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文献番号 2018WLJCC026
弁護士法人苗村法律事務所 ※2
種苗法研究会メンバー※3
弁護士、ニューヨーク州弁護士
苗村 博子
1.はじめに
種苗法に興味を持っている実務家弁護士としては、「やっと」と握り拳を作りたくなるような判例のコラムを担当させて頂き、光栄である。本件は、数少ない種苗法上の育成者権に基づく侵害差止、損害賠償を求めた事案で、しかも、被告が、真っ向からこの請求の範囲、育成者権の安定性を争ったにもかかわらず、これらの論点に対し、丁寧に論拠を示した上で、これもまたほとんど無かった請求を認容する判決であり、画期的な判断のように思われる。筆者は、単に園芸好き、ロザリアンを標榜するだけで侵害訴訟を担当させていただいたことはないが、それでも、種苗法研究会という会において、育成者権って何?ということを考えてきた者として、この判決にその答えを示してもらったようで、とても嬉しく思っている。読者の皆様には、だいぶ気を持たせてしまったが、それでは、本判決について、その一部ではあるが、論点について考察していこう。
2.訴えに至る経緯
本件は、JMS 5K-16という登録名称のしいたけの品種(以下、「本件品種」という)についての育成者権(以下、「本件育成者権」という)に関するものである。原告は、当初の育成者権者から本件育成者権を譲り受けた者である。被告は何社かあるが、本件で差止、損害賠償が認められた被告(本コラムではこの被告との紛争のみを取りあげるので、以下、単に「被告」という)は、その子会社から、同子会社が、中国の菌床生産者から、日本の商社を通じて、菌床を購入して栽培するか、国内のしいたけ栽培業者から仕入れた、収穫物であるしいたけを仕入れ、これをパック詰めして小売店に販売してきた。原告は、被告がスーパーマーケットで販売していたしいたけ(以下では、「被告しいたけ」という)が本件育成者権を侵害している可能性が高い旨を内容証明郵便にて通知したところ、被告は、原告に対し、中国での菌床業者の名称、住所とともに、被告しいたけの菌床はL-808等と聞いている旨を回答した。
3.同一性-その判断のための手法
本件品種と被告しいたけの同一性がまず問題となったが、この点については、本件審理の過程で、種苗管理センターに寄託されていた本件品種、被告しいたけの菌床について、これを用いて裁判所が鑑定を行い、6か月培養し、その後5か月に亘って発生したしいたけの現物を特性表※4 に照らし合わせて比較したようである。その結果、形態的特性、栽培的特性のいずれも類似しているとして、被告しいたけは、本件品種と特性により明確に区別されない品種であるとされた。何が権利範囲かについては、後述するが、植物である以上、実際に育ててみないと特性の評価をできないことから行われた立証方法である。時間はかかるものの、生き物である以上、これは仕方がない。むしろ驚いたのは、本件品種の菌床が、寄託されていたとの記述である。日本では、現物主義をとりながら、現物の寄託は、要求されておらず ※5、侵害を発見しても、侵害品と登録品種の同一性を立証するのが困難であるという問題を引き起こしており、権利者がなかなか勝訴できない要因の一つとなっている※6。知財高裁平成27年6月24日判決※7 では、なめこの登録品種についての育成者権侵害が問題となった。同事件でも、登録品種の種菌株が寄託されていたようで、これを用いて栽培するという本件と同じ立証方法がとられていたが、同種菌からは、収穫物の栽培がうまくいかなかった。被侵害者として控訴をしていた控訴人は、同種菌と同じ種菌を他の業者にも預けていたが、この種菌と侵害品の栽培の結果、これらは特性上、明確に区別できないものと認められた。但しこの種菌が、登録品種のものかが同定できなかったようである。同知財高裁判決では、この、他の業者に預けていたものと、登録品種の種菌が同一のものと立証できれば、侵害が認められた可能性があるとしている。
先に述べたとおり、現物主義の観点からは、現物の栽培が必要となるが、そのためには、米国のように、登録品種の種苗の寄託制度を設けるか、EUのように、寄託制度はとらないものの権利者に権利登録後も品種が変わらず存続していることを後に評価できるよう、適切な措置を講じるように促すような制度を整え※8 、後の侵害訴訟において、侵害事実の立証に役立つような立法、施策が必要なように思われる。寄託制度の導入には、まず受託機関の整備が必要であるとともに、寄託のための費用をどの程度権利者に負担させるかという、実務的な問題を含んでいる。一方、EUの制度がどの程度実務上機能しているのか、更に検討されてしかるべきと考える。いずれの制度が、コストアンドベネフィットの観点も含め、有益かが検証される必要がある。しかし、植物という生き物を権利の対象とする以上、この点は避けて通れないのではないかと思っている。
4.育成者権の及ぶ範囲-登録原簿の特性表の意味
植物品種の育成者権の登録原簿には、権利者の氏名などと共に、「品種の特性」の記載が求められている(種苗法18条2項4号)。この特性は、品種登録においては重要な意味を持つ概念である。品種とは、重要な形質に掛かる特性の全部又は一部によって他の植物体の集合と区別することができ、かつ、その特性の全部を保持しつつ繁殖されることができる一の植物体の集合をいうと同法2条2項が定めており、特性でもって他の植物体と区別できなければ「品種」とは認められないのである。そしてこの特性については、出願時にも、出願者による記載が求められ(同法5条2項、同法施行規則7条1項1号)、一定の植物については農水省が「特性表」という形で表していて、出願時の参考にされている。しかし、登録原簿に記載されている特性は、出願時の審査や現地調査によって認定されるものであり、この登録原簿に記載された特性が登録品種の特性を概ね示していることになる。
しかし、その特性表にその品種の全ての特性が網羅されている訳ではなく、登録原簿の特性表は、権利範囲そのものではない。実は、育成者権というのは、何が権利範囲かわかりにくく、つい、特許のクレームなどと同様に解して、特性表の記載そのものが、権利範囲を画するものと考えがちである。またそう解釈すべきという議論も聞こえてくる。
本件において、被告は、しいたけの2つある栽培方法、原木栽培と菌床栽培とでは、現れる特性が異なるところ、登録原簿には菌床栽培による特性は示されていないとして、本件品種の育成者権は、菌床栽培のしいたけには及ばないと主張した。が、本判決は、りんどうの一品種の登録の無効を争った知財高裁平成18年12月25日判決※9 を例に挙げ、育成者権は、「品種登録の際に品種登録簿に記載される品種の特性…は、品種登録簿上、登録品種を同定識別するためのものであり、上記特性の記載によって権利の範囲を定めるものではないものと解される」と判示して、登録原簿上の特性は、育成者権の保護範囲を示すものでなく、「植物体」そのものが、権利の範囲であることを明確にした。
5.過失の推定覆滅
しかしながら、この登録原簿を見ても育成者権の権利範囲がわからないということはこの事件では大きな意味を持つことになった。本判決はこの点から一部、過失の推定の覆滅を認めたのである。他の知財立法と同様、種苗法も過失の推定規定を置いている(35条)。特許法などでは、特許公報は誰でも調査可能であり、公報には権利範囲が明確に記載されていることから、技術を用いる者は、公報を確認すべき義務があるとされ、この過失の推定が覆滅されることはまずないといってよい。しかしながら、本判決は、原告からの通知前においては、この過失の推定は覆滅されるとしたのである。本判決は登録原簿 ※10には、原木栽培による特性しか示されておらず、また菌床栽培においては、特性が異なることがあるから、登録原簿の特性表と対比しても被告しいたけが侵害品であることがわからない、したがって、侵害の有無を確認するには、被告しいたけについて原木栽培を行った上で、侵害のおそれがあれば、必要に応じてDNA解析等を行わなければならないが、通常の取引業者にそこまでの注意義務を課すことはできないと判示したのである。しかし、原告から侵害のおそれを指摘する通知を受けた後は、被告には、DNA解析等も含めた適切な調査、確認をすべき義務があったとし、かつ本件品種のDNA配列は、国立遺伝学研究所において公開されており、品種の異同の調査・確認手段としては、対峙培養試験、DNA解析など複数の方法があるとして、被告の行ったDNA解析では不十分であるとして過失の推定は覆滅されないとした。
本判決が、「しいたけの品種登録制度に関する現在の取扱いの下では」特性表と対比しても品種の異同を判別することができないことを過失推定覆滅の理由として挙げている点は示唆的である。判決からは、なぜ登録原簿には、菌床栽培における特性が表示されていないのかは判然としないが、権利者としては、このようなことを防ぐためには、登録原簿の特性の記載について、その登録品種の特性をできるだけ多く公示する機能を原簿に持たせることができるよう、何らかの申し入れができるような制度が必要なように思われる。
6.最後に
本判決は、侵害の事実そのものを争っている事案で、育成者権に基づく差止、損害賠償を認めた上で、画期的であるが、同時に、権利を更に確固たるものにするには、様々な立法手当が必要なこともまた示唆しているように思われる。登録原簿の記載と過失推定覆滅の問題からは、審査の際の手順や原簿の記載方法の明確化や、またそれに不服がある場合に、他の知財立法にあるような不服申立制度の導入の必要性が見えてくるし、登録品種の栽培、侵害品の栽培が立証過程で必要とされる点からは、どのようにして登録品種の植物体や、種苗、菌種といったものを保存しておくか、その方法論の検討が考えられるところである。
(掲載日 2018年10月15日)