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文献番号 2017WLJCC004
同志社大学
教授 高杉 直
1.はじめに
国際取引の主たる紛争解決方法は、「仲裁」(国際商事仲裁)である。「国際的な取引に関わる紛争を解決する場合、『国際仲裁以外に、選択肢がない』というのが実情」であるとも指摘されている(フレッシュフィールズブルックハウスデリンガー法律事務所編『よくわかる国際仲裁』(商事法務、2014)2頁)。国家裁判所の判決を他国で強制執行することは、極めて困難である。これに対して、仲裁人が下した仲裁判断は、多数の国(日本を含む)が締約国となっている1958年の「外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約」(ニューヨーク条約)が存在するため、それを世界中で強制執行できる。
日本は、国内法としても「仲裁法」を定め、仲裁判断の承認および執行を規律している。すなわち、仲裁判断は、それが内国で作成されたか外国で作成されたかを問わず、原則として、日本国内において確定判決と同一の効力を有し(仲裁法45条1項)、日本の裁判所で執行決定を得た上で、日本国内において強制執行を行うことができる(同法46条、民事執行法22条6号の2)。
強制執行に抵抗する方法として、請求異議の訴え(民事執行法35条)がある。本件は、ロシアの仲裁機関が下した仲裁判断について、日本国内で執行決定がされた後、日本の企業が強制執行の不許を求めて請求異議の訴えを提起した事案である。
2.事実の概要
(1)原告Xは、Aを代表取締役とする日本の有限会社であり、被告Yは、パナマ法人である。訴外a社は、ロシア法人である。
(2)Aは、平成20年、Xを貸主、a社を借主とする金銭消費貸借契約に署名した。
(3)Yを貸主、Xを借主とする借用契約書(本件契約書)が存在する。本件契約書中には、「合意に達しなかった場合、本契約書から、または本契約書に関連して発生する紛争、見解の不一致または請求事項は、契約の履行、違反、消滅または無効性にかかわるものを含め、すべて、ロシア連邦商工会議所付属国際商事仲裁裁判所(モスクワ市)(「本件仲裁裁判所」という)がその仲裁規則にしたがって行う解決に委ねる。これらの紛争は、すべて、ロシア連邦の実体法の規定にしたがって解決するものとする。仲裁判断は終局的であり当事者双方はこれを履行する。」との記載がある(この合意を「本件仲裁合意」という。)。
(4)Yは、平成20年4月10日、ラトビア共和国にあるリエトム銀行のY名義の口座から、三菱東京UFJ銀行新富町支店のX名義の口座宛てに1億9600万円を送金した。
(5)Xは、同月16日、三菱東京UFJ銀行新富町支店のX名義の口座から、ロシアにあるSBERBANK PRIMORYE BRANCHのa社名義の口座に1億9600万円を送金した。
(6)本件仲裁裁判所は、2010年(平成22年)8月17日、「① Xは、Yに対し、貸付金1億9600万円、借入利息3360万9972.60円、遅延利息459万5235.93円、Yが利益擁護のために代理人に要した費用5000米ドルを支払わなければならない。② Xは、Yに対し、仲裁費用4万2651米ドルを支払わなければならない。」との内容の仲裁判断(本件仲裁判断)をした(本件仲裁判断に基づくYのXに対する債権を「本件債権」という)。
(7)Yは、東京地方裁判所に対し、本件仲裁判断に基づく執行決定を求める申立てをし、同裁判所は、平成24年6月29日、本件仲裁判断に基づいてYがXに対して強制執行することを許可する決定をした(本件執行決定)。Xは、同決定に対し、抗告したが、東京高等裁判所は、同年11月8日、Xの抗告を棄却した。
(8)a社は、平成22年10月4日、倒産者認定申請をロシア連邦イルクーツク州仲裁裁判所に申請した。
(9)Xは、平成25年2月21日、Yに対し、XがYに対して有する契約上または不法行為に基づく損害賠償請求権(1億9600万円)と、YのXに対する本件債権を相殺する旨の意思表示をした。
(10)Xは、①本件仲裁判断は有効な仲裁合意に基づくものではないこと、②本件債権は不存在または無効であること、③本件債権は相殺により消滅したこと、および、④本件仲裁判断に基づく強制執行は権利の濫用に当たることを異議事由として主張し、本件仲裁判断に基づく強制執行の不許を求める訴え(民事執行法35条)を提起した。
3.判決
請求棄却。
①「1 争点1(異議事由1(本件仲裁合意の不存在、本件仲裁判断の無効)の理由の有無)について
(1) Xは、本件仲裁合意が存在しないにもかかわらずされた本件仲裁判断は無効であるから、『裁判以外の債務名義の成立』についての異議事由(民事執行法35条1項後段)があると主張する。
(2) しかし、同項後段が、『裁判以外の債務名義の成立』について、異議事由とすることを許した趣旨は、慎重な司法手続を経ていない種類の債務名義にあっては、その成立をめぐって争いを生じることがしばしばあり、これを裁判手続で審査する必要性が高いからであると解されるところ、仲裁判断については、裁判所に対し、仲裁判断の取消しの申立てをして、仲裁判断の成立に関する瑕疵を争うことができること(仲裁法44条)、仲裁判断の執行決定においても、仲裁合意の有効性や仲裁手続の適法性など、仲裁判断の成立に関して審理することが予定されていること(同法46条8項、45条2項各号)等に照らせば、確定した執行決定のある仲裁判断については、『裁判以外の債務名義』には該当しないというべきである。……
(3) よって、本件仲裁合意の不存在、本件仲裁判断の無効をもって、異議事由とすることはできないと解されるから、Xの主張は採用できない。」
②「2 争点2(異議事由2(本件債権の不存在)の理由の有無)について
(1) Xは、本件契約書は、偽造されたものであり、同契約書に記載されている本件債権は発生していないから、『債務名義に係る請求権の存在』についての異議事由(民事執行法35条1項前段)があると主張する。そして、確定判決についての異議の事由は、口頭弁論の終結後に生じたものに限られる(同条2項)ところ、この『確定判決』に仲裁判断は含まれないと主張する。
(2) しかし、同条2項が、異議事由を時間的に制限した趣旨は、請求権の存在が確定判決により、既判力の基準時である口頭弁論終結時をもって確定された以上、これより前に発生した事由については、債務者が、その存在を知っていたか否かにかかわらず、既判力の効果として主張し得ないとする点にあり、このような趣旨は、確定判決以外の債務名義についても、既判力を有する債務名義には妥当すると解すべきである。そして、仲裁判断は、『確定判決と同一の効力を有する』(仲裁法45条1項本文)と明文で規定されており、既判力が認められていることからすれば、確定した執行決定のある仲裁判断は、民事執行法35条2項の『確定判決』に含まれ、同項の『口頭弁論の終結後』との文言は、仲裁判断の既判力の基準時である『仲裁判断がされた後』と読み替えられるものと解するのが相当である。……
(3) よって、本件債権の不存在をもって、異議事由とすることはできないと解される。
3 争点3(異議事由3(本件債権の虚偽表示による無効)の理由の有無)について
争点2についてと同様、本件債権の虚偽表示による無効をもって、異議事由とすることはできないと解される。」
③「4 争点4(異議事由4(相殺1:不法行為)の理由の有無)について
……、XがYの不法行為であると主張する、a社が破綻に至るおそれがあることを知りながら、本件の迂回型金銭消費貸借を企画・指揮して、Xに回収不能であるa社への貸付債権を発生させたという事実は認めることができない。
よって、XのYに対する不法行為に基づく損害賠償請求権の発生は認められない。
5 争点5(異議事由5(相殺2:契約責任)の理由の有無)について
上記のとおり、Yとa社間には一定の関係が認められ、また、YからXへ、Xからa社への1億9600万円の資金の流れは認められるものの、このことから直ちに、YがXに対して、Xのa社に対する貸付債権について、Yが黙示の保証、損害発生防止義務の引受け又は損害填補合意をしたということまでを認めるに足りる証拠はない。
……他に、YがXに対して上記のような保証等の契約上の責任を負担することについて、合意があったことを認めるに足りる証拠はない。
よって、XがYに対して、契約責任に基づく請求権を有していたということはできない。」
④「6 争点6(異議事由6(権利濫用、公序良俗違反)の理由の有無)について
Xが主張する事由は、いずれも本件仲裁判断を取得した動機、目的等を問題とするものであり、本件仲裁判断がされる前に生じていた事情であるから、民事執行法35条2項により、異議事由とすることはできないと解される。」
4.本判決の意義と本件に関連する諸問題
本判決(特に①および②の部分)は、仲裁判断との関係で、民事執行法35条(請求異議の訴え)1項の解釈・適用を示した(おそらく初めて公表された)裁判例である。
判旨①は、「確定した執行決定のある仲裁判断」が「裁判以外の債務名義」(民事執行法35条1項後段)に該当せず、仲裁判断の「成立」(同)についての異議事由を主張できないと判示する。従って、仲裁判断については、仲裁判断「に係る請求権の存在又は内容」(同前段)についての異議事由しか主張できないことになる。
判旨②は、確定した執行決定のある仲裁判断が「確定判決」(同条2項)に含まれ、同項の「口頭弁論の終結後」との文言が、仲裁判断の既判力の基準時である「仲裁判断がされた後」と読み替えられると判示する。もっとも、学説上、仲裁判断の既判力の基準時については争いがある(仲裁判断書の作成日を基準とする説や仲裁手続における事実審理の終結時とする説などがある。小島武司=猪股孝史『仲裁法』(日本評論社、2014)417頁・435頁などを参照)。
なお、本件と同様に、仲裁判断の執行決定が下された後の相殺を理由とする請求異議の訴えに関する裁判例として、[1]東京地裁平成26年3月24日判決(Westlaw Japan文献番号2014WLJPCA03248003)がある(この判決の評釈として、小池未来「請求異議の訴えの国際裁判管轄と相殺の主張」『ジュリスト』1483号124頁(2015)を参照)。[1]の事件では、執行決定の後に、債務者が、債権者に支払済みの前渡金の返還請求権を自働債権として相殺の意思表示を行った上で、請求異議の訴えを提起した。これに対して、債権者は、相殺を異議事由として主張する前提として、自働債権について我が国に国際裁判管轄権が有ることが必要であると主張した。[1]の判決は、「国際裁判管轄の存否は、訴訟物との関係において問題となるというべきであり、訴訟物について国際裁判管轄を有する裁判所は、その当否について判断するのに必要な事実上・法律上の全ての点について審理・判断することができると解するのが相当であるところ、相殺の主張は、攻撃防御方法の一つにすぎない」と判示し、有効な相殺が成立していると認定した上で、債務者による請求を認容した。
本件では、自働債権の国際裁判管轄の要否は争われておらず、結論として、債務者による請求が棄却された。本判決と[1]の判決との結論の相違は、[1]の事件では自働債権の存在が明確であり、有効な相殺の成立が認定されたのに対して、本件では、自働債権の存在が否定され、相殺が認められなかった点に求められよう。