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判例コラム

 

第76号 消費者金融の倒産によって、過払金の返還が受けられなくなった元顧客の損害賠償請求の一部が認められた原判決を取り消し元顧客の請求を全部棄却した事例 

~平成28年1月27日大阪高等裁判所判決※1

文献番号 2016WLJCC014
弁護士法人法律事務所オーセンス※2
弁護士 元榮 太一郎

〔はじめに〕

消費者金融の武富士(現TFK)が倒産したことにより、過払金の返還が受けられなくなったとして、元顧客24人が元副社長ら創業家3人に総額約7500万円の賠償を求めた訴訟について、大阪地方裁判所は、元副社長のみに対して5人分の計327万5000円を支払うよう命じる判決※3(以下「原判決」という。)を下した。
原判決は、全国で同種の訴訟が提起されている中で、はじめて会社役員の責任を認めた事例として注目を集めた。しかし、元副社長及び元顧客がそれぞれ控訴したところ、大阪高等裁判所は、原判決を取り消し、元顧客の請求を棄却する判決を下した。

〔事案及び原判決の概要〕

武富士の顧客として定期的に借金の返済を行ってきた原告らは、最高裁判所平成18年1月13日判決※4(以下「最高裁平成18年判決」という。)によって利息制限法の上限を上回る「グレーゾーン金利」が無効となった後も、従前の約定残高に従って借金の返済を続けてきた。その後、創業者らによる多数の任務懈怠によって武富士が倒産した結果、原告らは、残債務が存在しないにもかかわらず武富士に支払い続けた部分の金銭の返還が受けられなくなってしまった。
この事件について原告は、武富士の亡代表取締役の妻、その息子である元専務取締役と元副社長に対して、任務懈怠を理由とした会社役員の第三者責任(会社法429条1項)に基づいて、損害賠償を請求した。
原判決は、原告らが主張した被告らの義務違反のうち、約定残高と引き直し計算後の残高が相違する可能性があること(以下「残高相違可能性」という。)を告知する義務(以下「残高相違可能性告知義務」という。)が武富士にあったことを理由に、元副社長のみの任務懈怠を認め、原告らの請求を一部認容した。そこで、元副社長がこれを不服として控訴した。なお、原告らも請求金額の全額が認められなかったこと等を不服として控訴した。

〔争点〕

本件の主な争点は、原告らが過払金の返還を受けられなかったことについて、武富士に残高相違可能性告知義務があり、元副社長に任務懈怠が認められるのかどうかである。
元副社長は、原判決に対し、平成18年最高裁判決が出た後の武富士による顧客への請求行為等は、最高裁判所平成21年9月4日判決※5(以下「最高裁平成21年判決」という。)の要件を満たしておらず違法とはいえないこと等を理由に、任務懈怠の前提となる残高相違可能性告知義務が武富士にはなかったと主張した。

〔判旨〕

本判決は、武富士に残高相違可能性告知義務はなく、同社がかかる義務を負っていない以上、残高相違可能性を告知する体制を整備すべき任務が元副社長にあったとは認められないとし、原判決の元副社長敗訴部分を取り消し、原告らの請求をいずれも棄却した。
武富士に残高相違可能性告知義務があるか否かを検討する前提として、本判決は、①最高裁平成18年判決以降、同判決以前の顧客との既存取引において旧貸金業法43条(以下「みなし弁済規定」という。)の適用の余地がなくなったか否か、及び②みなし弁済規定の適用の余地に関する元副社長の認識の有無及び認識可能性の有無を検討した。
①②について、本判決は、原判決と同様の理由でおおむね同様の結論とした上で、③武富士に残高相違可能性告知義務があるか否かを検討し、この③について否定し、原判決と反対の結論を示した。
まず、①について、本判決は、最高裁平成18年判決を踏まえて、武富士は平成18年当時、18条書面に法定事項である貸付けにかかわる契約年月日を記載しない代わりに契約番号を記載していたと認定し、また、基本契約書に、期限の利益喪失特約として、約定支払日までに支払を一度でも遅延し、あるいは支払を怠ったときは、武富士からの通知及び催告がなくても期限の利益を喪失し、融資残高全額、利息及び遅延損害金を直ちに支払う旨を規定していたことを認めた。
このような事実から、本判決は、武富士と最高裁平成18年判決以前の顧客との既存取引において、みなし弁済規定の適用の余地がなかったと原判決とほぼ同様の判断をした。
しかし、本判決は、原判決のように最高裁平成18年判決時点における武富士の既存顧客に対する既存債権の約定残高と利息制限法の制限利率に基づく引き直し計算後の残高は、ほぼ例外なく相違していたとまでは判断しなかった。
次に、②について、本判決は、武富士は最高裁平成18年判決を受けて、平成18年5月8日に常務会を開催し、既存顧客に対する契約書の書換えの要否及び既存債権に対して約定残高で請求する法的根拠の有無などについて、弁護士の意見を交えながら、審議を行った上で、このような状況を踏まえ、平成18年3月期有価証券報告書において、同判決「を受け、過払金返還請求事案における抗弁は極めて困難な状態となり、結果、当期の過払金返還額は約187億円となりました。」と記載したものと認定した。そして、本判決は、有価証券報告書の対外的な重要性に鑑み、常務会に出席した元副社長は、弁護士の意見及び常務会における審議を通じて、既存顧客との取引について契約書を改訂することによってもみなし弁済規定の適用の余地がないことを認識していたか、少なくとも容易に認識し得たと原判決とほぼ同様の判断をした。
しかし、本判決は、原判決のように元副社長が既存債権に対して約定残高で請求することは法的根拠に欠けることを認識していたか、少なくとも容易に認識できたとまでは判断しなかった。
最後に、③について、本判決は、(1)残高相違可能性告知義務を発生させる根拠となるべき規定を貸金業法等の関係法令中に見いだすことができないこと、(2)最高裁平成18年判決を受けて、貸金業者が顧客に対して残高相違可能性を告知する義務を負うとの考え方が、貸金業者の監督官庁である金融庁や貸金業者及びその業界団体において議論されていた形跡は認められないばかりか、そのような考え方が公に示されていた形跡すら認められないこと、(3)貸金業法が昭和58年の公布・施行以来、みなし弁済制度を設けて、制限超過部分の収受が有効となる可能性を認めていたことに照らせば、最高裁平成18年判決により、いわゆるグレーゾーンの範囲内における請求が全て不法行為法上違法な行為になったと解するのは妥当ではなく、当該行為の態様が社会通念に照らして著しく相当性を欠く場合という最高裁平成21年判決の要件を満たす場合に限られると解すべきこと、(4)みなし弁済規定の適用がなくても全て有効に収受でき、顧客への請求が完全に正当な権利行使である場合もあり得ること、(5)後に裁判所で判断されることになっても結論が変わらないよう引き直し計算を行うことは容易ではなく、武富士が引き直し計算義務を負っていたとはいえないから、武富士において、既存取引の残高がいくらなのか、あるいは残高は存在しないのか、過払になっているのかは容易に判明することではないこと等を認定した。
その上で、元副社長がみなし弁済規定の適用の余地がないことを認識していたとしても、武富士が既存顧客に対して約定残高を前提に請求することは、一律に社会通念に照らして相当性を欠くとまではいえず、武富士には残高相違可能性告知義務はないと判断した。
そして、本判決は、武富士が残高相違可能性告知義務を負っていたとはいえない以上、残高相違可能性を告知する体制を整備すべき任務が元副社長にあったとは認められないとし、原判決の元副社長敗訴部分を取り消し、原告らの請求をいずれも棄却した。

〔検討〕

原判決と本判決の結論が分かれた最も大きな理由は、最高裁平成18年判決後に、武富士が既存顧客に対して約定残高を前提に請求する行為(以下「請求行為」という。)が、社会通念に照らして著しく相当性を欠く違法な行為であるか否かについての判断が分かれたことによると考えられる。
なお、請求行為が違法であれば、武富士には、従業員がそのような違法行為に及ぶことを防止するために、金銭消費貸借契約を基礎とする信義則上の義務として、請求行為をする場合には残高相違可能性告知義務を負うと判断される可能性がある。実際に、原判決はこのような判断過程を示して、武富士に残高相違可能性告知義務があると認定している。 
まず、元副社長が既存債権に対して約定残高で請求することは法的根拠に欠けることを認識していたか、少なくとも容易に認識できたという事実の有無が、違法な行為か否かの判断に影響を与えていると考えられる。すなわち、原判決は上記認識に関する事実があると認定している一方で、本判決は意図的にかかる事実までは認定していない。
原判決のように、法的根拠に欠けることを理解した上で、法的義務のないことを強いる行為が社会通念に照らして著しく相当性を欠き違法であるとの評価になじむことは容易に理解できるが、本判決はこのような判断をしなかった。
本判決は、上記認識に関する事実があると認定しなかった理由について明確に述べていない。元副社長に法的根拠に欠けることの認識があったかどうかについては、上記のように違法な行為か否かの判断を十分左右し得ると考えられるため、理由を明確に示すべきであっただろう。
もっとも、本判決において、請求行為が違法でないと判断された理由としては、上記認識の有無以外にも、本判決の③の部分の(4)請求行為が正当な権利行使である場合もあり得ること、(5)武富士が引き直し計算義務を負っていたとはいえないこと、といった事実が認定されたことが少なからず影響を与えていると考えられる。
ところで、原告は、最高裁平成21年判決は、最高裁平成18年判決前の取引の違法性について判断したものであって、同判決後の請求行為等が問題となる本件とは事案が異なるとの主張をしている。最高裁平成21年判決の規範を用いる以上、この原告の主張についても判断すべきであると考えられるが、本判決は判断をしていない。
なお、本判決と類似の訴訟として、東京高裁平成28年1月27日判決等があるが、本判決の③の(1)や(2)を理由として挙げ、あっさりと残高相違可能性告知義務はないとの判断をしている。そのため、この点について、(1)や(2)より踏み込んで判断をしている点では本判決は評価できる。
日本全国で行われている同種の訴訟が多数上告される見通しであることや、上記のように最高裁平成21年判決の射程に関する争点もあることから、最高裁が統一的な判断を示すかどうか、その判断がどのようなものであるか注目される。

(掲載日 2016年5月30日)

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