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文献番号 2019WLJCC006
明治大学 教授
野川 忍
1.はじめに
2018年6月に成立した「働き方改革関連法」の柱の一つは、「同一労働同一賃金」をめざす政策の一環として成立した「パート・有期労働法」の関連規定である。同法8条は、有期雇用労働者に関する労契法20条と旧パート法8条とを合体したうえで、内容を若干改めた規定であって、今後非正規労働者の処遇改善に機能することが期待されている。しかし、その出自の一つとしての労契法20条についてはさまざまな論点が噴出し、制定以来多くの裁判例及び学説が精力的な検討を重ねてきたものの、確立した解釈基準はなく、最高裁の対応が待たれていた。2018年6月の二つの判決において最高裁は、同条に関して指摘されてきた解釈上の課題のほとんどについて一定の判断を示した※3 。とりわけ注目されるのは、同条が有期雇用労働者と無期雇用労働者との労働条件の相違に対して「不合理と認められるものであってはならない」と定める趣旨につき、「合理的なものでなければならない」と解し得るのか、他の解釈が適切なのかという、裁判例と学説の双方において一致していなかった課題に関し、「合理的なものでなければならない」という意味ではなく、あくまで「不合理」であるかどうかが判断される、との立場を示したことにより、この点での対立に決着がもたらされたかに見えたことである。
しかし、2019年になってから示された大阪高裁と東京高裁の二つの判決は、いずれも、最高裁の判断に対して重要な問いを投げかけており、「パート・有期労働法」8条に定める「不合理」の意義の再検討を促す内容となっている。非正規労働者と正規労働者との処遇格差の改善については各企業、職場においてさまざまな試みが模索されているが、法規範として禁止される「不合理」の意味がなお明確にされないままでは、実務上も「同一労働同一賃金」への見通しは到底立たないこととなろう。以下では、高裁の二判決によって問いかけられたものは何なのかを簡潔に指摘したい。
2.大阪医科薬科大学事件の概要
本件は、平成25年に被控訴人大阪医科薬科大学(Y)にフルタイムで期間の定めのある時給制の「アルバイト職員」として採用され、基礎系研究室(診療科がない研究室)において教室事務員として勤務してきた控訴人(X)が、給与、賞与、夏季特別休暇、私傷病休職の間の給与等につき、無期契約で月給制の「正職員」との間の格差が労契法20条に違反するとして、差額分を請求した事案である。Xらアルバイト職員の賃金は、年収にして他の基礎系研究室で就労する正職員の約三分の一、新規採用の正職員の55%であったが、正職員である教室事務員と職務内容は同じであり、配置転換についてもアルバイト職員にも命じる旨の規定があった。
原審は、Xらアルバイト職員と比較すべき対象を、同一職務である教室事務員に従事している正職員ではなく正職員全体であるとしたうえで、正職員は一定の能力を有していることを前提とした採用である一方、アルバイト職員は特定の業務を前提として採用されていること、アルバイト職員の年収が新規採用正職員に対して55%にとどまっていること、また賞与が正職員には年間4.6か月支給され、アルバイト職員には支給されていないことも、長期雇用が想定されている正職員の雇用確保に関するインセンティブであるなどとして、不合理性を認めず、すべての請求を棄却した。
これに対して控訴審は、一般論において最高裁二判決を引用し、判断の前提としてXらアルバイト職員との比較対象者について原審と同じく正職員全体であるとしつつ、特に賞与に関しては、賞与算定期間に就労していたことそれ自体に対する対価であり、また賞与算定期間における一律の功労の趣旨も含まれるとの判断を前提に、賞与の支給額の決定方法からは、支給額は正職員の年齢にも在職年数にも何ら連動していないから、賞与の趣旨が長期雇用への期待、労働者からみれば長期就労への誘因となるかは疑問であることを踏まえ、有期雇用である契約職員の80%も賞与を受給していることなどからすると、アルバイト職員に対し、賞与を全く支給しないことは「合理的な理由を見出すことが困難であり、不合理というしかない」と断じた。一方で、Xの賞与には、功労、付随的にせよ長期就労への誘因という趣旨も含まれており、また不合理性の判断において使用者の経営判断を尊重すべき面があることも否定しがたい点に鑑み、また正職員とアルバイト職員とでは、実際の職務も採用に際し求められる能力にも相当の相違があったというべきであるから、アルバイト職員の賞与算定期間における功労も相対的に低いことは否めないことを考慮すると、アルバイト職員が受給すべき賞与の額は正職員の場合と同額であるとまではいえず、具体的には、60%を下回る場合に不合理な相違に至るものというべきであるとした。
控訴審は、賞与に加え、夏季特別有給休暇、私傷病による欠勤中の賃金及び休職給についても、一定範囲での不合理性を認定し、不法行為に基づく損害賠償として109万4737円と遅延損害金との支払をYに命じた。
賞与はこれまで、基本給と共に不合理性が認められにくい典型的な労働条件と了解されていたこと(長澤第一審のみ※4)からすると、本件における控訴審の判断はその結論と論理の双方において非常に注目される内容を有しているといえる。
3.メトロコマース事件※5の概要
駅構内における物品販売等を業とするYには、無期雇用で月給制、職務に限定のない正社員と、月給制ではあるが有期雇用で職務が限定されている契約社員A、時給制であること以外は契約社員Aと同様である契約社員Bという人事区分があり、それぞれ異なる就業規則が適用されていた。Xら4名は、契約社員Bとして10年前後勤続しており、店舗の販売業務とその付随業務に従事していたが、正社員とほぼ同一の業務に従事しているにも関わらず賃金等の労働条件においてXらと差異があることが、労契法20条に違反するとして、本給・賞与、各種手当、退職金及び褒賞の正社員との差額を請求した。正社員は、年齢給と職務給のほか一律に支給される住宅手当など諸手当からなる月額給与と、年二回支給される賞与、勤続年数と年齢給及び職務給月額から算定される退職金が支給されるが、契約社員Bは、時給1000円、住宅手当なし、賞与は年二回12万円の定額、退職金はなしという相違があった。
原審は、比較対象となる労働者を、Xらと同様売店業務に従事する正社員ではなく正社員全体であるとしたうえで、契約社員Bと正社員との間には、業務の内容及びその業務に伴う責任の程度に大きな相違があり、職務の内容及び配置の変更の範囲にも明らかな相違があるとの認定を前提として、請求対象とされた労働条件のうち、早出残業手当の相違のみ不合理性を認め、他のいずれの労働条件の相違に関しても不合理性を否定したが、特に退職金については、それが賃金後払いのみならず功労報償の性格も有することを踏まえると、長期雇用が前提である正社員にのみ退職金を支給する人事施策は一定の合理性を有することに加え、契約社員Bにも正社員登用制度が提供されていることなども考慮すれば、契約社員Bに退職金を支給しないことは不合理ではないとの判断を示した。
これに対し控訴審は、まず比較対象労働者につき、正社員全体と比較することになれば、売店業務のみに従事している契約社員Bとは職務の内容が大幅に異なることになるからそれだけで不合理性の判断が極めて困難になるとして、比較対象を売店業務に従事する正社員(18名)に限定した。そのうえで、原審で不合理性を否定されたもののうち、住宅手当、退職金、褒賞についても不合理性を認めた。特に退職金については、「一般論として、長期雇用を前提とした無期契約労働者に対する福利厚生を手厚くし、有為な人材の確保・定着を図るなどの目的をもって無期契約労働者に対しては退職金制度を設ける一方、本来的に短期雇用を前提とした有期契約労働者に対しては退職金制度を設けないという制度設計をすること自体が、人事施策上一概に不合理であるということはできない」としつつ、本件では、契約社員BといえどもXらのうち二人は10年前後の長期間にわたって勤続していること、契約社員Bと同様に店舗の販売業務に従事している契約社員Aの中には、職務限定社員に名称変更されて退職金制度も適用されている者がいることなどからすると、「少なくとも長年の勤務に対する功労報償の性格を有する部分に係る退職金(退職金の…複合的な性格を考慮しても、正社員と同一の基準に基づいて算定した額の少なくとも4分の1はこれに相当すると認められる。)すら一切支給しないことについては不合理といわざるを得ない。」との判断を示し、約45万円ないし約50万円の退職金相当額を損害額として認定した。
本件判旨は、退職金を有期契約労働者には支払わないという人事施策をそれ自体不合理とまではいえないとしつつ、長期間就労している有期雇用労働者に退職金の功労報償的性格に係る部分まで支払わない点については不合理であるとの新しい判断を示した点で注目されよう。
4.高裁二判決の意義
① 不合理性判断の構造
最高裁は上記二判決において、労契法20条が定める「不合理と認められるものであってはならない」の意味について、その趣旨は、合理的であることまでを含んではおらず、同条が判断要素として明記する職務の内容や変更の範囲に加え「その他の事情」として広汎な要素を検討して、まさに当該相違が「不合理」と評価される場合だけを禁止しているとの立場を提示した。そして具体的判断要素として、労使交渉の経緯や経営判断も考慮されるべきであることを指摘しているほか、このように整理することによって、不合理性を基礎付ける評価根拠事実を原告労働者側が立証し、その評価障害事実を被告使用者側が立証する、との立場をも示している。
しかし、このような判断枠組みにはなお疑念が提示されており、議論は収束していない※6 。疑念の中心的ポイントは二つあり、一つは、合理的か不合理かは通常グラデーションの構造において相対的に判断されるべきものであって、合理性を著しく欠くことが不合理ということであって、およそ合理性は一切認められないが不合理ではない、という実例はあり得るのか、という点であり、二つには、最高裁が両判決において特に重視している長期雇用インセンティブが、どこまで不合理性判断に反映されるのかという点である。これにつき大阪医科薬科大学事件において大阪高裁は、正職員に対する賞与の支給要件として支給対象期間中の就労と功労のみが認められ、年齢や在職年数に全く連動していない点を指摘して、「合理的な理由を見出すことが困難であり、不合理というしかない」と断じている。しかし、本件の場合のように当該労働条件の相違の根拠自体には合理的理由が認められなくても、経営政策として常軌を逸しているというほどでないという事態は、最高裁の観点からは、まさに「合理的ではないが不合理とは認められない」恰好の具体例と位置づけ得た可能性が高い。それにも関わらずあえてこのような判断が示された理由は必ずしも明らかではないが、仮に当該労働条件の相違自体には全く合理的理由が認められないが長期雇用インセンティブに代表される「経営政策」に社会通念を逸脱しているような点がない限り不合理性を認めない、ということになると、およそ本給や賞与、退職金等について不合理性を認め得る可能性は皆無に等しくなり、非正規労働者と正規労働者との処遇の均衡という政策目標は画餅に帰するのではないかとのメッセージが読み取れよう。
この点はメトロコマース事件の東京高裁判決にも共通しており、退職金の性格として功労部分が認められるのであれば勤続10年にもなる非正規労働者にそれが反映されないのは不合理である、という判断は、使用者の経営政策を相対化して不合理性判断に反映させようとする立場を表しており、最高裁のスタンスに対する一定の違和感の表明と解することができよう。
② 相対的判断の工夫
さらに高裁の両判決は、不合理性判断の相対化を試みている点でも注目される。すなわち、大阪医科薬科大学事件では、賞与をアルバイト職員に「全く支給しない」ことは許されないものの、長期雇用インセンティブを核とする経営判断にも一定の理解を示し、正職員の賞与の60%を下回る場合に不合理と認められるに至る、との判断を示した。このような相対的判断の手法はメトロコマース事件でも採用されており、長期雇用を前提とした無期契約労働者に退職金制度を設け、本来的に短期雇用を前提とした有期契約労働者に対しては設けないという制度設計をすること自体が人事施策上一概に不合理であるということはできないことを強調しつつ、本件における退職金の支給要件を踏まえ、Xらが一定の長期にわたって就労している事実等からは、功労報償の意義も認められる本件退職金を「一切支給しないことについては不合理といわざるを得ない。」としているが、これも、退職金を支給するか否かではなく、不合理性を払拭できる程度に支給しているか否かが問題であることを示しており、大阪医科薬科大学事件の大阪高裁の考え方と通底する。
5.展望
今般の高裁二判決がパート・有期労働法8条にもたらす影響は小さくないであろう。同条に盛り込まれた新しい内容は、第一に、不合理性判断は賃金全体を総合的に判断するのではなく、基本給、賞与、各手当等をそれぞれ個別に検討するとされたことであり、第二に、判断要素として労契法20条では「その他の事情」とのみ記載されていた内容を、「その他の事情のうち、当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるもの」と明確にしたことである。ここからはまず、賞与なり退職金なりの、経営政策上長期雇用インセンティブを最も反映させやすい賃金項目であっても、それだけでは賞与や退職金制度自体の不合理性を否定する決定的理由にはなり得ず、賞与なり退職金なりに固有の事情が慎重に検討されるべきことが導かれよう。また、特に最高裁の長澤運輸事件で非常に重要視されていた「その他の事情」も、たとえば賞与について検討される場合なら、当該賞与がどのような具体的条件で支給されているのか、賞与制度の目的は何かが慎重に検討されることになるので、大阪医科薬科大学事件の場合のように勤続年数や年齢は考慮されず、支給対象期間の就労と功労とが支給条件であれば、制度の目的として一定の長期雇用インセンティブがあったとしても、それだけで非正規労働者と正規労働者との間の著しい格差を不合理ではないと断じる理由になるかは即断し得ないということになる。
賞与、退職金についてそれぞれの支給要件等を個別に検討して結論を導く大阪医科薬科大学事件、メトロコマース事件の高裁判決のこのような判断手法は、ひるがえって、パート・有期労働法8条の解釈に一定の先例的機能を果たす可能性も否定できないであろう。
(掲載日 2019年3月13日)