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文献番号 2015WLJCC009
弁護士法人法律事務所オーセンス
弁護士 元榮 太一郎
<はじめに>
プロ野球の試合を観戦中、ファウルボールが顔面に直撃し、観客が右眼球破裂により失明した事故について、札幌地方裁判所は、球場に設けられていた安全設備が一部の観客席においては通常有すべき安全性を欠いていたとして、株式会社札幌ドームおよび札幌市に対し、損害賠償を命じる判決を下した。
本判決は、プロ野球の観戦中に生じた不運な事故について、地方公共団体と球団、そして野球ドーム運営者の責任を認めた話題性のある事案であるので、ここに紹介する。
<事案の概要>
本件の事案は以下のとおりである。
観客である原告は、札幌ドームで平成22年8月21日に行われたプロ野球の試合を、1塁側内野席に座って、家族で観戦していた。午後4時前、試合が3回裏まで進んだ際、打者の打ったファウルボールが原告の顔面に直撃した。原告は、右顔面骨骨折及び右眼球破裂の傷害を負い、ドーム内の医務室に運ばれた後、救急車で病院に搬送されたが、結果として、右目の視力を失った。
この事故について原告は、試合を主催した株式会社北海道日本ハムファイターズに対して、工作物責任(民法717条1項)、不法行為(民法709条)、債務不履行(野球観戦契約上の安全配慮義務違反)に基づく損害賠償を請求した。
また、指定管理者としてドームを占有していた株式会社札幌ドームに対しても、工作物責任(民法717条1項)、不法行為(民法709条)に基づく損害賠償を、ドームを所有していた札幌市に対しても、営造物責任(国家賠償法2条1項)、不法行為(民法709条)に基づく損害賠償を求めて訴えを提起した。
第1審判決は、ほぼ原告の主張を認め、原告が訴求した額の約9割の損害賠償を認めた。
<検討>
裁判所はまず、事故の態様(本件打球の軌道及び原告の挙動)について、次のように認定した。
原告は事故当時、夫、10歳の長男、7歳の長女、4歳の二男と共に家族で球場を訪れており、「本件事故の時点では、原告が通路に面した1塁側内野席18通路10列30番の座席に座り、その左隣に二男が座り、さらにその左隣に長女が座っており、A(著者注:原告の夫)及び長男は離席していた。…3回裏、投手が投じた初球に対して打者がバットで打ったところ、1塁側内野席方向にファウルボール(本件打球)が飛んだ。本件打球は、若干の弧を描きつつも低い弾道で、かつボールの回転による横方向への動きも僅かに含みながら飛来した。打者が本件打球を放ってから本件打球が本件座席に到達して原告の顔面に衝突するまでの時間は、約2秒であり、本件打球がグラウンドと1塁側内野席との境に設置されていたラバーフェンス上を通過するときのグラウンド面からの高さは、5.5ないし6メートル程度であった。原告は、打者が本件打球を打った後、本件打球の行方を見ておらず、隣の席の二男の様子をうかがおうと僅かに下に顔を向け、視線を上げたときには打球がすぐ目の前にきており、本件打球が原告の右顔面に衝突した。」と認定した。
次に主な争点となった、札幌ドーム側には「設置又は保存の瑕疵」(民法717条1項)ないし「設置又は管理の瑕疵」(国家賠償法2条1項)があったかについて、裁判所はまず、「民法717条1項にいう土地の工作物の設置又は保存の瑕疵、国家賠償法2条1項にいう営造物の設置又は管理の瑕疵とは、それぞれ、当該工作物又は営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい、これについては、当該工作物又は営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して、具体的かつ個別的に判断すべきである。」「本件ドームは…球団の本拠地としてプロ野球の試合が頻繁に行われることが予定されている球場施設であって、これが主要な用途の一つであるから、本件ドームの瑕疵については、プロ野球の試合が頻繁に実施される球場施設としての一般的性質に照らして検討されなければならない。」との規範を示した。
そして、本件の球場が通常有すべき安全性を有しているかを検討すると、座席の前のフェンスはグラウンド面から約2.9メートルの高さでありファウルボールの飛来を遮断できるものではなかったこと、試合観戦契約約款や、試合観戦チケットによる注意喚起及び免責事項、ドーム内の大型ビジョンでの注意喚起や、係員による警笛などといったその他の安全対策はいずれも不十分であり、「打撃から約2秒のごく僅かな時間のうちに高速度の打球が飛来して自らに衝突する可能性があり、投手による投球動作から打者による打撃の後、ボールの行方が判断できるまでの間はボールから目を離してはならないことまで周知されていたものではない」と判断した。
その上で、裁判所は、ドームの安全設備は通常有すべき安全性を欠いており、札幌ドームおよび日本ハムファイターズは工作物責任を負うとともに、札幌市も、「札幌ドーム運営協議会」などの場を通じて運営状況の報告を受けたり、サービス水準の向上に向けた協議を行ったりするなどして、札幌ドームの運営に影響力を及ぼすことができる立場にあったのだから、営造物責任を負うと判断した。
さらに、裁判の中では損害額も争われたが、裁判所は、賃金センサスにもとづく一般的な損害賠償の算定手法を踏襲して、原告の請求をほぼ認めた。また、この事故は家族での行楽中に生じたものであり、後遺障害の内容としても精神的な負担が大きいとして慰謝料も認めた。
裁判の過程で、被告である札幌ドーム側らは、以下のような主張をしていた。
まず、プロ野球は広く普及しているスポーツであり、プロ野球の観戦には、一定の危険性が内在していることは通常の判断能力のある者であれば容易に認識できるから、観客側にもこのような危険性を回避するために相応の注意をする義務、具体的には試合中に打球の行方を見ている義務がある、という主張である。
次に、プロ野球は、臨場感を確保することが本質的要素であり、観客の要望でもあるので、ドームに設置された安全設備に相応の合理性が認められる場合には、その通常の用法の範囲内で生じた危険については不可抗力であるとした上で、今回の札幌ドームのフェンスの高さは他のドームに比べて特段低いものではないし、公益財団法人日本体育施設協会が作成した「屋外体育施設の建設指針」をおおむね満たしているから、相当の合理性がある、という主張である。
これに対して裁判所は、以下のように判示した。
まず、プロ野球の観客は多種多様であって、性別・年齢層も幅広く、野球には特段の関心がないが子供や高齢者の付添いとして訪れる者や、初めて球場を訪れる者も相当数いることなどに鑑みると、プロ野球の試合が行われている間、観客が全ての機会にボールを目で追うことは現実的ではない、と指摘した。そして、観客の注意義務として認められるのは、試合の状況に意識を向けつつ、ボールをなるべく目で追うが、ボールの行方を見失った場合には周囲の状況を手掛かりにボールとの衝突を回避する限度である、と判断した。
次に、安全装置の合理性については、グラウンドの形状、グラウンドやフェンス等と観客席との位置関係、観客席自体のグラウンド面からの高さ、構造、形状などを総合的に考慮して、観客席に打球が飛来する危険がどの程度防止されているかで判断するべきであるので、フェンスの高さのみを比較することは適当ではないとした上で、「屋外体育施設の建設指針」は一応の参考程度の指針を示したものにすぎず、他のプロ野球の球場の安全設備が十分ともいえないから、本件ドームの安全設備の現状を追認することもできない、と判示した。
これらの被告の主張は、過去に起こった類似の事故においても、同じように球団側から主張されており、過去の事例では本件と反対の結論が導かれている。
たとえば、宮城球場でプロ野球を観戦中、ファールボールに直撃されて右眼球破裂等の障害を負った結果、視力が矯正後0.03になってしまった観客が、球団や宮城県に対して本件と同様の訴えを起こしたことがあった。本件では、一審では原告の請求が棄却され、高裁でも原告が敗訴している(仙台高等裁判所平成23年10月14日判決、仙台地方裁判所平成23年2月24日判決※2)。
また、神戸球場でプロ野球観戦中に、打者が球を打った際に折れたバットが内野フェンスを越えて飛来し、女性観客の顔面右頬部に突き刺さり、右頬に長さ3.1センチの醜状痕が残った事件では、観客が球場の管理運営者などに対して損害賠償などを請求したが、原告の請求は棄却された。(神戸地方裁判所平成26年1月30日判決)
このように、従来の裁判例では、野球には臨場感が欠かせない要素であるとして、球団側が一定の安全対策をしていれば、野球観戦によって生じた事故は自己責任であるという判断が主流であった。
では、本件で判断が異なった理由は、どこにあるのだろうか。
ひとつには、従来の判断で自己責任の根拠とされていた事情が、今回の事故では当てはまらないことが挙げられる。
たとえば、従来は、野球観戦には危険を伴うことが周知の事実であるので観客はその危険を承知しているという考えがなされていた。しかし、本件の原告である女性は、子供たちが小学校を通じて野球観戦に招待されたことをきっかけに家族で観戦していたが、野球に特段の興味があるわけではなく、野球のルール等も知らなかった。また野球は人気スポーツの1つではあるが、他のプロスポーツの観戦と比べて、格段に危険性が高いものであるとの一般的認識があるわけでもない。よって原告が、観戦の危険を認識し、承知していたとは、今回は言いにくいだろう。
また従来は、観客にはボールの行方に常に注意を払う義務があるとされていた。しかし、今回の原告のように小さい子供を2人連れていた場合は、ボールの行方を目で追いながら、子供の様子にも気にかけつつ、ボールが飛来する数秒間の間に、自分と子供の両方の安全を確保することは極めて困難であり、原告に注意義務違反を見出すのは難しいと言える。それに対して、上記の類似裁判例の2件は、いずれも子供を連れていた事情はなく、そのうち1件は、観戦中にビールを購入しようとして、打球から目をそらしていたときの事故であった。
本件で判断が異なったもう1つの理由として、今回の裁判例では、以下のような新しい要素が考慮に入れられていることが挙げられる。
被告らが、野球観戦では臨場感が重要であると主張したのに対して、裁判所は「防球ネットを設置しないことにより、視認性や臨場感を高め、観客を増加させているのであれば、これによって多くの利益を得ているのであるから、他方において、防球ネットを設置しないことにより、ファウルボールが衝突して傷害を負った者の損害を賠償しないことは、到底公平なものということはできないのである。」との考えを示した。
また、安全設備の合理性の判断の中でも「そもそも、死亡や重大な傷害を防止するという生命・身体に対する安全対策の要請と、臨場感の確保という娯楽の程度を高める要請とを同列に論じ、全く補償すら要しないとする主張自体、事の軽重を捉え違えた調和に欠けるものというべきである」と判示している。
この考え方は、上記の2例の裁判例では指摘されていなかった新しい視点であり、本判決の意義を示すものといえる。すなわち、たとえ野球観戦には臨場感が大切だとしても、球団側が野球観戦から利益を上げる一方で、不運な事故に対して、何ら落ち度がない観客に対して一切の補償をしないということは、生命身体への安全を軽視し、公平を逸するのではないか。今回、原告の勝訴という結論を導いた判断の背景には、このような疑問を投げかける裁判所の姿勢が見える。
この事件で球団側は控訴したようである。控訴審の判断が注目される。
(掲載日 2015年6月1日)