囲が準社員ドライバーとは異なるといえないことなどを認定している。
その上で、パートタイム労働法8条1項違反についての判断では、原告、会社間の労働契約は、反復して更新されることによって期間の定めのない労働契約と同視することが社会通念上相当と認められる期間の定めのある労働契約(パートタイム労働法8条2項)に該当するものと認められ、原告は「通常の労働者と同視すべき短時間労働者」(同条1項)に該当するとしている。そして、正社員と準正社員である原告との間で、賞与額が大幅に異なる点、週休日の日数が異なる点、退職金の有無が異なる点は差別的取扱いをしたものとして、パートタイム労働法8条1項違反を認めた。
本判決と上記裁判例でパートタイム労働法8条の適用について結論が分かれたのは、主として短期労働者に該当するかという点と、雇用関係の実態の違い、特に上記裁判例の事案では、更新手続が厳格にとられておらず、更新拒絶の例がほとんどないため、実質的に無期の労働契約と同視できた点にあると考えられる。パートタイム労働法の適用がされるかどうかは、原告被告にとって非常に大きな分岐点であったし、今後の類似事件でも訴訟のポイントになると思われる。
次に、公序良俗違反(差額賃金等の支払②)の判断については、非常勤職員である時の賃金が任期付常勤職員である時の賃金の7割にも満たないという格差が、合理的な理由のない著しい賃金格差でないとされている。そして、その理由として、常勤職員と非常勤職員とはその採用方法に相違があるほか、常勤職員は転勤が予定されているが、非常勤職員は転勤が予定されていないなどの相違があることを挙げている。
正規労働者と非正規労働者の賃金格差が公序良俗違反として違法となるかが問題となった裁判例として丸子警報器事件(長野地裁上田支部平成8年3月15日判決※4)及び日本郵便逓送(臨時社員・損害賠償)事件(大阪地裁平成14年5月22日判決※5)等がある。これらの事件は、いずれもパートタイム労働法施行前の事件であるが、本判決と同様に公序良俗違反が問題となった事件として本判決と併せて検討すべき裁判例である。
丸子警報器事件においては、「同一(価値)労働同一賃金の原則の基礎にある均等待遇の理念は、賃金格差の違法性判断において、ひとつの重要な判断要素として考慮されるべきものであって、その理念に反する賃金格差は、使用者に許された裁量の範囲を逸脱したものとして、公序良俗違反の違法を招来する場合がある」とした。その上で、2か月の期間の定めのある雇用契約の反復更新により4年ないし25年勤続してきた臨時社員28名について、臨時職員の提供する労働内容は、その外形面においても、会社への帰属意識という内面においても、正社員と全く同一であるといえるとした。もっとも、待遇の差に使用者の裁量も認めざるを得ないとして、臨時職員の賃金が同じ勤続年数の女性正社員の8割以下となるときは、許容される賃金格差の範囲を明らかに越え、その限度において被告会社の裁量が公序良俗違反として違法となると判断すべきとした。
これに対し、日本郵便逓送(臨時社員・損害賠償)事件では、4ないし8年勤務した臨時社員について、正社員と労働内容が同じであっても雇用形態が異なる場合に賃金格差は契約自由の範疇であり、違法ではないとした。
本判決は、労働内容が同一であるとしつつ、採用方法や転勤の有無といった雇用形態を問題としている点で日本郵便逓送(臨時社員・損害賠償)事件と類似する面がある。
パートタイム労働法が適用されないケースでは、今後も公序良俗違反という法律構成が主張されることが考えられる。その際に、どのような場合に公序良俗違反といえ、公序良俗違反だった場合に、どのような救済がされるかは今後も裁判例の積み重ねを待つ必要がある。単に常勤職員と非常勤職員との賃金の差だけで判断ができないのは当然であるが、契約自由の原則と労働者間の公平さのバランスを取れるところで、ある程度を類型化できれば、類似事案の紛争予防にも資すると考えられる。
本件は、社会的弱者を救済する公的組織である法テラスの職員による訴訟であったことからも、社会的に注目された。パートタイム労働法施行後、正規労働者と非正規労働者の賃金格差の違法性が争われた事案はまだ多くないが、本判決は差額金支払請求が棄却された例として、今後の実務に影響を与えると思われる。
(掲載日 2014年9月29日)