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文献番号 2017WLJCC008
北海道大学法学研究科
教授 田村 善之
1 問題の所在
本コラムが取り上げるのは、存続期間延長登録にかかる特許権の保護範囲に関する大合議判決である、知財高判平成29.1.20平成28(ネ)10046(WestlawJapan文献番号2017WLJPCA01209001)[オキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤Ⅰ](エルプラット事件)である。
特許法は、安全性の確保等を目的とする法律の規定によるものであって当該処分を行うためには相当の期間を要するものとして政令で指定する許可等の処分を受けることが必要であるために、特許発明の実施をすることができなかったときは、5年を限度として、延長登録を出願することにより、存続期間を延長することを認めている(特許法67条2項)。政令で指定されている処分の一つが、薬機法(平成25年改正前は薬事法)による医薬品にかかる承認である(特許法施行令2条2号)。特許法68条の2により、延長された特許権の効力は、許可等の処分の対象と「物」及び「用途」を同じくする範囲で生じる。本判決はこの特許法68条の2の解釈論を取り扱ったものである。
2 従前の裁判例
つい最近まで、特許法68条の2を直接の争点とする裁判例はなく(本件の原判決が最初の公刊判決である)、同条は、むしろ延長登録の可否の単位と連動する場面で、傍論的に論じられていた。
すなわち、一つの特許発明の実施に関連して複数の許可等の処分が下されることがあり、その場合、個々の処分毎に存続期間延長登録が許されるのかということが問題となる。従前の特許庁や裁判例は、条文では要求されていないにも関わらず、延長後の特許権の効力を同じくする範囲で複数回延長がなされることが不当であるという考え方のもと、特許法68条の2の範囲内での延長登録は一回限り、すなわち最初の処分に関する延長登録のみが認められるという立場をとった。しかも、従前の実務は、特許法68条の2の「物」は「有効成分」、「用途」は「効能・効果」を意味すると理解したので、結局、「有効成分」「効能・効果」を同じくする範囲では、延長は一回限りという取扱いがなされていた。
このように医薬品の発明として、新規化合物と用途発明を想定する考え方は、1987年改正当時はまだ主流を占めていた新たな有効成分、新たな効能・効果にかかる新薬の開発のイノヴェイションに適合するものといえるかもしれないが、しかし、1990年代以降、重要性を増した剤型、用法、用量等に特徴のあるDrug Delivery System(DDS:薬物送達システム)にかかるイノヴェイションに適合しておらず、これらの点に特徴のある特許発明に関して十分な保護を与えることができないことが懸念されていた。
そのようななか、知財高裁の大合議判決である知財高判平成26.5.30判時2232号3頁・WestlawJapan文献番号2014WLJPCA05309001[血管内皮細胞増殖因子アンタゴニスト](アバスチン事件(ベバシズマブ事件とも))※1と、その上告審判決である最判平成27.11.17民集69巻7号1912頁・WestlawJapan文献番号2015WLJPCA11179001[同]※2は、「医薬品の成分を対象とする物の発明」については、先行処分と後行処分とが「医薬品の成分、分量、用法、用量、効能及び効果」を異にすれば、つまり「有効成分」、「効能・効果」に限らず「分量、用法、用量」が異なれば、後行処分に基づく延長登録を認めるに至った(この結論自体は、パシーフカプセル30㎎事件に関する知財高判平成21.5.29民集65巻3号1685頁・WestlawJapan文献番号2009WLJPCA05299001[放出制御組成物]※3でも説かれていたところである)。延長登録の可否の単位の問題について、従前の特許庁の実務や裁判例と異なり、原則として、処分毎※4に延長を認める個別化志向をとったのである。
その際、パシーフカプセル30mg事件知財高判、またアバスチン事件知財高裁大合議判決は、傍論ながら、延長登録の可否の単位の問題と延長後の特許権の効力に関する特許法68条の2の保護の範囲の問題は連動しない旨を説きつつも、同条による「物」と「用途」に関して、やはり処分毎に確定される狭い範囲にいったん細かく限定しつつ、「均等物や実質的に同一と評価される物」に効力を拡張するという形で調整を行うという立場を示した。しかし、アバスチン事件最判は、特許法68条の2に関しては言及を控えたために、この点に関する判例法理の確立は将来の課題として残されることになった。
そのようななか、特許権を同じくし、被疑侵害者および被疑侵害物件を異にする一連の事件において、延長後の特許権の侵害の成否が直接問題となり、ゆえに特許法68条の2が正面から取り上げられることとなった。本件の大合議判決はそのうちの一つの事件に関する控訴審判決である。
3 地裁段階における二つのアプローチ
嚆矢となったのは、本件知財高裁大合議判決の原審の東京地判平成28.3.30平成27(ワ)12414(WestlawJapan文献番号2016WLJPCA03309005)[オキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤Ⅰ]である。
同判決は、基本的には、アバスチン事件知財高裁大合議判決の法理に従いつつ、「均等物」ないし「実質同一物」の意義につき、次のように説いた。
「当該政令処分の対象となった「(当該用途に使用される)物」と相違する点がある対象物件であっても、当該対象物件についての製造販売等の準備が開始された時点(当該対象物件の製造販売等に政令処分が必要な場合は、当該政令処分を受けるのに必要な試験が開始された時点と解される。)において、存続期間が延長された特許権に係る特許発明の種類や対象に照らして、その相違が周知技術・慣用技術の付加、削除、転換等であって、新たな効果を奏するものではないと認められるなど、当該対象物件が当該政令処分の対象となった「(当該用途に使用される)物」の均等物ないし実質的に同一と評価される物(以下「実質同一物」ということがある。)についての実施行為にまで及ぶと解する」※5
同旨を説くものに、東京地判平成28.12.22平成27(ワ)12412(WestlawJapan文献番号2016WLJPCA12229001)[オキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤Ⅲ]がある。
他方、これと異なるアプローチを示したのが、東京地判平成28.12.2平成27(ワ)12415(WestlawJapan文献番号2016WLJPCA12029002)[オキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤Ⅱ]である。裁判所は延長された特許権の効力に関し、アバスチン事件知財高裁大合議判決と同様に、「政令処分対象物」の「均等物や実質的に同一と評価される物」「(実質的同一物)」である場合には、特許権の存続期間が延長された場合の当該特許権の効力が上記被疑侵害品についての実施行為にも及ぶ、という一般論を説く。そのうえで、この「実質的同一物」の解釈に関しては、特許法70条に基づく技術的範囲の属否に加えて、文言解釈上は当該政令処分対象物についての特許発明の技術的範囲に属しない場合であっても、信義則の見地から、当該政令処分対象物と当該被疑侵害品の差異が、最判平成10.2.4民集52巻1号113頁・WestlawJapan文献番号1998WLJPCA02240001[ボールスプライン軸受]の説く均等5要件※6を充足する場合には、当該政令処分対象物と均等なものとして、当該政令処分対象物についての特許発明の技術的範囲に属する、という解釈論を展開した※7。
前掲東京地判[オキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤Ⅰ]が、例示的な位置づけながら、「周知技術・慣用技術の付加、削除、転換等であって、新たな効果を奏するものではないと認められるなど」の場合に限って均等物ないし実質的同一物と評価しようとしているのに比すると、その種の限定を加えることなく一般の均等論と同様の要件の下で効力の範囲を画そうとした点が特徴的であったといえよう。
4 エルプラット事件知財高裁大合議判決
以上のように、特許法68条の2をめぐる下級審の裁判例は、周知技術、慣用技術の付加、削除、転換等に焦点を当てるものと、ボールスプライン軸受事件最判の均等5要件を活用するものとに二分されていた。そのようななか大合議で下されたのが、本コラムの対象である知財高判平成29.1.20平成28(ネ)10046[オキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤Ⅰ](エルプラット事件)である。
同判決は、特許法68条の2の条文の解釈の仕方を、以下のように説く。
「医薬品の成分を対象とする物の特許発明の場合、存続期間が延長された特許権は、具体的な政令処分で定められた「成分、分量、用法、用量、効能及び効果」によって特定された「物」についての「当該特許発明の実施」の範囲で効力が及ぶと解するのが相当である(ただし、延長登録における「用途」が、延長登録の理由となった政令処分の「用法、用量、効能及び効果」より限定的である場合には、当然ながら、上記効力範囲を画する要素としての「用法、用量、効能及び効果」も、延長登録における「用途」により限定される。以下同じ。)。」
このように、延長登録の原因となった政令処分で定められた「成分、分量、用法、用量、効能及び効果」となったものをもって特許法68条の2の効力範囲を画する第一義的基準とする点は、アバスチン事件知財高裁大合議判決における傍論を基本的に踏襲するものである※8。
そのうえで、下級審で対応が分かれていた、アバスチン事件知財高裁大合議判決のいうところの「均等物や実質的に同一と評価される物」に関しては、以下に見るように、「実質同一なもの」という用語の下で、つまり「均等物」という文言を用いることなく、その要件論を論じている。類型化がなされ、より詳細に要件が明らかにされているが、周知、慣用技術に基づく成分の付加、転換等を軸に据えつつ、「分量」「用法、用量」違いの類型を補完するなど、方向性としては、前掲東京地判[オキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤Ⅰ]と軌を一にしていると評しうる。
「相手方が製造等する製品(以下「対象製品」という。)が、具体的な政令処分で定められた「成分、分量、用法、用量、効能及び効果」において異なる部分が存在する場合には、対象製品は、存続期間が延長された特許権の効力の及ぶ範囲に属するということはできない。しかしながら、政令処分で定められた上記審査事項を形式的に比較して全て一致しなければ特許権者による差止め等の権利行使を容易に免れることができるとすれば、政令処分を受けることが必要であったために特許発明の実施をすることができなかった期間を回復するという延長登録の制度趣旨に反するのみならず、衡平の理念にもとる結果になる。このような観点からすれば、存続期間が延長された特許権に係る特許発明の効力は、政令処分で定められた「成分、分量、用法、用量、効能及び効果」によって特定された「物」(医薬品)のみならず、これと医薬品として実質同一なものにも及ぶというべきであり、第三者はこれを予期すべきである(なお、法68条の2は、「物…についての当該特許発明の実施以外の行為には、及ばない。」と規定しているけれども、同条における「物」についての「当該特許発明の実施」としては、「物」についての当該特許発明の文言どおりの実施と、これと実質同一の範囲での当該特許発明の実施のいずれをも含むものと解すべきである。)。
したがって、政令処分で定められた上記構成中に対象製品と異なる部分が存する場合であっても、当該部分が僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異にすぎないときは、対象製品は、医薬品として政令処分の対象となった物と実質同一なものに含まれ、存続期間が延長された特許権の効力の及ぶ範囲に属するものと解するのが相当である。」
「そして、医薬品の成分を対象とする物の特許発明において、政令処分で定められた「成分」に関する差異、「分量」の数量的差異又は「用法、用量」の数量的差異のいずれか一つないし複数があり、他の差異が存在しない場合に限定してみれば、僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異かどうかは、特許発明の内容(当該特許発明が、医薬品の有効成分のみを特徴とする発明であるのか、医薬品の有効成分の存在を前提として、その安定性ないし剤型等に関する発明であるのか、あるいは、その技術的特徴及び作用効果はどのような内容であるのかなどを含む。以下同じ。)に基づき、その内容との関連で、政令処分において定められた「成分、分量、用法、用量、効能及び効果」によって特定された「物」と対象製品との技術的特徴及び作用効果の同一性を比較検討して、当業者の技術常識を踏まえて判断すべきである。
上記の限定した場合において、対象製品が政令処分で定められた「成分、分量、用法、用量、効能及び効果」によって特定された「物」と医薬品として実質同一なものに含まれる類型を挙げれば、次のとおりである。
すなわち、〔1〕医薬品の有効成分のみを特徴とする特許発明に関する延長登録された特許発明において、有効成分ではない「成分」に関して、対象製品が、政令処分申請時における周知・慣用技術に基づき、一部において異なる成分を付加、転換等しているような場合、〔2〕公知の有効成分に係る医薬品の安定性ないし剤型等に関する特許発明において、対象製品が政令処分申請時における周知・慣用技術に基づき、一部において異なる成分を付加、転換等しているような場合で、特許発明の内容に照らして、両者の間で、その技術的特徴及び作用効果の同一性があると認められるとき、〔3〕政令処分で特定された「分量」ないし「用法、用量」に関し、数量的に意味のない程度の差異しかない場合、〔4〕政令処分で特定された「分量」は異なるけれども、「用法、用量」も併せてみれば、同一であると認められる場合(本件処分1と2、本件処分5ないし7がこれに該当する。)は、これらの差異は上記にいう僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異に当たり、対象製品は、医薬品として政令処分の対象となった物と実質同一なものに含まれるというべきである(なお、上記〔1〕、〔3〕及び〔4〕は、両者の間で、特許発明の技術的特徴及び作用効果の同一性が事実上推認される類型である。)。
これに対し、前記の限定した場合を除く医薬品に関する「用法、用量、効能及び効果」における差異がある場合は、この限りでない。なぜなら、例えば、スプレー剤と注射剤のように、剤型が異なるために「用法、用量」に数量的差異以外の差異が生じる場合は、その具体的な差異の内容に応じて多角的な観点からの考察が必要であり、また、対象とする疾病が異なるために「効能、効果」が異なる場合は、疾病の類似性など医学的な観点からの考察が重要であると解されるからである。」
そのうえで、均等論の取扱いに関しては、「特許発明の技術的範囲における均等は、特許発明の技術的範囲の外延を画するものであり、法68条の2における、具体的な政令処分を前提として延長登録が認められた特許権の効力範囲における前記実質同一とは、その適用される状況が異なるものであるため、その第1要件ないし第3要件はこれをそのまま適用すると、法68条の2の延長登録された特許権の効力の範囲が広がり過ぎ、相当ではない」と説いて、68条の2の場面にボールスプライン軸受事件最判の均等5要件を持ち込むべきではないと断言している※9。前掲東京地判[オキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤Ⅱ]のような考え方は採らないことが明らかにされたのである。
他方、そもそも68条の2による限定とは無関係に、特許権が延長された場合であっても、特許発明の技術的範囲の解釈として均等の成否が吟味されるべきことを、以下のように、明らかにしている。筆者等の立場※10に与したものと評しうる。
「対象製品が特許発明の技術的範囲(均等も含む。)に属することについて
法68条の2は、特許権の存続期間を延長して、特許権を実質的に行使することのできなかった特許権者を救済する制度であって、特許発明の技術的範囲を拡張する制度ではない。したがって、存続期間が延長された特許権の侵害を認定するためには、対象製品が特許発明の技術的範囲(均等も含む。)に属するとの事実の主張立証が必要であることは当然である。なお、このことは、法68条の2が政令処分の対象となった物についての「当該特許発明の実施以外の行為には、及ばない」と規定していることからも明らかである。」
具体的な当てはめに関しては、大合議は、まず、延長登録の原因となった本件処分の「成分」は、文言解釈上、いずれもオキサリプラチンと注射用水のみを含み、それ以外の成分を含まないものであるのに対し、被疑侵害物件の「成分」は、いずれもオキサリプラチンと注射用水以外に、添加物としてオキサリプラチンと等量の濃グリセリンを含むものであり、その使用目的が安定剤であって、文言解釈上異なることを認定する。そのうえで、実質同一の判断に関しては、本件特許発明の明細書の記載に従うと、本件発明は、オキサリプラティヌム水溶液において、有効成分の濃度とpHを限定された範囲内に特定することと併せて、何らの添加剤も含まないことも、その技術的特徴の一つであるものと認められるとし、ゆえに、本件処分の対象となった物がオキサリプラティヌムと注射用水のみからなる水溶液であるのに対し、被疑侵害物件がこれにオキサリプラティヌムと等量の濃グリセリンを加えたものであるとの差異は、本件発明の上記の技術的特徴に照らし、僅かな差異であるとか、全体的にみて形式的な差異であるということはできず、被疑侵害物件は、本件処分の対象となった物と実質同一なものに含まれるということはできない、と帰結している。
このように、特許法68条の2の場面において、すでに本件の被疑侵害物件は延長後の特許権の効力の範囲に入らないと判断されたわけであるが、本判決は、あわせて、本件特許発明の技術的範囲に関しても判断を下しており、そこでは、上記明細書の記載に加えて、一審判決でも問題とされた出願経過が参酌されている。本件特許発明の審査の際に、出願人であった本件特許権者は、拒絶理由通知に対する意見書において、本件特許発明の目的が、「該水溶液が、酸性またはアルカリ性薬剤、緩衝剤もしくはその他の添加剤を含まない」点にもあることを指摘したうえで、審査官が引用する引用文献1ないし3、すなわち、緩衝剤を含む凍結乾燥物やクエン酸を含む水溶液では、オキサリプラティヌムの安定な水溶液を得ることは技術的に困難であることを理由に、本件発明が29条2項に該当しないと論じており、その後、特許査定に至っている。大合議は、こうした出願経過をも参酌すると、本件発明の特許請求の範囲の記載の「オキサリプラティヌムの水溶液からなり」(構成要件C)との文言は、本件発明がオキサリプラティヌムと水のみからなる水溶液であって、他の添加剤等の成分を含まないことを意味するものと解さざるを得ず、ゆえに、被疑侵害物件は本件特許権の効力に属しないと帰結している※11。
5 検討
第一に、ボールスプライン軸受事件最判の均等5要件でもって特許法68条の2の要件を全て代替してしまう前掲東京地判[オキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤Ⅱ]のアプローチに対しては、エルプラット事件知財高裁大合議判決の批判が正鵠を射ているように思われる。前掲東京地判[オキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤Ⅱ]のような手法では、特許権の技術的範囲の属否の問題とは別に特許法68条の2を論じる意義が問われることになりかねないからである。
この点に関し、前掲東京地判[オキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤Ⅱ]を擁護する立場からは、通常の均等論のように請求範囲と被疑侵害物件を対比するのではなく、政令処分対象物と被疑侵害物件を対比するという相違があることが指摘されるかもしれない。しかし、均等の範囲の最大限を画す第1要件の本質的部分の要件の認定に関して、前掲東京地判[オキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤Ⅱ]は、マキサカルシトール事件知財高裁大合議判決の手法を用いており、ゆえに、明細書に記載された技術的思想に従って均等の範囲が画されることになる※12。たとえば、腸溶性皮膜を用いた徐放効果に特徴がある特許発明を想定してみよう。この特許発明は有効成分に特徴がある発明ではなく、有効成分を包む皮膜の組成によって徐放効果を発揮する発明であるから、様々な薬効の医薬品に応用が可能であるものとする。そして、その実施品である胃腸薬の製造販売を承認する処分があり、それに基づいて当該特許権の存続期間の延長登録が認められたところ、被疑侵害物件は当該特許発明の実施品である頭痛薬だったとする。有効成分が胃腸薬に関するものであろうが、頭痛薬に関するものであろうが、いずれも当該特許発明の組成にかかる皮膜を用いている点で共通している以上、明細書記載の技術的思想を用いていることに変わりなく、ゆえに均等の第1要件を満たすことになる(この例の被疑侵害物件は少なくとも存続期間経過前であれば文言侵害となる例であったが、同様の理は、存続期間経過前から文言侵害ではなく、均等によって当該特許権の保護範囲に抵触していた被疑侵害物件にも妥当しうる)。しかし、頭痛薬の製造販売を禁止しようがしまいが、政令対象である胃腸薬の販売には全くといってよいほど影響がないことは明らかである。そのような被疑侵害物件についてまで延長後の特許権の効力を認めなければならないとすれば、特許法68条の2は何のために規定されているのか、その存在意義を問われることになろう。こうした帰結を防ぐために、政令処分対象における有効成分に着目した均等論を構築しようとしたとしても、明細書自体には当該有効成分に関する記載がないために第1要件を活用することは困難であり、また、明細書記載の作用効果(徐放効果)も有効成分に基づく効能効果(胃腸薬)とは関係がないから、第2要件の活用も困難である。
これに対して、エルプラット事件知財高裁大合議判決の示した特許法68条の2の解釈論は、政令処分対象と被疑侵害物件との間に、周知技術、慣用技術による成分の付加、転換等や、分量違い等による「僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異」しかない場合に延長後の特許権の効力が及ぶというアプローチであって、ボールスプライン軸受事件最判の均等5要件に頼るわけではないために、明細書に記載された技術的思想でもってその保護範囲を画するというマキサカルシトール事件知財高裁大合議判決による桎梏を免れている。こうした手法には、特許権の技術的範囲一般の問題とは独立して特許法68条の2の要件論を展開することを可能とし、ひいては特許法68条の2に独自の意味を持たせることができるという利点を認めることができる。
しかし、そうはいっても、エルプラット事件知財高裁大合議判決の手法は、いかなる観点をもって、「僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異」と評価するのかというそもそも論のところで詳らかでないところがある。
この点に関しては、類型化のところで、周知技術、慣用技術による付加、転換等に焦点を当てたり、特許発明の内容に照らした技術的特徴、作用効果に着目するその説示からは、おそらく技術的な観点からの実質的同一性を問題にしているのだという推測を働かしうるかもしれない。かりにそうだとすると、以下にみるような不都合が生じる。
たとえば、アレルギー性喘息にかかる有効成分に関する特許発明について、注射剤の製造販売承認(=政令処分)があり、それに基づく当該特許権の延長登録が認められたという例を想定してみよう。被疑侵害物件も、当該特許発明の実施品であるが、周知技術、慣用技術とはいえないスプレー剤であったとした場合、エルプラット事件知財高裁大合議判決の理屈の下では、被疑侵害物件との相違は、周知技術、慣用技術による付加、転換等とはいえず、また数量的差異以外の差異であるから、当該被疑侵害物件は特許法68条の2の効力から外れることになるのかもしれない。
もう一つ例を上げれば、抗ガン剤にかかる特許発明について、1回5mg/kg(体重)で投与間隔を2週間以上とする実施品の製造販売承認(=政令処分)があり、それに基づく当該特許権の延長登録が認められたという例を想定してみよう。被疑侵害物件も、当該特許発明の実施品であるが、政令処分にかかる抗ガン剤の皮膜を周知技術、慣用技術とはいえない徐放効果を有する皮膜に変更するものであって、1回7.5mg/kg(体重)で投与間隔を3週間以上とする抗ガン剤であったとする。エルプラット事件知財高裁大合議判決の発想のもとでは、政令処分対象と被疑侵害物件との相違が周知技術、慣用技術による付加、転換等とはいえないものであることに焦点が当てられることになり、その結果、当該被疑侵害物件は特許法68条の2の効力から外れることになるのかもしれない。
しかし、第一の例ではより簡便に摂取可能なスプレー剤である被疑侵害物件の製造販売により、政令処分にかかる注射剤の製造販売は大きな経済的な打撃を被ることになろう。同様のことは、被疑侵害物件のほうが投与間隔が長く、より患者の負担が少ない第二の例にも妥当する。そして、いずれの例も、被疑侵害物件は特許発明の技術的範囲に属するものであるのだから、延長前に実施されていた場合には特許権を侵害するものであったのである。ゆえに存続期間経過前は、特許権はこれらの被疑侵害物件の登場による市場の侵食から特許権者の製品を守る役割を果たしていたのであり、延長後も同様の地位を特許権者に与えないことには、存続期間を延長した意味が問われることになろう。結論として、前述したように、特許法68条の2は、政令処分対象にかかる市場とは無関係であるために、延長後の特許権の保護に資することのない範囲を延長後の特許権の効力の外に置くための規定であって、ゆえに、その広狭は、技術的な観点ではなく(延長後の特許権の技術的範囲の属否の問題は、エルプラット事件知財高裁大合議判決も認めているように、68条の2ではなく、70条1項の技術的範囲の属否の問題として論じれば足りる)、被疑侵害物件が政令処分対象と市場において競合する需要を満たすものであるのか否かという観点からその範囲を画すべきである。
もっとも、これらの例において、エルプラット事件知財高裁大合議判決の示した法理の下で必然的に延長後の特許権の効力が及ばないことになるのかということに関しては、なお検討の余地がある。
第一の例に関しては、同判決が掲げた4類型の意義が問われる。同判決には、その文言上、「前記の限定した場合を除く医薬品に関する「用法、用量、効能及び効果」における差異がある場合は、この限りでない」としている件があるが、日本語の問題として、「この限りではない」というのは、「僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異」に該当せず、ゆえに特許法68条の2の効力の範囲外にあると読むのが素直なのであろう。しかし、もう一つ別の読み方として、「スプレー剤と注射剤のように、剤型が異なるために「用法、用量」に数量的差異以外の差異が生じる場合は、その具体的な差異の内容に応じて多角的な観点からの考察が必要であり」ということを意味するに止まり、ゆえに、そこにいう「多角的な観点からの考察」次第では、4類型の外であっても、例外的に、「僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異」に該当する場合がありうることは、その文言上、否定されていないようにも読める。
第二の例に関しては、そもそもこれは同判決が周知技術、慣用技術の付加、転換等として論じている成分違いの場合(第1類型、第2類型)ではなく、分量、用法、用量に関して数量的に意味のない程度の差異しかないか、同一であると認められる場合(第3類型、第4類型)であるから、周知技術、慣用技術の付加、転換等でなくとも、実質的に同一なものと評価しうることは、同判決の論理によっても妨げられていないと理解することも可能であろう。
筆者としては、いずれの例においても、こうした柔軟な読み方を採用したうえで、それを梃子として(判文上、そのような示唆が顕れているわけではないことは認めざるを得ないが、しかし明示的に否定されているわけでもないので)市場を侵食するような被疑侵害物件に対して延長後の特許権の効力を及ぼしうるような解釈が試みられることを期待したい※13。
6 その他の問題-一般の均等論との関係-
なお、エルプラット事件知財高裁大合議判決が、延長後の特許権に関しても、延長前の特許権と同様、一般の技術的範囲の属否が問題となり、そこで一般の均等の成否が問題となると論じている。
この点に関して学説では反対説もあるが、そのような考え方に与する場合には、延長後の特許権の保護に悖る事態を招来することになる。たとえば、存続期間が延長される前までは、製法クレイムの構成要素中のシス体の部分を光学異性体であるトランス体に置換した被疑侵害物件に対して均等論による保護を特許権が享受していたという事案を例にとろう(ここまでは、均等を認めた大合議判決である、知財高判平成28.3.25平成27(ネ)10014[ビタミンDおよびステロイド誘導体の合成用中間体およびその製造方法]そのものである)。この場合、原告特許権者が延長登録を受けた医薬品と、被疑侵害物件とは「成分」も「効能、効果」も「用法、用量」も全く同一であり、ただその製造過程において原告製品がシス体を出発物質としているのに対して、被疑侵害物件は一工程多く、トランス体を出発物質としてその後シス体に変換するプロセスが存在したという点のみが異なるに止まっていたとする(ゆえに最終成果物である医薬品に関する成分は原告製品と被疑侵害物件とで変わるところがない)。均等論の適用を否定する立場の下では、延長後は均等論の適用がなくなることを理由に保護が否定されることになるが、そうだとすると延長後の特許権は簡単に迂回しうる脆弱な権利に成り下がり、特許権の延長登録の意義自体が問われることになりかねない。
理論的に考えてみても、延長登録後の特許権の技術的範囲の解釈に際して70条の適用があることは自明であり、その場合、クレイムと明細書の関係に関する取扱いや、立場次第ではあるが、技術的範囲の画定の際に公知技術や審査経過の参酌を認めるか否かといった問題に関して従前議論されていたことが、存続期間延長後の特許権侵害の成否を決する際にも参酌されることはこれまた当然の理といえよう。しかるに、何故、均等論に限って、その適用を忌避しなければならないかは定かではない。概念的に気になるという点に関しても、68条の2の解釈論として均等が適用されるというのではなく、68条の2が適用される前に、一般的に特許権の技術的範囲の確定に適用される70条1項の解釈として均等が適用されると考えれば、概念上の矛盾はどこにもないように思われる※14。
本判決が、括弧書きながら、延長後の特許権に関する技術的範囲の属否の問題として当然に均等の成否も問題とされるべきことを説いたのは至当であったといえよう。
(掲載日 2017年3月13日)