各国法情報オンラインサービス
Westlaw Japan(日本)
WestlawNext(Westlaw Classic)
Westlaw Asia(アジア)
Westlaw Middle East(アラブ諸国)
Westlaw Japan Academic Suite
Le Doctrinal(フランス)
法的調査ソリューション
Practical Law
Practical Law
Dynamic Tool Set
カスタマーケーススタディ
英文契約書のドラフティングに革新
〈Practical Law〉はスペシャリティを高める教材としても活用できる
契約書レビューソリューション
LeCHECK
便利なオンライン契約
人気オプションを集めたオンライン・ショップ専用商品満載 ECサイトはこちら
文献番号 2016WLJCC024
日本大学大学院法務研究科
教授 前田 雅英
Ⅰ 判例のポイント
愛知県警の警察官が、被告人Xが単独又は、共犯者と行った侵入盗5件及び、覚せい剤の自己使用と所持の事案の捜査において、Xの承諾なく、その使用車両の底部にGPS端末を取り付けて、約3か月間にわたり1600回を超えて位置検索を行い、その位置情報を取得した捜査の違法性が争われた。原審※2は、当該捜査は違法であるが、その結果得られた証拠は、違法収集証拠として排除すべきほどの重大な違法が収集過程では認められないとしてその証拠能力を肯定し、名古屋高裁も原審の判断を維持したものである。現在、実務上、GPSを用いた捜査については、①強制捜査なのか任意捜査なのか、②具体的な捜査行為は違法なのか、③違法だとしても証拠能力を排除すべきかが争われている。本件は、控訴審の判断でもあり、重要なものといえよう。WLJ判例コラム73号※3で紹介した大阪高判平成28年3月2日※4 とは異なり、捜査の違法性を認めているが、事案が異なる面もあり、慎重に比較検討する必要がある。
Ⅱ 事実の概要
(1) 愛知県警察本部刑事部捜査第三課警察官Aは、平成25年6月上旬頃、匿名の人物からの、Xが共犯者とともに自動車窃盗、侵入窃盗等を行っているという情報提供を受け、捜査を進めたところ、Xが他車のナンバープレートを付けたプリウスに乗っていることが判明し、尾行を1週間程度行ったものの、Xが、本件プリウスを高速で走行したり、ウインカーを出さずに進路変更して脇道に入るなど、尾行を避けるような運転をし、失尾するということが続いた。
(2) Aは、内偵捜査によりXが本件プリウスで昼夜を問わず頻繁に外出していることが判明したため、上記匿名情報のとおり窃盗の嫌疑が十分あると判断するとともに、尾行が困難であったことから、尾行中に失尾した際や、尾行開始に当たってXの住居地にX使用車両がない場合に、X使用車両の位置を確認した上で尾行を行う目的で、GPS端末を使用して捜査することを決め、警察庁で定めた運用要領所定の手続を経て※5、平成25年6月13日までに、民間会社から貸与されていた位置情報提供等サービス用GPS端末を、愛知県K市内の店舗共同駐車場(以下、本件駐車場という)において、Xに無断で、本件プリウスの底部に取り付け、同社の位置情報提供サービスを利用した捜査を開始し、同年9月末まで行った。なお、GPS端末について、貸与した会社との間で、「第三者の人権を侵害する行為、またはそのおそれのある行為」を禁ずる旨の契約が結ばれていた。そして、本件の位置検索はいずれも個々の検索ごとに手動で行われたものであった。
(3) 本件GPS装置の設置は、主管課長(捜査第三課長)の承認を得て行われ、担当したAは、所属長に対し、毎日、電話でGPS端末の運用状況について報告を行い、所属長は、毎日、主管課長に本件GPS端末の運用状況について報告し、継続使用の承認を得ていたが、簡単なメモ以外文書は作成されず、そのメモもその後保管されていなかった。Aは、平成25年7月中旬頃、本件GPS端末による位置検索の結果、K市内の駐車場で本件プリウスを発見し、同所をXの立ち回り先として把握するに至った。なお、本件駐車場は、周辺から駐車場内を見ることが可能な露天駐車場であった。
(4) 本件GPS捜査においては、平成25年6月13日午前9時21分から、同年9月30日午後8時44分までの間に、合計1653回の位置検索が行われた。この間、同年7月21日、1日当たりで109回の位置検索が行われ、そのほとんどが深夜から早朝に集中しいずれも同じ場所に関するもので、名古屋高裁は、本件GPS捜査の実態は「尾行中に失尾したなどの場合にX使用車両の位置を確認した上で尾行を行うという目的」(運用要領の使用要件)で行われたとはおよそ考え難いと認定した。
(5) そして、Aは、平成25年7月20日頃、他の県警から、同県で発生した連続窃盗事件に関し、犯行現場で目撃されたレンタカーの賃借人がXであったことから、Xを容疑者として捜査をしている旨の情報を得て、平成25年9月17日、本件駐車場で、盗難品と思しきナンバープレートを装着したフォレスターが駐車されているのを発見し、Xとの関連性を捜査するために、同月18日、本件駐車場を撮影するためのビデオカメラを設置し、張り込みと録画を開始した。そして、同月20日午後5時46分頃、警察官は、Xらが捜査対象としていた本件フォレスターに乗車して本件駐車場を出発するなどの状況を現認し、また、その状況を録画した。
(6) さらに、平成25年10月、窃盗の被害現場の防犯カメラ映像に写っていた人物が、本件駐車場で現認されたXらに人相や着衣が類似しており、また、写っていた自動車が上記フォレスターに類似していることから、同年11月6日、T大学法人類学研究室L教授に、①本件防犯カメラ映像、②本件ビデオカメラ映像並びに③X及びBの前件時の被疑者写真の同一性の鑑定を嘱託し、①と②に写っている2名の人物は同一人である可能性が極めて高い、その2名の人物と③の被疑者写真については、Bについては同一人である可能性が極めて高い、Xについては同一人である可能性が非常に高い、という鑑定結果を得たというものである。
(7) 原審は、本件GPS捜査はプライバシー等に対する大きな侵害を伴うものであったといわざるを得ず、検証許可状等を得ることなく行った本件GPS捜査は違法であるとしたが、(6)の画像鑑定結果については、違法収集証拠として排除すべきではないとして、弁護人の主張を退けた。
Ⅲ 判旨
(1) 名古屋高裁は、本件GPS捜査の強制処分該当性について、GPS端末を取り付けた対象が自動車であるから、Xの行動状況そのものを把握できるわけではなく、自動車の所在する場所は、公道上等通常他人から観察されること自体は受忍せざるを得ない場所が多いが、GPS端末を利用した捜査一般は、「対象者に気付かれない間に、容易かつ低コストで、その端末の相当正確となり得る位置情報を、長期間にわたり常時取得できるだけでなく、その結果を記録し、分析することにより、対象者の交友関係、信教、思想・信条、趣味や嗜好などの個人情報を網羅的に明らかにすることが可能であり、その運用次第では、対象者のプライバシーを大きく侵害する危険性を内包する捜査手法であることは否定できない」とした上で、本件捜査手法については、以下のように判示した。
(2) 「[本件捜査開始の目的は]自動車盗・侵入盗等の嫌疑のあるXにつき、尾行中に失尾した際や、尾行開始に当たってXの住居地にX使用車両がない場合に、X使用車両の位置を確認した上で尾行を行うためのものであったことが認められ、その目的に沿った運用がなされれば、対象車両の使用者のプライバシーを大きく侵害する危険があるとまではいえないであろう。しかしながら、その実施状況を見ると、…具体的な終期を定めることなく開始されており、その開始の段階から、プライバシー侵害の危険を生じさせうるものであった」とし、現に、Xらに本件GPS端末を発見されるという偶然の事情により終了するまでの間、約3か月半にわたり、多数回の位置検索が成功裏に行われ、運用要領の使用要件を満たすことなく、繰り返し位置検索が行われていたことが認められるのであり、本件GPS端末の位置検索結果は同機を貸与した民間会社において保管されており、その情報は捜査機関において入手可能であったことも併せ考慮すれば、「本件GPS捜査は、GPS捜査が内包しているプライバシー侵害の危険性が相当程度現実化したものと評価せざるを得ないから、全体として強制処分に当たるというべきである。」とし、令状の発付を受けることなく行われた本件GPS捜査は、違法であるとした※6。
(3) その上で、名古屋高裁は、Xの画像鑑定の結果に関する証拠の排除の主張は退けた。画像鑑定が行われたきっかけは、本件防犯カメラ映像に写っていた人物と自動車が、本件駐車場で現認されたXら及び本件フォレスターに類似していることであったし、本件駐車場は、本件GPS捜査によってXの立ち回り先として把握されたものであるから、鑑定書等は、本件GPS捜査との関連性は認められるが、画像鑑定の鑑定結果中、犯罪事実とXらとの結びつきという要証事実を推認させるのは、主に、本件防犯カメラ映像と被疑者写真について同一人である可能性が極めて高い、あるいは非常に高いという部分であり、これらの映像等と本件ビデオカメラ映像の人物との同一性の部分ではなく、ビデオカメラ映像自体、本件GPS捜査によって直接得られたものではないので、鑑定書等とGPS捜査との関連性は決して強いものではないとした。
さらに、本件GPS捜査の違法性の程度を、鑑定書等という証拠に即して検討し、「本件駐車場は周辺から駐車場内を見ることが可能な露天の駐車場であり、少なくともその位置情報は、要保護性の高いプライバシーに属するものとは言い難い。客観的にみてプライバシー侵害が大きい状態で本件ビデオカメラ映像等が得られたものではない。また、本件GPS捜査の目的は、尾行中に失尾したなどの際にX使用車両の位置を把握するというものであって、…犯罪の嫌疑はさほど高いものではなかったとはいえ、その目的自体は正当であり、その目的のためにGPS端末の設置という方法を選択する必要性もあったということができる…。そして、少なくとも本件GPS捜査が行われていた当時においては、GPS端末を利用した捜査を強制処分とする司法判断はなく、警察庁では、任意捜査としてGPS端末を利用した捜査についての運用要領を定め、本件GPS捜査を行った警察官も、一応この運用要領を念頭においてGPS捜査を進めていたことがうかがわれる…。」「以上によれば、本件GPS捜査当時、これを担当した警察官において令状主義を潜脱する意図があったと認めることはできない。」として、「これらを総合すると、鑑定書等については、違法捜査との関連性も強いものではなく、その証拠収集過程に重大な違法はないから、その証拠能力は否定されないと解すべきである」と判示した。
Ⅳ コメント
(1) 本判決は、GPS捜査一般が強制捜査に当たるわけではないが、「本件GPS捜査は、GPS捜査が内包しているプライバシー侵害の危険性が相当程度現実化したものと評価せざるを得ないから、全体として強制処分に当たるというべきである」とした。
具体的には、①窃盗等の嫌疑のある者につき、尾行中に失尾したり、尾行開始に当たり住居地に車両がない場合に当該車両の位置を確認した上で尾行を行う目的に沿った運用がなされれば、プライバシーを大きく侵害する危険があるとまではいえないが、②本件のように、終期を定めることなく開始し、③約3か月半にわたり約1600回の位置検索が成功裏に行われ、運用要領の使用要件を満たすことなく、位置検索が繰り返し行われていたことが認められ、④本件GPS端末の位置検索結果情報が民間の会社に保管されておりそれを捜査機関において入手可能であったことも併せ考慮すれば、⑤本件GPS捜査は、GPS捜査が内包しているプライバシー侵害の危険性が相当程度現実化したものと評価せざるを得ないから、全体として強制処分に当たるとしたのである。
(2) GPS捜査一般を強制処分として類型化し、令状を得ないで行った以上、すべて違法な捜査であるとしたわけではない。捜査が「違法」といえるか否かは、写真撮影の場合と同様に、個別具体的な事情を踏まえて判断されることになる。最決平成20年4月15日(刑集62・5・1398)※7は、写真撮影についても、犯罪・嫌疑の重大性、撮影の必要性、プライバシー侵害の程度等を総合的に考慮してその適法・違法を判断すべきことを明らかにした。
ただ、本件判決は、「強制処分に当たる」としたのである。そして、GPS捜査を検証とし、令状の事前提示に代わる条件、検証の対象や期間の特定等について、新たな立法的措置も検討されるべきであるとも判示している。確かに、立法措置も考えられるが、技術の進歩の速度なども勘案すると、最高裁による「解釈論的解決」の方が合理性があるとも考えられる。その場合には、具体的な捜査について、個別的事情を踏まえた、比例原則に従った違法性判断がなされることになろう。そして、それを踏まえた、警察の内部指針の充実と、現場への教養の徹底が重要なものとなろう。
(3) 大阪高判平成28年3月2日は、①本件捜査で得られる情報は、対象車両の所在位置に限られ車両使用者らの行動の状況などが明らかになるものではなく、②車両位置情報を間断なく取得・蓄積し、過去の位置(移動) 情報を網羅的に把握したものでも無く、③プライバシーの侵害の程度は必ずしも大きいものではなかったとした(WLJ判例コラム73号参照※8)。
そして、大阪地判平成27年3月6日(捜査研究770号判例集未登載)も、判決に先行して平成27年1月27日証拠決定において、①24時間位置情報が把握され、記録されるというものではなく、状況によっては数百メートル程度の誤差があり、②尾行するための補助手段として上記位置情報を使用していたにすぎず、位置情報を記録として蓄積していたわけではないので、③通常の尾行と比較してプライバシー侵害の程度が大きいものではなく、強制処分には当たらないとしている。
このような判断の前提には、広範囲に移動して犯行を重ねている本件のような犯行に関しては、尾行には相当な困難が予想され、嫌疑の十分な場合には使用車両にGPS発信器を取り付けてその位置情報を取得して所在を割り出す必要性は相当高かったという点が存在する。
これに対し、本件捜査は、警察庁の「運用要領」に定められた要件を満たしていないものでもあり、GPS発信器を取り付けてその位置情報を取得して所在を割り出す必要性は相対的に低かったという名古屋高裁の判断は、合理性のあるものであるように思われる。
いずれにせよ、新しい技術・機器の発達する中で、「プライバシー侵害の大小」の評価基準のコンセンサス形成が要請されていることに変わりは無い。
(掲載日 2016年9月8日)