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判例コラム

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判例コラム

 

第98号 詐欺罪の結果発生の不能と承継的共同正犯 

~名古屋高裁平成28年9月21日判決 詐欺未遂被告事件※1

文献番号 2017WLJCC006
日本大学大学院法務研究科
教授 前田 雅英

Ⅰ 判例のポイント

 いわゆる「振り込め詐欺」に代表される特殊詐欺事案の被害額は、必死の捜査にもかかわらず、現在も高水準を保っている。そのような中で、「騙された振り作戦」が行われ、かなりの数の検挙者が報告されている。本判決は、同作戦で検挙された、いわゆる「受け子」、すなわち、氏名不詳の者が虚偽の電話をかけて被害者に送らせた荷物(現金)を、受け取るよう依頼された者が、詐欺未遂罪の共同正犯で起訴されたが無罪とした注目すべき高裁判例である。

 「現金を偽装した物」を送った以上、詐欺罪による財産侵害の危険性がないとも考えられるが、名古屋高裁は、不能犯に関する具体的危険説を採用し、行為時の結果発生の可能性は、一般人が認識し得た事情及び行為者が特に認識していた事情を基礎とすべきで、偽装荷物を発送したという事実は、X(受け子)はもとより一般人も認識し得なかったのだから、Xに詐欺未遂罪の共同正犯が成立しうるとしたのである。しかし、名古屋高裁は、「詐欺を主導したと思われる氏名不詳者とXの間に、詐欺罪の共謀が認められない」として、結論として無罪を言い渡した。ただ、本件の実質的争点は、共謀の有無も含めての「共同正犯の成否」にあったといえよう。

Ⅱ 事実の概要

 本件は、被害者A(当時81歳)の親族等になりすまし、その親族が現金を至急必要としているかのように装って現金をだまし取ろうと考えた氏名不詳者Yが、Aの息子を装い現金300万円を至急必要としているので、Xが便利業として掲げている埼玉県所在のa社に宛てて現金を送付してもらいたい旨、平成27年8月20日に複数回にわたり電話で申し向け、その旨誤信させて、Aから現金の交付を受けようとして、Xのみが、詐欺未遂罪の共謀共同正犯として逮捕され、起訴されたという事案である。ただ、Aは、平成27年8月20日午後0時過ぎ頃のYの電話で、300万円を引き出すために銀行に行ったが、その際息子に電話をしたことから詐欺であると分かり、息子が警察に連絡し、Aは同日午後4時頃、最寄りのコンビニで現金を偽装した荷物の配達を依頼し、その後、電話をかけてきたYに、配達を依頼した荷物のお問い合わせ送り状番号を伝えたことが認定されている。

 第一審である名古屋地裁は、Xは平成27年3月からBを名乗る者の荷物転送の仕事をする中で不審を感じて警察に相談し、「詐欺の可能性がある」と告げられたが、その段階では、「詐欺被害者から送付される現金であるかもしれない」との認識を認めることはできず※2、Xが受取の依頼を承諾したのは、8月20日午後4時頃以降であるとした上で、Aが本件荷物を発送した時点で既に詐欺既遂の現実的危険も消失しており、Xの荷物受取りの承諾がYらの行った欺罔行為に何らかの影響を与えたと認めることはできず、一方、Yが電話をかけた時点で、詐欺未遂自体はすでに成立しており、Xの行為が本件詐欺未遂の結果と因果関係を有することはなく、共同正犯の責任を負わせることはできないとした。

Ⅲ 判旨

 検察側の控訴に対し、名古屋高裁は、以下のように判示して、原審の結論を維持した。

 「現金を偽装した物」を送ったのであり詐欺罪の結果発生の危険性がないという点に関し、「単独犯で結果発生が当初から不可能な場合という典型的な不能犯の場合と、結果発生が後発的に不可能になった場合の、不可能になった後に共犯関係に入った者の犯罪の成否は、結果に対する因果性といった問題を考慮しても、基本的に同じ問題状況にあり、全く別に考えるのは不当である。結果発生が当初から不可能な犯罪を実行しようとした者に、後から犯罪実行の意思を持って加担した者がいた場合、原判決の立論では、仮に、当初から実行しようとした者については未遂犯が成立するとしても、後から関与した者は常に処罰されないことになると思われるが、そのような結論は正当とは思われない。」

 「そして、実際には結果発生が不可能であっても、行為時の結果発生の可能性の判断に当たっては、一般人が認識し得た事情及び行為者が特に認識していた事情を基礎とすべきである。そうすると、仮に、被害者が、被告人がBからの荷物受領の依頼を受ける以前に既に本件荷物の発送を終えていたとしても、被害者が警察に相談して模擬現金入りの本件荷物を発送したという事実は、被告人及び氏名不詳者らは認識していなかったし、一般人が認識し得たともいえないから、この事実は、詐欺既遂の結果発生の現実的危険の有無の判断に当たっての基礎事情とすることはできない。本件通話の時点で氏名不詳者らは、実際に現金を受け取る意思であったと認められるから、詐欺の犯意は失われておらず、被告人が氏名不詳者らとの間で共謀したとみられれば、被告人に詐欺未遂罪が成立することとなる。

 なお、被告人がBからの依頼を受けて被害金を受領する行為が本件詐欺の実行行為に当たるかは一個の問題であるが、仮にこれが実行行為に当たらないとしても、当該受領行為は、財物の騙取を実現するための重要な行為であり、通謀の上これを分担したのであれば、正犯者といえる程度に犯罪の遂行に重要な役割を果たしたものとして、少なくとも共謀共同正犯には当たり得るものと考えられる。」

 しかし、名古屋高裁は、「通謀の上これを分担したとはいえない」として、無罪を言い渡したのである。検察の、①特殊詐欺の手口として、宅配便を利用して現金を送付させたりする事例が報道されており、Xがそのことを知っているからこそ警察に相談したとも考えられ、そのXが警察官から「詐欺に加担しているかもしれない。」などと告げられれば、Bの依頼で受け取る郵便物に詐欺の被害現金等が在中しているのではないかという疑念を強く抱いたことが容易に推認でき、②転送依頼の際、「配達物を預かる」だけという手間の軽いものとなったのに報酬額が1通2000円から5000円に引き上げられたのは、B関係者と直接接触することで詐欺の発覚のリスクが高まること以外に合理的な理由が見いだせないとの主張に対し、名古屋高裁は、①の被告人の認識に対する推認力は検察官が主張するほど強いとはいえず、②顧客がくれるというのでもらっておく程度の認識もありえ、上がった金額も特に異常というほど高額とはいえず、報酬の上昇から郵便物に詐欺の被害現金等が入っていることを認識したと推認するのは相当な飛躍がある等とした。

Ⅳ コメント

1 本件の事案の骨格は、共謀・意思の連絡に関する事実認定に微妙なものが残ることは留保しなければならないが、基本的には「特殊詐欺に金銭を受け取る段階から事情を知って関与した者※3に詐欺罪の共同正犯が成立するか」という問題である。その意味で、詐欺罪についての承継的共犯の問題といってよい。

2 承継的共同正犯に関しては、共謀加担前に既に生じさせていた傷害結果については、後行者は共謀及びそれに基づく行為がこれと因果関係を有することはないから、傷害罪の共同正犯としての責任を負うことはないが(最決平24・11・6刑集66・11・1281,Westlaw Japan文献番号2012WLJPCA11069001)、強盗罪のような結合犯の場合、判例は、後から財物奪取・姦淫行為のみに関与した者を強盗罪・強姦罪の承継的共同正犯とするものが多い(東京高判昭57・7・13判時1082・141,Westlaw Japan文献番号1982WLJPCA07130006、東京地判平7・10・9判時1598・155,Westlaw Japan文献番号1995WLJPCA10090008、さらに前述最決平24・11・6刑集66・11・1281,Westlaw Japan文献番号2012WLJPCA11069001参照)。

  これに対し、監禁罪・略取誘拐罪や詐欺・恐喝罪等の「単純一罪」への途中からの関与については、結合犯のように分けて独立に評価しにくい面もあり、一個の実行行為に途中から関与した場合には、承継的共同正犯が認められやすい(監禁罪について東京高判昭34・12・7高刑集12・10・980,Westlaw Japan文献番号1959WLJPCA12070003、略取誘拐罪について東京高判平14・3・13東高刑時報53・1=12・31,Westlaw Japan文献番号2002WLJPCA03130020参照)。

3 詐欺罪の場合も、欺罔行為時には参加していなくても、先行の事情を知ってそれを利用する意思で金銭受取を担当した者が、詐欺罪の共同正犯に該当することには、異論は少ないであろう。ただ、「首謀者」と「受け子」の関係によっては、共同正犯性(正犯者意思)が認定し得ず、幇助にとどまることもあり得る。

4 ただ、本件では、被害者は詐欺に気付き警察と相談して現金を偽装した荷物を送っているので、詐欺罪の既遂結果発生の可能性がない以上、詐欺罪の未遂の成立も否定されるのではないかという点が問題となる(結果発生の不可能な犯行を教唆する「未遂の教唆」の議論とも無関係ではないが、問題は異なるといえよう(前田雅英『刑法総論講義〔6版〕』374頁(東京大学出版会、2015年)参照))。

5 そして本件第一審は、Xの受取行為承諾時には、詐欺行為を構成する事実を行う認識はあるとしても、既にその時点で詐欺未遂罪の成立に因果的に影響し得ない段階に達していたので、詐欺罪の共同正犯(共謀)は認められないとした。

  それに対し、控訴審は、当該受領行為は、財物の騙取を実現するための重要な行為であり、通謀の上これを分担したのであれば、正犯者といえる程度に犯罪の遂行に重要な役割を果たしたものとして、少なくとも共謀共同正犯には当たり得るとした。

  第一審は、「欺罔行為」に何らかの影響を与えたと認めることはできないという点を重視しているようにも思われ、欺罔段階から関与しなければ詐欺罪の承継的共同正犯は成立し得ないとしているようにも見える。しかし、そのように解することは、「暴行脅迫に一切関与しなくても強盗罪の承継的共同正犯には当たりうる」とする判例の考え方と矛盾するように思われる。その意味では、控訴審の判旨に妥当性が認められよう。

6 ただ、名古屋高裁は、詐欺を行う意思の連絡が認定できれば、不能犯とほぼ同様に考え、一般人が知り得なかった(本人も知らなかった)「偽装物へのすり替え」は危険性判断の基礎事情から除外するという具体的危険説的論理により、詐欺未遂罪の成立の余地を認めている。

  しかし、承継的共同正犯の成否には、後行者の主観面も大きく影響する。同じく結果が発生し得ない事情が存在しても、先行行為の存在とそれによって生じた状態を知って(さらにはそれを積極的に利用する意思で)関与したか否かは、共同正犯性に大きく影響する。

  不能犯論の具体的危険説を形式的にあてはめて、欺罔行為時に一般人から見て一定程度の危険性があれば、受取にのみ関与した者も詐欺未遂罪の共同正犯に当たるとすることも妥当ではない。関与(承継)の客観的・主観的態様の吟味が必要なのである。

7 この点、名古屋高裁は、共謀の存在を否定し、無罪としている。より厳密には、検察の主張するような事情では、郵便物に詐欺被害の現金等が入っていることを認識したとは推認し得ないとした。これは、承継的「共同正犯」を基礎づけるだけの主観的事情の有無を吟味しているとも採れるのである。

  しかし、問題はX等の供述の信用性の評価にあるように思われる。特殊詐欺の報道がこれだけ多いことは、被疑者の主観面に投影しているはずで、さらにこの種の犯罪の逮捕者の約半数が反社会的勢力と認定しうる者であり、そうでない者も犯罪性が高いことが多いと想定され、首謀者などと徹底して口裏合わせをして供述していることが多いと思われる。自ら警察に相談し「詐欺に加担しているかもしれない。」などと告げられた者が、最後に受取を依頼された際に詐欺被害現金等の在中の未必的な認識すら認定できないのかを判断する際には、上記事情が影響するように思われる。逆に、捜査機関も、特殊詐欺事犯においては、受け子などの関与にいろいろな態様があり得ること、「正犯性(正犯者意思)」の立証が困難な場合があることを想定し、「幇助」での立件など、あらゆる方策を検討する必要があろう。

(掲載日 2017年2月15日)

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